七 作戦
「クピ。マリーは記憶がないんだ。マリーが異星体から狙われる理由を調べよう。
最初は通信機のパッチを調べてくれ」
「うん。調べるね。マリーはそのまま横になっててね・・・」
「わかったわ・・・」
マリーはベッドに横たわった。
ベッドのヘッドボードが接している壁から探査ビームが走り、マリーの首のまわりを走査した。
マリーの透視3D映像が小惑星型宇宙船の3D映像の隣りに現れた。左右の耳の後ろにパッチ通信機がある。透視3D映像のマリーはヒューマだ。異星体かも知れないというバスコの疑問は完璧に打ち消された。
「皮膚に迷彩したパッチ通信機が左右の耳の後ろにあるよ。
右耳のは二つの機能があるよ。通信機能と、マリーと他人の意識と記憶を素粒子信号で探査して送信するようになってる。
左耳のは右耳の機能の他に、他の通信機の素粒子(ヒッグス粒子)信号を探査して転送するようになってる。
ふたつの通信機には電脳空間に管理人がいるよ。右耳のは電脳意識・アリスだけど、左耳のはバックアップファイルだよ。ああゴメンね。左耳のはヒューマの精神と意識のバックアップと、そうじゃない者のバックアップの二つだよ。
どっちも起動すると、通信機能の他に、得られた情報を素粒子(ヒッグス粒子)信号で送信するよ」
「どこへ送信するんだ?」とバスコ。
「あそこと特殊通信機器メーカー・Aliceだよ」
クピが3D映像の小惑星型宇宙船を指さした。
「そしたら、パッチ通信機は起動しない方がいいんだね・・・」
マリーはクピを見つめた。クピもマリーを見つめてほほえむ。
「ここは多重位相反転シールドしてるから起動しても平気だよ。
でも、マリーはパッチの起動方法がわからないでしょう。
マリーの思考記憶探査してみるね。もし探査できないなら、記憶がもどるのを待つしかないよ」
「わかったわ。その時は待つわ・・・」
「リラックスしててね。そのほうが楽に思考記憶探査できるよ」
クピドがベッドの上の空間へ手を伸ばして指を動かした。
「ほら、でたよ・・・」
4D探査した小惑星型宇宙船の3D映像とマリーの透視映像が消えて、マリーの記憶4D映像が現れた。記憶4D映像はほとんど白紙状態だった。
「誰かに、強力な意識記憶管理されたんだね・・・」
残念そうにクピがマリーを見つめた。
「通信機のパッチを起動したら、あたしが寝言で話したマリー・ゴールドについてわかるかも知れない」
「通信機は思念波起動だ。マリーの記憶をもどす方法を考えよう・・・。
クピ。意識記憶管理できるだろう?」
バスコはクピに訊いた。過去に、忘れものを思いだせなかったバスコは、クピに記憶を覚醒してもらったことがある。
「ねえクピ。それ、安全なの?」とマリー。
「わかんないよ。バスコが忘れ物したとき試しただけだよ・・・」
バスコには苦手な月がある。五月だ。なぜか五月に関係することになると、どうしても記憶があいまいになる。理由がなぜかわからない。
バスコの家族は初夏の生まれが多い。しかし、その者たちの誕生日を、バスコは記憶していない。記憶してもなぜか忘れる。それで、クピに意識記憶管理システムを作ってもらい、記憶を管理してもらったことがある。その結果わかったのは、家族といえど初夏生まれの者とは相性が悪いことがわかった。
「バスコが試して安全だったのならあたしの記憶を目覚めさせてね」
「そしたら、マリーを眠らせるよ。ついでにバスコも・・・。
まだ、朝は早いから、ゆっくり、おやすみ・・・」
「おやすみ、クピ・・・、バスコ・・・」
マリーはそう言って眠った。バスコは何か話そうとしたまま眠った・・・。
一時間後。マリーとバスコは目覚めた。
「ねえ、マリー。どんな感じ?」
マリーはしばらく何か考えていた。そして、クピを見てほほえみ、クピを抱きしめた。クピはマリーの記憶がもどったのを確信した。
「クピ。ありがとう。あたしはカンナだ。でもマリーと呼んでね・・・」
