二十五 善と悪

 二〇五六年、十一月十七日、火曜。


 ティカルの地球防衛軍ティカル駐留軍基地に来て以来、ユリとかほり、ネリーの腹部が目立つようになった。ユリとかほりの体内に双子、ネリーは三つ子の胎児がいて従来の二倍の速度で生育している。


「子供たちの様子はどうですか?」

 ユリは三人を診察した軍の女性産婦人科医に訊いた。

「健康です。何も問題ありません。次回の検診は二週間後です」

 軍の女性産婦人科医は愛想良くそう言って、高級コンドミニアムを思わせる居住区の居室を出た。後を追うように女性看護士が測定機器を壁に格納して出て行った。

 ユリは、産婦人科医が口先だけ愛想良くしているのを感じた。兵士たちはネリーとユリとかほりを政府要人の妻たちと思ったらしく、三人に良い感情を持っていないのが感じられた。


 ここは古代遺跡の地下調査を名目に建設された、地球防衛軍のティカル駐留軍基地だ。

 指揮官ジョン・ケクレは、アジア連邦議会議長で連邦統合議会対策評議会評議委員のジョージ・ミラーから、ホイヘンスに関する機密事項を知らされていたが、兵士たちは遺跡の管理保護と地球防衛事項の他は、何も知らされていなかった。

 

 看護士と入違いにモーリンが笑顔で居室に現れた。

「医師から聞いた。順調のようね・・・。

 司令部にジョージ・ミラーとアントニオ・コルテスが来てるわ。三人とも司令部に来てください」

 アントニオ・コルテスは南コロンビア連邦議長で統合評議委員である。

「わかった。すぐ行く・・・」

 ユリたち三人はそう答えた。モーリンはしばらく待って、三人とともに居室を出た。


 基地内の連絡は、衣類に装備された携帯端末や非常用インターホンで連絡できるが、モーリンは妊婦と胎児の様子を知るために、可能な限り、ユリたち三人に会って話した。

 モーリンの特殊能力は、ラビシャンとネリー、アネルセン邸で二ヶ月を過ごしたユリとかほりとトーマスしか知らなかった。皆、モーリンのこうした能力について語ろうとしなった。なぜなら、ユリたち三人は胎児の影響で、ラビシャンはローラのエネルギー波で、トーマスはモーリンに指導されて、その能力に目覚めつつあるからだ。



 モーリンたち四人が司令部の席に着いた。遺跡保護特別官のラビシャンと関係者に囲まれて、二人の連邦議長、モリス・ミラーとアントニオ・コルテスがテーブル正面の席に居る。

 ジョージ・ミラーが言う。

「統合評議会の統合評議委員として質問する。

 ホイヘンスが君たち全員を拉致しようとした理由を、君たちから聞きたい」

 ミラーは、ホイヘンスの違法な人体実験を明らかにしたいと思っている。強制人工授精は生命の尊厳を無視した重罪である。

「ホイヘンスは、私と大隅教授と宏治が受け継いだローラのテロメアの分子記憶を知ろうとしている。そして、配偶子によって受け継がれた分子記憶は誕生を待っている」

 ラビシャンはネリーのお腹を示した。


「生まれる子供に分子記憶があるのか?」

 ミラーがそう訊いた。

「かんたんに言えば、そうです」

 トーマスはティカルに来て以来、母親たちとラビシャンのゲノムDNAとオルガネラDNAを分子解析し、X染色体DNAのテロメアに分子記憶機能が高いのを認めている。

 元来、遺伝子には分子の履歴がある。この記憶を人類は読めない。しかし、三人の妊婦は胎児を通じて、胎児が受け継いだローラのテロメアの分子記憶をおぼろに感じ始めている。


「どんな記憶だ?」とミラー。

「我々の想像を超越した太古の記憶よ」

 モーリンがそう言った。

「説明できるか?」とミラー。

「難しいわ。ニオブの言葉をどう表現していいか言葉が見つからない」

 とかほりが答えた。

「子供たちなら説明できるでしょうね。ホイヘンスも大隅教授たちの配偶子を使って子供たちを誕生させるから、テロメアの分子記憶はホイヘンスに知れる。

 せめてもの救いは、ホイヘンスより早く、この三人から子供たちが生まれることね」

 モーリンは精神科学者であり、宗教科学者である。テロメアの分子記憶を読めるよう、生まれた子供たちを指導できる。


「情報収集衛星で知ってのとおり、近いうちにテーブルマウンテンの内部で研究施設建設が始まる。地球防衛軍がこれを攻撃すれば、統合評議会が軍を動かしたと分ってしまう。何としてもホイヘンスの違法な研究を暴きたい。方法はないかね?」

 そう言って、アントニオ・コルテスは全員の顔を見ている。


 ミラーが言う。 

「我々は違法な遺伝子操作行為に目をつぶる。君たちのクローンを送りこんでホイヘンスを探れないか?チャン・カンスンも承知してる。クローンを送りこんでくれ」

「クローンにも人格はある。人間だ。物じゃない・・・」

 そう言ってトーマスは顔をしかめた。ミラーの考えに否定的だ。


「ホイヘンスが政治に介入しなければそれで良い。そのために、我々は手段は選ばない。

「抹殺していいのか?」とラビシャン。

「手段は選ばない。

「クローンが成人するのに何年かかる?」とミラー。

「完璧に成人させるには、数年かかる・・・」とモーリン。

「数年なら、その間に子供たちから分子記憶を聞ける。ホイヘンスの研究施設建設の偵察を続けてくれ」

 モーリンはミラーの思いを感じた。

 ミラーは、ホイヘンスを生かさぬように殺さぬように、手懐けようと考えているが、それは無理だ・・・。

 ホイヘンスの精神と意識はニオブの一部の者、クラリック階級の者たちに支配されている。それはローラの精神と意識とは異なっている・・・。

 ローラのローラの精神と意識は善であり存続だが、ホイヘンスの精神と意識は悪だ。破壊後の創造だ・・・。


(Ⅴ World wide④ 楼蘭の乙女 了)

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