二十五 HiggsDestroyer
二〇二六年、帝都、四月十七日、金曜、十八時四十七分。
ダブリン、四月十七日、金曜、十時四十七分。
FRSEAON日本地球防衛軍関東師団宇宙防衛隊入間基地の、時空間管理部コントロールルームの強化ガラス越しに、直径三百メートルの巨大金属球体、「装置」と呼ばれる「HiggsDestroyer」が見える。
この巨大金属球体の中心に、直径三メートルほどの金属球体カプセルがある。カプセル内は液体窒素が満たされ、マイナス一九六℃、球状の捩状磁界が発生している。
中心カプセルの外部に、直径三メートルほどの金属カプセルが多数、球状配列をなして中心カプセルを囲み、中心のカプセルと周囲のカプセルは金属で一体化し、中心カプセル内と同様の磁界が発生している。
「目的と手段を話してください。ホーカム」
コントロールルームから、香住司令官がタブレットパソコンにむかっていった。
プロミドンの分析結果から、中心カプセルに幽閉した鷹栖春江震災復興審議官は、クラリック階級ビショップ位ホーカム系列で、宗教祭事と政治を担当した家系の精神エネルギーマスと判明した。
タブレットパソコンはモーザを介して、すべての会話を特設回線の複数同時映像通信で本間と佐伯に伝え、香住司令官の言葉を精神空間思考の素粒子信号に変換し、プロミドンへ時空間転移伝播する。
プロミドンのプログラム変更によって、直接、プロミドンとアクセスが可能になった省吾と理恵の精神空間思考は、香住司令官など他のアーマー階級より、一段階高度なのはいうまでもない。
一方、亜空間構成思考のクラリックは、精神空間思考の素粒子信号を感知できない。プロミドンは素粒子信号を巨大金属球体内空間の中心カブセル内へ時空間転移伝播し、クラリックが読みとれる亜空間構成思考に変換して伝え、同時に、内部クラリックの思考と装置内空間の各所挙動を素粒子信号に変換し、モーザを介してタブレットパソコンに音声映像化する。
「カシーム系列だな?〈ガヴィオン〉(精神生命体ニオブのヘリオス艦隊の旗艦〈ガヴィオン〉)のアーマー階級ソルジャー位が、ビショップの私に、偉そうにいうじゃないか・・・」
鷹栖審議官は、凍てつく果てしない暗闇を感じながら思念波を放った。
エコーがない・・・。
捕獲時からつづく超低温で、意識電子Networkが機能しない・・・。
これでは空間認識できない・・・。
ソルジャーの思念を感じるから、閉じた空間だ・・・。
ここからでなければならない・・・。
鷹栖審議官は、何度も亜空間構成の思考を思念波にして放ち、スキップ脱出を試みるが、思考は亜空間へ成長せず、紫色の未成熟な状態で凍てつく茫漠とした暗闇へ消えてゆく。
くそっ・・・、寒すぎる・・・。
カシームの思考はどこから来るのだ?
「目的と手段を話してください」
カプセル内は、強力な捩状磁界がとり巻く低温球状磁界だ。かつてのように、スキップして宇宙艦を奪ったようにはゆかない・・・。カプセル内から私の思考伝播経路を探っても、亜空間しか識別できないビショップの思考では不可能だ・・・。
香住司令官はそう精神空間思考した。
「・・・」
沈黙か。それも良かろう・・・。
『クラリックが分離する寸前まで、捩状磁界を強めてください・・・』
香住司令官はタブレットパソコンに、精神空間思考を伝えた。
磁界が強まれぱ、クラリックは身を切られる鈍く強烈な痛みを感ずる。私が身をもってテストした。効果はある・・・・。
『了解しました・・・』
香住司令官の精神空間思考にプロミドンが答えた。
「うっ・・・、何をする?」
「話してください」
「痛みをあたえても、むだだ・・・」
『トンネル効果で逃られると思っています』とプロミドン。
『精神エネルギーマスから、系列の各個人を分離してください』
香住司令官は指示した。
『了解。分離します・・・』
渦巻く捩状磁界が竜巻のごとく、ホーカム系列の精神エネルギーマスから、個人の精神エネルギーをはぎ取ってゆく。
「うっっっっ・・・」
鷹栖審議官から一族の意識が薄れ、親族と家族の意識が消えた。
「あっ!ああっ・・・。私の一族に何をした!家族と一族はどこへ行った?」
「質問の妨げになるので、一人ずつ独立空間へ分離しました・・・。
目的と手段を話してください」
「私を消滅しろ!」と鷹栖審議官。
『投げやりな態度ですが、希望を無くしていません。
消滅後、他のクラリックが自己の精神エネルギーマスを再構成する、と確信しています』