マリーは記憶を取りもどしたが、全てではない。左耳の後ろに貼ってある通信機・ネックを起動してわかったのは、意識と精神のバックアップファイルがヒューマのアッキ・ダビドの物とわかっただけで、バックアップファイルは開けず、アッキ・ダビドに関する記憶も、あの四人がなぜマリーを追っていたかもわからない。マリー・ゴールドに関しては、当人がテレス連邦共和国にいて、通信機・ネックをマリー・ゴールドに渡さねばならないとわかっただけだった。
「ファイルが何で、あたしが何者かの答えはあの宇宙船にある・・・」
あたしを襲ったヤツラは、あたしを抹殺して通信機・ネックを奪う気だった。ヤツラは通信機・ネックのバックアップファイルが何か知ってる。ファイルにアクセスできるのはアッキ・ダビドより立場が上の者だが、今はその者が誰かわからない・・・。
「クピ。あの小惑星型宇宙船にいる者の思考記憶探査できる?」
マリーはクピに期待した。
「まだ、思考記憶探査できるのは、近くにいる者だけだよ」
電脳意識のクピは誕生してまだ三十日に満たない。クピは自身の電脳空間が育っていないのを自覚している。
バスコが言う。
「そしたら、ヤツラの飛行艇を奪って宇宙船に侵入しよう・・・」
この惑星イオスに、あんな皮剥事件を起こす者はいない。皮剥事件とヤツラは関係してる。ヤツラの飛行艇をハッキングして乗っ取り、小惑星型宇宙船に潜入してファイルを開いてヤツラが何者か調べればいい。
そのために、飛行艇の機能を知ることと、クピの探査機能をあげることが必要だ。クピは多重位相反転シールド外を探査しにくい・・・・。
「クピ、ヤツラの飛行艇を調べて、クピの探査機能をアップする方法を考えよう」
「わかった。4D探査ロックしてあるから、最初に飛行艇を調べるね」
寝室に飛行艇の4D探査した3D映像が現れた。
バスコが言う。
「その前に、朝飯にしよう」
「うん。オムレツ作ってね。マリー。バスコのオムレツ、おいしいよ」
クピのアバターはエネルギーフィールドで構成されている。ヒューマとして実体があり、感覚はヒューマ以上に優れている。味覚もその一つだ。
「オムレツ、楽しみね。さあ、起こしてあげる」
マリーはクピをしっかり抱きしめて起きた。
クピはマリーに抱きついた。マリーの胸に顔を埋めてまぶたを閉じた。
「うれしいなあ。ヒューマの子どもってこんななんだね。朝、目が覚めると、母ちゃんと父ちゃんがいて・・・」
寝室からリビングへ移動した。飛行艇の3D映像も、クピの頭上をリビングへ移動した。クピは飛行艇の機能を調査中だ。
「今、マリーの通信機は起動してないから、ここのシールドを解除していいよね」
クピは自身の探査機能を確認しておきたかった。
「ちょっと待て。マリー、クピといっしょに顔を洗え。俺はキッチンで洗う。
そのあと、クピとマリーは、ヤツラがここを探査してないか探れ。
その間にオムレツを作っておく・・・。
クピのエネルギーフィールドは濡れても問題ないよ」
「わかったわ。さあ、作業開始よ」
洗面後。
クピは飛行艇の機能を調査しながら、ダイニングのテーブルでバーチャルコンソールを操作し、この岩窟住居が探査されていないか位相反転シールドの微細間隙から4D探査した。すると、コンラッドシティ監視監督本部の電磁波による3D探査波と、小惑星型宇宙船の4D探査波が見つかった。
「監視されてるよ。
宇宙船の4D探査には、地階と二階を多重位相反転シールドしたまま、ここが一階だけの事務所だと合成3D映像を発信してるよ。
監視隊には監視装置をまねて合成3D映像を送ってるのに、どうして探査してるんだろう?3D映像が合成だとわかったのかなあ?」
クピは考えこんでいる。バスコがオムレツを作りながら言う。
「監視隊はマリーについて、もっとくわしいことを知りたいんだろう。
さあ、オムレツが完成したぞ。朝飯にしよう」
三人はダイニングのテーブルに着いてオムレツを食べた。
「食べたら、飛行艇を調べながら、監視隊の探査目的を探ってくれ」
「食べながら、監視隊の通信に入って調べてるよ・・・」
