十二 キトラ帝国議会
ガイア歴、二〇六一年、七月。
オリオン渦状腕、外縁部、テレス星団、オーレン星系、惑星キトラ、首都スザーラ、キトラ帝国政府、キトラ帝国議会議場。
オーレン星系、惑星キトラの重力は一G。陸地と海洋の割合は四対六。地軸の傾きは恒星オーレンを中心にした公転面に対して垂直なため四季はない。全陸地が低緯度帯から中緯度帯に分布している。
生物は、地球的に言えば、平均気温が二十九℃前後の中緯度帯に生息している。この一帯の温度変化は昼夜による変化くらいで、生物はほぼ一定の天候下で生息している。
惑星キトラの中緯度帯にある四大陸の最も大きな大陸はスザーランだ。ここにキトラ帝国の首都スザーラがある。
「動物の乱獲で種が絶滅している。食糧省と自然保護省は何をしてるんだ?
食糧担当大臣。理由を答えろ」
キトラ帝国首都スザーラのキトラ帝国議会議場の演壇で、ラプト族のデルス・フォン・ラプト議員がマルメ・ディア・ディノス食糧大臣に詰問した。大臣はディノス族だ。
「えー、大臣の到着が・・・、遅れておりまして・・・」
食糧担当大臣補佐官が汗を拭き拭きしどろもどろしている。
「なにをバカな!定例キトラ帝国議会だぞ!よおーし、わかった!
ロン・デ・ディノス補佐官!大臣に代って答弁しろ!」
「はっ、はい!わっ、わっかりました!
植物の環境はひじょーに良く整っとるのですが、なんせ、担当行政官をはじめ、護民官も労働官も労働者も、市民も、ひじょーに食欲旺盛でして、増産まで待っておれんのが現状でして・・・」
答弁の演壇に立った食糧大臣補佐官ロン・デ・ディノスは、汗を拭きながら弁明し、議場の入口をちらちら見ながら説明を引き延して、食糧大臣が現れるのを待った。
彼の役目は議会で説明することではない。食糧大臣の指示により、下部組織の食糧庁へ行政事務を伝えることであり、このような場に立つことに慣れていない。
デルス・フォン・ラプト議員は拳で演壇を叩き、
「つまり、増産する前に、繁殖種を食っちまったのか?」
食糧大臣補佐官のディノスを睨みつけた。
こいつも必要以上に太ってる。賄賂がたっぷりまわってきていた証拠だ。身体から出てるのは冷や汗ではなく、肥満からくる脂汗だろう。
「えっ?そんなことは、まあ、いろいろありまして・・・。死んじまったものを地に埋めても意味はないし・・・」
「早い話が、繁殖種を食っちまったんだな?」
「えー、あー、うー・・・」
ロン・デ・ディノス補佐官は返答に困っている。
その時、議会議場の扉が開いた。
「またんかい!」
でっぷり太った食糧大臣が、周囲の議員を睨みつけて威圧しながら議場に入ってきた。
「いじめるのは、そのへんで勘弁しとくれ。ロン・デ・ディノス補佐官は、答弁に慣れておらんのだよ」
マルメ・ディア・ディノス食糧大臣は補佐官を答弁の演台から下がらせ、大きな尻を答弁席の椅子の肘掛けの間へねじ込んだ。尻の圧力で肘掛けはミシミシ音をたてて拡がり、大きな尻をかろうじて椅子が支えている。
こいつも大量の賄賂を得ていた結果だ・・・・。
デルス・フォン・ラプト議員はデブ尻の食糧大臣を睨みつけた。大臣の尻は、同じディノスの二倍はある。
「繁殖用の種まで食っちまうというのは、どういうことだ?説明してくれ!」
「我が種族はラプト議員たちとは違って大食いなんよ。配給食糧では共食いしろと言うのと同じだべ」
マルメ・ディア・ディノス食糧大臣の答弁に、イグアノン族のグラス・デル・イグアノン議員から、
「合成食糧があるだろうっ!」
と野次が飛ぶ。
「合成だって?ダメダメ」
マルメ・ディア・ディノス食糧大臣が舌打ちしながら指を立てて、合成食糧など食えたものじゃねえと言うように、目の前で左右に振っている。
「あんな物は食い物じゃねえ。食うのは、植物を好むあんたらイグアノン族だけだべ。我々は純粋かつ新鮮な肉を欲しとるんよ。合成なんぞ、食えたものじゃねえっぺ!」
グラス・デル・イグアノン議員がマルメ・ディア・ディノス食糧大臣の答弁に、鼻息を荒げて怒りをあらわにした。
「繁殖用の種まで食っちまって、何を言うかっ!」
マルメ・ディア・ディノス食糧大臣は、グラス・デル・イグアノン議員を睨みつけた。
「てえーことは、何かえ?我々ディノスに、飢え死にしろってのかえ?」
「種まで食っちまって、対策は講じてないって言うんか?」
デルス・フォン・ラプト議員は、グラス・デル・イグアノン議員の怒りを静めるように冷静に言ったが、腹の中は怒りで煮えくりかえっていた。
「何もそんなことは言っとらん!もちろん対策は講じとるよ!
