十三 宣戦布告

 ガイア歴、二〇六二年、七月。

 オリオン渦状腕、外縁部、テレス星団。オーレン星系、惑星キトラ、静止軌道上、アポロン艦隊、旗艦〈アポロン〉。



 惑星キトラの静止軌道上に、二十隻の巨大な球体型宇宙船が均等な距離を置いて出現した。キトラ帝国の指示どおりなら、キトラ帝国の首都スザーラ上空の静止軌道にいるのが惑星移住計画用球体型宇宙船の旗艦のはずだ。


 予定していたとおり、首都スザーラ上空の巨大な球体型宇宙船から、旗艦を示す素粒子信号と、惑星移住計画の責任者、天文学者ジョージ・ケプラー博士が挨拶する3D映像がキトラ帝国政府のロボット・エルサニスに送られてきた。


「食糧庁の担当官を送りこめ。手筈は整っとるよ」

 首都スザーラにあるキトラ帝国政府の食糧省、マルメ・ディア・ディノス大臣の指示で、首都スザーラに近いアッケーメ軍事基地から、連絡艇が静止軌道上へ飛んだ。



 連絡艇に、小惑星規模の黒く巨大な球体型宇宙船が近づいてきた。巨大艦体の大量に並んだ小窓が光を放っている。


「管制官。見てのとおり、まもなく宇宙船に接近する。ばかデカイぞ!」

 連絡艇のコクピットから、ラプトの操縦士がアッケーメ軍事基地管制塔の管制官へ伝えた。操縦士は全員がラプトだ。


 巨大艦体中央から連絡艇に向って赤い光線が走った。誘導ビームの確認光だ。

「誘導ビームを確認した・・・。ビームを捕捉した。自動航行にする・・・。

 本艇のドライブが停止した!」と操縦士。

「連絡艇!問題ない。こちらから伝えた設計と予定どおりに進行している。通信を切らず、そのままにしておけ・・・」と管制官。

「了解」

「ゲートはあれだな・・・」

 連絡艇の正面に巨大艦体の中央がある。そこに小さな昭明が見える。

 いや、そうではない。あまりに球体型宇宙船が巨大なため、搭載艦の発着ゲートがあまりにも小さく見えている。


 連絡艇がゲートを越えた。背後でゲートのダイアフラムが閉じた。

 連絡艇が浮かぶ巨大艦体内は明るく照明されて、連絡艇の数十倍もの巨大な空間が巨大艦体中央へ続いている。連絡艇はそのままビームに牽引されて巨大艦体中央へ進んだ。


 コクピットのディスプレイの画像が消えた。管制塔との通信が途絶えた。

「管制官!管制官!」

 操縦士の一人が慌てて管制官を呼んだ。だが、応答はない。


「なあに、これもヒューマ移住計画のうちさ。

 君たち検閲担当官は、子どもがいるヒューマをエルサニスに、子どもがいない家族のヒューマをレワルクに送るよう手配するだけだ。

 ヒューマの健康状態を確認するよう指示されてるが気にしなくていいさ。ヒューマの担当官からリストを渡されるはずだ。皆、健康さ。問題ないね・・・」

 他のラプトの操縦士四人が、五人の検閲担当官の労をねぎらっている。検閲担当官は全員ディノスだ。


 惑星レワルクの引力は〇.九G。惑星エルサニスは一Gだ。子どものいない健康なヒューマを、引力の小さい惑星レワルクでテラフォーミングの労働力にする予定だ。



 連絡艇が停止した。周囲からボーディングブリッジに似た架橋が延びて、連絡艇を支える光景がディスプレイの3D映像に現れている。

「さあ、着いたぜ。これで・・・」

 これで食糧を確保できるんだ、しっかり任務をやってきとくれ、とラプトの操縦士は、ディノス検閲官の訛りをまねて言おうとして目を疑った。

 3D映像に現れている架橋の途中から曲面が拡がり、連絡艇が通路の昭明を遮断されはじめたのだ。


 検閲官たちが喚きだした。

「何だ!どうなっとる?これも計画のうちか!答えんかい!」

「わからない・・・」と操縦士。

「うわっ!温度が下がっとるぞ!何とかせんかい!。寒いべ!うぅぅぅ・・・」と検閲官。

「本艇の周りに、液体窒素を流しこまれてる!」と操縦士。

「スキップドライブを駆動せんかい!はよ脱出せい!」

「ドライブ装置が駆動しない!」

「これでは・・・、動けない・・・・」

 操縦士と検閲官たちの動きが鈍った。



 アポロン艦隊の旗艦〈アポロン〉の、コントロールデッキの空間に、直径三百メートルの巨大金属球体『装置』と呼ばれるヒッグス場構成装置の、縮小された3D映像が現れている。この巨大金属球体の中心に、架橋で支えられた直径二十メートルほどの金属球体カプセルがある。カプセル内は液体窒素が満たされてマイナス一九六℃、球状の捩状磁界が発生している。中心に架橋で支持されたキトラ連絡艇がいる。


