十二 洋田副総理

 二〇二五年、八月十八日、月曜、夕刻。

 副総理の洋田は帝都内某ホテル最上階特別室の窓辺に立っている。

「公務員特別措置法を改正し、警察と検察を一元化してオープンにする。

 お前はこの理由をわかっているはずだ・・・。

 現在の首都圏の一般家屋を集積高層建築化し、低層階に中小企業と商店を入れて鉄道と道路などを整備し、鉄道と道路の地下機能を廃止する。震災による被害が復興したら、首都機能を内陸へ移動する・・・。

 経済的機能を優先し、東北大震災と東海大震災から何も学ばないのは、お前くらいだろうな・・・」


「財界と政界の連絡が粗雑になるぞ!

 国家政策が国家利益を産まなくなるぞ!

 誰の考えだ?内閣ブレインか?そいつらはどこだ?

 モーザというタブレットパソコンの連絡装置があるだろう?ここに呼べ!

 入れ知恵した奴の首をへし折ってやる!」

 経済統合会会長の倉本は、ソファーの肘掛を握りしめて怒りを抑えた。


「企業利益に癒着した政策をやめ、安全な国民生活のための政策を行なうだけだ。国民のための政策を行なうのに、企業経営者の意見を聞くより、国民の意見を聞くのが本筋だ。

 それとも、お前が国家の支配者で、国民の意見を聞く必要は無い、と言うのか?

 国民と敵対して企業が存続できると思ってるのか?」

「・・・」

 倉本は閉口している。


「お前は日本を中国の属国にする気か?

 二〇一〇年、お前は、中国政府と中国経済界を怒らせまいと画策し、政府に、尖閣諸島に侵入した中国漁船の件を隠蔽させた。

 これは、事件を暴露した自衛官を処分する問題じゃない。事件を隠そうとした政府閣僚と官僚、そうさせるように官僚と閣僚を恫喝したお前の国家反逆罪だ。処分されるのはお前と閣僚と官僚だ。

 そのお前が、翌年、福島原発を再稼動させるため、与党と野党と官僚と電力会社に圧力をかけた。

 そしてまた、浜岡原発に関して同じ事をやっている。

 お前は国家を潰す気か?

 お前に言っておく。

 お前は経済界の大物じゃない。独裁的に経済界を動かそうとしているだけだ。

 経済界にしろ政界にしろ、お前が出てまとまった話はない。球界を動かそうと、日報新聞の田辺を通じて球界に圧力をかけたのがいい例だ。

 皆がお前や田辺の歳を考え、一目置いている振りをしているだけだ。

 それに気づかぬお前たちは、マスコミに自分の間抜け振りを示しただけだ・・・」

 そう言って洋田は窓の外を一望した。東海地震に耐えたこのビルの最上階からでさえ、ゲリラ豪雨に隠れ、北関東一帯は見えない。


 倉本はソファーの肘掛を握りしめ、怒りで震えている。


 洋田は倉本を無視したまま続ける。

「自分の国を創るが如く、とかく経済界人は群れたがる。港湾がある都市に、必ずと言っていいほど大手企業の施設とコンビナートがあり、実質は治外法権だ。

 お前がそれらをお前の国家と思うように、経済に対する忠誠と誇りと寄与はお前たちものだ。

 だが、国家は国民のものだ。忘れるな!」

 洋田は力強く床を指さした。


「ロシアの役人は、ロシア政府に媚びる日本の経済界を見て、日本政府が腰抜けだ、と判断した。ロシア国旗を汚した、などと抜かし、内政干渉して、北方領土を我が物顔で歩き回っている。

 いつまでも経済優先の懐柔策を取って、自国防衛をせずにいれば、他国から侵略される。

 パンダ如きで舞い上がってるお前たちにも、国家にも、マスコミにも飽きれる」

 そう言って洋田は倉本を見据え、さらに続けた。

「よかろう。ブレインとの特殊通信装置はあるよ。

 彼らを今すぐSPと機動隊付きでここに呼ぼう。

 ただし、私のSPがここでの映像を記録しているのを忘れるな」


「お前を政界から引きずり下ろしてやる!」

 倉本は唾を飛ばしながらそう怒鳴った。

「また、恫喝か。そんな事を言えるのは今だけだ。

 経済界は嫌でも我々に従わねばならなくなる。覚悟しておけ」

「くそっ」

 倉本は怒りを抑えてソファーから立ちあがり、

「憶えてろよ!」

 そのまま部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る