十七 襲撃
四日前を全て思いだしてマリーは我に返った。バスコにテレス連邦共和国のヒッグス粒子弾の事を話してマリー・ゴールドに通信機・ネックを渡さなければならない。スキップドライブする飛行艇は手にいれた。アッキがテレス連邦共和国とマリー・ゴールド知っていたのだから、飛行艇の記録でテレス連邦共和国とマリー・ゴールドの位置情報はわかるはずだ。今ならテレス連邦共和国へゆける。マリーはバスコとクピの寝顔を見つめた。
どこかでカサカサと音がした。なんだろう・・・。耳を澄ませるが何も聞えない。アイネクはボーマン艦長と数匹だけだろう。もう心配しなくていい・・・。
テレス連邦共和国へゆけば、アッキ・ダビドを再生できる・・・。安心して眠ろう・・・。安堵の心がふっとマリーを眠りの世界へ誘う・・・。
また、カサカサと音がした。こんどははっきり聞えた。
「バスコ、クピ、一階で何か音がする。誰もいないはずなのに、何だろう・・・」
マリーはふたりを起こした。また、カサカサと音がする。
「ちょっと待っててね。偽3D映像を二つ発信してるけど、夜は一つにしてあるよ。
発信してる3D映像も実際の一階も、誰もいないから音はしないはずだよ・・・」
クピがそう言って一階事務所の3D映像を寝室に投映した。
一階に誰もいない。クピが3D映像を消そうとしたとき、さざ波のように机の陰とソファーの陰が動いた。
「クピ!映像をアップしろ!」
机の陰が拡大した。陰が動いた。
「アイネクの幼虫だ!処理官が侵入したとき、アイネクも侵入して産卵したんだ!
クピ!一匹残らず捕獲して処分しろ!」
「了解!」
ただちにクピは多重位相反転シールドでアイネクの幼虫を全て捕獲し、シールドを縮小して内部を加熱焼却した。一階の多重位相反転シールドを一瞬解除して焼却灰をドアハッチから戸外へ捨てた。幼虫は餌がなくて成長していなかった。これは、バスコたちにとって幸運だった。
バスコはただちにスカウターで祖父に連絡した。
「祖父ちゃん。異星体・アイネクがコンラッドシティに侵入した。
大きくて凶暴なゴキブリだ。
多重位相反転シールドを張って、アイネクをネイティブ居留区に入れるな」
「わかった。食糧はたんとある。心配するな。家族と惑星イオスを守れ!」
「了解。祖父ちゃんも気をつけて、みんなを守ってくれ」
「わかっとるぞ」
「じゃあ、またね」
バスコは祖父との通信を切った。
「バスコ!監視隊長から緊急連絡だよ!」
トニオ・バルデス監視隊長から緊急連絡が入った。
「バスコ!解剖室の遺体と死体から大量のアイネクが現れた!
アイネクはまだ半レルグ程度だ。地階の防空サイトが襲われてる!
遺体と死体の中に大量の卵があったらしい!」
バスコのスカウターに解剖室の監視3D映像が現れた。全ての冷蔵保管庫の扉が開き、アイネクの幼虫が続々と現れている。冷蔵保管庫の遺体や死体は全て食いつくされていた。
「監視隊員が襲われたのか?」
「本部地階の解剖室と地階防空サイトの一部で、当直警備の監視隊員が襲われた!
アイネクの数が多すぎて手に負えない!監視隊員は防空サイトごとコントロールポッドで脱出した!」
スカウターの3D映像が変った。黒い波が夜のレッドバルシティをおおい、ヒューマが襲われている。野鳥や動物は襲われていない。脱出したコントロールポッドが夜のレッドバルシティを上空から捕捉した暗視3D映像だ。
「俺の家も、アイネクの幼虫が大量に現れた。アイネクと処理官はあらゆる所に卵を産みつけたらしい。
アイネクは熱と光に弱い!触覚を焼けば動けない!」
「わかった!広角レーザービームとナパームと火炎放射器で攻撃する。
協力に感謝する」
バルデス監視隊長はスカウターの通信を切り、ふたたび通信回線を開いた。監視隊員たちはコントロールポッドで防空サイトを脱出し、レッドバルシティ上空に滞空している。
アンソニー・ディアス監視官をはじめ、各コントロールポッドの責任者がスカウターに現れた。
「監視隊員に告ぐ。アイネクは熱と光に弱い!
レーザー砲を広角照射して焼き尽くせ!ナパームと火炎放射器を調達しろ!
光と熱を発する兵器ならどんな物でもいい。攻撃しろ!」
その瞬間、スカウターに映るアンソニー・ディアス監視官の左肩に影が現れた。
「了解・・・。何だこれは・・・・」
そう言って肩に手を伸ばしたアンソニー・ディアス監視官の頭が、大きな鋏で首を切られて転がり落ちた。監視官の肩に、あの三本指の甲殻類の腕が見え、黒い影が背後から肩に食らいついた。
なんてことだ!アンソニーのコントロールポッドが襲われたぞ!
「全機、コントロールポッド内にアイネクがいないか調べろ!
アイネクの幼虫がいないか調べろ!」
バルデス監視隊長がそう指示するあいだに、スカウターの映像から監視隊員たちの顔が消え、黒い影がコントロールポッド内を走りまわるのが見えた。コントロールポッド内を這いまわるアイネクは、監視隊員たちをむさぼり食うたびに大きくなっている。
「クソッ。どうやってコントロールポッドにアイネクの幼虫が侵入したんだ?
コントロールポッドは何機乗っ取られた?」
「五機です。七機、残っています」
「PVに待機している隊員はどうした?」
「PVは全機、当直が搭乗してます。内部探査に生命反応もアイネクの遺伝子反応もありません。卵もアイネクもいません。
先ほどの指示で、地上のアイネクを攻撃していますが、このありさまです」
コントロールポッドのパイロットが、地上攻撃したPVの映像をコントロールポッド内に3D映像化した。
ヒューマを狙って移動する黒い波のようなアイネクの群が、PVの広角照射レーザー攻撃で焼き払われると、アイネクたちがその死骸に群がりむさぼり食った。腹を満たしたアイネクはすぐさま脱皮して巨大化している。
「バスコと通信だ!つなげ!」
バルデス監視隊長がパイロットに指示した。
「了解!繋がりました」
「バスコだ!隊長!何があった?」
「バスコ!何度もすまない。この映像を見てくれ!」
PVの記録3D映像を送信しながら、バルデス監視隊長は状況を説明した。
「なんてことだ・・・。監視隊の被害は?」
「脱出コントロールポッド五機がアイネクに襲われ、五十名が食われた。
残っているのは、コントロールポッド七機の七十名と、PV二十機に当直している四十名だけだ。
他の監視監督本部を調べる・・・。
コンラッドシティ監視監督本部も他の監視監督本部も、状況はここより酷い!
我々だけでは手に負えなくなってきた!何とかアイネクを一掃する手段を講じてくれ。
なんだ?どうした?進入されたか?
バスコ!アイネクは空を飛ぶぞ!ウワッ進入されたっ・・・・・」
突如、バルデス監視隊長の通信がとだえた。
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