二十三 召喚
一週間後(二〇五六年、九月十二日、火曜)、午後。
統合議会を翌日に控えて、バクダッドの統合政府(地球国家連邦共和国統合政府)ビルで最後の議案について統合評議会(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会)が開かれた。
各連邦議長(各連邦政府議会議長)六名から成る統合評議委員(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会評議委員)と、統合議長(地球国家連邦共和国統合政府議会議長)が務める統合評議委員長(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会評議委員長)の計七名だ。
「やはり、ラビシャン親子が要職に就くのは問題がある・・・」
統合評議委員のアジア連邦議長ジョージ・ミラーが、統合評議委員長の統合議長チャン・カンスンの提案に難色を示した。ミラーの身内にも政府要職に適した人物が多数居るが、着任しているのはミラー一人だ。
チャンがミラーを宥めた。
「それなら、アンドレ・ラビシャンをアジア連邦会長と統合会長にして、アレクセイ・ラビシャは退職してもらう・・・。
ジョージ、それでいいね?」
「いいだろう・・・」
ミラーがチャンの意見を承諾した。
「これで、連邦考古古生物学会の連邦会長六名と統合考古古生物学会の統合会長が内定した・・・。
次の議題だ。
優性保護財団の研究が進んで、人目に晒せぬ事態が生じている。財団本部の地下研究所を山脈や山の地下へ移したい。皆の承認を得たい・・・」とチャン。
「新たな研究施設を造るのかね?」
ユーロ連邦議長ジョルジュ・アレジが難色を示している。
「そうだ」
「なぜ、そこまでする?」
ミラーも不審に思っている。
「公になっていないが、我々の種は進化の多様性を無くしつつある。
生物学上、遺伝子に多様性が無くなると種は絶滅するのが定説だ。
我々の種を絶滅する訳にはゆかない。進歩のために犠牲は付き物だ。明るみに出せない事態もある。理解して欲しい・・・」
「・・・」
「候補地はベネズエラのテーブルマウンテン内部だ」
「ギアナ高地のテーブルマウンテン周辺は自然だけだ。世界遺産を破壊する気か?」
南コロンビア連邦議長アントニオ・コルテスが憤慨を抑えている。メキシコ以南は、南コロンビア連邦に属している。
「世界遺産だろうと、我々の決定でどのようにもなる。内部に施設を造るんだ。掘り出した岩石をうまく処理すれば問題なかろう?」
「採掘した岩石はどうする?」
「テーブルマウンテンの上部に積み上げて、動植物に危害を加えぬように、パラボーラで焼き固めるそうだ。山が高くなるだけだ」
「エネルギーは?」
「ソーラーシステムとパラボーラだ。ソーラーシステムは外部から見えないようにする」
「問題はなかろう・・・」
「・・・ならば、承認しよう・・・」
その後。
統合評議会は全ての議案について議論を終えた。
「では、明日の議会で・・・」
統合評議会は閉会した。
二日後の夜(二〇五六年、九月十四日、木曜)。
上海西地区居住区域一〇二居住棟二十四階のラビシャンとネリーの住居に、ホイヘンスから映像通信が来た。ラビシャンはネリーのデスクで4D映像4D映像通信に出た。
「統合議会でアンドレがアジア考古古生物学会の連邦会長と統合考古古生物学会の統合会長に任命された。
アジア連邦議会の承認は形式だ。これで両会長就任が決定した・・・。
だが、統合評議会が君に条件を付けた。チャン・カンスンが君に辞職勧告するとを教えてくれたよ・・・」
「条件を付けたのは、ジョージ・ミラーか?」
「そうだ・・・」
各連邦政府と統合政府は、多数の身内が政府要職に就くのを法律で禁じている。統合評議会がミラーの言い分を通したのは良くわかる。
だが、アジア連邦議長ジョージ・ミラーは政府の要職を身内で固めようと狙っていると聞く。このままではホイヘンスに目をかけられたアンドレはミラーと対立する。
「辞職条件は、現職を続けた場合と同じだ。
退職時に、三年後の定年時に換算した退職金が支払われて、七十歳までは給料が、それ以後は、七十歳定年退職時と同額の年金がスライド方式で支払われる。
君が亡くなれば、奥方に、君の年金の八割が支払われる」
「良かろう。辞職しよう。アンドレを頼むよ」
