三十六 消滅

 二〇二七年、十一月十九日、金曜、十六時半すぎ。

「だんご、たべたい」

「いいわよ。みんなの分を買いましょうね」

 R市のS渓谷茶店を模した休憩所でリエは団子を買っている。

 その横で、ショウゴとともに縁台に腰かけたヨウコが団子を食べはじめた。


 お土産の団子の包みを受けとり、S渓谷の紅葉を見るために、吊り橋へSUVを走らせた。

「うわっ、きれい~」

「ほんと、綺麗ね~」

 午後の陽射しを受けて、紅葉と柱状節理の岸壁が、渓谷の流れに映える。

「他にヴィークルがいないから、停車するよ」

 ショウゴは吊り橋の中程でSUVを停めて、渓谷を眺めようとした。


「おそらに、おっきい、おほしさん、いるよ」

 団子を食べているヨウコがそういった。

 渓谷の上空の、紺碧の空に、巨大な蝙蝠が翼を拡げたようなクラリックの宇宙艦〈フォークナ〉級立体アステロイド型突撃攻撃艦が浮かんでいる。


 後部シートのリエがチャイルドシートのヨウコを抱きしめて、精神空間思考で伝える。

『プロミドンに攻撃艦の破壊を指示しちゃだめ!ニオブの全艦と艦艇のプロミドンとガイアのプロミドンが壊滅する!』


『PD!俺たちを安全な場所へ時空スキップしろ!』

 ショウゴが精神空間思考すると同時に、攻撃艦が青緑のビームを放った。空間は歪み、轟音とともに、吊り橋が一瞬に崩落した。

 ショウゴは車から投げだされ、岸壁の松の枝に引っかかったが、リエとヨウコは、SUVもろともに谷底へ落下した。


「ヨウコっ!リエっ!ヨウコっ!リエっ!」

 ショウゴは松の枝にぶら下がったまま叫んだ。

 見おろすと、谷底に玄武岩の柱状節理が針山のように見える。ビルの二十階分の高さから落下したSUVは谷底で潰れ、近くに、破壊したタブレットパソコンが散らばっている。

 リエとヨウコの姿がない。SUVの中だ・・・。

『PD!リエとヨウコを助けてくれ!』

 プロミドンからは何も反応がない。


 見あげると、橋脚から伸びた二本のケーブルから垂れ下がった、多数のハンガーの端が破壊し、片側のトラスだけで、吊り橋の残骸を支えている。クラリックの攻撃艦はいない。

 

 いつもプロミドンが半径四十メートルの球状に防御エネルギーフィールドを張って。俺たちを俺たちを守っている。吊り橋ごと守れるのに、なぜ、攻撃を防げなかった?

 クラリックの宇宙艦は、転送した大量のミサイル弾頭と高性能爆薬で内部を破壊した。アーク・ヨヒムに従うクラリックの上位を艦内に幽閉したまま、宇宙艦をとりまく時空間を閉じて亜空間を漂っている。宇宙艦が閉じた時空間から脱出して亜空間航行するのは不可能だ・・・。

 俺たちの家を攻撃した宇宙艦は・・・。

 ああっなんてことだ!次席アーク・ルキエフが捕獲されてないのを忘れてた!


 ショウゴはリエとマリオンの説明を思いだした。

『プロミドンでクラリックの直接排除はできない。ニオブがたがいを排除しないように、プロミドンをプログラムしたんだ。プロミドンでクラリックを排除すれば、我々も排除される。プロミドンによる、クラリックの宇宙艦の破壊は、ニオブの宇宙艦すべての破壊だ。搭載しているプロミドンも破壊する』


