十四 ネリー・キム

 二〇五六年、八月十九日、土曜、午後。


 上海への帰路。

 ラビシャンは旅客用ヴィークルの機上で後悔に苛まれた。

 大隅たちが拉致されたのは、ホイヘンスに騙された私の責任だ。このままでは、一生、後悔したままになる。どうすればいいのだ・・・。

 アンドレの事を決めてしまったが、あの場はそうしなければ、私も大隅と同じにされただろう・・・。

 ホイヘンスに話さなかったが、私にも、自分でわかるくらい、変化が現れているのだから・・・。


 ラビシャンは機体中央の通路右側に座っている。

 通路の左側二席前に、スカーレットのスーツに身を包んだ女が居る。女はチャーミングで明るく健康そうで、若かりし頃のラビシャンが理想とした究極の女、つまりラビシャン好みの女である。

 ラビシャンが乗っている旅客用ヴィークルの下の大気は厚い雨雲に覆われているが、機内はスカーレットのスーツに身を包んだ女とその周囲が妙に明るく見える。

 ラビシャンは完璧に女に魅了されていた。十年ほど前に妻を亡くした六十代後半のラビシャンが、三十代らしき女に一目惚れしたのである。


 こんな時に私は・・・。

 もしかしたら、私のDNAにも変化が現れたのか?テロメアが増加したのか?

 テロメアは相手を選ぶとはこの事かも知れない。

 大隅たちを救うにはどうする?アンドレをホイヘンスの意のままにさせてはならない。そのためには何をすればいい?