「わかった。チャンに伝えておくよ。明日にも召喚されるだろう。
ところで、退職後はどうする?」
「遺跡の管理でもするよ」
「アンドレに頼むのかね?」
「ジョージ・ミラーが動いてるなら、アンドレを妨害するだろう」
表向き、各連邦政府は、政府要人が公の立場を私物化するのを法律で禁じている。
当然、アジア考古古生物学会の連邦会長と統合考古古生物学会の統合会長に就任したアンドレに、遺跡保護や発掘の職を頼めば、公の立場を私物化した、とミラーに叱責されてアンドレの立場は不利になる。
「私が職を探してやりたいが、これ以上は動けない。ミラーが動くと、私の立場が危うくなるんだ・・・」
ホイヘンスは、私と距離を置こうとしている・・・。ラビシャンはそう直感した。
「そんなに気にしなくていいよ。自分で探すさ」
そう言ったが、ラビシャンに当てはない。
「そうしてくれたまえ。それでは・・・」
ディスプレイからホイヘンスの映像が消えた。
何かあったらまた連絡する、と言うのがホイヘンスの常だ。しかし、今日は言わなかった。付き合いはこれまでとのことか・・・。
ラビシャンはディスプレイを待機モードにしてデスクを離れた。
ラビシャンはソファーに座った。
「どうしたの?」
ネリーがお茶を用意しながら、心配そうにラビシャンの顔を見ている。
日頃からラビシャンは全てをネリーに話している。
「統合評議会は、アンドレの会長就任と引き換えに私を辞職させるらしい・・・。
それとホイヘンスが私から距離を置こうとしてる。
私にとっては良い事だが、なぜだろう」
「先生の周りで、何か変化はなかったの?」
ネリーはテーブルにお茶のカップを置いた。
「何も無いよ」
ラビシャンはカップを取って口へ運んだ。
「辞職の要求は誰から?」
「アジア連邦議長ジョージ・ミラーだ」
ネリーは考えながら話した。
「ミラーが先生とアンドレに関心を持った・・・。
先生が所長を辞めれば、ホイヘンスとの繋がりは薄れる・・・。
ホイヘンスは先生との間に距離を置いた・・・。
ホイヘンスは、ミラーにいろんな事を知られると困るんだ・・・。
ホイヘンスはミラーと対立してるんだわ!」
「やはりか・・・」
私とネリーが移住するにはアンドレの協力が必要だ・・。
会長になったアンドレの動きはジョージ・ミラーからチャン・カンスンへ、そしてホイヘンスに知れる。
過去に、ミラーもチャンもホイヘンスから臓器提供されている。チャンはホイヘンスの賛同者だが、ミラーは賛同者を装っているだけのようだ。
ミラーが政府の要職を身内で固めようとするのは、アジア連邦政府を独裁するためだ。アンドレが、密かに私とネリーを移住させたい、と言えば、ミラーはアンドレとサンドラを味方にしたいはずだから、こちらの要求を呑むかも知れないが、そうなっても安心できない・・・。ひとまず、ミラーの出方を見るべきか・・・。
「先生。ミラーが先生に近づくような気がする・・・」
ネリーはラビシャンの考えを読んでそう言った。
「やはりそうだね。注意するよ・・・」
翌日(二〇五六年、九月十五日、金曜)。
職務中のラビシャンとアンドレは、上海中央地区行政区域のアジア連邦政府に召喚された。学術研究省ではなく、異例のアジア連邦議会の直接召喚だった。
ラビシャンとアンドレはアジア連邦政府ビルのアジア連邦議会議長執務室に入った。
ジョージ・ミラーは二人にソファーを勧めて、話し始めた。
「ここは完全にシールドされている。監視システムはない。安心して話してくれ。
今回の定例議会で統合議会は、統合考古学会と統合古生物学会を統合考古古生物学会に統合した。同様に、アジア連邦考古学会とアジア連邦古生物学会を統合して、アジア連邦考古古生物学会にした。
本題に入ろう・・・。
統合議会は、アンドレ・ラビシャンをアジア連邦古生物学会理事から解任して、アジア連邦考古古生物学会の連邦会長と、統合考古古生物学会の統合会長に任命し、アジア連邦議会は、これを承認する。
また統合議会は、アジア連邦古生物研究所長のアレクセイ・ラビシャンを解任して、遺跡保護特別官に任命し、アジア連邦議会は、これを承認する。
遺跡保護特別官は、いずれの連邦政府からも制約を受けない。統合評議会(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会)直属の特別官であり、定年はない・・・」
