七 ティカル

 およそ一時間後。眼下に階段ピラミッドが見えた。

『ここは?』

『ティカルだ。正式には南コロンビア連邦グァテマラのペテン低地にあった古典期マヤの大都市・ティカルだ。

 我々が行くのは、地球防衛軍ティカル駐留軍基地だ・・・』


 ヴィークルの両翼が広がって、ローターが回転した。ヴィークルは樹海の拓けた一画に向って降下した。地上では階段ピラミッドが上昇して、下部に格納庫が現れている。


『中に家族が居る・・・。

 人類全てがホイヘンスのような者たちじゃない。奴らは少数派だ。奴らを攻撃するため、政治家と資本家が南コロンビア連邦の遺跡調査を条件に、この基地と武器を提供している』

 ヴィークルは地面すれすれまで降下して、格納庫へ移動して着陸した。


「ガル、あそこに・・・」

 ヴィークルから降りると、バレリが格納庫の一郭を示した。三人の女と男が一人いる。


 これまで、ガルとバレリは、ホイヘンスとトーマスとモーリン、リンレイとシンディー、そして、バイオロイドしか見たことがない。

 ガルとバレリはカムトの記憶から、目の前の四人を知っていたが、どうにも馴染めぬ人間への違和感が先走った。


「やっと来たわね。ユリよ。こっちがかほり。そして、ラビシャン教授と奥さんのネリー」

 ユリとかほりとネリー、そしてラビシャンは、交互にガルとバレリを抱きしめた。

「俺もバレリも、この世界をカムトの記憶で知るだけだ。いったいどうなってるんだ?」

「まず、座って・・・。カムトも皆も・・・」

 ユリはトムソたちを椅子に座らせた。


「私たちの記憶をあなたたちに伝える。誤解しないでね。あなたたちはモーザの奴隷じゃない。あなたたちは人間よ。新しい人類よ」

「馬鹿を言わないで!このシェルは何?これがあなたと同じ人間なの?」

 バレリは自分を指さしてユリたちを見た。


「私たちとあなたたちが、互いの記憶を知れば理解できる。五分ほどで済む・・・」

 かほりはガルとバレリに微笑んで、ガルとバレリが被っている思考記憶センサー内蔵ヘルメットを示した。

『発端はローラからよ。想像するのが難しいなら、3D映像を見て質問してください』

 ユリとかほり、ネリーとラビシャンがヘルメットを装着した。全員の前に3D映像が現れ、数分にわたって、記憶がガルとバレリに転送された。


『どうやって、他の者たちから二十四年前の記憶を得た?』

 ホログラムを見ながらガルは訊いた。皆、ヘルメットをつけたままだ。

『本人たちから、直接、説明してもらったわ』

 ユリが答えた。

『ホイヘンスは?』

『オリバーを通じて、モーリンとトーマスからよ。

 オリバーは姿を持たないニオブなの。

 ここに来てからの記憶は、カムトが伝えたとおりよ・・・。

 精神波は思念波とは違う。思考波や意識波とも異なり、精神や心から発するもので、意識思考探査できないの。精神波と精神空間思考を、思念波や思考波とは区別してね』

 かほりが伝えた。



 二十四年前。

 ティカルに移住したユリはカムトとスカルを産んだ。かほりはソミカとバレル、ネリーはアリーとミラとジョリーをである。

 子供たちを産んだ母たちは、テロメアが変化して老化しにくくなった。

 子供たちが成長する速度は、従来の人類の二倍から三倍。十年未満で成人に達し、老化しにくくなった。

 ティカルに居るトムソは、カムトたち七人とこの地方の旧人類との間にできた子孫である。トムソがいつまで生存可能か、今のところ不明だ。


 子供たちが発育するに連れて、子供たちと人の違いが明らかになった。

 人は分子記憶を読む能力が欠如して、染色体DNAの記憶を読もうなどと考えもしない。細胞分列して成長すると同時に、染色体DNAのテロメアが減少して老化が進み、テロメアに記憶されたDNA自体の記憶を失い、個体としての記憶を無くしてゆく。

 一方、子供たちの染色体DNAのテロメアは何度細胞分裂しても減少しないばかりか、テロメラーゼの分泌で壊れたテロメアを再生し、未分化細胞を生み出す。つまり、成長して傷ついても、再生して老化せず、自己のDNAのテロメアに書きこまれた祖先の記憶を読むのも、自分の遺伝子のテロメアを通じて子孫に記憶を伝えるのも可能だ。実際は、読むのではなく、時の経過とともに祖先の記憶が自己の思いとして湧いてくるのである。