 くそっ!何もできないのか・・・。コウジ、すまない。お母さんとヨウコを死なせてしまった・・・。

『忠告を無視するからだ・・・』

 そうだった。『アークヨヒムを排除し、ガイアの連邦化が進んでも、まだ、クラリックがいるから注意しろ』といわれてた・・・。


 雪が降ってきた。クラリックの宇宙艦の亜空間スキップで大気が変化したんだ・・・。

 腕に力が入らない。両肩をぶつけたせいだ。枝につかまっているのがやっとだ・・・。

 ヴィークルの音は聞こえない。指に力が入らなくなってきた。余計なことを考えないほうがいい。まぶたを閉じよう・・・。

 ショウゴはまぶたを閉じた。指の力がぬけてゆく。



『希望を捨てるな。プロミドンに、時空間スキップを指示して、手を離せ。生きる気力を奮い起こせ・・・』

 ショウゴはまぶたをあけた。


『誰だ?空耳か・・・』

『空耳ではない・・・』

 ショウゴの脳裡に年長の男の声が響く。

 これは思念波じゃない。精神波だ。精神空間思考だ・・・。

『プロミドンに時空間スキップを指示して手を離しなさい・・・』

 今度は若い男だ。


「リエとヨウコを助けてくれ。あそこだ」

 精神空間思考で伝え、目で谷底を示した。

『不可能です』と若い男。

「リエとヨウコが死んだ。俺に生きる望みはない」

 コウジにはすまないが、スキップどころか、俺は何も考えられない・・・・。


『やり直さないか?』と年長の男の思考。

「リエとヨウコが生きかえるのか?」

『他の人生をやり直す。やってみるか?』

「リエとヨウコとのか?」

『リエとマリオンの共棲体と、ヨウコとマリオンの共棲体だ。リエとヨウコではない。それで良いか?』

 右の岸壁に烏が現れた。手を振るように翼を動かしている。


「あんたは、ヨーナか?」

 ショウゴは初めてマリオンが現れた時を思いだした。

『そうだ』

 烏の全身が、黒光りする突起の多い鎧のような外殻に変化し、ショウゴを超える背丈になった。翼は腕に変異し、腕から背にかけて、黒光りした強靭そうな外殻で覆われた、蝙蝠の翼のような膜がある。顔も硬い突起だらけで、額に二本の突起がある。一見不気味なニオブの姿だが、マリオンと同じ、穏やかなまなざしだ。


『これまで、娘たちを守護してくれたことを、感謝する』

 変身したニオブの精神空間思考が脳裡に響き、ニオブの顔が金髪緑眼の鼻梁の高い顔に変った。マリオンとリエから聞いていた、ヨーナの精神共棲体だったヒッタイトの族長だ。

『今、娘たちの精神エネルギーは私の中にある。娘たちのエネルギーマスを独自時空間に放たねばならない。もう一度、マリオンとリエの精神共棲体と暮らし、ヨウコの精神共棲体を育成してほしい・・・』

 ヨーナから暖かい感情が伝わってくる。



 有史前、ニオブは、荒廃してゆく渦巻銀河メシウスのアマラス星系惑星ロシモントを脱出して地球にのがれた精神エネルギーマスの精神生命体だ。

 ヨーナはアーマー階級のヘクトスター系列の精神エネルギーマス総帥で、ヘリオス艦隊司令官にして大司令戦艦〈ガヴィオン〉の艦長、つまりヨーナの系列はヘリオス艦隊の司令官アーマー階級で、大司令戦艦〈ガヴィオン〉の艦長アーマーの精神エネルギーマスだ。


 ニオブのアーマー階級は、クラリック階級ディーコン位とポーン階級とともに、人類との共存をめざして、人類を支配しようとする惑星ロシモントの支配階級だったクラリック階級と対立していた。

 マリオンは、ショウゴの妻リエに精神共棲したヨーナの娘だ。リエは二〇二六年八月二十四日、二人の子を出産した。子供たちはリエの精神と、マリオンの精神エネルギーマスを受けついだ。



「どうすればいい?どうやって、やり直す?」

『我々の艦ががわかりますか?』

 若い思考が強くなった。

『艦は見えない・・・』

『あなたの前に何が見えます?

