三 理科教師からの情報

 電導有機組織によるマイクロコンピューターの脳内インプラントの記憶によれば、エルはLだ。茶居玲香、レイカのエルだ。そして、俺は軽部平太、通称はHだが、呼びにくいのでカルベの頭文字をとって、Cと呼ばれていた。


『エル。エル』

 Lを呼ぶが、銃撃の音で聞こえないらしい。しかし妙だ。脳内インプラントで思考が直接伝わっているはずだ・・・。


『エルっ。L!L!』

『うるさいっ!余計な事を考えずに撃て!話は後だ!』

 そう伝えながらも、Lはズッと撃ち続けている。俺もヒューマノイドを撃ち続けた。


 交番に立て籠った俺たちをヒューマノイドが襲ってくるが、交番に近づくことなく、頭を吹き飛ばされて路上に倒れている。俺たちは何人もヒューマノイドを倒したはずだ。それは拳銃FN HiPerの空になった23個のマガガジンを見ればわかる。マガジン1つには20発のエクスブローダー弾が入っている。俺は少なくとも、300体以上のヒューマノイドを倒していることになる。


 銃眼になっているシャッターの隙間から、路上を見ると、頭を吹き飛ばされたヒューマノイドは平たく変形してヘビのようにのたうって所々に集り、収縮して球状になってその場に留まっている。


『うっ?なんだこれは?』

 脳内インプラントから、何かが俺の中に現われた・・・。



 俺が思ってもみない記憶が脳内インプラントから現われた。俺はいったんその記憶が湧くのを押えた。


 ヒューマノイドの集団が途切れた。Lが訊いた。

『さっきの話は何だ?』

『こんな事をしていても切りがないぞ。何のために立て籠ってるんだ?』

『駅を占拠されないためだと言ったはずだ』

『ヒューマノイドは大量にいるんだろう?いずれ、エクスブローダー弾は底を突く。

 他の方法を考えた方がいいと思う』


『どんな方法だ?』

『最初にLは言った。指揮官がいるはすだと。だったら、Lの兄に会ってそいつの習性を知ろう。兄はどこに居る?』


『上尾だ。移動手段がない』

『通信はできるだろう?』

『ああ、脳内インプラントを起動すればできるな。ちょっと待ってろ・・・』

 Lは思考で脳内インプラントを起動した。

『通じたぞ。あたしだ。兄貴が送ってくれた動画、その後の変化はあったか?』


 俺の頭の隅に映像が現われた。Lがいう搭乗兵器のような機動兵器だ。

 映像の隅に白衣を着た、メガネの若い男が現われた。

《水道水に混入したこいつが、ヒューマの体内に入って脳に集り、ヒューマを支配する。支配されたら、ヒューマは元には戻らない》

 と思考が流れてきた。Lの兄、茶居孝史だ。


『国防省も警察省も科学技術省も、管理担当者がヒューマノイドだ。身体を奴らに支配されてる。誰もこのエリアンを認めないのは当然だ』

『上層部も、ヒューマノイド化されたのか』と茶居玲香。

『わからない』と兄の孝史。


『ヒューマノイドを指揮しているのは、誰だ?上野駅周辺のヒューマノイドを見ていたが、指揮している者は見当らない。ヒューマノイドは司令をどうやって受けてるんだ?』

『ヒューマノイド自体が一部隊だ。司令部は頭部だ。ヒューマノイドの頭部に機動兵器型エリアンが終結して、身体の中にいる他のエリアンを指揮してる』


『襲ってくるヒューマノイド一人一人の指揮官は、ヒューマノイドの頭部だというのか?』

『そういうことだ。ヒューマノイドの頭の中に居た司令部はエクスブローダー弾で壊滅した。おそらく攻撃してくる一波ごとのヒューマノイド一人一人の司令部は、侵略当初に指令を受けて、そのまま行動しただけだろう』


『エリアンの弱点は何だ?』

『直接大気に触れて、乾燥することだ』

『そんな事は、ヒューマノイド壊滅に役立たないぞ!』


『今のところ警察署も軍事基地も占拠されてないが、政府の状況は不明だ。上層部までヒューマノイドに支配された、と見た方がいいぞ!』

『エリアンが進入して、政府組織の全員がヒューマノイド化したか?』

『俺も最初はそう思っていたが、ヒューマノイド化するヒューマと、ヒューマノイドかしないヒューマがいるらしい』

『どういう事だ!?』



『例のエリアンの画像、見ただろう。あれが細胞に取り付いて中へ侵入し、ヒューマをヒューマノイド化すると思ってたが、そうじゃなかった。

 最初はヒューマノイド化する状況が、ウィルスがヒューマの細胞に感染する時と同じ世に見えたが、実際は、エリアンが特殊なアミノ酸を細胞の周りにばらまいて、細胞を変化させてた・・・』


