二十九 経済界と国際経済の変動

『先生、ポートに人が居る。速度違反の取り締りみたい』

「理恵に話すの忘れてた。金曜にN検警特捜部から、連休に速度違反の取り締りでポートを使いたい、と佐伯刑事が挨拶に来た。

 外の様子がわかるのか?」

『プロミドンのシールド内だからわかるよ。シールド外でも、何が起きてるか、感じるだけならできるよ』


「外はどうなってる?」

『パトカー(低車高の装甲車両パトロールヴィークル・PV)が四台、装甲搬送ヴィークルが二台、特殊機動武装員が二十人、検警官が六人とスーツの男が二人。N県検警特捜局の特務部だよ。眼鏡の禿頭の小柄な人が佐伯さんだね・・・。

 佐伯さんはN県検警特捜局、N検警特捜部部長だよ。特務部長も兼務してる・・・。

 組織改正前なら警察署長だよ。内閣官房統括情報庁の法務省N県公安検警局、N公安検警部長も兼務してる・・・。

 街宣ヴィークルは、装甲搬送ヴィークルと同じ構造だよ』

「何だって?」

 佐伯の身分と、街宣ヴィークルが装甲搬送ヴィークルと同じ構造と聞き、省吾は驚いた。

『機材を降ろしたよ。ヴィークルが家の南西へ移動する』

「見てくる」

 省吾はベッドから出て、肌けた毛布を理恵にかけた。

『先生、ズボンを穿いてね』

「わかった」

 ベッドのジーンズを取った。


「理恵、俺が居間とガレージに居ても、そこから話せるか?」

 省吾は自分の頭を指さし、思念波で伝えられるか仕草で示した。

『プロミドンがシールドしてるから、家の中なら話せるよ』

「外で変化があったら知らせてくれ」

 ジーンズを穿いてティーシャツを着、省吾は理恵の頬に唇を触れた。

『わかった』

 理恵はまどろんだまま、省吾の顔に両手をそえて唇を重ねた。



 オープンキッチンへ行き、窓ガラスの遮光モードを〈中×外〉の青ランプから〈中⇒外〉の黄ランプにした。駐車場の四台のPV(低車高の装甲車両パトロールヴィークル)と二台の装甲搬送ヴィークルが、家の南西側へ移動した。指揮するのは佐伯だ。


『理恵、速度違反の取り締りだけか?』

『誰かを捕まえようとしてる・・・。

 W通りを南から、黒のボックスヴィークルが二台来るよ!二台の黒の大型ワゴンが追ってる!』

 理恵は子供のように驚いてる。以前の理恵のままだ。


 省吾はキッチンから廊下へ走った。

 浴室の隣のドアを開け、素足でガレージのコンクリートを走り、南西の窓の遮光モードを〈中⇒外〉にした。


 二台の黒いボックスヴィークルが、前方のヴィークルを追い抜き、片側二レーンのW通りを南から走ってきた。その後を二台の黒い大型ワゴンが追っている。

 レーンが狭く直線が短いため、ボックスヴィークルは格納しているロータージェットウイングを拡げられない。


『先生、見てっ!』


 前方にヴィークルがいなくなったその一瞬、二台のワゴンが右レーンへ動き、一台がボックスヴィークルを追い抜き進路を塞いだ。もう一台のワゴンが、二台のボックスヴィークルに横付けになった。その瞬間、二台のワゴンが急ブレーキ。

 行き場を無くした二台のボックスヴィークルが、縁石を削りながら、省吾の家のポートに突入した。

 家の南から、二台の装甲搬送ヴィークルと四台のPVと二台のワゴンが急行し、ボックスヴィークルを囲んだ。ボックスヴィークルの接触箇所に白い塗料が現れている。


『ショッピングモールの白のボックスヴィークルだよ!

 黒いワゴンも、モールのと同じだよ!』


 装甲搬送ヴィークルから、二十名の武装員が出てきた。自動小銃を向け、二台のボックスヴィークルを包囲している。二台のボックスヴィークルはN県検警特捜局特務部の車両に囲まれ、W通りからは見えない。


 なんて事だ!機銃装備するほどの重罪犯か!?


 武装員が、二台のボックスヴィークルから、スーツの八人を引き出し、二台の装甲搬送ヴィークルに分乗させた。一台のPVを残し、全車両が駐車場から走り去った。


 ガレージのセキュリティモニターのアラームが鳴った。

 省吾はモニターを外部通信にした。

「何があったんです?」

「手配中の容疑者を逮捕しました。

 協力ありがとうございました。後ほどお礼しますので」

 ディスプレイの佐伯から思考は感じられない。意図的に思考を消しているようだ。

 佐伯の映像がディスプレイから消えた。


『理恵、何が起こってる?』

『N県検警特捜局特務部とN県公安検警局が、経済界の工作員を逮捕したみたい。

 工作員にクラリックが意識内侵入してる。クラリックが離脱すれば、工作員は生きてられないよ。

 先生、ニュースで環太平洋経済協定を話してる。何かあったみたいだよ』

『わかった。そっちへ行くよ』

 省吾は寝室へ戻りながら理惠にそう伝えた。



 寝室にテレビニュースが流れている。

《本日、合衆国は、

「日本産の農産物輸入関税を緩和する」

 と緊急発表しました。

 現在、日本は東南アジア諸国とセアニア諸国との間で、東南アジア・オセアニア経済圏協定を結んでいます。この経済連協定は、東南アジアとオセアニアの発展途上国に、圧倒的経済力で政治圧力を掛けている、合衆国と中国とロシアに対抗するためです。