プロミドン香住司令官にそう伝えた。
すでに、ホーカム系列の精神エネルギーマスから、精神Higgs場は分離破壊してある。
鷹栖審議官が、自己系列の精神精神DarkMatterと思っているのは、精神エネルギーマスの意識電子Networkを保護している球状の捩状磁界だ。これを取りのぞけば、ホーカム系列のすべての意識電子Networkは分離破壊する。
かつて捕獲したクラリックは、自己の意思で消滅したが、この低温球状捩状磁界のホーカムはそのような活動はできない。
ホーカムは精神Higgs場が存在していると思いこみ、自己の分離破壊後、他のクラリックによって、意識電子Networktを構成していた空間構成粒子の波動残渣から、自己の精神Higgs場に自己の意識電子Networkを再構成し、精神エネルギーマスを蘇生してもらえると考えている。だが、それも不可能だ・・・。
そう考えて、香住司令官は指示した。
『記憶を読みとって、系列の球状の捩状磁界を解除してください』
『了解しました』
「いや、まってくれ。話すから、消滅するな!私を破壊するな・・・」
鷹栖審議官の意識が変った。
『再構成が不可能と認識しました』
『作業を続行してください、プロミドン』
『続行します』
「まってくれ・・・」
プロミドンがホーカムの意識電子Networkから意識と記憶を読みとると同時に、ホーカム系列がすべて消滅した。
ホーカムの記憶に、アーク・ルキエフによるアーク・ヨヒム救出は無く、ビショップ位ホーカム系列にとって、クラリック階級の次席アーク・ルキエフを移動させる方が重要な任務だった。
本間が香住司令官に説明したように、鷹栖審議官はスザンナ・ヨークのプロモーション映像を、都心の主要地区に設置された巨大ディスプレイで再生するよう、映像配信企業のコンピュータープログラムを操作していた。
アーク・ルキエフの意識は意識内進入より精神共棲の意向が強い。思考はプリーストに近くアーマー的だ。
ルキエフは映像信号に亜空間が存在することに気づいて、メディアの映像信号の中にルキエフが存在できる亜空間を構成した。ルキフエルは、精神共棲していたルイス・サイファーからプロモーション映像信号に進入し、映像通信を通じて移動した。ルイス・サイファーにルキエフの記憶はないだろう・・・。
ルキエフは映像再生されて、ディスプレイからネオテニーへ精神共棲し、モーザを奪うか破壊してネオテニーを支配する気だ。 アーク・ルキエフをディスプレイからネオテニーに精神共棲させてはならない・・・。
映像再生開始は十九時〇〇分。
現在、十八時五十二分だ。急がねばならない・・・。
香住司令官は、タブレットパソコンの特設回線、複数同時映像通信で、コントロールルームの時空間管理部員二十名と、宇宙防衛隊入間基地、地球防衛軍関東師団宇宙防衛隊コマンドに指示した。
「時空間管理部員!急いで映像再生プログラムを解除せよ!
緊急指令!防衛隊コマンド、出動せよ!
ルキエフ系列は映像信号に進入した!映像再生時にネオテニーへ精神共棲する!
都心の主要地区に設置された巨大ディスプレイに集まる人間をスキャンし、クラリック反応や異常反応を示す生物を捕獲せよ!」
「了解」
そして複数同時映像通信で本間に伝える。
「本間司令官!こっちの防衛隊コマンドが到着するのに時間がかかります。巨大ディスプレイに集まる人間をスキャンし、異常反応者を捕獲してください」
「了解した!
今、現場に到着した。私が直接指揮する」
そう本間が伝えてきた。
「香住司令官、防衛隊コマンドが出動しました」
時空間管理部員が伝えた。
「わかりました。映像再生プログラムの解除はまだですか?」
鷹栖審議官から、映像再生プログラムのアクセスコードと解除コードを読みとったが、解除に時間がかかる。
「生体認証復元に時間がかかってます・・・」
プロミドンが鷹栖審議官の空間構成粒子の波動残渣から、眼球血管パターンを再構成するのに時間がかかっている。
「急いでください」
といっても、復元時間が縮まるわけではない。
映像が一部でも再生されれば、ルキエフ系列がネオテニーに精神共棲する・・・。
香住司令官はタブレットパソコンに都心の監視映像を表示した。
野外ディスプレイに人が集まり、ディスプレイに近い樹木に猛禽類がいる。みなディスプレイを見ている。
なぜ、人と鳥が集まる?ルキエフは人に精神共棲するのではないのか・・・。
移動するのか・・・。
そうか!分散精神共棲だ!
