九 意識投射

 我々はプロミドン立体編隊を組んだまま、ヘリオス艦隊をディアナの地下に格納した。

 ディアナの重力場はガイアの六分の一、ロシモントの六十分の一に相当し、〈ガヴィオン〉のコントロールデッキにいる我々は、亜空間慣性航行しているのと変らぬ状況下にあった。搬送艦の一般クルーは、来るべき時までカプセル内で休眠した。


 クラリックが副艦のプロミドンとアーズのプロミドンを使い、第四惑星から介入する可能性があった。彼らの介入と飛来する小惑星から艦隊を守るため、我々はヘリオス艦隊周囲に、強固な防御エネルギーフィールドを張った。その結果、大司令艦〈ガヴィオン〉をはじめ、副艦のプロミドンは、ガイアを直接監視できなくなった。


 我々は、惑星アーズから見えないディアナの陰に、偵察艦一隻を配置した。そこには艦隊の防御エネルギーフィールド間隙があった。

 偵察艦のプロミドンシステムの中継で、我々はガイアの海を移動するプロミドンからの情報と、ガイアを周回する六隻の偵察艦から情報を得て分析した。


「我々に気づかれずに、クラリックが地上に介入している気がする・・・」

 カミーオは、ガイアの地上でクラリックが何らかの方法で干渉する、あるいは干渉していると判断し、副艦クルーと慎重に調査した。

 離脱後のクラリックからは介入も干渉もなかったが、我々がガイアの地上を偵察するように、クラリックがアーズから我々を監視しているのは明らかだった。


「我々は管理のために、いずれ、直接、ガイアの地上に降下しなければならない。

 我々が単独で地上に降り立っても、精神生命体の我々は、地上の生態系を乱さず、地上の生命体に気づかれない」

 そう判断していた私は、カミーオの判断を尊重し、キーヨに、地上の変化を漏れなく記録するよう指示した。



 我々も、時として予測しなかった運命に遭遇する場合がある。

 入念に地上の4D映像を監視し、重要現象を記録していたキーヨは、その稀にしかない現象に遭遇し、作業を忘れて映像に見入った。4D映像にむけられたキーヨの意識が薄れ、自身の精神空間に意識が拡散しそうなるのを感じ、私はキーヨに質問した。


「何があった?」

「えっ?ああ、事故だ・・・。

 ネオテニーの若いのが剣歯獣と格闘して谷間に落ちた。

 肋骨が折れて肺に刺さってる。

 臓器も破裂してる。

 助からないだろう・・・」


 我々はロシモントで、何世代も事故を見たことがなかった。我々の世界では起こり得ない現象を目撃するのは興味深い。しかし、たとえその結果が良き方向へ転じても、現象がもたらす陰鬱な雰囲気は長く尾を引き、我々精神生命体の安定を欠くのは明かだった。

 実際、キーヨの意識はかなり動揺し、日頃の彼ではない精神状態におちいり、精神生命体の安定を欠く一歩手前だった。


 事故に遭ったネオテニーは十五歳ほどだった。

「彼らは彼をどうする気だ?」

 私はキーヨとナムシに質問した。

「埋葬するだろう。精神エネルギーレベルはそれくらいの段階だ」

「ヨンミン、レクスターとシンに、ここに来てもらってくれ」と私。

「了解」とヨンミン。

「カミーオ。こっちに来て、映像を見てくれ」

 カミーオの意識が4D映像にむけられている。


 息絶えようとする若者を岩棚に横たわせ、狩人たちは、獲物の一部を石片で切り取り、棍棒とともに若者の身近に置いた。そのまま彼をとり巻き、じっと彼を見ている。傷ついた若者がもうすぐ息絶えようとも、彼らは為す術がなかった。


