十一 宇宙人

 ガイア歴、二〇六一年、七月。

 オリオン渦状腕、ヘリオス星系、惑星ガイア、ナスカ高原、地球国家連邦共和国宇宙防衛軍、ナスカ宙軍基地。



 二年後。

 ケプラーは五歳になった孫のジミーとジミーの友だちのマイクを連れて、オペレーションルームにある一般用ラウンジから眼下を見おろした。

 ここはナスカ宙軍基地にある巨大攻撃用球体型宇宙戦艦の専用ドックだ。眩い照明に照らされて、豪華客船の数十倍以上もある球体宇宙戦艦が巨大ドックで建造されている。


「これと同型の球体型宇宙戦艦を、全部で二十隻、建造してるんだ。

 あの空の上でも、これより大きな球体型宇宙戦艦を二十隻建造してる」

 ケプラーは頭上を指さした。

 ラウンジを覆う透明ドームを越えて、ナスカ高原の澄みきった満天の星空に一際大きく三つの光が輝いている。残りの十七隻も赤道上空の他の静止軌道上にいる。

 静止軌道上で建造される宇宙戦艦は、このドックで建造されている宇宙戦艦よりさらに巨大な惑星移住計画用球体型宇宙戦艦だ。無重力圏での長期滞在を考慮して建造している。


「・・・」

 ナスカ宙軍基地のあまりに巨大なドックと巨大な攻撃用球体型宇宙戦艦に、ジミーとマイクは言葉を無くした。ケプラーが示す星空で、どのように巨大な惑星移住計画用球体型宇宙戦艦が建造されていのか理解できずにいる。

 二人とも、ずっと地上で育った。大気圏外の出来事を理解させようとする私の方が、無理を言っているのだろう・・・。二人を見てケプラーは、ある事実に気づいた。


「ジョージ!」

 背後の声にケプラーはふりかえった。

 子どもを抱いたモリス・ミラーがラウンジに現れた。

「ジョージ。皆が待ってます。会議室へゆきましょう」

 五年前は未婚だったモリス・ミラーは二年前にミランダと結婚して、今は娘アンジーの父親だ。


 ケプラーはジミーとマイクの手をとって通路へ歩きながら、

「子どもたちも含め、教育を充実させるべきだと思う。子どもたちや大人たちに専門的な学術産業分野の知識全てを理解記憶させた方が良いと思う」

 とモリス・ミラーに提案した。

 モリス・ミラーは立ち止まってケプラーを見た。

「一般人が、あのプログラムに耐えられるとは思えない」

 モリス・ミラーは『ノア計画』の教育担当者に就任している。ケプラーが考える宇宙飛行士用の教育プログラムについて疑問を隠せない。


 ケプラーも立ち止まった。提案を説明しはじめた。

 二人のやりとりを、ジミーとマイクがポカンとして見ている。

 無理はない。これから起こるであろう戦局を想像できるのは、科学者と軍部も含めた政府関係者だけだ。

一般人は、入植に当たって遭遇する危険がどんなものかわからない。遭遇するかも知れない危険に対処できるよう、できるだけ巨大な戦艦を準備して出発する、としか考えていない。このような者たちに、

「キトラ人が、入植する人類を家畜のように食糧にする可能性があるから、それに対処するために軍隊が随行して、事あればキトラと交戦してキトラ人を殲滅する。実際は、入植と銘打った侵攻作戦なのだ」

 と説明すれば、誰もが入植に反対するだろう。


 そのような説明をしなくても、入植に付きものの想定されるあらゆる危険性を納得させて、かつ、それらに対処できる物理的条件も整っている事と、入植者の能力的精神的条件が厳選された結果なのだから、シミュレーションのように対処すれば安全な事を示して、不安要素を取り除く必要がある。



「皆が特殊部隊のように、高度な知識と判断力と行動力を身につけて、困難を打開して欲しいのだよ」

 人類が初めて他惑星へ入植するのだ。何が待ち受けているかわからない。一人で困難な局面に立ち向い、サバイバルして生き延びねばならない場合もあるだろう。その時、人類が培った全ての知識を活かして、困難な局面を乗り越えて欲しい、とケプラーは考えている。


「しかし、短時間に記憶を転写するのは無理がある」

 モリス・ミラーはケプラーに否定的だ。

 短時間の記憶転写は、過去に行われたスパイの特殊訓練と同じだ。短時間で記憶を身につけたスパイは、その後、精神に異常をきたしている。

 ある段階までの教育は必要だが、軍隊と学術専門家も移住する。特殊部隊のような高度な知識と判断力と行動力を身につけるのは、一般入植者の自主性に任せるべきだ、とモリス・ミラーは考えている。