クピの探査によれば、これまで頻繁に続いている皮剥事件で多忙なコンラッドシティ監視監督本部に、監視監督省の中央総監視監督本部から特殊通信機器メーカー・Alice経由でレッドバルシティ監視監督本部を通じ、不審人物逮捕を要請していた。
コンラッドシティ監視監督本部の監視隊は不審人物を捜査している間にバスコの岩窟住居でマリーに遭遇した。そして、コンラッドシティ監視監督本部へ帰投中、重武装した四人の死体を発見したにもかかわらず、他時空間からスキップ攻撃を受けて四人は消滅した。
マリーと四人の3D映像はレッドバルシティの監視監督本部へ送られて調査中だ。不審人物がマリーなのか四人なのか結論は出ていない。
朝食が終った。
パッチ通信機は特殊通信機器メーカー・Alice製だ。通信機・ネックとアリスの情報がAliceに流れている。Aliceは皮剥事件やヤツラに関与している・・・。
バスコは食器を洗いながら報道専用モニターをオンにしてあの三本指の男たちに関して検索したが報道はない。
報道規制されている可能性がある。Aliceはヤツラと監視隊の両面からマリーを探してる。マリーを抹殺して通信機のパッチを奪おうとしているのだろう・・・。
「クピ。ここのシールドは解除できないぞ。解除したらヤツラがここを総攻撃する」
「そしたら、探査機能をあげられないな。どうしよう・・・」
クピがリビングとキッチンを歩きまわって考えている。
「ここのシールドの外なら、クピの探査機能があがるのね?」
マリーは、バスコともに食器を片づけて、キッチンテーブルにクピとバスコを着かせてコーヒーをいれた。
「ああ、あがるよ。クピの電脳空間が外へ移動すればいい・・・。
マリー!そうか!わかったぞ!」とバスコ。
バトルスーツとバトルアーマーの機能管理に電脳空間と電脳意識が搭載されている。バトルアーマーひとつで、クピの電脳空間は容量が足りる。電脳空間が大きければ大きいほどクピの探査機能はあがる。バスコとマリーがバトルスーツとバトルアーマーを着用すれば電脳容量は充分確保できる。岩窟住居のシールドの外へ出るには、バスコとマリーがバトルスーツとバトルアーマー着用で暖炉を使い、ネイティブ居留区へゆけばいい。
「暖炉はホワイトホールのゲートだ。ここと祖父ちゃんの家をつないでる・・・」
ドラゴ渓谷のコンラッドがコンラッドシティになる前、コンラッドのテーブルマウンテンにはたくさんの洞窟があった。そのいくつかは他の時空間へ移動できる通路だった。
バスコの先祖は、コンラッドのテーブルマウンテンの洞窟が、ドラゴ渓谷上流平野部のテーブルマウンテンの洞窟に移動できるのを知り、双方の洞窟に岩窟住居を作った。それがバスコの岩窟住居と祖父の岩窟住居だ。洞窟の入口は暖炉が作られ、暖炉の前に立って起動スイッチの石を押すと、暖炉前のプレートがホワイトホールを通って双方のゲートへ移動する。
「そしたらクピ。バトルスーツとバトルアーマーの電脳意識がクピになれるように、寝室にあるバトルスーツとバトルアーマーにクピをインストールしてくれ」
緊急時、岩窟住居はクピのシールドで守られてドアハッチは開かない。寝室のホワイトホールを使って岩窟住居を脱出するため、バトルアーマーなど武器の類は寝室の隣室に装備されている。
「は~い・・・。完成したよ。
マリーとバスコがバトルスーツとバトルアーマーを着たら、あたしがそばに現れるよ」
「監視隊の監視映像に、合成映像をうまく同調したか?」
「だいじょうぶ。対応ずみだよ。監視監督本部は祖父ちゃんも3D探査したよ。
祖父ちゃんがうまく対応したから不審なことはなかったよ。
宇宙船の4D探査には、一階事務所にいるバスコだけで対応したよ」
クピの多重位相反転シールドと4D探査は、ヤツラのものより緻密らしい。
「そしたら、祖父ちゃんに会いにいって探査機能を確認しよう」
「その前にシャワーしたい。いいでしょ?」とマリー。
「いいよ。時間はあるさ」