「置き去りにする気ですよ。まだ、死を理解していないらしい・・・」

 ネオテニーたちは誕生と死を何度も見て、誕生から死までの精神的時空間をある程度理解してる・・・。

 狩りの経験から、大量に血を流すと動物が二度と動かなくなるのを知ってる・・・。

 彼らは、まもなく訪れる彼の死を漠然と理解してる・・・。

 私に意識伝えながらカミーオはそう心で考え、精神空間思考していた。


「いや、わかっているようだ。

 だが、彼らがどこまで理解しているか、私には判断がつかない。

 カミーオは判断できるだろう?」


 死が何を意味するか、若者を目前にした狩人たちは理解していた。彼らは、捕獲した獲物を殺して彼らの口へ入るまでの一過程として死を考えている。この4D映像から、私はその事に気づいたが、カミーオに伝えずにいた。


 私の知識は、他の生命体の精神活動を説明できるほど豊富ではない。私がネオテニーの精神活動を説明するのは、日頃から生命体の精神活動を考えてやまぬレクスターとカミーオの、意識と精神エネルギーを低レベル化しかねない。私の説明によって、すぐさま彼らが低レベル化するのではないが、私は彼らの自立した精神活動を妨害するつもりはない。


「キーヨ。あの若者に光と花を意識投射してください・・・」

 4D映像に見入ったまま、カミーオがキーヨに伝えた。

「えっ?ああ、わかった。やってみる。

 意識入射でもいいだろう?」


「それはするな・・・」

 私はキーヨを制した。実際はカミーオの思考の代弁だった。

「我々が手を出さなければ、確実に彼は死ぬ。

 だが、キーヨの意識が入れば、死なずに怪我が回復する・・・。

 彼の年齢を知りたい・・・。

 浅く意識投射して、狩人たち一人一人に彼の年齢を思いださせろ。

 同時に光と花を思い浮かばせるんだ」

「なるほど、うまく考えたな。それなら、彼らも納得するだろう」

 キーヨは私の意図を理解したが、カミーオはキーヨの思考を理解していなかった。



 コントロールデッキに、レクスターとシンが現れた。私はレクスターに質問した。

「レクスター、彼らをどう思う?我々が彼らに伝える事があるか?」


 レクスターは映像を見た。

「彼らは、獲物について、生と死を知ってる。

 自分たちの死がいつ訪れるか知らない。誕生から死までの時間に対する考えがない。

 精神エネルギーレベルは第二階梯ね。

 ヨーナの考えるように、浅く意識投射していいでしょう。

 彼らは概念的な思考を経験してないから、何度も試みないと記憶に残らない」


「ヨーナ、ケイトが試みたようにしたらどうだろう?」

 シンが提案した。

「直接的な意識投射か?」

「象徴的なものより、現実的なものの方がいいと思うよ」とシン。


 レクスターが伝える。

「それをすると、概念思考を行う精神が育たない。今はヨーナのやり方がいいでしょう。

 私が初めてトトの種に会った時、トトの精神は、この彼らより進化してた。

 トトは食料に恵まれ、他の動物と争う必要がなかったから言葉が少なかった。言葉を記憶する前から、トトは、はっきりした個性があった。精神的進化は、彼らより進んだ段階にあった。

 このネオテニーは、トトの種にくらべ、見た目は、道具を使う彼らの方が進化しているように見える。しかし、彼らにはまだ、トトの種のような個性がない」


「我々トトと、そんなにちがうのか?」とシン。

「かなりちがう。彼らは道具を使うのがうまい。

 使うというより、所有を望む意識が強いみたいだ。

 ヨーナは気づきました?」

「いや、気づかなかった。

 このまま、浅く意識投射する。

 キーヨ、やってくれ」

「了解!」



 私は、我々ニオブやトトの進化過程をくわしく知らない。こうしてガイアのネオテニーを見ても、私個人は比較対照概念を持たないため、判断しにくい場合がある。しかしながら、私にも方向性が与えられていた。


 大きな時空間の流れの部分として小さな時空間が存在するように、ガイアの自然の流れが本来の流れと異ならぬよう、私の指示範囲と指示内容が、あの「存在」から提示されていたが、離脱していったクラリックは「存在」からの提示を知らなかった。


