二章 テレス帝国軍
一 オラール中将
ガイア歴、二八〇九年、九月。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。
首都テスログラン、テレス帝国政府テレス宮殿。
「ウィスカー・オラール大佐。
反体制分子の存在を解明して拠点を発見し、さらに反対体制分子の貴重な情報を入手したことにより、本日づけでテレス帝国軍中将に昇格し、テレス帝国軍の総司令官に任ずる。
今後、オラール中将は小将であるロドス防衛大臣に代り、テレス帝国軍を指揮してくれ」
謁見の間で、玉座から立ちあがった皇帝テレスは、微笑みながら歩みでた。
イエロートパーズが埋めこまれたテレス星団アステロイド勲章を、片膝を突いて跪いているオラールの首にかけた。
皇帝の横に控えたロドス防衛大臣は、中将の徽章の類が納められたケースを開いて、引きつった笑みを浮かべながら、丁重に皇帝に差しだした。
何でオラールが三階級も昇進するんだ?テレス帝国軍警察の亜空間転移警護艦隊を一つ壊滅されたんだぞ。戦功を上げたわけじゃない。降格されてしかるべきだ・・・。
無理に浮かべた笑みのために顔が引きつりそうになるのを、ロドスは必死で堪えた。
私はテレス帝国軍の三艦隊を失った。二階級格下げされて、テレス帝国軍の指揮権を無くした。さらなる降格の危機はある。
オラールとて亜空間転移警護艦隊を壊滅されたことに変り無い。それに反体制分子の存在を解明して拠点を発見したと言うが、機密扱いで公表されていない。事実かどうか怪しいものだ。
皇帝はオラールの首に勲章をかけて、ロドスからケースを受けとり、オラールに手渡した。
「オラール中将。頼むぞ!」
「はい。わかりました」
オラールはケースを受けとって徽章を確認し、ケースを閉じて左手に持ちかえて立ちあがった。ケースを腰にそえて丁重に敬礼した。
「さて、これで認証式は終りだ。
オラール中将。テレス帝国軍を頼むぞ。無謀な出撃で帝国の艦隊を消失させないでくれ。
ロドス防衛大臣。ロドス侍従長。二人とも下がっていいぞ」
皇帝は嫌みをこめてロドスと側近のカッツーム・ロドス侍従長に言い、オラールに目配せして玉座に戻った。
ロドス防衛大臣とロドス侍従は謁見の間をそそくさと退出した。
「オラール中将。こちらに座れ」
皇帝は玉座の左隣の椅子を示した。この椅子は皇女が使っている椅子だ。オラールは勧められるまま皇女の椅子に座った。
「ウィスカー。反体制分子の組織を壊滅せぬのか?説明してくれ!」
皇帝は親しみをこめてオラールを見つめた。
オラールから反体制分子の組織がアシュロン商会であることは聞いているが、政策上、アシュロン商会の名は伏せてあった。
瞳孔が開いた皇帝の目は、オラールに宇宙空間の底知れぬ闇を連想させた。見るだけで意識を吸いとられる恐怖がオラールに湧いた。オラールは皇帝の眉間を見て言った。
「以前話したように、組織を泳がせておくのです。組織に分散統治をさせます」
「皇女は、地域統治官の制度は廃止しないと言っていた。誠か?」
「はい。地域統治官は廃止しません。背後から帝国軍が組織を支援するのです。
帝国軍の指示のもと、組織は地域統治官を支配します。そして組織に分散統治を代行させて、地域統治官の不満を組織へ向わせるのです。
帝国軍警察には、巨大化する組織勢力を抑制させます。
そうすれば組織は帝国軍に反抗できなくなります」
「皇女に全て話したか?」
「組織に分散統治させる事と、帝国軍警察に組織勢力を削がせる事だけです」
「ふむ」皇帝は目を閉じて俯いた。
しばらくすると皇帝は顔をあげて、漆黒の宇宙の闇のような目でオラールを見た。
「レプリカン培養装置とレプリカン培養カプセルの使用と、クラッシュ販売を許可する。
ウィスカー・オラール中将の計画を全て許可する」
皇帝は胸の赤い宝石が埋めこまれた徽章を外してオラールの胸に装着した。
「これはボイスレコーダーだ。ここにおける皇帝テレスの命令が記録されている。
これを、オラール中将に授ける。
アステロイドのルビーを押せば起動する。あとは思考を読んで自動稼動だ。押してみろ」
オラールは言われたままに徽章中央のルビーを押した。
オラールの頭部に、録音、停止、再生のどれを選択しますか、とAIユリアの声が響いた。
オラールは思考した。
『再生してくれ』
認証式の一部始終と、オラールの計画を承認する皇帝の言葉が響いた。
『これまでの会話に続いて、ここでの会話を録音してくれ』
『わかりました。ウィスカー』
『これは私専用のレコーダーだ。皇帝陛下は私のためにこれを用意してくださったのか』
「そうだ。ウィスカーのために用意した。思念波を使える者は限られるからな」
皇帝はオラールに微笑んだ。
「ウィスカーの作戦に議会承認は必要ない。皇帝が許可する」
議会と聞いて、オラールはロドスがどう行動するか気になった。ロドスはテレス帝国軍の指揮権を剥奪されたが、いまだ帝国国防総省のトップだ。軍事政策の企画立案の全面にわたってロドスの意見がはびこっている。なんとしてもロドスの権力を奪えないものか・・・。
皇帝はオラールの懸念を感じた。
「もうロドスに帝国軍指揮権は無い。こうしてそなたが軍事政策を決定している。これらのどこが不安だ?」
「陛下の言葉を聞いて、私の不安は消えました。
国防総省に戻って、政策を実行します」
確かに主権は皇帝陛下にあり、帝国議会は皇帝陛下のお飾りだ。政策の議会承認は建前に過ぎない。
「ロドスと顔を合わせぬよう、執務ブロックの配置を変えた。ウィスカーは防衛大臣のブロックだ。ロドスはかつてのダグラ・ヒュームのブロックだ」
皇帝は、防衛大臣の実質的権威がオラールに移った事を目配せした。
「今後も、私はこれまでのように、惑星ユングの統治を皇女に委ねるつもりだ。
〈ダイダロス〉艦長ダグラを大佐に昇進して、帝国軍警察を指揮させ、皇女の指揮下に入れたい。ウィスカーの政策に反しないだろう?」
皇帝はオラールを見て返答を待っている。
「反しません」
オラールは皇帝の漆黒の宇宙の闇のような目を避けて、皇帝の額を見つめかえした。
「では、計画を実行してくれ。定期的に状況を報告するのだ」
皇帝はオラールに微笑んでいる。
「わかりました」
オラールは椅子から立ちあがり、玉座からの数歩離れたフロアに立って皇帝に対面し、姿勢を正して丁重に敬礼した。
「ではこれにて失礼します」
「頼むぞ」
「はい」
オラールはふたたび敬礼して踵を返した。そのまま謁見の間を退出した。
これで計画が進む・・・。そう思いながら。
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