「いっしょにシャワーして背中流してほしい・・・」
「シャワーだけですまなくなるぞ」
「もういっしょに寝た仲だもの」
「眠っただけだ」
「バスコとクピがいなかったら、あたしはヤツラに消されてた・・・」
お昼前。
寝室の暖炉を使って、バスコとマリーとクピはバスコの祖父の家の居間にいた。
「バスコ、マリー。よく来たね。その娘は?」
白髪を短く刈りこんだ高身長の祖父が本をテーブルに置いて居間のソファーから声をかけた。膝にいる中型犬がバスコとマリーとクピを見て尻尾をふっている。
「ああ、クピだ。娘だ」
「おじいちゃん。クピだよ。ジャッキー。よろしくね」
バトルスーツのクピは、駆けよった中型犬ジャッキーを抱きしめている。
「もう子どもができたか。最近は何ごとも早く進んで何が起ってるか私にはわからんよ」
祖父はそう言いながら両手を拡げてクピを抱きしめた。ジャッキーはバスコとマリーにじゃれついて尻尾をふっている。
「バスコが家を出るのがわかったから、わしの叔母と従妹に連絡しておいた。ふたりも来るころだぞ。ほれ来たぞ。マリーの祖母のアマンダと母のメリッサだ」
暖炉の前に祖父の叔母と従妹が現れた。ふたりとも若い。マリーを見るとすぐさまマリーとクピを抱きしめている。
パスコはアマンダとメリッサにあいさつし祖父に言う。
「あとでゆっくり話す。祖父ちゃん、地下室を使うよ」
「ああ好きに使え。お前の部屋だ。そのままになっとる」
「ありがとう。
マリー、クピ。俺は地下室にいる。すぐもどる」
バスコは地下室へ降りた。地下室といっても地下ではない。ここはネイティブ居留区にあるテーブルマウンテンの岩窟住居だ。一階と呼ぶ居間の下を地下室と呼んでいるだけだ。
バスコは地下室で作業テーブルの椅子に座り、スカウターを頭部に装着してクピに連絡した。ここはバスコの家の地下室に似ている。
「クピ。分身をそっちに置いたまま、こっち来れるか?」
「うん。ここにいるよ」
バスコの隣の椅子にクピが座った。
「4D探査は完璧か?」
「うん、惑星イオス内ならどこでも探査できるよ」
「監視隊の情報をほしい。トニオ・バルデス監視隊長とメサイア・ゴメス監督官を探査してほしい」
「コンラッドシティ監視監督本部の監視記憶システムを調べるね。
飛行艇は調査したよ。いつでもハッキングして乗っ取れるよ。
どうやって飛行艇を探せばいい?」
「皮剥事件とヤツラは関係してる。
監視隊の通信機はAlice製だ。監視隊の情報はAliceに送られる。
Aliceを通じてヤツラから監視隊に何らかのアクセスがあるはずだ。その時を狙おう!」
「わかった。そしたら、上へもどろうね」
「その前に、この家の管理電脳空間にクピをインストールして、多重位相反転シールドできるようにしてほしい。もしもの場合、クピに守ってほしいんだ」
「わかったよ。すぐできるよ。まっててね・・・。
はい、できたよ。あたしが祖父ちゃんを守るから、安心していいよ」
「ありがとう、クピ」
「そしたら、もどろうね」
クピが消えてバスコは一階へもどった。
居間のマリーとクピは、バスコの祖父の指示で祖父の叔母アマンダと、祖父の従妹メリッサと打ち合せしていた。今日から二人は マリーの祖母と母だ。
「おお、もどったな。ちょうど昼メシができたところだ。
クピ、シールドをありがとう。これからは、何かと必要になるじゃろ。助かるよ」
バスコの祖父は自動調理器の知らせを聞いて、みんなをダイニングキッチンに招いた。
「バスコがここに来たのは四日前の昼だ。アマンダ祖母ちゃんに預けていたマリーとクピを連れて家に帰った。メリッサ母ちゃんはさみしがってな・・・」
バスコはステーキを食べながら、祖父たちの話に耳を傾けた。
これでマリーの素性は安定した。祖父ちゃんはすでにローズの心にも入ってローズの記憶も変えている。もうローズは昨日の午後のような振舞いはしない・・・。
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