 予知能力を持つキーヨだけが、ガイアの未来をおぼろに推測していたが、彼は未来について考えを我々に説明しようとしなかった。

『未来に起こる事象を事前に説明することで、時空間の流れが強制され、時空間の結果としてあるべき本来的な未来が変り、正しい方向性を見出す妨げになる』

 キーヨはその概念を良く理解していた。



 岩棚に横たわる若者の名は「サキ」だった。周囲で見守る狩人たちは、彼の家族を含めた三家族からなる彼の一族だった。

 彼らは、以前から狙いをつけた剣歯獣の棲家を、草原の外れにある岩山に見つけ、朝から剣歯獣を狩る機会を待っていた。剣歯獣の雄は棲家へ注意深く、しかも頻繁に、獲物の草食獣を運んできた。


 狩人たちは岩山の上から岩と石で攻撃し、剣歯獣の雄を倒した。

 サキは、狩人たちが止めるのも聞かず、獲物を捕りに岩山を駆け下りた。その時、岩山の中腹からサキめがけ、灰色の塊が襲いかかった。サキは岩から足を踏みはずし、灰色の塊ごと岩山を滑り落ち、何度も岩棚に身体をぶつけながら岩陰に見えなくなった。


 サキに襲いかかった灰色の塊は、剣歯獣の雌だった。岩と石の攻撃で倒れた雄を見て身の危険を感じ、雌は子供を守るため、棲家の周囲を動きまわるサキに襲いかかったのだった。たとえ、動きまわるのかサキでなくても、倒れた雄を見た雌は、動きまわるものなら、何でも襲いかかったはずだった。子育ての時期、剣歯獣はいらだち、緊張した日々を送っ

ていた。


 剣歯獣の雌は、落下途中で岩棚に頭を打ちつけ、雄の後を追って息絶えた。

 一族の年老いた狩人は、子育て時期の剣歯獣を良く心得ていたが、狩りの経験が浅いサキは知る由もなく、雄をしとめた興奮から、周囲の注意が耳に入らない状態だった。


 空が青い・・・。

 あの上から落ちた。こいつをしとめた。食えるぞ・・・。

 動かない。痛い・・・。

 雌の上に倒れているサキの脇腹は変形し、呼吸するたびに、喉からひゅうひゅう音がした。激しい傷みが脇腹から全身へ拡がり、サキは喋れなかった。剣歯獣の上から立ちあが

れなかった。


「サキ。食えるぞ!食えるか?食えるか?」

 岩山から駆け降りた狩人たちが、剣歯獣の上に横たえたサキにいった。


 ああ、食える。

 声、出ない。

 ガリオ、どこにいる?

 暗い。どこだ?


「起きろ。サキ。食えるぞ!サキ!」

「ガリオ、サキは食えない。このまま、ここにいる。もう、食えない」

 一族の長老トリンがガリオを見つめた。トリンはガリオの父であり、サキの祖父である。


「トリン、なぜ、サキは返事しない?

 なぜ、寝てる?」

「こいつとサキ、これに当たった。

 こいつ、食える。

 サキ、動かない」

 腰の曲がりかけたトリンは岩棚を叩き、倒れているサキを指さした。


 ガリオは叫ぶ。

「サキ、動け!

 食える。食えるぞ!

 サキ。サキ。サキ!」


 ガリオ・・・。食えるか?


「サーキ!」


 ガリオ、動かない・・・。暗い・・・。夜か?

 サキの意識が薄れ、また、はっきりした。

 彼には父ガリオの顔は見えなかった。視覚が活動を停止し、かろうじて父の声だけが聞こえていた。


 ガリオは、息耐えた剣歯獣の前脚を棍棒で叩き折ると、近くにある石を打ち砕き、破片で剣歯獣の脚を切りとった。

「食え!サキ!食え!動くぞ!食え!」

 ガリオは、サキが獲物の脚を食えば、ふたたび獣のように草原を走り、木に登り、岩山を駆け登る、と信じて疑わなかった。


 しかし、剣歯獣が石と岩の攻撃を受けて動かなくなったように、岩棚に身を打ちつけたサキは、いずれ動かなくなり、冷たくなって何もいわなくなる、と長老のトリンは知っていた。


 ガリオ!どこだ?明るい!朝だ!みんな、どこだ?明るい!