『淡雪が降る渓谷。灰白色の霧で何も見えない・・・』

 思考の主が何をいうのかわからなかった。


『霧ではありません。我々の偵察艦を識別されないよう、時空間を操作しました。偵察艦の右舷部がショウゴに接近しています。これ以上艦を接近できないので、接岸できません。手を離しなさい。我々が受けとめます』

 思わずショウゴが精神空間思考する。

『松の枝から手を離しても、受けとめてもらえる保証はない・・・』

『心配するな。牽引ビームで捕捉する』

 ヨーナの身体が烏に変身した。顔は族長のままだ。


「本当に受けとめるか?」

『ビームの物理法則を考えるあいだに、手が離れるぞ』

 ヨーナがショウゴの鼻先に飛んできて左の岸壁にとまった。

 ショウゴはマリオンから聞いた、ヘリオス艦隊を思いだした。

 ヘリオス艦隊の円盤状小型偵察艦は、全長が五十メートルほどだ。実際の映像はリエの出産時に窓型ディスプレイで見ている。



 ニオブは、膨張から縮小へ変化した渦巻銀河メシウスの、アマラス星系惑星ロシモントから、ヘリオス艦隊で天の川銀河に亜空間航行(亜空間を通じた時空間移動)した。

 ヘリオス艦隊は大指令戦艦〈ガヴィオン〉を中心に、突撃攻撃艦〈フォークナ〉四隻、攻撃艦〈ニフト〉一隻、回収攻撃艦〈スゥープナ〉一隻の、計六隻の副艦と、百六十隻の搬送艦、小型偵察艦二十隻から成りたっている。

 艦隊中央の大司令戦艦〈ガヴィオン〉は八個の曲面を持つアステロイド型幾何学立体で、大きさは二十キロレルグ(約二十キロメートル)にもおよぶ。

 回収攻撃艦〈スゥープナ〉は、プロミドンを二つに分けたような形状(ピラミッド形)の五個の曲面を持つ幾何学立体で、機能上、〈ガヴィオン〉に匹敵する二十キロレルグの大きさがあり、攻撃艦〈ニフト〉は五キロレルグ、四隻の突撃攻撃艦〈フォークナ〉は三キロレルグの大きさでいずれもアステロイド型だ。

 百六十隻の搬送艦は直径十キロレルグの円盤状をなし、小型偵察艦は旗艦に合わせ五十レルグから百レルグの円盤状をなしている。そして、大指令戦艦と副艦には、小型アステロイド型攻撃艦が、各艦の大きさに応じた隻数、最大長キロレルグ数の十倍以上搭載してある。



「なぜ、プロミドンは我々を守らなかった?」

 松の枝が濡れて手が滑りそうだ。

『ショウゴが、選択肢の中から、低レベルの防御エネルギーフィールドを選択したからだ。

 その結果、精神空間思考域のモーザ制御も低レベル化した・・・。

 親指を上にして指を開いた手が思い浮かんだ。当然、小指は下をむいている。肩から腕へ進む道が人生なら、手首は人生の岐路だ。選択肢は五つ。親指を選べは人生は上昇運。小指は下降で最悪の運勢だ。だが、どの岐路を選んだか、選んだ当人にはわからない。

