三十五 大隅教授

 二〇二七年、十一月十九日、金曜。

 子供たち、宏治と耀子が一歳をすぎた。

 クラリックのフォークナ級攻撃艦が消えて一年をすぎたこともあり、

「現在、この時空間にクラリックの攻撃艦はいないが、どこから時空間転移してくるかわからない。しばらく警戒が必要だ」

 という三島特別警護班指揮官の警護を、省吾は、

「プロミドンの防御シールドがあるから心配ないよ。モーザもあるから」

 と断わり、家族の紹介をかねて、帝都に近いR市に旧友大隅悟郎を訪ねた。

 省吾は大隅悟郎に訊きたいことがあった。大隅は帝都大学理学部古生物学科の教授で、古生物学と考古学の博士である。



「久しぶりだね。妻の玲だ」

 R市の大隅家応接間で、大隅教授は彼の妻を省吾と理恵に紹介した。

「玲です。お噂はかねがね、うかがっていました」

 大隅教授と妻の玲は二十歳ほど年が離れている。教授は結婚したことについて何も話さない。省吾も理惠も、二人のなれそめに関心はなかった。


「妻の理恵です。宏治と耀子です」

 省吾は、省吾と理恵にまとわりついている子供たちを紹介した。

「こうちゃんと、ようちゃんだよ~」

 耀子が自分たちを紹介する。宏治ははにかんでいるが、大隅夫妻を気にいったらしく、二人の脚にまとわりつきはじめている。

 二人とも体型は一歳児だが、言葉の上では三歳児なみに対応できる。実際は精神空間思考で対応しているため、精神年齢は三歳児以上だ。


「家族を紹介したいというから楽しみにしてたよ。美人の奥さんで、子どもが二人もいるなんて驚きだよ。大学の頃には想像できなかったね」

「羨ましいわね、あなた・・・」

「僕たちも子どもがほしいと思ってる。秘訣はなんだね?」


「先生の子どもを産みたいなって思いました。作家だから先生って呼んでます。

 先生も私に、この子たちを産んでほしいって思ったんだよね」

 理恵が省吾の目を見つめてほほえんでいる。

「そうだね。理恵に産んでほしいと思ったよ」


「なるほどね・・・。例の『時空間維持管理理論』を実践したんだね」

「ああ、結果はそういうことになるね・・・」

「先生、何なの?」

 理恵は耀子を抱いて不思議な顔で省吾を見ている。宏治はいつの間にか玲の腕に抱かれている。居心地良さそうだ。

「大学の頃、大隅教授と俺が考えた理論だよ・・・」

 省吾は説明する。


 物事の存在自体が時空間の維持だ。物質が単独で存在するのではない。環境も含めた全体で存在してるが、当事者は、新たに存在するものを単独で存在するように考えてしまう。たとえば『子どもをほしい』と。

 子どもが存在するまでの過程に従ってすべての環境の存在を望み、そのことを考えれば、新たな存在が出現するのは明らかだが、結論だけ望んでも、そこへ至る過程がなければ、結論はない。



 大隅の妻の玲が納得して大隅を見つめた。

「なるほど・・・。試さないといけないわね」

 玲に見つめられ、照れくさそうに大隅教授が話題を変えた。

「さてさて、話がそれたね。家族の紹介もすんだ。

 僕に訊きたいことがあると話してたね。何かな?」

 話しながら、大隅教授は省吾にコーヒーを勧める。宏治と耀子は、理恵と玲とともに、フローリングで遊びはじめた。


「教授が発掘した楼蘭の少女、彼女に何か変ったことはなかったか?」


 省吾が帝都大に在学する以前、帝都大に在学中の大隅悟郎は、中国新疆文化庁ローラン発掘チームの一員だった。飛び級で帝都大に入学した優秀な学生が大抜擢された結果だった。