香住司令官は複数同時映像通信で本間に緊急連絡した。
「本間司令官!ルキエフは分散精神共棲する気です!」
「了解した。
特務コマンド指揮官に告ぐ。映像再生の有無にかかわらず、野外ディスプレイと巨大ディスプレイに集まる、全ての生物をスキャンし、異常反応とクラリック反応を示す生物を捕獲せよ!」
本間が特設回線の複数同時映像通信で特務コマンド指揮官に指示した。
十八時五十八分。
まだスザンナ・ヨークのプロモーション映像は放映されていない。
都心各地に、特務コマンドのロータージェットステルス高速戦闘ヴィークル編隊が展開した。各地の野外ディスプレイやスポーツ施設の周囲を高速戦闘偵察ヴィークルが飛びかい、すべての生物をスキャンし、異常反応生物は誘導システム付き捕獲ネットを発射して捕獲した。
着陸したロータージェットステルス高速戦闘装甲搬送ヴィークルから部隊が展開し、身動きとれない人間と動物を再スキャンして、個別に高速戦闘装甲搬送ヴィークル内の、超低温捩状球状磁界金属球体カプセルに幽閉した。
十九時。
野外ディスプレイにスザンナ・ヨークのプロモーション映像が現れた。
十九時十分。
宇宙防衛隊コマンドの編隊が、スポーツ施設内で巨大ディスプレイを見る人間と動物をスキャンし、異常反応を示した生物を高速戦闘装甲搬送ヴィークルの、超低温捩状球状磁界金属球体カプセルに捕獲した。
都心に展開している特務コマンドも、巨大野外ディスプレイに集っている人間と動物をスキャンし、異常反応を示した生物を超低温捩状球状磁界金属球体カプセルに捕獲した。
十九時二十八分。
プロモーション映像が中断された。
二十時九分。
FRSEAON、日本地球防衛軍関東師団宇宙防衛隊入間基地、時空間管理部。
HiggsDestroyerの中心の金属球体カプセル内は液体窒素が満たされマイナス一九六℃、球状磁界が発生している。内部には何も入っていない。
周囲の金属球体カプセルは、それぞれに、一個体の生物が入り、生物が活動できない低温に保たれている。
「香住司令官。どうしますか?」
コントロールルームの時空間管理部員が、HiggsDestroyerに隔離されている生物の、プロミドンによる分析結果を示した。
特務コマンドは、偵察ヴィークルとスカウター端末で身体放射波を二度スキャンし、人間と動物を捕獲した。その結果はプロミドンによる分析結果も同様で、外見が異なっても遺伝子構造が同じことを示していた。
「すべてレプリカンです。体型形状を変えたバイオロイドですね・・・。
個々のレプリカンに意識内侵入している精神エネルギーマスを、中央カプセルに集めましょう・・・」
『レプリカンから精神エネルギーマスを分離抽出し、中心カプセルに集めてください』
香住司令官はプロミドンへ精神空間思考を伝えた。タブレットパソコンのモーザは、香住司令官の思考をプロミドンへ時空間転移伝播した。
『了解しました』
HiggsDestroyerの中心にある金属球体カプセル内に、暗黒雲に似た精神Higgs雲が現れた。外部カプセル内の生物は、砂を崩すように形を無くし消滅している。
『精神Higgs雲パターンは、クラリック階級アーク位・ルキエフ系列です。まもなく、精神Higgs雲から、系列の意識電子Networkが再構成します・・・』
『意識電子Networkが再構成されたら、精神Higgsを消滅し、記憶を読みとってください。その後、球状捩状磁界を解除してください』
香住司令官はそう指示した。
『了解しました・・・。
意識電子Networkが再構成されました・・・。
精神Higgsを消滅します・・・。
記憶を記録しました。球状捩状磁界を解除します・・・』
「・・・我々のじゃまをするな・・・」
そう言葉を残し、ルキエフ系列が消滅した。
妙だ。こんなに簡単に、ルキエフが消滅されるはずがない・・・。
香住司令官は、タブレットパソコンの複数同時映像通信で本間に伝えた。
「捕獲したのは、すべてレプリカンでした。意識内進入していたルキエフ系列の精神エネルギーマスを分離抽出し、消滅しました。
狡猾なルキエフが、これほど簡単に消滅するはずがありません。
プロモーション映像はオトリです。
ルキエフはネオテニーに分散精神共棲し、警護対象に接近する気です」
「了解した。我々もそのように考え、空港と港湾で入国者をスキャンするよう手配した。軍事関係者のスキャンは、そちらにお願いしたい」
「了解しました」
香住司令官は複数同時映像通信を閉じた。
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