二十五 不審な文章

 二〇二五年、九月二十三日、火曜、秋分の日、正午前。

 台風が日本列島の東海、関東、東北を通過した。前回の台風に続く被害だ。

 N市W区の自宅仕事場で、理恵は省吾が書いたタブレットパソコンの日記を読んでいる。

『台風の被害は無い』

 と日記を書いたのに、どうして被害が出たのだろう・・・。


 突然、ディスプレイの文章の後に、新しい文章が現れた。次々に書き進んでいる。

「先生!見て!日記に文が現れた。かってに書き進んでる・・・」

「何か変った事、なかった?」

 省吾はデスクトップパソコンで出版社の原稿を書いていた。

「何もないよ。日記を見てただけ・・・」


『こんなに災害が続くのは、政治がまちがった方向へ進んでいるせいか?政府は新体制になったが、本来あるべき政府になっただけだ。

 洋田総理の所信表明演説は漠然としている。総理でなくても話せる内容だ。ビジョンが無い。

 年金制度改革は、政権が変るたびに担当部署が新設され、税金が無駄に使われてきた。今回の新体制で、年金不祥事に関係した全ての関係者が、「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」で処分された。

 最初から「年金通帳」を作り、「固定利率の年金積立記録を行政機関と個人で保管」すれば、これまでの無駄はなかったはずだ。全てが無計画な政治と行政で成された結果だ。新体制になっても、政府と行政機関に、国民を守り給え、と祈る者も、守ろうとする者も居ない。

 まだ、政府内に過去の閣僚思想が残っている。学閥による選民思想だ。内閣が、正義を理念にする閣僚と官僚を自由に選び、それらが各省庁のトップになれば良いが、帝都大学の学閥は内閣が選んだトップを馬鹿にするか、反発するだろう。帝都大学の学閥に人道的に優れた者は居ない。ずる賢いのが各省庁に多く居る。帝都大学の学閥は解体せねばならない。閣僚と官僚を選ぶに当たり、EQを調べるのはだめだ。姑息な者はEQ試験の内容を把握して模範解答する・・・。

「公約宣言厳守責任法」は良い法律だ。発言を記録すればそれで人格がわかる。教育を変え、知識ではなく、人格を育てねばならない・・・』


「この文、日付を追って、先生の日記の後に書いてる・・・」と理惠。


『赤字財政の解消は・・・。

 公務員、特に閣僚と官僚の人数と給料を削減し、行政機関の無駄を無くす。

 実行途中で停止している公共事業を、最悪の条件下で調査し、利益を産む物は再開する。

 既存企業を買収して国家資本の企業を設立し、利益で国家財政の赤字を補填する。

 この際、旧国鉄のような扱いはせず、民間企業より厳しい条件を課して経営陣の給与を抑え、利益増加を図る。利益が無い場合、つまり、赤字が発生したら、全て経営陣の責任とし、経営陣に補填させる。一般社員についても、業績の上がらない社員には責任を取らせる・・・。

 以上を法制化する』


「書くのが止まったよ」と理恵。

 不審な文章が現れたのは、省吾が最後に日記を書いた九月十七日水曜の後の部分で、日記の一番最後へ移動した『未来のあるべき世界』の前だ。

 省吾は今まで書いた日記が気になった。


 すると、理惠が言う。

「文章はバックアップ・ファイルとバックアップ専用HDに残ってる。メモリーカードにも保存してあるから心配ない。今は操作しない方がいい・・・」

 理恵はそう説明してから、パソコンに詳しくない自分の言葉とは思えず、戸惑っている。

「うん、わかった。他に何か出てないか調べるよ」

 以前、デスクトップパソコンに書いた日記はメモリーカードに保存した。バックアップ・ファイルのフォルダはそのままだ。

 省吾はデスクトップパソコンの日記のフォルダを開いた。日記はそれまでの過去の物だけで、何も現われていなかった。思いついて、ネットワークを遮断し、理恵のデスクトップパソコンとタブレットパソコンを起動した。異常は理恵が見ている、省吾のタブレットパソコンだけだった。

「そっちの文は?」

「また、書き進んでる」


『・・・地方自治体へ移譲できる行政は全て移譲し、あらゆる行政を単純化しなければならない・・・』


「理恵のタブレットパソコンの日記に、『文章を書くな』と書く。そのパソコンに変化が出たら教えてくれないか」

「わかった。また書くのが止まったよ」と理恵。

 省吾は

『お前は誰だ。俺の日記に文章を書くな』

 と書いた。


「先生の文章が出たよ、不審文の後に・・・」

 理恵が見ているタブレットパソコンの不審文の後に、省吾の書いた文章が現われている。

 省吾は他のデスクトップパソコンを見た。

「デスクトップは二台とも、何も出てない。変化はそのパソコンだけだ・・・」

『マリオン。このタブレットパソコンと他のデスクトップパソコンの違いは何だ?』

 省吾はマリオンへ考えを伝えた。


「省吾のタブレットパソコンが議長で、他が議員なんだ・・・」

 理惠がマリオンに代わってそう答えた。

「何だって?どう言う事?」

「このタブレットパソコンに、他のパソコンの文章が集められるんだと思うの」

理惠は思いだしたようにそう言った。


 不審文が現れているのは、理恵が見てる俺のタブレットパソコンだけだ。もしかしたら・・・。

「理惠。俺が書いた文章の後に『ただちに消せ』と書いてみて・・・」

「・・・書いたよ」

 省吾が見てる理恵のタブレットパソコンの『お前は誰だ。俺の日記に文章を書くな』の後に、『ただちに消せ』と現れた。デスクトップ二台にも『ただちに消せ』と現われている。

「三台とも『ただちに消せ』と出た!

 今度は『ただちに消せ』をこっちで消すよ・・・」

 省吾は理恵のタブレットパソコンの日記に書いた『ただちに消せ』の削除を試した。

「消えないぞ!

 そしたら、理恵が書いた文と、俺が書いた文を消してくれ」

 今日書いた文だ。消去はできるはずだ・・・。

「了解・・・」

 理恵は、理恵が見ているタブレットパソコンの文章を消去した。


 省吾が見ているタブレットパソコンから、

『お前は誰だ。俺の日記に文章を書くな』と『ただちに消せ』の文章が消えた。

 なるほど、省吾が使ってるタブレットパソコンが議長で、他が議員とは、うまい表現だな・・・。

「理恵が言うとおりだ! そのタブレットパソコンがメインで、他はサブだ。

 議長意見は議員に伝わるが、議員同士の意見は伝わらない。

 議長は議員の意見を却下できるんだ」

「他にも、稼動してるサブパソコンがあるんだね。

 この文章、内容は的を射てる。政治に関心ある者が書いてるんだね」

 理恵はタブレットパソコンの不審文を見ている。

 誰かわからないが、議長としてこの議員の意見は一見に値しそうだ・・・。

 省吾はそう思った。

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