 ラビシャンは今後を考えたが、年甲斐もなく身体が女に反応し始めている。


 上海空港に着いた。

 女はラビシャンの数人前をボーディングブリッジへ歩いている。

 その時、女の右のヒールが機体とボーディングブリッジの僅かな段差に引っかかった。女はよろけた。すぐ後ろを歩く若者たちは器用に女の右横を擦り抜けた。

 女が体を回して右へ倒れた。咄嗟にラビシャンは女の身体を支えようと移動した。自分でも思ってもみない素速さだった。

 倒れる女を支えるラビシャンの右手は、女のふくよかな左胸にあった。左手は括れた腰を支えている。

 女の右手はラビシャンの胸に、バッグを持つ左手はラビシャンの股間にあったが、女は

「ありがとう。助かりました・・・」

 慌ててその左手をラビシャンの腹部へ移した。


 ラビシャンは片膝ついて、通路に転げたハイヒールを取った。

「ラビシャン教授?先生なの?」

 女は驚いた顔でラビシャンを見ている。かつて、ラビシャンは上海大学理学部古生物学科の教授だった。

「君は、私の研究室にいた、ネリー・キム・・・」

 ネリーが学生だったのは十数年前だ。当時、ラビシャンは五十代前半である。

「はい!」

 ラビシャンを見つめて、ネリー・キムは笑顔で答えた。

「捻挫は?」

「大丈夫です!」

 笑顔のネリーに、ラビシャンはハイヒールを履かせて、腕を支えて歩き出した。


 ネリーは小柄で、ハイヒールを履いてもラビシャンより背が低くかった。

「あいかわらず魅力的だね。

 あの当時、僕が独身だったら、結婚して欲しいと君に言ってたね」

 唐突に言葉が出た。ラビシャンは自分がこんな事を言えるとは思っていなかった。確かに大学生のネリーは魅力的だった。その魅力は今も変らない。

「まあ、先生ったら!でも、先生も昔と変らず若いですね!」

 ネリーはラビシャンの股間の感触を思い出して、含み笑いしている。

 二人とも昔を懐かしんで話しているが、腕を取り合って歩く二人は夫婦か恋人たちに見えた。


「今、仕事は?」

「サイエンスの記者です。上海支社勤務です。先生が古生物研究所の所長に就任したのを知ったのは十年ほど前かな・・・」

「妻を亡くした頃だ」

「今は?」

「息子夫婦と孫の四人家族だよ」

「再婚の予定は?」

「無いよ」

「お相手は?」

「誰も居ない・・・」

「そうなの・・・」

 ネリーは俯いて何か考えているようだった。


 ボーディングブリッジからターミナルの通路へ出た。二人はコンベアに乗らずにフロアを歩いた。

「先生と暮らして、先生の子供が欲しいな・・・」

 ネリーがポツリと言って顔をぽっと赤らめた。

「ネリーにそう言われると、とてもうれしいね。

 だが、この歳だ。まともに子供が生まれるとは限らんぞ・・・」

 ネリーも古生物学を学んだ者として、老いた配偶子に異常が多いのを知っている。

「まあ、先生ったら・・・。今から暮すなんて言ってないわ・・・」

 呆れ顔のネリーがすぐさま真顔になった。

「でも、いいか・・・。ずーと憧れてたんだし、それなりの覚悟はできてるから・・・」

「恋人は?」

 ラビシャンは訊いた。

「仕事だけ・・・。昔から居ないの・・・。憧れの人ができて、ずーとその人を思ってた・・・。だから・・・、経験もないの・・・」

 ネリーはラビシャンの事を言っている。む


 ラビシャンは歩きながら、ネリーの肩を強く抱き締めた。

 ゲートへ歩くラビシャンとネリーを、コンベアに乗った者たちが著名人を見るように見ている。ラビシャンはこんなに他人から稀有の目で見られた経験がなかった。

「周りの人たちが、しきりに我々を見てる・・・・」

 ラビシャンは周囲の目が気になった。

「先生が魅力的だから・・・」

「歳が離れた異質な二人に見えるんだろうね」

「そんなことないわ・・・。ほら、夫婦に思われてる・・・」

 コンベアの初老の夫婦と言ってもラビシャンと同年齢らしい夫婦が、魅力的で羨ましい夫婦だと話すのが聞こえる。彼らにはラビシャンが若く見えるらしかった。


「私は何歳に見えるんだろう?」

 ラビシャンは呟いた。

「そうね・・・。お世辞抜きに言って昔と同じだから、五十代の初めかな」

 ネリーはラビシャンに微笑んでいる。

「そうか・・・」

 ローラのエネルギー波で若返ったのか?あの光は何だったのか?

 ラビシャンは疑問だらけだった。 


 到着税関のセキュリィティーゲートで、ラビシャンはアジア古生物研究所所長のIDカードを見せた。ネリーが雑誌サイエンスの上海支社勤務を示すIDカードを見せると、係官はラビシャンを政府要人と判断して、ネリーのIDカードをろくに見ずに、魅力的な奥様ですね、と真顔でゲートを通過させた。

