四章 異星体の宇宙盗賊

一 宇宙盗賊

 グリーゼ歴、二八一六年、九月二十五日。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団、カプラム星系、惑星カプラム。

 惑星カプラム静止軌道上、テレス連邦共和国宇宙ステーション・AIパエトン。



 惑星カプラム標準時、一〇〇〇時過ぎ。


 惑星カプラムの静止軌道にいる巨大な車輪のような宇宙ステーションに、小惑星を模した巨大宇宙船が接艦した。両者の姿は、巨大な車輪の軸に付着した、球体型の巨大要塞のようだった。

 一時間ほどすると、宇宙ステーションの回転が落ちて照明が消え、巨大宇宙艦がステーションを離れた。これまで一定の姿勢を保っていた宇宙ステーションは回転を停止して静止軌道にいる。



 二十五時間後。九月二十六日、一一〇〇時過ぎ。


 調査巡航戦艦〈スティング〉が地球ゴマにとまった小さな蠅のように、巨大な宇宙ステーションの軸に接艦した。宇宙ステーションは全ての動きを停止している。

〈スティング〉のAIが異常を感知して警告する。

「警告!ステーション内空気圧はゼロ!異常事態発生!

 警告!ステーション内空気圧はゼロ!異常事態発生!」


 探査ドローンが送りこまれて、エアロックロックが開いた。宇宙ステーション内部の空気圧は0だ。ステーション内部に破壊は見られない。

 探査ドローンがステーションの軸中央にあるコントロールブリッジへ進む。通路にヒューマはいない。

 ドローンがコントロールブリッジに着いた。ここにもヒューマはいない。


 ドローンが宇宙ステーションの駆動装置を起動した。

 宇宙ステーションの駆動開始とともに管理AIパエトンが覚醒した。車輪部にあたる研究居住区の回転が始り、コントロールブリッジにAIエトンのアバターが現れて警報した。

「エネルギーが不足しています。

 エネルギー変換機が存在しません。

 エネルギー補充できません。

 ステーションは回転を停止しています」


「パエトン!内部映像を出せ!」

 調査巡航戦艦〈スティング〉の調査官が探査ドローンを通して、宇宙ステーションの管理AIパエトンに指示した。

〈スティング〉のブリッジに3D映像が現れた。だが、ステーション内に生命反応はない。探査ドローンが送ってく映像から判断しても、空気とエネルギー変換機とクルーが消えているのは明らかだ。


 調査官がドローンを通じてパエトンに問う。

「空気とエネルギー変換機とクルーの他に、無くなった物は何だ?」

「ステーションの構造体だけ残っています。他は全て存在しません」


「水も空気もか?動植物も土もか?」

「そうです。残っているのはステーションだけです」

「排泄物も無いのか?」

「ありません」

「何があった?」

「記録映像と情報収集衛星の探査映像を再現します」

「わかった。見せてくれ」

 調査巡航戦艦〈スティング〉のブリッジに、宇宙ステーションを監視する情報収集衛星の探査3D映像が現れた。



 探査3D映像で、静止軌道上の巨大な車輪に似た宇宙ステーションの全機能が停止した。宇宙ステーションはシールドを張れぬまま回転を停止して、内部は無重力状態になった。

 宇宙ステーションの回転軸に小惑星の外観を模した巨大宇宙船が接艦した。両者の姿は、巨大な車輪の軸に付着した球体型巨大要塞のようだ。

 巨大宇宙船から巨大円筒が延びて先端のダイアフラムが開き、宇宙ステーションの軸を包みこんでダイアフラムが閉じた。


 3D映像が宇宙ステーションの軸からの3D映像に変った。

 巨大円筒内部からマニピュレーターが延びて宇宙ステーションの接艦用エアロックのハッチを切断し、内部の空気を吸いとりはじめた。


 宇宙ステーションは全機能が停止している。区画ごとのエアーロックは開いたまま機能しないばかりか、宇宙ステーションクルーの気密防護スーツも内臓AIが機能停止して気密を保てない。全ての区画から空気が抜かれると同時に、クルーは窒息死して、クルーは空気とともに巨大宇宙船に吸いとられていった。


 宇宙ステーションの空気とクルーが巨大宇宙船に吸引されると、気密防護バトルスーツに身を包んだ巨大ゴキブリが宇宙ステーションに入り、保管されている動植物からボンベに入った気体と液体、密閉容器に収納されている排泄物にいたるまで、宇宙ステーションの構成部分を除く、全ての物質と、エネルギー変換機を巨大宇宙船にスキップ転送した。


 一時間ほどすると巨大宇宙船が宇宙ステーションを離れた。宇宙ステーションは動きを停止したまま静止軌道にいる。



 宇宙ステーションのAIパエトンが報告する。

「有機物とエネルギー変換機と資材を略奪されました・・・。

 略奪者は異星体アイネクです。アイネクは巨大ゴキブリです・・・」


 アイネクは子孫を増やして巨大宇宙船を拡大巨大化するため、有機物質と資材を奪っている。奪うたびに巨大宇宙船はさらに巨大化し、アイネクの子孫は、奪った有機物質に見合う数だけ増加する。

 巨大宇宙船に存在する元素の総量は限られている。有機物質の原料となる各元素の総量が増えぬ限り、有機体の総量に限度がある。限られた空間内では一種の有機体が増えると、他の有機体が減少する。他の有機体を減らすことなく一つの種が増加するには、有機物質原料となる各元素の総量を増やさねばならない。

 この事実を理解しているアイネクは宇宙空間に存在する施設を襲い、排泄物から土、動植物などの生命体、気体や液体など、有機体の原料となるあらゆる物を奪ってゆく。

 さらにアイネクは、巨大宇宙船を増築するために、宇宙空間に存在する施設と資材も奪ってゆく。アイネクにとってヒューマ(ヒューマンの子孫)はアイネクの種を培う単なる有機原料に過ぎない。捕獲された人類は分解されて有機原料にされる。



「なんてことだ!艦長。大変な事態になったぞ・・・」

 調査巡航戦艦〈スティング〉の調査官は言葉を無くした。

「略奪されているのは我々の宇宙だけではありません。

 リナル銀河、カオス星雲リオネル星系、惑星イオスでは、ヒューマ型バイオロイドに精神共棲したアイネクの管理官がヒューマを管理監督し、食糧サンプルとしてヒューマを捕獲しています」

 宇宙ステーションのAIパエトンは、惑星イオスのAIクピのアバターが伝えた惑星イオスにおけるアイネクの行動記録映像を、調査巡航戦艦〈スティング〉へ送信した。

 AIクピは、リナル銀河カオス星雲オネル星系惑星イオスのAIだ。なぜ、異星体アイネクが宇宙ステーションその物を略奪しなかったか、理由は不明だ。

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