二十一 依頼
二〇五六年、九月四日、月曜、二十二時。
バクダッドの連邦統合政府ビル一階の、ビップ用レストランは広い。内部は監視システムと警備員の警護で管理されているが、客はそのどちらにも気づかない。
ホイヘンスとユリアがレストランに入ると、テーブルのチャン・カンスンはグラスを置いた。客はチャン一人だけだ。
「今晩は。オイラー、ユリア。二人とも元気そうだね」
「今晩は。カンスンさん」
「カンスン。体調は?」
ユリアとホイヘンスはテーブルに着きながらチャンに挨拶した。
「ああ。すこぶるいいよ。君のおかげだ。
ところで、今日は何かね?」
チャンは二人に用意したグラスにワインを注いだ。
「君と私の仲だ。単刀直入に話そう。二つあるんだ・・・」
私が成そうとする事は人類の誰もが賛同する非常に重要な事実だ。誰はばかることなく話して構わない・・・。
監視システムで全ての会話が記録されるがホイヘンスは気にせずに話し始めた。
「一つ目は、ジョージを説得して、アンドレ・ラビシャンをアジア連邦考古古生物学会の連邦会長と、統合考古古生物学会の統合会長に推して欲しい」
「そんな事でいいのか?」
チャンは驚いている。
「ああ、それだけだよ」
「多少の条件が付くかも知れないが、私に任せておけ。
ジョージも君の賛同者だ。充分に心得ているからセシルが君の所に居るんじゃないか。私の親戚も君の所で働かせたいが、まだ幼稚園だ」
チャンは声をたてて笑った。
ホイヘンスの部下のセシル・ミラーは、アジア連邦議長ジョージ・ミラーの姪だ。
「そう言ってもらえると、私も安心だよ。
もう一つは新たな研究施設を造って欲しいんだ」
「どうしたんだ?」
チャンは大した要求ではないだろうと思った。
「研究が進んでる。人目に晒せない実験もあるから、人目に付かない所に新たな研究施設を造って欲しいんだ」
チャンはグラスを取って中を見た。そのまま視線を動かさずに言った。
「そうか。わかった。どこが望みだ?」
「人目につかない山脈や山の地下だ。テーブルマウンテンの内部を考えてる。
廃棄物は完全に分解して外部へ出さない。エネルギーは太陽光を使う。場合によってはあのパラボーラからエネルギーを分けてもらいたい。
建設方法はパラボーラを使い・・・・」
ホイヘンスは施設について説明した。
クリーンエネルギーを得るため、統合政府が三万六千キロメートルの上空に打ち上げた七基の巨大な太陽光集光装置がパラボーラだ。太陽エネルギーを巨大なパラボラ反射鏡で集めてマイクロ波に変換し、地上へ伝播するエネルギー供給システムだ。
だが、パラボーラの機能は単なるエネルギー供給だけではない。流星や隕石の衝突を防ぐために、集光した太陽光を各種ビームに変換して照射する、自動防御システムを備えた超弩級のビーム兵器だ。非常時は地球防衛軍の管理下になるインフラだ。
「それなら問題ないだろうね。慌てなくていいんだろう?」
チャンは、ホイヘンスの要求は緊急ではないと思った。
ホイヘンスはチャンの態度に少なからず苛立ちを覚えた。
「重要な研究を始めた。早い方がいい・・・。
カンスン。君は老いるのを認めるか?」
「歳は取りたくないね・・・。わかったよ。人類のためだ。手を尽くそう!
統合評議会で内定した後でいいから、詳細を連絡してくれ」
「ありがとう。連絡するよ。私は、我々のために努力を惜しまない」
「我らのために!」
チャンはグラスを置いてホイヘンスとユリアに手を差しのべて握手した。
「さてこれで話は済んだな。
今日は美味い平目が入ったんだ。君っ!頼むよっ!」
チャンはウエイターを呼んだ。
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