「ねっ、夫婦よ・・・」

 二人は空港のフロアを出口へ歩いた。


「今日は土曜だけどこれから仕事をするの?」

 時刻は十七時だ。

「仕事はないよ。家へ帰るだけだ」

 ラビシャンの自宅は上海北地区郊外の一戸建てだ。ネリーの自宅は西地区の居住区域にある。ここ上海空港は中央地区の南区域だ。

「それなら、私の家で二人で食事をするのはどうかしら?」

「ネリーと食事をしようか。その時まで君を支えよう・・・」

 ラビシャンは、自分の言葉が未来を決定したように思った。


「うれしいな。先生といっしょに食事できるなんて大学以来ね・・・」

 ネリーはラビシャンの腕にすがって、恥ずかしそうに俯いた。

「研究室でいっしょに食事したね。あのハンバーガーの味を覚えてるよ」

 ラビシャンは、大学の古生物研究室で昼食を食べた過去を思い出した。

 ネリーは彼女が作ったハンバーガーで、ラビシャンは妻が作った野菜たっぷりのサンドイッチだった。サンドイッチとハンバーガーを交換しながら、ネリーは、

『両親が癌で亡くなって保健省の援助で幼年期を過したわ。

 今は奨学金で大学で学んでいるの。私のように、子供を独りにしたくないわ』

 と語った。遺伝子の癌因子を動物性蛋白質が刺激するのを考えたらしく、ネリーが作ったハンバーガーはグルテンミートだった。

「うれしいなあ・・・。憶えてくれてたんだね・・・。

 先生に、野菜たっぷりのサンドウィッチ、作ってあげたいな・・・」

 ネリーは腕をラビシャンの腕に絡げて歩きながら小声でそう言った。


 ネリーの言葉を聞きながら、ラビシャンは周囲が気になった。ホイヘンスの手先に監視されている気がする。

「足は痛まないか?あれほど酷く足首を捻ったんだ。捻挫しなかったか?」

 ラビシャンは周りに注意を払った。不審者は居ない。気になるのは空港監視システムだ。いや、空港に限らず監視システムはどこにもある。

「少し痛むけど、平気。でも、先生にこうして支えてもらった方が歩きやすい」

 ネリーはラビシャンの腕を取ったまま放さない。

 出口から見える空港の外は雨である。


 二人は空港から高速モノレールに乗った。三十分ほどで西地区居住区域の一〇二居住棟二十四階にあるネリーの住まいに着いた。

「ワインを飲んでてください。すぐ用意するね・・・。

 この区域の外れに高級レストランがあるけど、両親の事を考えて、私はベジタリアンなの。先生は?」

 ソフアーにラビシャンを座らせて、ネリーはテーブルにグラスとワインを用意した。

「私もそうだよ」

「あのサンドイッチを食べた時、思ったの。先生もベジタリアンだって・・・」

 ワインをグラスに注ぐと、ネリーはオープンキッチンに立った。


「家に連絡していいかな?」

「ええ。そうしてください」

 ラビシャンは上着の襟に組みこまれたヘッドセット型の携帯端末を取り出した。

「教え子に会ったんだ。いっしょに食事するから、帰りが遅くなるよ・・・・。西地区だ。ちょっと待って・・・」

 通話を中断し、ラビシャンはネリーを見た。

「・・・君の事を話していいね?」

「いいわよ。全てを話していいわ」

 ラビシャンを見るネリーは笑顔だ。


「名前はネリー・キム。上海大学の古生物学科の卒業生だ・・・。そうだ。私の研究室だ。教え子だよ・・・。雑誌、サイエンスの記者。西地区在住。チャーミングで可愛い人だ。・・・そうだね。そうしてくれると助かる。・・・はっはっはっ、事によると、明日かも知れないね。・・・ああ、いいよ。任せるよ。・・・サンドラとアダムによろしく。それではまた」

 ラビシャンは携帯端末を上着の襟に戻した。


 私のDNAのテロメアが子孫を残そうと働き始めた。

 全てがローラのエネルギー波の影響だ。

 テロメアは相手を選ぶ。

 私のテロメアはネリーを選んだのだろうか?

 ホイヘンスは、

『大隅たちのDNAは、テロメラーゼが分泌されてテロメアが増えている。ほとんど初期状態に近い。エクソンにも変化が現れ、未分細胞も増えている』

 と言った。

 宏治が再生したのを考えれば、私と同じ現象が既に大隅と宏治にも現れている。

 ホイヘンスが大隅と宏治の妻たちを捕まえる前に、何としても二人の妻を保護しなければならない。

 これまでの事を、このネリーに話すべきか?

 いや、彼女はサイエンスの記者だ。格好の記事になる・・・。

 もしかしたら、記者として、私から何らかの情報を得たいのかも知れない・・・。

 そうなら、彼女が事実を明らかにする前に、ホイヘンスによって消される・・・。

 あるいは、彼女はホイヘンスが放ったスパイかも知れない・・・。

 アンドレの事もある・・・。

 いったい、どうすればいい?