『人体実験したんか?」とL。

『ヒューマノイド化する奴が居たから、当人の許可を得て細胞を調べた。

 そのサンプルの細胞が入った容器に、俺の細胞も入れたが、俺の細胞はエリアンを排除した。さらに免疫細胞が、エリアンを食っちまったんだ』


『どういう事だ?』

『エリアンを外敵と見なさない細胞と、完全な外的と見なして排除し、エリアンを攻撃する免疫細胞を持つ細胞があるという事だ』


『水道水に紛れているエリアンを飲んでも、ヒューマノイド化しないヒューマが居るのだな?』

『今のところ、俺の細胞で確認しただけだ。確実じゃない』


『ヒューマノイド化スル、シナイの原因は何だ?』

『おそらく、ヒューマ個々人の遺伝情報の違いだと思う。ヒューマだからと言って、ヒューマの遺伝情報が全員同じじゃないのは、病気に対する免疫機能が個々人で違うことから確認されてる』


『進化の差か?』

『進化したのがエリアンを寄せつけないのか、進化しなかったのか寄せつけないのか、どっちとも言えないが、ヒューマノイド化しないヒューマがいる可能性は高い』


『エリアンは何だと思う?』

『搭乗型起動兵器をまとったエリアン。そう見るしかないね』


『通信手段?』

『不明だ。ただし、ボルボックスのように、脳で群体化して思考する事がわかった。その他は不明だ。なにせ、政府関係も研究機関も、このエリアンについて門前払いだ。担当がヒューマノイド化されたんだろうと思う』


『担当者と話したのか?』

『ああ、話した。ど素人の対応だった。

 ああっ、なんてこった!大変な事態だぞ!』

 頭に浮んでいる映像で、Lの兄、茶居孝史が悲鳴のような声を発した。



『急に、なんだ?』

『ヒューマノイド化した者たちが言葉を発したんだ!

 エリアンはヒューマの言葉を理解しはじめてる・・・』

 Lの兄、茶居孝史の表情が強ばっている。


『ヒューマノイドが政府組織を動かす、ということだな。

 ヒューマノイドの侵略を阻止して、壊滅する方法は無いか?政府組織のヒューマノイドの頭をエクスブローダー弾で吹き飛ばしたら、いずれ我々が頭を吹き飛ばれるぞ』

 Lは、ヒューマノイドが政府組織を支配して軍と警察組織を動かす場合を懸念している。


 俺は考えを伝えた。

『俺たちが政府組織へ進入して、こっそりヒューマノイドを壊滅すればいい。

 エリアンを攻撃するアンタの免疫細胞を、ヒューマノイドに注入する方法を考えてくれ!』


 エルが何か閃いたような顔で伝えた。

『兄貴の免疫細胞を増殖して、錠剤にするとか、飲料水にするとかして、ヒューマノイドに飲ませる方法を考えてくれ!』

 俺もLに同意した。

『それがいいぞ!免疫細胞を増殖して、飲ませりゃあいい。エリアンが水道水に紛れこんだように、孝史さんの増殖した免疫細胞を水道水に紛れこませるんだ』


『免疫細胞の増殖は可能だ。水道水の滅菌過程で、免疫細胞が破壊されない方法を考えなければいいのだが・・・。

 ああっ!そういうことか!エリアンが搭乗型起動兵器を纏っていたのはそういう事だったんだ!奴ら、滅菌されるのを防止したんだ!奴らの搭乗型起動兵器を調べて、我々の搭乗型起動兵器で奴らの搭乗型起動兵器を破壊するようにすればいいんだ・・・。

 わかった。急いで対策を練るよ』


『そっちで、作業できるか?』

『都内へ移動する方が危険だ。我々の搭乗型起動兵器ができしだい、ドローンに乗せて、水源へ投入する。

 またな、連絡してくれ!』

 そう言って脳内インプラントの映像通信が切れた。

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