ミラーの話が終らぬうちに、アジア連邦議会議長補佐官が、ラビシャンとアンドレに就任証書のファイルを渡した。統合評議会(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会)直属は、政府直属である。
ラビシャンとアンドレは何が起こっているか状況がわからずに、しばし茫然とした。
「遺跡保護特別官の任務を解くのは統合策評議会、もしくは特別官本人だ。
不満かね?」
四十代後半のミラーは六十代のラビシャンを見て笑みを浮かベて説明する。
「遺跡保護は発掘も兼ねる。人材と資材は地球防衛軍を使う。
地球防衛軍の任務はあらゆる事態から人類、及び、現存する全ての生物と自然を含めた地球環境を守る事だ。現在の地球防衛軍は暇だ。遊ばせておく必要はない。
遺跡保護特別官の仕事は、現存する遺跡と、未来に遺跡となるであろう建造物と文化と、人類をも含めた地球環境を、現在から未来にわたって保護管理する事にある。
従って地球防衛軍と遺跡保護特別官の目的は一致する・・・」
ミラーの言葉が途切れた。ラビシャンを見て、意味ありげな笑みを見せている。
「遺跡保護特別官は長期にわたって事態に対処せねばならない。
従って遺跡保護特別官の立場は駐留軍司令官の上だ。
つまり、遺跡保護特別官は、地球防衛軍一個師団、約三千名の総司令官だ・・・」
一師団は二旅団。一旅団は三連隊。一連隊は四大隊。一大隊は四中隊。一中隊は四小隊。一小隊は指揮官一名と兵士五名であり、各部隊ごとの指揮官を含めて、約二千五百兵。師団駐留本部要員五百名を合せて、総勢約三千名になる。
ミラーの頬から笑みが消えた。ラビシャンを見たまま、目を反らさず話し始めた。
「統合議員の多くがホイヘンスの言いなりになるのに飽き飽きしてるんだ」
ミラーは自分の移植された心臓を指さした。統合議員は、『地球国家連邦共和国統合政府議会議員』の通称だ。
「統合評議会(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会)は何とかしてホイヘンスの行動を制限したいと考えている」
ふたたびミラーの頬に笑みが浮かんだ。
「ホイヘンスが統合議員を牛耳っているのですか?」
アンドレがミラーを見つめている。
「統合議会は、ホイヘンスが要求した新しい研究施設建設を承認した。
統合議員は臓器移植を必要とする老いぼればかりだ。このままではホイヘンスの息がかかった議員が増えるだけだ。
ホイヘンスは統合政府下部組織の一管理者に過ぎない。
統合議会がホイヘンスの行動を制限すればいいと思うだろうが、ホイヘンスの行動を制限すれば、彼は老いぼれたちに、『臓器を提供しない』と言って脅し、臓器提供の見返りに、『正式に政治に介入させろ』と主張するだろう・・・。
ホイヘンスを独裁者にはできない。だが、老いぼれたちにとって優性保護財団の存在はそれなりに意義がある。だから統合評議会は表立って行動できないのだ・・・。
私は、アジア連邦政府を独裁しようと画策していると思われているが、そうではない。ホイヘンスの勢力拡大を身内だけで阻止しようと考えたが、多数の身内を政府要職に起用してはならなぬ法律がある。同時にホイヘンスの動きを阻止する方法が無いのが現状だ。
私がこのように話すのは、優性保護財団の新しい研究施設の監視と、ホイヘンスの行動を制限するために君たちに動いて欲しいからだ。
『彼を消せ』と言うのではない・・・」
ミラーは最後の言葉に重きを置いた。頬の笑いが消えている。
ホイヘンスを消して欲しいのだ。
ラビシャンは、ホイヘンスの部下のセシル・ミラーを思い出した。
「君の姪はホイヘンスの所で働いている。大丈夫かね?」
「その事もあって、ホイヘンスに気づかれずに、君たちに動いて欲しい・・・」
事が思わぬ方向に進んでいる。これが、アジア連邦政府を思い通りに動かそうと噂されるジョージ・ミラーの本音か?ミラーと統合評議会は何をする気だ?
そう思いながら、ラビシャンは、これまでの経緯を何も知らぬふりで訊いた。
「ホイヘンスは、新しい研究施設で何をするのかね?」
ミラーの頬に笑みが浮かんだ。
「人目につかぬテーブルマウンテンの地下施設で、君の知っている新しい実験をするのだろうね・・・」
ミラーはどこまで知っているのか?