 省吾が帝都大に在学した当時、さらに大隅悟郎は飛び級で、考古学と古生物学の博士過程へ進んでいた。



「発掘時、関係者のほとんどがあの娘・ローラを見て、初恋の相手に会ったように、胸を締めつけられると話した・・・。

 皆、亡霊に魅入られた、と冗談をいったが、ミイラのあの娘は魅力的だった・・・。

 あの娘の中で、何かが生きてるような気がしてならなかった・・・」


「教授はそれが何だと思う?」

「人類が忘れかけてる、民族や人種としての郷愁のようなものかもしれないね」


 省吾は、マリオンとニオブに関することをは大隅教授に話すべきではない、と思った。

『正しい判断です。ニオブとプロミドンに関する全てが機密です。彼と妻は、クラリックの影響を受けていません。安全なネオテニーですが、機密事項を話してはいけません』

『ありがとう、PD』


「ローラがどういう人物だったかわかるか?」

「まったく何もわかっていないんだ。楼蘭はシルクロードの都市国家といえる。北欧から移動した金髪で緑色の瞳の部族がいてもおかしくない。

 ここから先はオフレコだよ・・・」

「わかった・・・」


「少女といってるが、今のところ年齢不詳だ。近いうちに遺伝子解析して解明するはずだったが、今回の政変で、中国新疆文化庁自体の存続がどうなるか、不明だ。

 これらのことは公表されていない。それが、大いに変ってることだよ。

 田村の作品の材料には、もってこいかも知れないよ」


「俺もそう思ってるんだ。通話より、直接聞くほうが教授の心情が感じられると思ってね。

 それに、理恵と子供たちを会わせておきたかったんだ」

 以前の省吾は、3D映像通信で大隅教授と何度も連絡をとりあっていたが、マリオンが現れてタブレットパソコンがとどいて以来、たがいの連絡は途絶えていた。

 おそらく現在の政府が介入していたのだろう、と省吾は思った。


「僕の方も良かったよ。結婚したばかりだったから、玲を紹介できて・・・」

 大隅教授は、教授の一目惚れした教え子が教授に恋い焦がれて結婚したといった。省吾と理恵の関係を説明するような話だった。


「こうちゃん、すっかり玲になついたな・・・。

 以前より、ずっと良い家庭になったね」

 大隅教授は彼の妻玲を見て暗黙裏に、省吾と前妻との生活を述べていた。省吾が映像表示通信するたびに伝わる、前妻の挙動を判断してのことらしかった。


「うん、理恵は愛妻だよ。最高の母親だ。教授も奥さんを最高の奥さんと思ってるだろう?」

 省吾は、大隅教授の立場が省吾とシンクロしているように思えた。


「田村の最初の結婚を見て、独身の方が気楽だと思ってた。

 しかし今は、まったく異なる生活だね。一人の生活にはもどれないよ。子どもがいたら、さらにいいんだが・・・」

 大隅教授は子供たちと戯れる玲を見ている。

「・・・明日、帰るといったが、日曜まで滞在してくれないか・・・」

 大隅教授は、何か思うところがあるらしい。


「わかった。日曜までいるよ」

「ところで、S渓谷の紅葉を見たか?観光用の橋ができてね。あいかわらず閑静だが、紅葉を見るにはもってこいになったよ」


「すっかり忘れて、何も思いださなかったよ」

 S渓谷の吊り橋がある辺りは、玄武岩の柱状節理から成る岸壁のあいだを、流れが深みに応じて、白く泡立つ色や、静かな深い青緑、碧へと変化し、それら流れに、陽光を受けた紅葉の赤や黄が映える。大学に在学中は、独りでよくでかけた地だ。

「夕飯まで時間があるから、これから行って見ようか?」

「近道すれば、S渓谷まで、往復一時間はかからなかったな・・・」

 省吾は、全員でS渓谷の紅葉を見に行こうといった。


「ぼく・・・、れいちゃんとここで遊んでいたい」

 宏治が、大隅教授の妻になついてそういった。


「ようちゃんは、こうよう、みたいな」と耀子。

「そしたら、玲と僕が、こうちゃんとここにいるから、田村は三人で紅葉を見てくるといい。渓谷入口に、茶店風の休憩所があるよ」


「だんご、ある?」と耀子。

 大隅教授が笑顔で答える。

「あるよ。いろいろ売ってるよ」

「そしたら、こうちゃん、だんご、かってくるね」

「うん、れいちゃんと、きょうじゅのもだよ」

 話しながら、宏治はレゴブロックを積んでいる。彼のお気に入りで、どこへ行くときも、持ち歩く玩具だ。いろいろな形が作れて、おもしろいのだという。


「じゃあ、何かあったら、宏治を頼むよ」

「ああ、わかってるよ。だが、何かあるはずないさ!」

 大隅教授は笑っている。

 一時間ほどの予定で、省吾と理恵と耀子はS渓谷へでかけた。

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