十六 思いだした重要事項
ベッドに入ったマリーは、バスコとクピに抱きついたまま目を閉じた。
緊張の糸が解けたのか、今まで、思いだせなかった四日前の新居での記憶が、湧きでる泉のように脳裡に溢れてきた。
「ああっ・・・、これは・・・」
新居の居間で、アッキ・ダビド教授が、妻になったばかりのカンナに言う。
「僕はヒューマ型バイオロイドに精神共棲した異星体・アイネクの管理官だ。
カンナと出会い、カンナを愛するようになってアイネクの管理官としてカンナを見ることができなくなった。僕は完全にヒューマになり、カンナと暮すことを選んだ」
教授といってもアッキ・ダビドは若い。カンナとの歳の年の差は十歳ほどだ。
アッキは耳の後ろの皮膚に迷彩されたバッチ通信機・ネックを示した。
「僕はヒューマ社会を監視管理し、ヒューマのフェロモンと絶頂時に発する脳内麻薬の調査監視をおこなってる。僕もカンナも調査監視対象だ。
アイネクは、ヒューマの身体を食糧にするため、そして、ヒューマが絶頂時に発する脳内麻薬を得るため、ヒューマ社会にヒューマ型バイオロイドの管理官を潜入させてヒューマを監視管理している。そして特殊バイオロイドの処理官がヒューマを捕獲し、反逆者とアイネクの実態を知る者を抹殺している」
「どういうことなの?」
「ヒューマが家畜を飼育するように、アイネクはヒューマ社会にアイネクが精神共棲したヒューマ型バイオロイドの管理官を送りこんでヒューマを管理飼育してる。
ヒューマや、完全にヒューマになった僕、そしてカンナを監視しているのが、カンナの通信機・アリスだ。
特殊通信機器メーカー・Aliceは、ヒューマを監視管理するアイネクの中心的な施設だ」
「アッキはあたしのために・・・」
カンナはアッキの心を知って抱きついた。
「ちょっと待て。これを身に着けろ。僕の正体を知ったカンナと僕に、アイネクの追手が迫る」
アッキは皮膚に迷彩したパッチ通信機・ネックを首から剥がし、テーブルのバトルスーツをカンナに渡した。
「このパッチ通信機はネックだ。カンナのアリス同様、特殊情報を教えてくれる。ネックからはアリスで得られない情報もある。
そして、これは精神波起動、心で起動する多機能バトルスーツ。
ネックをつけているかぎり、追手を見分けられるが、カンナが見たことはアリスとこのネックでアイネクに筒抜けだ。
追手に気づかれないためには、バトルスーツを光学迷彩して、アリスとネックを手放せばいいが、それでは追手がどこにいるかわからない・・・」
「ネックとアリスがこっちの位置を知らせない方法はないの?」
「あるはずだが僕にはカンナがどうすればいいのかわからない。精神波でコントロールするはずだ。
時間がない。ネックを耳の後ろに貼れ」
カンナはネックを耳の後ろに貼った。すぐさま、アリスでは感知しなかったアッキの思考がカンナの意識に流れこんだ。アイネクのアッキ・ダビドは意識と精神のバックアップになってネックの電脳空間にファイルされている。ここにいるアッキはヒューマだ。通常のヒューマとちがうのはフェロモン放出が多いことくらいだ。
「アッキも逃げよう」
「僕の素性を知っているのはカンナだけだ。僕に危険はないが、カンナに危険がおよぶ」
「嘘はダメ。ネックをはずしたときから、アイネクはヒューマの肉体を持つアッキを反逆者と見なしたわ。もうすぐ、アッキとアッキを知るあたしを抹殺するため、バイオロイドの処理官が現れる」
「わかった。武器を渡す・・・」
アッキは天井までとどく本棚の梯子をはずして分解し、左右の支柱から三十センチほどのグリップ部だけの物を取りだし、一つをカンナに与えた。
「モノポーラだ。精神波起動、心で起動する。グリップを握って思うだけで内部からグリップの保護カバーが現れ、刃が延びて長さが四倍になる」
アッキがグリップを握った。拳の保護カバーが現れ、刃の部分が延びて剣になった。
「こんなだが、カバーから先が触れると・・・」
アッキが照明スタンドの太い支柱にモノポーラの刃の部分を触れた。手首ほどの金属の支柱が切れて床に転がった。
さらにアッキは梯子の支柱から、小さなモノポーラを取りだした。
「こっちはナイフとして使える。ポケットにいれておけ。
どっちも、カンナが持った瞬間、カンナの所有物として登録される。他人には使えない。
何かあれば、僕のもカンナだけの剣とナイフになる」
アッキは長いモノポーラに精神波を伝え、もとのグリップだけにもどし、フックをベルトに引っかけて吊し、小さなモノポーラをポケットにいれた。
