二十八 懐妊

 二〇二五年、十月十二日、日曜、午前中。

 N市W区の自宅仕事場で、省吾はバーチャルキーボードの指をとめた。

 不審文が気になってアイデアが浮かばない。今までの出来事はSF作品の『オーヴ』に関連してる・・・。俺の知らない所で何が起こってるんだろう・・・。

 省吾は左手で頬杖をつき、机の右の理恵を見つめた。

 理恵はデスクトップパソコンで、歯科専門誌を読んでいる。横顔がかわいい・・・。

 左の目尻から頬かけて三センチほどの正三角形をなす三つの小さなほくろがある。それらがひときわ理恵を色白に見せている。見てると最初に気づいた時のように、胸がキュンとなる・・・。


「えっ?何に?どうしたの?」

 省吾の眼差しに気づき、理恵は省吾を見た。

「うん、横顔、かわいいな・・・」

 理恵の放つ熱さが強くなり、芳しい香りが増して頬が色づいている。

「も~お、それだけ~?」

 理恵は微笑みながら、細く長い指をバーチャルキーボードに走らせた。歯科技術のページを保存し、デスクトップパソコンの電源を切った。笑顔で省吾の傍へ椅子ごと移動し、省吾に抱きついた。


「ちがうでしょう~」

『こんな時はアイデアが浮かぶまで待つのがいいよ。あわてないの』

「うん・・・」

 省吾はデスクトップパソコンの電源を切った。

「こうしたいんだ・・・」

 理恵の腰を抱きしめて立ち、理恵を抱きあげた。

「きゃっ、あははっ・・・」

 理恵は省吾の首に抱きついた。


「調べ物はいいのか?」と省吾

 理恵は省吾の唇を見つめながら言う。

「うん、今日は日曜で明日は体育の日。お、や、す、み、だよ。

 だらだらしたいな・・・」

「このまま?」と省吾

 理恵は駄々をこねるようにちょっと脚をばたつかせ、甘えた声で伝える。

「ううん、ベットで・・・」

「だらだら、だけ?」と省吾

「あ、い、し、て」

 そう言って理惠が顔を赤らめた。理恵の放つ香りが強い。

「よ~し」

「きゃあっ~、あははっ~」

 省吾は理恵を抱いたまま、その場でまわりながら寝室へ移動した。



 省吾の腕枕でまどろむ理恵の胸から腹部を撫でた。少し脂肪がのった滑らかな曲線がきれいだ。理恵の放つ熱さと芳しい香りが強い。理恵が身体を冷やさぬよう毛布と薄手の布団をかけて、理恵の頬に唇を触れた。

 理恵はまどろみながら、

「あいしてる」

 と言った。長いまつげの寝顔が子供のようでかわいい。省吾は理恵の髪を撫で、

「俺も愛してる」

 と伝えると、

『私も愛してる』

 と理恵とマリオンの思いが返ってきた。



 自動スイッチが入り、寝室のテレビが緊急ニュースを告げた。

《番組の途中ですが、緊急ニュースが入りました。非公式の情報です。

 北朝鮮のキム主席が死亡しました。非公式の情報ですので、事実確認が取れ次第、再度発表します。

 研融油化学社長、倉本氏が心不全で死亡しました。

 倉本氏とともに入院していた日報新聞元社長、田辺氏も心不全で死亡しました。

 倉本氏と田辺氏は現在保釈中でしたが、二人とも脳溢血のため、十月五日にK大病院に入院していました。

 厚生大臣が年金制度改革について発言しました。閣議決定されていない私的な考え、と発言しましたが、年金の減額と消費税の上昇は免れない様子で・・・》


 キム主席、倉本、田辺、三人が同じ時期に死ぬなんて話ができすぎだ。

 あの不審文では、公務員制度改革と行政改革と民間企業の国有化で、赤字財政を改善するはずだった。年金を減額して消費税を上げるとはなぜだ?

 省吾は理恵の腕と背中を撫でながらそう思った。


 省吾の思いに呼応して精神思考が伝わってきた。

『クラリックが動きだした。不用者を処分して、公務員制度改革の阻止と行政改革阻止、企業国有化阻止に動きはじめたよ・・・。

 先生、しばらくこのまま横になってていい?』

「もちろんだ。理恵か?マリオンか?」

『私は理恵でマリオンだよ。マリオンは省吾と呼びたいらしいけど、私は先生と呼ぶよ。甘えたいから・・・』


「理恵はマリオンを理解したのか?」

『全てがわかるようになったよ』

「マリオンが現われた時、理恵の記憶にマリオンがいなかったのはなぜだ?」

『マリオンの実在を認めなかったから、私の意識領域と精神領域の隔たり(バリア)が消えなかったの』

「いつ、マリオンを自分と認めた?」

『少し前・・・、愛しあったときだよ』

「精神共棲したのか?」

『今までと同じ、限りなく精神共棲に近い一時的精神同化だよ。

 ふたりの独自な個性が必要なの。

 でもマリオンがいない私は私じゃないよ。理恵がいない私もマリオンじゃない』

 そう伝えながら、理恵はまどろんでいる。

「理恵はマリオンの一族の子孫だろう・・・」

『そうだよ。私が教えたのがわかった?』

「今、感じた」


『先生、私、今日はいつもと違うみたい・・・』

「どうした?具合が悪いか?」

 省吾は起きあがろうとした。理恵は目を閉じたまま、甘えるように省吾を抱きしめ、

『私のここがずっと暖かなの。マリオンが、妊娠する、と言ってる・・・』

 理惠は省吾の腹部に手を当てている。

「本当か?」

『マリオンは慌てすぎだよ。もしかしたら、そうかもしれないのに』

「本当ならうれしいな!」

『まちがいない。理恵、今日は動きまわらない方がいい・・・。

 わかったよ。動かないよ』

「ああ、それがいい!」

 省吾は理恵を抱きしめた。

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