 ラビシャンは箇条書きするように考えていた。


「先生。できたわ。お肉はないけど、お肉紛いがあるの」

 ネリーは、ステーキと野菜たっぷりのサラダをソファーテーブルに置いた。

「ほおー。まさにステーキだね!」

 ステーキはビーフその物に見える。ラビシャンは大いに驚いた。

「大豆蛋白と小麦蛋白から合成したの。おいしいのよ。さあ、食べてください!」

 ネリーはラビシャンに満面の笑顔を見せてナプキンを膝に置いた。


 この顔は真顔だ。情報目的やスパイではない。

 このままでは、私はネリーを愛してしまう・・・。

 その時は、ネリーに真実を話さねばならない。

 アンドレには何も話さずにおこう。そうすれば、ホイヘンスがアンドレの思考と記憶を探査をしても、私に関する情報は得られない・・・。

 ラビシャンはナプキンを膝に置きながら、直感した。


「先生の家族って、どんな人たち?」

 ナイフとフォークを使いながら、ネリーが尋ねた。

 ネリーに家族は居ない。家庭がどんなものか想像できない。

「息子のアンドレは三十九歳、アンドレの妻のサンドラは三十八だ。孫のアダムは十二。

 アンドレは古生物学会の理事で正義感が強い。物事を順序立てて考える几帳面な性格だ。

 孫のアダムはアンドレと性格が似てる。正義感の塊みたいな所がある。

 サンドラは学術局の事務官だ。聡明な人だ。アンドレの賛同者だ。小さな事を気にしない、気さくな性格だよ・・・」

 ステーキとサラダを食べながらラビシャンは家族についてそう話した。


 ラビシャンは気になる事を思い出した。優性保護財団総裁に就任する前、ホイヘンスは古生物学会の会員で、事務官のサンドラと面識があった。

 サンドラからホイヘンスに情報が漏れるかも知れない・・・。

 いや、サンドラは漏らさない。

 ホイヘンスはサンドラにも思考記憶探査して情報を得るはずだ・・・。


「楽しい家族?」

 ネリーも食べながら尋ねた。

「まあ、そうだね。ネリーと良い家族になるよ」

 ラビシャンは何気なくそう言った。

「えっ?」

 ネリーは驚いてフォークを止めた。ラビシャンを見つめている。

 まだ、そこまで話は進んでいないが、構わない・・・。

 なぜか、ラビシャンはそう思った。

「本当さ。アンドレとアダムはネリーにびっくりするよ。魅力的だから・・・」

 ネリーはラビシャンの目を見つめて訊く。

「本当に?サンドラは?」

「嫉妬する」

「うふっ・・・。本当かなぁ?」

 ネリーが視線をステーキへ向けた。照れている。


「ところで、空港での話は本当かい?」

 今度はラビシャンがフォークを止めた。ネリーを見つめている。

「本当よ。ずっと思ってたの。先生と暮らして先生の子供が欲しいって・・・。

 だから、この歳になっても誰とも付き合ってない・・・。

 でも、癌が心配なんだ・・・」

 ネリーは目を伏せたまま、フォークでステーキを突いた。


「癌因子があっても、現在の医学はそれを克服してる。心配ないよ。

 ネリーは私との事を、これからも、空港で話したように思うかい?」

「うん・・・」

 フォークの先のステーキを見ながらネリーが答えた。頬が上気して耳まで赤い。

「わかった・・・。ネリーの思いを実現させたい・・・」

「えっ?」

 ネリーの手から、フォークがステーキの上に滑り落ちた。

 

「決断は私の話を聞いてからにして欲しい」

 ラビシャンはそっと手を伸ばした。フォークをネリーの皿の縁に置いた。

「オフレコだよ。絶対に口外してはならない。もし公になれば、二人とも消される・・・。

 聞く気があるかい?」

 ラビシャンはじっとネリーの目を見つめた。

「先生となら消されてもいいよ」

 ネリーはナイフを皿に置いた。手を膝に置いている。

「聞きます。

 口外しないよ。

 誓います。

 絶対にオフレコにする。

 口外しません!」

 真顔になっている。


「わかった・・・」

 ラビシャンはナイフとフォークを皿に置いて、ワインを一口飲んで話した。

「私の研究所の地下保存庫に、少女のミイラが保管されてるのを知ってるね・・・」

「ローラね」

「そうだ。ローラだ・・・。

 ローラを観察中に、ローラの身体が発光した。私を含めて、三人の研究者が光を浴びた。光は特殊なエネルギー波で・・・」

 ラビシャンはこれまでの経緯を詳しく説明した。


「この事を知る部外者は大隅たちとトーマス、そして、ネリーだけだ。

 アンドレもサンドラもアダムも知らない」

「家族なのに、なぜ、知らせないの?」

 ネリーはラビシャンを見つめている。

「私への見返りに、ホイヘンスはアンドレをアジア連邦考古古生物学会の連邦会長と、地球国家連邦統合考古古生物学会の統合会長に推薦して、将来、アンドレを自分の息がかかった連邦議員にする気だ。