カンナもアッキに従った。
外で何かが動く気配がした。
「誰か来たわ。意識はヒューマじゃない。身体がヒューマで部分的にそうでないところがある。全部で四人。処理官だ」
ネックが知らせたことをカンナが話したとたん、アッキがモノポーラを起動して身構えだ。カンナもモノポーラを起動した。
同時にドアがうち破られ、黒い影が部屋に飛びこんだ。アッキがそれをたたき落すようにモノポーラをふった。床に、胴を分断された男がピクピク腕を動かしたまま転がった。
「武器をたてて伏せろ!」
アッキの声とともにカンナはモノポーラをたてて身を伏せた。飛びこんだ男が杭にぶつかるようにモノポーラに激突して身体を二つにして倒れた。
「いいか。今度の奴は、影を見たらスキップして真上から影を切れ!」
アッキがそう叫んだとたん、アッキの背から腹を何かが貫通して、カンナの目の前に三本指が現れた。甲殻類の長い腕だった。
アッキは身体を捻り、ただちに長い腕をモノポーラで本体から斬った。腕はアッキに刺さったままだ。
「スキップしろ!」
カンナはスキップした。同時に真下で動く影に剣を突き刺した。モノポーラは影を貫き、床に刺さった。
「アッキ!」
「離れろ!」
アッキは腕を切りとられた異星体の本体にモノポーラを突き刺している。カンナはアッキに駆けよって抱きしめた。
「僕は助からない。逃げろ。逃げて、通信機・ネックをテレス連邦共和国のマリー・ゴールドに渡せ。
『アイネクはあらゆる銀河のヒューマ絶滅計画を立てている。ヒューマを餌にするため、社会に管理官を紛れこませてヒューマを管理している』
マリー・ゴールドと伝えろ。アイネクは巨大ゴキブリだ。繁殖力が強い。アイネクが産卵したら手に負えなくなる。
テレス連邦共和国の彼らはヒューマだ。ヒッグス粒子弾でアイネクを壊滅する。
ヒッグス粒子弾はロックした標的を時空間を越えて追尾し、標的だけを確実に壊滅する。
通信機・ネックのバックアップファイルに、そのことが保存されている。通信機・アリスもネックも精神波起動だ。心で動く。非常時だけ使え・・・」
アッキが倒れた。
「アッキ。死なないで!病院へ運ぶわ!あたしを一人にしないで・・・」
「ダメだ。あらゆるところにバイオロイドのアイネクの管理官がいる。
逃げてテレス連邦共和国へ行くんだ・・・。
マリー・ゴールドに通信機・ネックを渡せ・・・」
アッキの頭がカンナの腕にもたれた・・・。
「ウッッッッ・・・・」
カンナは声を抑えて泣いた。こんなことがあるはずがない。ぜんぶ夢だ。悪夢だ。結婚してここニューコンラッドシティに引っ越したばかりだ。故郷のニューコンラッドに、ヒューマに化けた異星体の管理官が潜んでるなんて嘘だ・・・。
カンナはそう思って倒れている四人を見た。四人とも、アッキが勤務する大学の警備員だが、四人の手は三本指の甲殻類の手だ。良く見ると、四人とも腕が甲殻類の外骨格におおわれている。
「こんなことって・・・。アッキの話は本当だ・・・。
アッキ、いっしょに逃げるはずだったのに・・・」
どうしよう。もうここにはいられない。異星体・アイネクの存在を知ったあたしも、アッキと同じように抹殺される。とにかく逃げよう。
でも、いったいどうやって逃げたらいい?身内は頼れない。バカすぎる。
テレス連邦共和国ってこの惑星イオスにはない。このリオネル星系にもない。
異星体がイオスにいるのだから、テレス連邦共和国は他の星系だ。いやこのリナル銀河の外かも知れない。アッキならすぐわかるのに・・・。
『そうだ。他の銀河だ。ここから脱出しろ。外へ出て輸送車に乗れ。コンラッドへゆけ』
「アッキ?生きてるの?」
『話さなくていい。考えれば伝わる。
僕の意識が途絶えて、通信機・ネックにファイルされている僕の意識と精神のバックアップが起動した。僕は通信機・ネックにいる。
カンナとの会話は僕が管理官だと話したときから、アイネクに知られぬように、通信機・ネックとアリスの通信機能を遮断しているが、注意しろ』
『あたしは他の銀河も、他の星系も知らない・・・』
『話はあとだ。時間がない。
もうすぐ(午前)三時だ。この居住区のモールに物品輸送ヴィークルが来る。
早く輸送ヴィークルに乗れ』
『アッキ。いっしょにいたいけど、ゴメンね。あたしはテレス連邦共和国を調べて、マリー・ゴールドに会うよ。ここから調べられないからコンラッドで調べる・・・』