「トリン、サキが変だ・・・」

 ガリオは、どのように聞いたらよいかわからない。


「サキ、動かない。

 ずっと、ここにいる。

 食う物、棒、ここに置く」

 何と説明していいかわからないが、トリンは、サキがこのまま、ここで死ぬを知っていた。ガリオが何をしても、それが無駄なのを、トリンはガリオに説明できなかった。

 いつだったか、トリンの父のマオトも、狩りの途中で動かなくなった。そのまま何も喋らず冷たくなっていった。皆、動かなくなって喋らなくなり、冷たくなってそのままだった。それは、彼らが狩る獲物と同じだった。


 サキがなにかつぶやいた。

「明るい・・・。花がいっぱいだ・・・。

 皆、どこにいる?花がいっぱいだ・・・」


 ガリオがトリンに訊く。

「トリン、サキは何を見てる?

 花、見てるのか?

 花はどこだ?」


「サキは俺たちに見えない物を見てる。

 ちがう物、見てる」

 サキは死ぬ。マオトが最後に話した事と同じ事をいってる。これからサキは喋らなくなって、冷たくなって動かなくなる。もう赤い血も出ない。

 トリンはサキを見て、そう思った。



『サキ、痛いか?』

 聞いたことのない声だ。

『いや、もう痛くない。

 ここはどこだ?

 みんな、どこだ?

 あんたはだれだ?』


『トリンの親だ』

『トリン爺さんの親?

 マオト爺さんか?』

『そうだよ。

 では、そっちへもどる前に、もう一度、最初から思いだそう。

 いいだろう?』


『ああ、いいよ。

 獲物をしとめたんだ。

 早くもどって、皆で食うんだ。

 だけど、身体はどうなった?

 もどると痛いのか?

 痛いのはいやだ』


『行けば、わかる』

『もどる前に教えてくれ。

 ここはどこだ?』

『お前が生まれる前にいた所だ。

 まだ、やることがある。

 もどって、やるんだ。いいね』


『うん。まだ、やることがある。

 マオト爺さん』

『そうだ。

 いつも、皆で見守っている。

 やり残したことを、もどってやるのだよ』


『でも、俺の身体は動くのか?』

『サキが、動かそうと思えばいい。

 強く思うんだ。いいね』


『わかった。

 ここは明るくて花がいっぱいだ。

 マオトはここで何してる?』

『皆を見てる。

 お前みたいに、まちがって早く帰ってこないように、見守ってる・・・。

 皆、地上へ行く時は、あれもしたいこれもしたいと思ってる

 だが、地上に着くと、ただ食うことしか頭にない。

 サキは、ここで思ったことを、忘れてはいけないよ』


『うん。忘れない。

 ここはいいな。いい所だ。

 俺は、また、ここに来れるか?』


『何が起こっても、ここに帰ってこれる。

 心配いらない。

 さあ、もどろう』



「妙だ!意識投射が歪められた!」

 キーヨが驚いている。

「クラリックじゃない!