 ホイヘンスは古生物学会当時、学術局事務官のサンドラと面識があった。私が妙な動きをすれば、ホイヘンスは思考記憶探査器を使ってアンドレとサンドラから私の行動を知ろうとするはずだ。だが、記憶がなければ探査できない。だから、家族に話していない」


「私に話したのは?」

 ラビシャンは家族でない私に真実を話している。私はラビシャンにどう思われているのだろう・・・。ネリーは複雑な心境だった。

「ネリーに隠し事をしたくない。事実を話しておけば、ネリーを傷つけずに済む・・・」

 ラビシャンはネリーに隠し事をしたくなかった。

「先生と付き合ってるのがわかれば、いつかホイヘンスは私の思考と記憶を探査するよ。本当の理由は何?」


 ネリーはチャーミングな上に聡明だ。そう思いながらラビシャンは答える。

「このまま、何度も会っていれば、私はどんどんネリーを愛するようになって、愛し合うようになる・・・」

「だから、何?」

 ネリーはじっとラビシャンの目を見つめた。

「宏治の言葉が事実なら、私とネリーが愛し合えば、必ず子供ができる。生まれる子供が、どのような子供か不明だが・・・」


「子供たちが、ホイヘンスの悪事を正すんでしょう?」

 さりげなくネリーがそう言った。

「えっ?」

 ネリーは私が考えもしなかった結論を示した。やはりネリーは聡明だ・・・。

 ラビシャンはそう思った。

「先生の説明でわかったの。私の話を聞いても怒らないでね」

 ネリーがラビシャンを見つめている。

「ああ、怒らないよ」

「ローラの能力は先生たちに受け継がれて、次の世代に受け継がれようとしてる。

 先生は失態を犯したけど、今は大隅教授たちを救い出してホイヘンスの悪事を阻止しようとしてる。だから、テロメアは先を見越して先生を選んだのだと思う。

 そして今度は、私を選ぼうとしてる・・・」

 ネリーは瞬きせずにラビシャンを見つめている。


「私でいいのか?」

 ラビシャンもネリーの目を見つめたままそう言った。

「うん。気持ちは変らないよ。

 それに、この事は絶対に口外できない。私たちと子供の未来に関わるから」

 ネリーの視線が妙に艶めかしい。絡みつくようにラビシャンを見ている。



 翌朝、八月二十日、日曜。

 自宅へ戻ったラビシャンは、厳重に電磁シールドした自室に息子アンドレを呼んだ。

 かつてラビシャンは大隅教授に忠告され、全ての監視システムから自宅とこの部屋を守るために自宅全体を電磁シールドしていた。


「父さん。ネリー・キムを調べたよ。確かに、古生物学科の父さんの研究室の卒業生だ。

 雑誌サイエンスの上海支社に勤務し、三十七歳。住居は西地区の居住区域一〇二居住棟の二十四階。怪しい所はなさそうだよ」

 アンドレは日常会話の一つのように話している。


「私は彼女を妻にしようと思う・・・」

 ラビシャンは気楽にそう言った。

「・・・」

 ソファーのアンドレは驚いて口を開けたままだ。

「そんなに驚かなくていい。私がサンドラたちに話すまで、アンドレは何も知らない事にしてくれ」

 ラビシャンは片目をつぶって目配せした。

「わかりました」

 アンドレは驚きを隠せないまま答えた。

 ラビシャン六十七歳、そして、ネリーは三十七歳。アンドレより若い。

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