カンナは腕の中のアッキにそう告げた。
『輸送車に乗ったら、通信機を使わないために、必要な記憶だけ残して他は一時的に消しておく』
『わかった・・・』
あまりの出来事にカンナは混乱した。
カンナの腰には二本のモノポーラの剣と二本のモノポーラのナイフがある。どのモノポーラも、アッキはカンナの精神波で起動できるようにしていた。
葬儀だけでもしたかったが、倒れている四人の侵入者を思うと、居住区全員が異星体・アイネクの指示で動いているように思え、カンナは急いで自宅を飛びだした。
路上に停止した物品輸送ヴィークルのコンテナをナイフのモノポーラで解錠し、コンテナに乗った。アッキを残してきたことが悔やまれる・・・。
カンナの思いは通信機ネックにファイルされたアッキの意識と精神のバックアップに読まれていた。
『僕の身体を気にするな。アッキ・ダビドの遺伝子コードはネックに保管してある。アッキは再生できる』
『わかった、アッキ』
物品輸送ヴィークルが動きだした。入れ違いにPV(パトロールヴィークル)が来て、自宅が燃えるのが見えた。
証拠隠滅する気だ。PVの監視官も異星体の管理官か・・・。
『そうだ。この地域の監視官は、アイネクのヒューマ型バイオロイドの管理官だ。
コンラッドへ行け。バスコ・コンラッドに会え。その事だけを記憶に残し、他の記憶を一時消去する。通信機・ネックとアリスを使うと、カンナの位置がアイネクに知られる。
通信機・ネックを奪うため、あの四人のよう処理官がカンナを襲うはずだ。
カンナに、ヤツラより優れた戦闘能力を与えておくよ。通信機・ネックに搭載されている戦闘能力アップ神経プログラムだ。
バスコ・コンラッドに会えば、彼が解決策を見つけてくれる。
では、記憶を一時的に消去する』
『わかった。アッキ、あいしてる・・・』
『僕もだ。いつもカンナを見守ってる。それではまたね・・・』
『うん・・・・』
アッキの意識が消えた。同時に、カンナは、カンナ個人に関する記憶とアッキ・ダビドに関する記憶を無くした。そして、武器使用方法の記憶とバスコ・コンラッドに会わねばならない記憶とテレス連邦共和国のマリー・ゴールドに会って通信機・ネックを渡せとの記憶だけが残った。
輸送車が停止した。ここはドラゴ渓谷にあるネイティブ居留区のモールだ。
ここからコンラッドシティは近い。コンラッドシティはドラゴ渓谷ぞいの街道にある、テーブルマウンテンをくりぬいた岩窟都市だ。
カンナはバトルスーツの光学迷彩を起動して、コンテナから降りた。周囲の景色を反映し、カンナの姿は陽炎のような影に変貌した。他のヒューマがちょっと見ただけでは、そこにカンナが居るとは気づかない。カンナはモールの建物にそって渓谷ぞいにコンラッドシティへ移動した。
カンナが移動すると、カンナが居たモールの前に、カンナの自宅に現れた四人と同じ人影が現れ、陽炎のようなカンナを追って、コンラッドシティへ移動した。
コンラッドシティの市街地に入った四人はカンナを発見し、何度もカンナに粒子銃を放つが、粒子ビームパルスが標的に到達したとき、すでにそこにカンナはいない。
カンナを探して四人の意識が一瞬それたその時、カンナは瞬時にモノポーラで二人の首を薙いだ。ヘルメットを被った頭が二つ宙へ刎ね跳んだ。残り二人がカンナに粒子ビームパルスを放ったが、粒子ビームパルスは首のない男の身体を貫いただけだった。
二人の男が腕の装置に手を触れ、手の粒子銃のパーツをモノポーラの剣に交換した。同時に、男たちにカンナのモノポーラの斬撃が走った。一人の男は両腕を斬り飛ばされた。もう一人はかろうじて身をかわし、いっきにモノポーラを水平に走らせて反撃した。
一瞬にカンナは後方へ飛び退いたが着地の足場が悪く、カンナは足元をすくわれるように後方へ倒れ、石造りの建物の壁に全身を打ちつけてモノポーラを手から落し、動けなくなった。
「さあ、楽になれ。意識と精神のバックアップにしてやる。ダビドとともにいるがいい」
男はそう言ってカンナに近づきモノポーラの剣をむけた。その時、
『グリップを握れ!モノポーラにしろ!』
とカンナの意識にアッキの声が響き、カンナが手にしたもう一つのグリップからモノポーラが伸びて男のヘルメットごと頭を突きぬけていた。
『アッキ、助かった・・・』
カンナの意識が遠のいた。
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