 合衆国は日本に、環太平洋経済協定参加を要望しています。

 東日本大震災と東海大震災で緊急援助した合衆国は、合衆国の国益のために震災を機に日本に恩を売ったと言われてきました。

 今回の合衆国の発表の裏には、日米安保継続のみならず、日本を環太平洋経済協定に引きこみ、東南アジア・オセアニア経済圏協定を切り崩す目的が考えられます。


 合衆国は、ドル安の原因は合衆国内の慢性的な不景気としながら、貿易黒字目的で意図的にドル安政策を行っています。

 ドル安円高と毎年の洪水で、東南アジアに生産拠点を持つ日本企業が減産に陥る一方、韓国、中国、インドは対外貿易を増加させています。

 経済大国と自由貿易になれば、国内消費では、人件費が高い国産品や国内生産物は国外産の物品に太刀打ちできません。輸出はドル安円高が妨げになっています。


 これら経済大国への対抗措置として、東南アジア・オセアニア経済圏協定が締結され、南米諸国にまで拡大しようとしている現在、震災援助と日本産農産物の輸入関税緩和を口実に、合衆国がこの経済圏協定の切り崩しに出たのです。

 こうした状況にありながら、経済産業大臣と経済産業省官僚は、環太平洋経済協定参加は、国益のために必要だ、とコメントしています。経済産業省の考えは・・・・》


『資本家が資本の無い者に資本を貸付け、資本と利息を回収する・・・。

 先進国が発展途上国に投資し、資本と利息を回収する・・・。

 資本主義は経済格差があるから成立するんだよ。

 だから、合衆国は、東南アジア・オセアニア経済圏協定で、発展途上国と呼ばれる東南アジアとオセアニアと南米諸国が、経済大国になるのを恐れてるのだ・・・』

「それは俺が考えたんじゃなかったのか?」

『マリオンが教えたんだよ』


「そうか・・・。

 政府は、合衆国が僅かばかり譲歩したからと言って、環太平洋経済協定を結ぶ気か?東南アジア・オセアニア経済圏協定がありながら、どうする気だ?」

『裏で、経済界が動き始めてる』

「国民のための政府が、なぜだ?

 国益に反すれば、閣僚も官僚も、公務員政策立案推進実績責任法と公約宣言厳守責任法で処罰されるんじゃないのか?」


『N県の検警特捜局特務部と公安検警局が、経済界の工作員を逮捕しただけで、検警特捜庁と統括情報庁は、政府上層部へ手を出せないんだよ。

 政府上層部に経済界が介入してるから、このままだと、法律が無いのと同じだよ』

 理恵の手が省吾の胸へ伸びた。理恵は省吾の腕を枕にしてる。

『だから、早く、資本主義体制と間接民主制を変えてね』

「タブレットパソコン、持ってきていいか?」

『うん、いいよ。子供が安心して暮せるようにして』

「わかった」

 省吾はまどろむ理恵の頬に手を触れた。子供っぽい理恵とマリオンが共存してる。



 省吾は仕事場からタブレットパソコンを持ってきた。ヘッドボードに背を持たせ、タブレットパソコンを起動した。

 理恵はまどろんでいる。理恵が目覚めたら昼飯の仕度をしよう・・・。

 理恵の手が毛布の下から省吾の脚に触れた。

「えっ?休んでなくていいのか?」

『休んでるよ。身体が暖かでいい気持ち、特にお腹が・・・。

 先生、立法と司法と行政を国民主権下と国民監視下に置いて、国民の代表が政治を行える体制を作ればいいよ。難しいけど、直接民主制に近づけるの』

「そうか!わかったよ!ありがとう」

『私はまどろんでるけど、先生を感じてるよ』

「了解、俺も理恵を感じてる」

 さて・・・。

 省吾は考えた。

 金融資本主義を世界にはびこらせた現在の先進諸国が、近未来で、現在の発展途上諸国から大批判され、現在の先進国を主軸にしない新たな協力体制が強まるのはまちがいない。

 歴史上の大英帝国やスペインの国力の衰退を見れば、よくわかる。

『未来のあるべき世界』の体制へ進むには、国内からスタートだ・・・・。


『そうだよ、先生』

 脚に理恵の手が触れた。理恵の手が熱い・・・。

 省吾は『未来のあるべき世界』の前に、日記を書いた。

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