「考古古生物学会長や遺跡保護特別官がホイヘンスの勢力拡大を阻止できるのかね?」
「各連邦政府施設も統合政府施設も、常に統合政府の監視下にある。正確には統合評議会(地球国家連邦共和国統合政府議会対策評議会)の監視下だ。
アジア連邦古生物研究所も、帝都大学と付属病院も例外ではない。統合評議会は国家の要職にある者たちの行動を常に把握している・・・。
君に考えがあるはずだ。
遺跡保護特別官は駐留軍の総司令官だ。今後は君の考え方ひとつだ・・・」
ミラーの頬に浮かんだ笑みが消えない。
ミラーは全てを知っている・・・。
「気になる事がある。私の友人がホイヘンスに拉致された。他の友人たちはユーロ連邦で行方不明だ。何とかして救いたい。協力してもらえないか?」
「遺跡保護特別官就任は交換条件と言うのか?」とミラ。
「ホイヘンスの行動を制限して勢力拡大を阻止するには、彼らの知識と能力が必要だ。
彼らがホイヘンスに捕まれば、私を含めて、君たちが圧倒的に不利になる」
「どんな不利だ?」
「この場では簡単に説明はできないが、君たちの管理下で何が起こったか承知しているだろう?」
ラビシャンはクローンと拉致をほのめかした。
ミラーから笑みが消えた。しばらく俯いた後、顔を上げた。
「わかった。行方不明の彼らを保護しよう・・・。
ミュンヘン大学の政治学の教授チャン・ヨンハンの友人が、トーマス・バトンだ・・・。
ヨンハンの父オリバーは、統合議長チャン・カンスンの甥だ。宗教界を退いた後、モーリン・アネルセン家の執事をしていた。
つまり、統合議長はチャン・ヨンハンの大伯父だ」
統合議長は連邦統合議会議長のことである。
「何だって?・・・知らなかった・・・」
ラビシャンは驚いた。
「チャン・ヨンハンには、十二歳の息子ミンスクがいる。君の息子アダムと同じ歳だ」
ミラーはアンドレにそう言った。
「ミンスクは、上海在住の子供ではなかったのですか?」
昨年、アンドレはアダムから、ミュンヘンで行われた統合政府教育省のサマースクールで、チャン・ミンスクと友達になった、と聞いている。
「統合評議会は未来の統率者育成にも手を尽くしている。二人が出会ったのは偶然ではない。君が、彼の名前から上海の子供と思っただけだ」
「なんて事だ・・・」
アンドレは返す言葉がない。
「チャン・ヨンハンを通じて、君の友人たちを君たちの移住先へ保護する。
それでいいだろう?」とミラー。
「私たちの移住先?」
ラビシャンは訊き返した。
「ティカルだ。
ホイヘンスはギアナ高地のテーブルマウンテン内に研究施設を建設する。
ギアナ高地の研究施設を監視するため、遺跡調査の名目でティカル遺跡の地下と付近に君が指揮する一個師団の軍事基地施設を作っている。ギアナ高地には監視キャンプをだ。
君は全ての軍需設備を使える。それでも不満かね?」
ミラーがラビシャンを睨んでいる。
「いや、不満はない・・・。
だが、チャン・ヨンハンがトーマスたちを説得しても、彼らは、表向きホイヘンスの賛同者である君たちを信用しないだろう。おそらく私もホイヘンスの協力者と思われているはずだ・・・」
「我々の会話をチャン・ヨンハンに説明しても無駄か?」とミラー。
「彼らを捕えるために演技している、と思われるだけだ」
「説得する方法はないか?」
「ここでの会話を記録しているのかね?情報収集衛星に対するここのシールドは?」
「記録は他へ漏れる。この中のシールドは完璧だ」
ミラーは自分の頭を指さした。
「ホイヘンスに、情報収集衛星の使用を許可したのは統合評議会かね?」とラビシャン。
「そうだ」とミラー。
「私の家族と君たちの動きはホイヘンスに筒抜けだ。ただちにホイヘンスが情報収集衛星を使えないようにしてくれ・・・」
ラビシャンは語気を強めた。
「早急に衛星使用を禁止させよう・・・」
ミラーはホイヘンスへの対策不備を痛感した。
「衛星を使えなければホイヘンスは警戒する。さらに詳しく私たちと君たちの動きを探るはずだ。ホイヘンスが納得する口実で衛星使用を禁じて、ホイヘンスが思いもしない者をトーマスの説得に行かせるしかない・・・。
全ての軍需設備を使えるなら、ホイヘンスの監視キャンプは必要なくなる・・・」
呟きながらラビシャンは考えこんだ。
「父さん。誰を行かせる気ですか?・・・まさか・・・?」
アンドレは息子のアダムを思った。
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