 人は、生存していれば、精神的苦痛や肉体的苦痛を幾度となく経験する。

 人と子供たちの大きな違いは、人が体組織の老化に伴って嫌な事を忘れるのに対し、子供たちは自己の生存に不要な記憶を、生存に必要な体組織である特殊ケラチンのシェルに変えて保存する点である。記憶を自らのシェルにもできる。その記憶を読むのも可能だ。



 精神波による説明が終った。

「ヘルメットを外していいわ」

 ユリの指示で、全員がヘルメットを外した。3D映像が消えた。

「子供たちは傷ついても再生する。あなたたちも再生する」

 ユリはガルとバレリに微笑んだ。


「レグたちは事故で死んだが再生するのか?」

「そうよ。ホイヘンスはトムソを再生して、臓器培養に利用してた。臓器を必要としない場合、記憶を操作して、労働させてた・・・」

「何としても、子供たちと私の夫大隅悟郎とユリの夫宏治と、友人のトーマスとモーリンを救い出したいの」

 かほりが熱いまなざしをガルに向けている。

「なぜ、我々にそれを?」

 ガルはかほりを見つめた。


「ガルの父は宏治、母はモーリン。

 バレリの父は私の夫大隅悟郎、母は臓器培養目的でホイヘンスに卵細胞を預けた女性政府高官よ」

「レグの父親は?」 

「レグの父は宏治、母はモーリン。レグとガルは兄弟よ。

 ホイヘンスは人工授精でトムソを誕生させて、培養カプセルで育てた。

 トーマスとモーリンのテクノロジーを使って、あなたたちを管理し、臓器育成用の成体にした・・・」

 とユリが言った。

「そんな・・・」

 バレリ自身の記憶に幼児期はない。あるのは成人からだ。

 ガルは安堵した。ガルはバレリにレグを会わせたかった。

「バレリとレグがいっしよになっても、問題ないな?」

「宏治と先生に血縁関係はないから問題ないわ」

 かほりがパレリに微笑んでいる。


「施設に居るモーリンとトーマスはクローンか?」

 ガルは、得たばかりの記憶をたどって尋ねた。

 ラビシャンが説明する。

「君たちが知ってる二人は本人だ。一度はクローンを送りこもうと考えたが、クローンにも人格がある。犠牲にできない。二人はホイヘンスの情報を我々に流すため、みずから財団へ乗りこんだ・・・」

「・・・」

 ガルとバレリは言葉を無くした。どうしていいかわからない。


 ラビシャンは続ける。

「ローラのテロメアの分子記憶を知れば、新人類が誕生した理由がわかる。ホイヘンスから仲間を救う方法が見つかるはずだ。

 だが、ローラのテロメアの分子記憶を知るには、ここにいるトムソだけでは足らない。我々は分子記憶を読める能力あるトムソに、精神波で、宏治がホイヘンスから受けた事故の記憶を送り続けた。そして、君たちとレグが反応した・・・」


「確実に、仲間を救えるか?」

 ガルはトムソたちを救いたかった。

 ラビシャンは、ガルの精神の奥底にある、人間への違和感を感じた。

「確実にわかるのは、新人類誕生の理由と新人類の能力だ。

 それによって、君が考える旧人類の抹殺も可能かも知れないがね・・・」


 カムトが説明する。

「ホイヘンスを抹殺する必要はない。奴の配偶子は生殖能力が少なく、癌因子を大量に持ってる。新しい臓器が手に入らなければ、とうの昔に死んでたはずだ。トムソと父たちを救い出せば、宇宙の摂理に従って消滅する・・・」


「わかった。協力しよう」とガル。

「でも、皆を、どうやって救出するの?」

 バレリは不安な表情になっている。


「我々はパラボーラを使って坑道の末端八ヶ所に、山頂から通じるシャフトを貫通させた。

 上空から電磁パルス攻撃して管理システムを破壊し、トムソが非難した頃を見計らって、トムソと父たちを救出する。

 全員が無理ならレグたちだけを救出する」

 カムトは天を指さした。

 上空三万六千キロの静止衛星軌道上にパラボーラが七基ある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る