 カミーオ、調べてくれ!」

「了解!」

 この時、ディアナは、恒星ヘリオスとガイアの間にあり、アーズは、ガイアとディアナとヘリオスを結ぶ直線上で、ヘリオスの向こう側にあり、ディアナはアーズの死角にいた。


 カミーオは防御エネルギーフィールドの間隙を開き、〈ガヴィオン〉のプロミドンを使って、キーヨの意識投射を歪めたエネルギーを探った。4D映像に現れた大気の一部は、高エネルギーレベルを示す白紫色を示している。


 カミーオが伝える

「これはガイアの大気圏からです・・・」

 キーヨが私に訊く。

「惑星自体が作用したのか?」

「おそらく、ガイアは地表の管理者を、類人猿のネオテニーの彼らと、彼らの祖先のマオトに決めていたのだろう」


「マオトはどこにいる?我々は気づかなかったぞ!」

「身体分子の励起エネルギーに包まれたまま、大気圏を漂ってる。

 電離層が宇宙線をシールドしているから、あの程度の精神エネルギーで存在可能なのだろう」   

 と私。


「私が見せるはずだった光と花の空間に、マオトがいたのはどうしてだ?」

 キーヨは作業を妨害されて憤慨している。

「光と花は、精神エネルギーが最良レベルにある象徴にすぎない」

 私はキーヨにそう伝えた。


「我々が手出ししなくても、状況が進んでゆくのか?そんな馬鹿な?」

「驚かなくていい。

 レクスターの考えは?」

「我々の精神エネルギーは、マオトよりはるかに高レベルよ。

 しばらく様子を見た方がいいでしょう・・・。

 マオトの精神に違和感を感じます・・・」

 私は、レクスターの意識に嫌悪感が現れるのを感じた。

「私も、そう感じてる・・・」


 レクスターが気にするとおり、岩棚のサキの身体が微妙に動き、ひしゃげた肋骨は少しずつ形を整えていった。同時に、破壊していた内臓は雑ではあるが、正常に機能する程度に破裂個所を修復した。

 周囲で見守る狩人たちは、サキが小刻みに動いている、と思っていた。

 サキの身体を点検して、修復している生体エネルギーは、明らかにサキでなかった。他の精神エネルギーと意識が変異したものだった。



 サキの身体が修復されると、レクスターの意識はいらだちに変った。

 しかし、レクスターの系列が受け継いだ高レベルの精神と、あくなき生物学的探究心により、いらだちは興味に変化した。時空間の流れとしてのガイアの自然を歪めても、子孫を残して繁栄に導こうとする曽祖父マオトの精神エネルギーに、レクスターはただならぬものを認識した。


 クラリックの離脱も、かつてロシモントでくりかえされた時空間の秩序を乱した過ちも、その根底にあるのは、支配的立場にあるクラリックの利己的欲求だった。

 マオトの意識と行動も、ガイアの支配者としての行動であり、管理者の行動ではなかった。私だけでなくパイロット全員がこの事に気づいていた。このままサキの一族をマオトの意のままにしておけば、一族はガイアの精神にそぐわぬ者として、ガイアの管理者の地位を剥奪され、消滅の道を歩まされるのは明白だった。


「管理者は、みずからを管理しなければならない。

 管理者に例外は認められない。

 マオトはあそこまで操作すべきじゃない。

 マオトはサキを第二階梯から第四階梯へ変えた。

 決して許されないことです・・・」

 レクスターは、我々精神生命体がガイアの生命体の上に立つ管理者として、支配と管理の相違をはっきり区別すべき、強烈な精神を我々に提示した。


 今後、我々精神生命体が単独でガイアに降り立つ場合があっても、レクスターが提示した精神により、我々は妙な感傷にも感動にも浸ることなく、ガイアを冷静に見るだろう。

 もちろん、その時は、我々が地上の生命体と精神共棲して、身体を共有する場合であり、我々はニオブ単独の精神生命体ではない。新たなガイアの一生命体であり、我々自身が第二のネオテニーのサキかもしれない・・・。



「ヨーナ、サキが復活する。

 このまま観察するか?」

 そうキーヨが伝えた。


「彼の意識がどこまで変ったか、見とどけよう。

 判断はそれからだ。

 レクスター、それでいいね。

 それとも、何か手を打つか?」

 私はレクスターに意識をむけた。


 レクスターは、

『サキの復活を中断させるのが、ガイアの自然の流れであり、時空間の流れを正常に保つ方策だ』

 と考えていた。


 私が彼女と同様な考えを示すだけで、彼女はサキの復活を、速やかに中断させただろう。

 だが、私はそうしなかった。理由は、サキ自身に興味を持ったためではない。精神エネルギーレベルが二階梯から四階梯へ進んだサキは、彼の一族に曽祖父マオトの概念まで教える可能性が高く、私の興味をそそったからである。