 AIクラリスの分析結果から、中心カプセルに幽閉した連絡艇のキトラ人は人類とは全く異なる種、獣脚類が収斂進化した種と判明した。

 ケプラーとモリス・ミラー、そして、キトラの資料を分析した責任者たちは、分析結果からの推測にまちがいなかったとを実感した。


 アポロン艦隊総司令官執務室に、物理学者リチャード・バルマーの3D映像が現れた。

「総司令官。『装置』に連絡艇を捕獲しました」

「わかった。そっちに行こう。コントロールデッキで映像を見たい」

「了解しました」

 地球国家連邦共和国宇宙防衛軍アポロン艦隊総司令官カスミ・シゲルは、防御エネルギーフィールドに包まれて攻撃用球体型宇宙戦艦の旗艦〈アポロン〉のブリッジにあるコントロールルームへスキップした。〈アポロン〉艦内は、クラリスがヒッグス場から構成した0.7Gの重力波が発生している。



 旗艦〈アポロン〉のブリッジで、コントロールデッキに立ったケプラーは、クラウディアの姿で現れているクラリスに伝えた。

「クラリス。総司令官の言葉をキトラに伝えてくれ」


 クラリスは、全ての会話をキトラの言葉に翻訳して金属球体カプセル内の連絡艇へ伝えることができる。そして、キトラとの宣戦布告までの駆け引きは、学者より軍人の方が心得ている。

「わかったわ。シゲル、どうぞ、話しください」

 クラリスがカスミ総司令官になじんだ女性の姿で微笑んだ。


 カスミ総司令官はクラリスに微笑んで話しはじめた。

「私は、地球国家連邦共和国宇宙防衛軍アポロン艦隊総司令官カスミ・シゲルだ。

 君たちの目的と手段を話せ。ヘッターラ・デ・ディノス検閲官。フィンチ・ファ・ラプト操縦士」


 クラリスは言葉を伝えると同時に、連絡艇内にいるキトラ人の思考を読みとり、それらをコントロールデッキの空間に3D映像化できる。キトラ人は嘘をつけない。


「ヒューマだな?偉そうに言うじゃないか・・・」

 連絡艇のコクピットのディスプレイに現れたカスミ総司令官の3D映像に、いち早く、フィンチ・ファ・ラプト操縦士長が反応した。

 ヘッターラ・デ・ディノス検閲官が操縦士長の言葉を制した。

「我々は検疫にきた。健康状態を確認し、子どもがいる家族をエルサニスへ、そうでない家族を惑星レワルクへ入植してもらうのが目的だ」


「その後はどうなる?」

 そう質問して、カスミ総司令官は検閲官と操縦士に、惑星エルサニスと惑星レワルクで起こるであろう今後を想像させた。


「その後は・・・、何も、ない・・・」

 ヘッターラ・デ・ディノス検閲官は返答にこまってしどろもどろしている。


 クラリスがヘッターラ・デ・ディノス検閲官の思考を映像化した。

 コントロールデッキに、検閲官の消化器官に消化液が分泌される3D映像が現れた。検閲官は人類捕食に条件反射している。

 さらに3D映像に、人類を捕獲する場面が現れて、解体されて食肉になった部位が、その場で、解体担当キトラ人の口へ運ばれた。そして、検閲官の手でバーベキューにされている。


 カスミ総司令官は仕草でクラリスに、キトラ人との通話を停止させた。

「クラリス、記録したか?」とケプラー。

「記録したわ。私はとても悔やみます・・・」

 クラリスは記録映像を確認して悲嘆にくれている。

「クラリスのせいじゃないさ」

 とモリス・ミラー。


「残念だが、連絡艇を消去してくれ・・・」

 とカスミ総司令官。

 地球の肉食獣に知識と技術を与えれば、我々人類の末路はこれと似たようなものだろう・・・。ケプラーはそう思った。


「わかったわ」

 クラリスが答えると同時に、金属球体カプセル内の連絡艇が一瞬にプラズマ球体に変化して金属球体カプセルが開いた。

 プラズマ球体は、連絡艇が進んできた通路を猛烈な速度で逆戻りしていった。そして、大気圏に突入して閃光を放ち、一瞬で消えた。



「シゲルの気持も、私と同じね。悔やんでる・・・。

 しかし、悔やんではいけません。彼らを消去しなければ、人類が殺戮されて食糧にされるわ・・・人類の人道的な考えは、彼らのような種族に通用しません・・・。

 人類は新たな時空間へ進出しなければなりません。

 気持を強く持ってください」

 クラリスはカスミ・シゲル総司令官の気持を読んでそう断言した。


「カスミ総司令官。予定どおり、記録映像をキトラへ送ります。

 宣戦布告してください。

 クラリス。連絡艇は完全に消滅したな?」

 とモリス・ミラー。

「ええ、原子レベルに分解してキトラの大気圏へ突入させた。燃えつきたわ。

 記録映像はキトラ政府へ送りました」


「確認する。多重シールドを張ったな」とモリス・ミラー。

「3D映像記録と同時に、全アポロン艦隊に多重位相反転シールドを張らせたわ。

 キトラの戦艦のどのような攻撃にも耐えられます」

 クラリスが胸を張るように背筋を伸ばしている。先ほどまでの悔やんだ様子はすでに消えている。ここが人との違いか・・・。


「了解した、ありがとう、クラリス。

 宣戦布告する!

 そして、戦闘開始だ!」

 カスミ総司令官はコントロールデッキの中央へ進み、背筋を伸ばして気持を新たにした。


 クラリスが言う。

「皆さんにお礼を申し上げます。

 私が開発した兵器を使うのに、皆さんの手をお借りして、申し訳ありません」


「おたがいさまさ」

 ケプラーは、気にすることはないと思った。おそらく、私のこの気持はクラリスに伝わっているのだろう・・・。

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