三十八 思念波攻撃

「先生の書いたとおりに進んでるね。今度は世界の民主化、国家連邦だね」

 理恵は机の右から、キャスター付きの椅子ごと省吾の傍へ移動した。

「・・・」

 省吾はテレビを見たまま、遠くから理恵の声を聞いたような気がした。

「せ、ん、せ、いっ」

 理恵は省吾の耳元で、省吾を呼んだ。

「ああ・・・、なに?」

 省吾はふりかえった。寝ぼけたような眼差しで、ぼんやり理恵を見ている自分がわかる。何か変だ・・・。

「どうしたの?」

「国家連邦へ進む方法を考えたら、ぼうっとした・・・。

 寒いな。肘と指の関節が痛む・・・」

 省吾は両手で腕を擦った。


 理恵はセキュリティモニターを見た。室温は二十五℃に自動調整されている。

「二十五度だよ。風邪かな?」

 生体エネルギーを転送して組織再生すると、主要部が完全再生するまで体調が乱れる場合がある。だけど、先生の組織は完全再生して身体に馴染んでる・・・。

 理恵は省吾の額に手を当てた。

「いつもより体温が高いね・・・」

「風邪なら、理恵は近づかない方がいい。子供に影響する。理恵のベッドで休むよ・・・」

 理恵は三日前に妊娠した。ふつうの人間はわからないが、省吾はわかる。

 省吾はタブレットパソコンの電源を切って立ちあがった。


 省吾の寝室の隣室は改装した理恵の寝室だ。省吾の寝室との壁は二重窓になり、カーテンを開けば二つの寝室はガラス越しに一つに見える。

 だが理恵は、何があっても省吾の傍にいたい、と言って、いつも省吾の寝室と省吾の作業場を使っている。


「いっしょでいいよ。ベッドへ連れてく・・・」

 理恵は立ちあがって省吾を支えた。

「だめだ。子供のためだ・・・。

 W通りの田村医院に往診を頼んでくれないか。話さなかったが、院長は俺の遠縁で幼なじみだ。大学の頃、考え方が違うのに気づいた。院長は俺の考えなど知らない。何年も連絡をとってないんだが・・・」


『医者など呼ばなくていい。クラリックが思念波攻撃してるんだ。あの鳶が片づけば治る』

 理恵は神社の真上を示した。

「そうか・・・」

 窓ガラスの遮光モードは〈中⇒外〉の黄ランプだ。省吾は椅子に戻って外を見た。神社の上空に烏が群れている。


 その時、撃墜されたように、群れから白い鳶が落下し、民家の屋根の高さで羽ばたいて上昇した。

 同時に、次々に上空の烏が鳶に向かって急降下し、足の爪て鳶の翼と尾羽から羽をむしり取り、急降下した一羽が鳶の背を掴み、背後から嘴で鳶の頭部を一撃した。

 鳶は失神したらしく一直線に落下し、民家の屋根に激突した。


「ハァッ・・・」

 身体がふらつき、何かが抜けてゆく・・・。省吾は床に視線を落とした。

「先生!」

 理恵は省吾を抱きしめて椅子に座らせた。

「だいじょうぶだ!」

 省吾は顔を上げた。理恵がはっきり見える。


「本当にだいじょうぶっ?」

「頭がすっきりしてきた・・・。鳶のクラリックを殺したのか?」

 省吾は鳶が落下した民家を見た。上空を烏が飛びまわっている。

「破壊したんだよ」

「屋根に激突したら死ぬだろう?」

「心配ないよ、修復して利用する・・・。私の系列が戻ってきた」

 省吾を支える理恵の熱さが増して、芳しい香りが強まった。


「なぜ、ここにクラリックの思念波が進入した?

 クラリックが使う亜空間は、プロミドンが閉じたんじゃないのか?」

「クラリックが使っていた亜空間は確実に閉じてる・・・。

 クラリックが新たな亜空間通路を開いた・・・。

 転移ターミナルがどこか調べるよ・・・」

 理恵は省吾の額に手を当てて説明する。

「鳶は上空から先生の体調を悪化させてた。

 田村医院の院長はクラリックに意識内進入されてる。

 往診したクラリックが先生に意識内侵入し、パソコンを奪う気だった・・・。

 熱が下がってきた・・・」


「鳶は精神と意識を乗っ取られてたのか?」

 理惠は省吾の額に手を当てたまま説明を続ける。

「鳶はバイオロイドのセルだよ。クラリックの有機高分子ロボットだよ。

 私たちと違い、クラリックは変身能力を無くしたの。

 ネオテニー社会に紛れるのに、ネオテニーに意識内侵入してネオロイドになるか、ネオロイドの子孫をセルにして新たなネオロイドになるか、あらたなネオテニーの身体をセルにしてネオロイドになるの。

 あるいは、配偶子から作ったバイオロイドをセルにして乗り移ってペルソナになるか、クローンのバイオロイドをセルにしてレプリカンになるの・・・」


「何だって?」

 省吾は信じられなかった。現在のバイオテクノロジーでは有機組織の完全体を作れない。有機高分子ロボットなんて信じられない。

「あの鳶は作られた有機組織か?」

「クラリックが精神生命体だから可能なの。クラリックは培養装置で、自己精神も自己意識もないバイオロイドを作ってる。

 鳥だけでじゃない。人間も、体細胞や配偶子から作る・・・」


「鳥が卵細胞と精細胞から生まれるのと、どこが違う?」

「培養装置の中で、クラリックが直接操作するの。

 体細胞の核を初期化したり、配偶子を使ったりして、有機高分子の合成を自分で行ない、細胞分裂させる」

「誰がどこでしてる?」

「生物学者やクローン技術の研究者だよ。そう言う者は昔からいるよ。

 作ったバイオロイドは完全な有機体だから、本物と区別がつかないよ」

 マリオンが初めて現れた時、大きな鳥に注意しろと警告したのはこの事か・・・。


「今は世界の民主化が先。バイオロイドじゃないよ」

「すまない。鳥には注意しろと言われてたのに・・・」

 椅子に座っている省吾は、理恵を膝に座らせて抱きしめ、理恵の頬に頬を触れた。

 急速に熱が下がって理恵の身体の熱さと芳しい香りが心地いい。このままずっと理恵を抱きしめていたい・・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る