 さあ、どうする?』

「わかった。手を離す。頼みがある。運勢を変えられるだろう?二度とリエとヨウコを失うのは嫌だ」

 早くしないと手が滑る・・・。

『どうしてほしい?』

「俺が最初に選択を誤った時点にもどり、最良の方向を選べるようにしてくれ。そうすれば、今のようにならなかったはずだ」

『サクセスストーリーか。もっともな話だ』

 ヨーナの顔がニオブの顔になった。ショウゴを見つめている。

 ショウゴは、ヨーナがいうようなことを考えていなかったが、そう思っている気がした。

「そうかもしれない。いや、良き人生を経験したい!」

 早くしないと手が滑る・・・。

『わかった・・・』



「わかったから、手を離せ。受けとめてやるから、手を離せ」

 仰向けに寝転んで膝を抱えたショウゴの脛の上に、三歳のヨウコが胸と腹を接して両手を広げて乗っている。

 ショウゴはヨウコの手首を握って左右へ伸ばし、ヨウコを飛行機に見たて、左右の脛を交互に上下する。

 ヨウコの身体は左右に傾き、飛行機は左へ右へ旋回する。

 脛を伸ばして足を上空へあげて、腿をひきつける。

「宙返りだ。背中を押さえてるから手を離せ」

 ヨウコの身体が宙返りし、ショウゴの脛に脚を絡めた。ショウゴが握っている手を解いて両手で脛にしがみついている。

「だめ!ついらくする。あはは~、ついらくしちゃうよ~」

 ヨウコは笑いながら手を離さない。

 しかたないので、ショウゴが後方へ回転し、背中を下にしたままのヨウコを足から着陸させた。

「さあ、軟着陸したぞ!」

「なんちゃくりく、しましたあ!」



「これは未来だろう?過去からやり直すんじゃないのか?」

『今度の人生の未来だ。過去に選択を誤ったと思っているが、それはちがう』

「さっき、選択をまちがえたといわなかったか?」

『私は、ショウゴが選択した、といった。

 ショウゴは、選択をまちがえた、と考えたのだ』


「俺の思いだって?」

『選んだ現実は一度だけで変らない。

 なぜ、ネオテニーが、《過去の選択をまちがえた》というのか、理解できるか?』

「わからない」

『人生に選択肢があり、その中から一つの人生を選んだ結果、まちがった人生になったから、過去にさかのぼれるなら変更したい、と願うからだ。

 仮にそれが可能としても、平行時空間は同一の未来に収束する。経路が良き運勢に変るだけで、結果は同じだ』


「良き人生を経験したいといったら、わかったといったじゃないか!」

『今後のため、時空の流れを少々変えようと思ったからだ。

 ショウゴが選択した過去を変えるのは、他の時空間をすべて変えることで、大変なのだ・・・。

 わかった。手を離せ。望みどおり、ショウゴを時空間スキップして、過去と未来を別なものにしよう』


「まちがった行動をしたら警告してくれ」

『警告しよう。

 他人に時空間転移を語ってはならぬ。語ってよいのは妻だけだ。忘れるな』


「なぜだ?」

『クラリックはモーザの奪取と破壊を画策している。

 ショウゴが時空間転移したとわかれば、クラリックはあらゆる時空間を捜査する。捜査員はそれぞれの時空間にいるネオロイドとペルソナとレプリカンだ。

 ショウゴが、アーク・ヨヒムたちを亜空間の単一時空間に幽閉して以来、次席アーク・ルキエフは、精神空間思考概念に至らぬものの、精神的思考概念を論文化(クラリック観念による研究実用概念化)して、意識内進入を精神共棲に近づけた。

 ルキエフが行う意識内進入は、精神共棲に近い。意識内進入されたネオテニーは自分がネオロイドになったとは気づかない。

 ショウゴがクラリックの捜査員とネオテニーを識別するのは不可能だ』


 クラリックが人間社会に紛れこむ方法は三通りある。

 ネオテニーに意識内侵入してネオロイドになるか、ネオロイドの子孫をセルにして新たなネオロイドになる方法。

 配偶子から作ったバイオロイド(有機高分子ロボット)をセルにして乗り移りペルソナになる方法。

 クローンのバイオロイドをセルにしてレプリカンになる方法の三通りだ。


「モーザは破壊されたぞ」

『確かにタブレットパソコンのモーザは破壊されたが、新たなモーザは存在している。

 いずれ、クラリックはそのことに気づき、破壊しようとする』

「俺とリエとヨウコとコウジをか?」


『ショウゴをこれまでと異なる身体へ転移する。

 すでにリエとヨウコは異なる身体へ転移した。

 コウジは我々とオオスミが育てる。安心しろ。

 これまでの経験は、お前のアイデアとして使え。人それぞれの立場が過去とちがっても、詮索するな。詮索すれば、クラリックに気づかれる。

 これまでのように、モーザを使って地上を民主化するのだ』


「わかった。手を離す。コウジを頼むぞ・・・」

『ああ、わかっている。心配するな。オオスミの息子として育てる』

「頼んだぞ・・・」

 ショウゴは手を離した。ショウゴは霧がたちこめる渓谷へ落下した。

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