 私は、意識投射を代行したマオトの意識と、復活してくるサキの意識の両者が、今後、サキの周囲に引き起す変化に注目した。


 同様な事実は、これ以後、何度もあった。

 だが、時空間の定めから外れた現象でさえ、「存在」に認められた。それらの理由は今のところ不明だ。いずれ、はっきりする時が来るだろう。



 私の問いにレクスターが答える。

「彼がどこまで理解してるか興味がある。

 どうするかは彼の行動次第ね。

 一族に変化が生まれれば、復活の意味がある。

 そうでなければ、結果が我々に教えるでしょう」


 レクスターの返答を聞き、私は指示する。

「キーヨ、カミーオ、ナムシ、地上のプロミドンと偵察艇で記録をつづけてくれ」

「了解」


「ヨンミン、カッシム、ミーシャはアーズのクラリックを見張れ。

 彼らがサキの変化に気づかぬはずがない。

 アーズがガイアの陰を抜ける」

「了解しました」


 アーズが、恒星へリオスから放射される光の中へ姿を現した。



 日が陰り、日中の暑さが遠いた。岩山を吹き抜ける風が涼しくなっても、岩に暑さが残っていた。

 狩人たちがいなくなり、他の生き物の気配が消えると、剣歯獣の子どもは、両親の匂いを頼って、サキの横に小さな身体を横たえていた。この小さな生き物は、生活を支える後ろ盾をなくし、途方にくれていた。しばらくすると、両親の匂いをサキに感じ、サキを両親の一頭か両親の一部と勘ちがいし、ミャーミャー鳴いた。


 岩に横たわるサキの頬を、生暖かくざらざらするものが何度も行き来した。身近で何かが動くのを感じ、サキは夕暮れの薄明かりの中で目覚めた。小さな生き物が、サキの横に残された獣の脚にすがって、サキの脚を舐めまわしている。剣歯獣の子どもだった。


 サキは、剣歯獣の子どもが

『さみしい、はらがすいた、さみしい、はらがすいた』

 と訴えるのを感じた。

「ミャーミャー、チィッチィッ、こっちに来い。

 腹が減ったか?

 お前の親は死んだ。

 俺たちも喰わねば死んでしまう。

 仕方ないんだ・・・」

 サキは剣歯獣の脚を引きよせた。


「お前の親だ・・・」

 子供はサキに近寄り静かになった。

「お前だけか?」


 サキの問いかけに、剣歯獣の子どもは、子どもがもう一頭いるのをほのめかした。といっても、剣歯獣が言葉を話すわけではなく、サキの精神に、直接、そんな意識が伝わっただけだった。

 サキは立ちあがり、岩山の剣歯獣の棲家へ歩いた。剣歯獣の子どもはサキの後からちょこちょこついていった。



 サキは岩山の山頂に立った。育ちの悪い剣歯獣の子どもを抱きかかえ、もう一頭を足元に従えた姿に、過去のサキの面影はなかった。


 草原に岩山が長く陰をひき、西の空が茜色に変った。茜色の草原を移動する草食獣の群れが、本能的に一箇所に集まり、これから訪れる、夜の招かざる客に対抗する準備を整えようとしていた。


 この草原で織りなされる食物連鎖を、サキは物悲しく感じた。この感覚は、今までの彼になかった新しい感覚だった。それは空腹から誘発された、一族の所へ早くもどろうとするサキの意識でもあった。

 しかし、抱きかかえた獣が訴える空腹に気をとられ、サキは草原の夕暮れから受けた感覚をすぐ忘れた。

 マオトの精神がサキの精神をある方向へむけつつあった。

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