補佐官!実行中の、ほれ!あの計画を説明しとくれ!」
マルメ・ディア・ディノス食糧大臣は、いったんは演壇から降りた補佐官をふたたび演壇に呼んだ。
「了解しました!」
補佐官が、演台のマルメ・ディア・ディノス食糧大臣の横に立った。
「エルサーニス!」
補佐官の号令とともに、ロボット・エルサニスが霧のようにスキップ(時空間転移)して現れた。
「議員の皆に、お前の仕事っぷりを、とんと見せとくれ!」
補佐官は撫でるように、エルサニスの頭に触れた。
「はい、わかりました!
以前も説明したように、惑星レワルクと惑星エルサニスへのヒューマ移動計画は順調に進んでいます!
皆さんが忘れているので、もう一度、映像をお見せします!」
エルサニスは、ディノスの議員たちが忘れっぽいのを承知している。
エルサニスは地球の状況を用意していた映像で見せた。
ヒューマの人口は増加している。ヒューマは農業生産を栽培生産に変えて、陸や海洋を効率よく利用し、家畜を飼育して魚介類を養殖し、ダチョウからウズラに至るまで鳥類を飼育し、一部では鰐も養殖している。その他様々な食糧を栽培して、養殖している。
これに対して、惑星キトラに爬虫類はいるが、哺乳類の家畜が非常に少ない。
映像を見る議員たちが笑顔になった。増加するヒューマと、ヒューマが行う家畜の飼育に、以前と同様に興味を示し、食糧省のマルメ・ディア・ディノス大臣が提案して推進した計画、テラフォーミングした地球型惑星を二個用意して人類を移住させる『ヒューマ移住計画』に、まちがいがなかったことを再確認した。
皆、『ヒューマ移住計画』の経過状況を知ろうと、鼻を鳴らして、意思表示している。
「ヒューマは非常に喜び、キトラがこのような惑星を持っているなら、なぜ、もっと早くヒューマにコンタクトしなかったか、疑問に思っていましたが、そこはうまく説明して、納得させました」
さらにエルサニスは説明する。
「キトラ人がどのようにしてタンパク質を捕食するか、疑問に思うヒューマがいました。
キトラ人は、植物からタンパク質を合成していると説明しました。ヒューマは納得して、惑星移住計画を進める、と決断しました。
もうすぐ、惑星レワルクと惑星エルサニスに入植するヒューマが、宇宙船で惑星キトラの静止軌道上にスキップ(時空間転移)してきます。
惑星レワルクと惑星エルサニスに地球の病原菌を持ちこまないために検疫する、という名目で、キトラ人が気密防護スーツ着用でヒューマの宇宙船に乗船します。
実際は、ヒューマと動植物の仕分けです。子どもがいるヒューマは家族ごと惑星エルサニスへ、子どもがいないヒューマは惑星レワルクへ入植させます。
惑星レワルクの重力は〇.九Gで、労働しやすいですから」
「良きヒューマが来るぞ!」と議場のあちこちが声が飛ぶ。
補佐官が改まって公用語で口上を述べはじめた。
「今回のプロジェクトは哺乳類の繁殖と囲い込みです。
銀河全体へ哺乳類のフェロモン増強素粒子信号をスキップ(時空間転移)で送って、自惑星での生息が不可能になるほど哺乳類の個体数を増やして、我々の送った設計図に基づく宇宙船で、我々の繁殖惑星に移住させることでありました。
折よくヒューマの星系で恒星に異変が生じ、ヒューマは惑星エルサニスとレワルクへ移住せざるを得なくなりました。
計画は友好的、かつ、安全に進行中であります」
計画が実行されたわけでもないのに、補佐官は非常に満足している。
「補佐官。まだ入植してません。先走りすぎです。ヒューマは手強いです」とエルサニス。
「ヒューマを確保したも同じだべよ」と補佐官。
補佐官をはじめ、マルメ・ディア・ディノス食糧大臣、帝国議会全体が拍手喝采している。
デルス・フォン・ラプト議員は、補佐官の言葉に不信感を抱いた。
ヒューマはディノスが考えるほど単純思考ではないはずだ。簡単に囲い込まれはしないだろう・・・。
エルサニスの考えも、デルス・フォン・ラプト議員と同じだった。
いや、まったく同じではない。むしろ、簡単に囲い込まれないことを期待していた。
いったい、皇帝ホイヘウスに、何と言って説明すればいいだろう・・・。
皇帝ホイヘウスも、皇后テレスも、皇女クリステナも、思念波を使う。この議会の内容は筒抜けだ。皇后は第二子を懐妊中だ。彼女が出産したら皇帝ホイヘウスは他星系へ遠征する気だ。それまでに食糧問題を解決せねばならない・・・・。
デルス・フォン・ラプト議員は、皇帝ホイヘウスが何を考えているか気になった。
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