十四 検診

 二〇二八年、五月十六日、火曜。

 快晴だった。

 昼食に帰る途中、北西の稜線近くに飛行体らしい輝点が見える。S渓谷の方角だ。

 飛行体は複雑に進路を変えている。周囲に小さな閃光が何度も見えて、その瞬間、鳥肌が立つような気配とともに、飛行体が水中の透明なゼラチンのようなアステロイド型の輪郭だけになって、一瞬に消えた。同時に、ブルーグレーの偵察艦が現れて消えた。

 昼食時で、見ていたのは省吾一人だった。

 今見たのは現実か?それとも幻か?あるいは日常的な事実で、誰も気にしないのか? 帰ったら理恵に訊いてみよう・・・。


 帰宅後。

 アステロイド型飛行体の事を訊こうと思いながら洗面と嗽する。

「省ちゃん・・・」

 理恵が省吾の袖を引っぱった。

「なんだか食欲が無いの」

「風邪か?疲れか?」

 タオルで顔を拭き、理恵の額に省吾が自分の額をくっつける。

 熱はない。もしかして、妊娠かもしれないぞ・・・。

「そうじゃなくって、妊娠したみたい・・・」

 理恵はうつむいている。

「やったな!」

 あわてて室内着に着換えて、理恵を抱きしめる。

「明日、いっしょに病院へ行こうか?」

 飛行体の事を訊いている場合じゃない・・・。


「妊娠はうれしいよ・・・」

 理恵が省吾を見あげた。省吾はいっきに不安な感情に包まれた。

「でも、内診は嫌だな。だって、見られて、診察されるんだよ・・・。

 男の医者なら、どうしよう・・・」

 省吾の胸に頬をつけている。理恵は自分の身体に、他の男の指一本でも触れさせたくないのだ。


「確か、女医のはずだ。総合病院の産婦人科は」

 ポニーテールの理恵の頭を撫でる。

「ほんと?」

 理恵が省吾を見あげた。ほっとした様子だ。

「ああ、ほんとだ。今すぐ病院に確認する。女医でなければ、お母さんたちに相談すればいい。お母さんに連絡した?」

 省吾は笑顔で理恵の両頬に手を触れて引きよせた。

「あなたが病院に確認したら連絡する」

 理恵の腕が首に絡んできた。不安な気持ちが理恵から消えてゆく。

「喜ぶぞ~」

「うん!」

 理恵が笑顔になった。


 省吾はすぐさま総合病院へ電話した。事情を話すと、ただちに電話は新患受付から産婦人科の受付にまわされた。

 産婦人科の医師は女医だった。妊娠は病気ではないので健康保険が効かない。検査費用を用意する事と問診項目を教えられ、検診を予約するか問われた。

 その旨、理恵に話すと、理恵は、母たちに連絡してから決めるというので、そのように受付に連絡した。


 理恵が実家へ連絡すると、母たちは、明日にも検診するよう勧めてきた。そして、検診の時は母たちが付き添うとである。

「ああ、安心した・・・」

 理恵は机の電話に受話器を置いた。横に立っている省吾に抱きついている。

「すまない。理恵を安心させられなくて」

 省吾は検診の予約をしながら、理恵を抱きしめ髪を撫でた。

 女には、男にない体験が待っている。それは自然なのだが・・・。

「ううん、いっしょに検診に行くだけでいいの」

 理恵が省吾の肩に顎をのせた。理恵は女と男の違いを充分理解している。

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