 ケプラーもモリス・ミラーの考えを理解している。

 移住者は地球で暮すのではない。他惑星へ移住するのだ。移住者たちを知識も経験も無いままにしておけない。

「宇宙船の建造が遅れてる。その間に、皆には宇宙飛行に必要な知識と宇宙飛行士としての訓練をしてもらうんだよ。

 なあに、何も心配ないさ。

 惑星移住計画用球体型宇宙戦艦は小惑星規模の大きさだ。スペースコロニーと呼んでも過言じゃないよ。内部で動植物も育てるんだ。学校の続きのようなものさ」


 ケプラーは、今後、会議室に集まるであろう者たちを説得して安心させる気でいる。もちろん相手に、説得されているとか、安心させられているとかを思わせてはならない。本人が自然に、これから生ずるかも知れない危機に対処できる、と思いこませなければならないのだ。


「かんたんに言えば、洗脳ですね」

「我々の『ノア計画』も似たようなものさ」

 キトラ人が人類を家畜扱いして食糧にしようとしている、と判断したのは確実な情報によるものではない。キトラの情報を分析した結果、キトラ人が人類を食糧として入植させようとしていると推測したケプラーとモリス・ミラーを含めた、キトラの情報を分析した科学者が、為政者を洗脳して、キトラ侵攻作戦を実行しようと考えた、と言えるのだ。


 どのような場合も、誰かが他者を説得して何かさせる場合、他者は誰かに洗脳されたと言える。洗脳の言葉自体は詐欺的精神行為であり、思考概念の植えつけを意味するに過ぎず、他の表現をするなら教育でもある。

 洗脳という言葉自体は良からぬ印象を与えるが、実質は言葉の置き換えに過ぎず、何も考えを持たぬ者に一つの概念を与えることに相違はない。



「考えてみたまえ。ジミーやマイクやアンジーが宇宙飛行士なら、現実はどう変化する?」

 アンジーは、モリス・ミラーが抱いている娘の名だ。

 ケプラーはジミーやマイクの手をとって歩きだした。


「でも、子どもには遊びが・・・」とモリス・ミラー。

「遊びの本質は何かね?」

「そう言われると・・・。何ですか?」

「遊びの本質は、人生という旅路に必要な基礎訓練、シミュレーションだと思う」


「アニメの架空の生き物が言葉を話す必要はないと?」

 モリス・ミラーは、ケプラーの考えを想像した。

「そうじゃないよ。

 宇宙には人類の他にも生物がいる。それらがアニメのように、人類に対して友好的であるとは限らない。

 今までの教育は、食物連鎖の頂点に君臨した地上の人類が、人類に対して行ってきた教育だ。人類が地上の他種を支配してきた結果、思考の中でも他種を支配して、アニメや童話の世界で動物に勝手な印象を与えた。

 だが、これからの人類は地球で生息するのではない。教育は、宇宙に生息する人類のための教育をして欲しいのだよ」


 私自身が既成概念に洗脳されていた・・・。

 『ノア計画』の責任者であり、教育担当者でありながら、そのことに気づかなかったとは、なんという不覚だろう・・・。

 モリス・ミラーは、子供たちが引力のある地上で育つことを思って疑わなかったが、ケプラーの説明で、それがまちがっていたと気づいた。

 子供たちが育つのは地球の地上ではない。ことによると、惑星キトラでも惑星エルサニスでも、惑星レワルクでもない可能性がある。惑星移住計画用球体型宇宙戦艦の内部かも知れない。

 そう思うには、ミラーなりの理由があった。


 人類は二十隻の巨大戦艦で、テレス星団オーレン星系惑星キトラの衛星軌道上へ移動してキトラを攻撃し、それら戦艦よりさらに巨大な二十隻の惑星移住計画用球体型宇宙戦艦は離れた宙域に待機して、惑星キトラとエルサニスとレワルクを探査する。

 キトラとの交戦が長びけば、キトラは、入植した人類を攻撃するため、戦線が惑星エルサニスとレワルクへ飛び火する可能性がある。

 そのため、人類は、惑星エルサニスとレワルクへ入植したと見せかけて、惑星移住計画用球体型宇宙戦艦で宙域に待機する。

 アポロン艦隊のカスミ・シゲル総司令官はそう決断するはずだ。


「僕は、子供たちが育つ場所を勘違いしていた。

 子供たちは地球人ではなく、宇宙人になるんだ」

 モリス・ミラーは反省の意をこめて子どもたちを見つめた。


 ケプラーは歩きながら、通路の透明な覆い越しに星空を見あげた。

「我々はずっと以前から、宇宙について考えている。

 我々の考える対象が地上を離れた時から、我々は地球の引力圏から脱出したのだよ・・・」

 ケプラーの言葉に、モリス・ミラーは頷かざるを得なかった。

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