二 オイラー・ホイヘンス
二〇二五年、帝都、十月二十七日、月曜、十四時十六分。
ローマ、十月二十七日、月曜、(冬時間)六時四十六分。
ローマ市コンドッティ通り六十八に、マルタ騎士団国(正式名称、ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会)本部がある。
マルタ騎士団国本部本館第一ビル十五階のマルタ神大学の、学生居住区男子学生寮の一室で、オイラー・ホイヘンスは夢を見ていた・・・。
「何とかならんか?」
アーク・ヨヒムはいらだっている。
「この時空間は開かない・・・」とクラリックのビショップ位。
「なぜ、ショウゴが時空間を作れるんだ?次元変換して境界を消せ!」
そういってヨヒムは思考する。
レプリカンのショウゴが可能なのに、我々が不可能なはずがない・・・。
ショウゴはどうやってこの艦(フォークナ級突撃攻撃艦)の時空間を構成した?
プロミドンを使ったか?ショウゴはモーザを持っていない。どうやってプロミドンを操作した?田村を通じてか?
意識思考探査したが?ショウゴは何も考えていなかった・・・。いや、何も考えていないはずはない・・・。
「我々の亜空間なら次元変換できるが、ショウゴが作った時空間の変換は不可能だ・・・」
クラリック階級アーク位・ヨヒムの、次席アークがそう答えた。
「まだ、ルキエフに通信できないか?」とヨヒム。
「送信してるが、亜空間転移できない・・・」
クラリック階級ビショップ位がそう答えた。
七時三十分すぎ。
「オイラー、大丈夫か?」
フランク・アンゲロスは、同室のオイラー・ホイヘンスをゆり動かした。
オイラーは弾かれたように跳び起き、ベッドに座りこんで水泳のトレーニングを終えたように息づいた。全身が汗ばんでいる。空調は正常だ。暑くないのに、このところ毎晩見る夢のせいだ・・・。
「うなされてたぞ。何度も起こしたんだ。起こさないほうがよかったか?」
フランクはショルダーバッグに本を入れ、オイラーを気にかけている。
「いや・・・、助かった・・・。
また、あの夢だ。あのままなら暗所と閉所の恐怖症になる・・・」
オイラーは首をゆっくり動かした。肩から首の筋肉がこわばっている。
「僕は朝飯をすませた。早く朝飯を食べて講義に出ろ。ここの朝食の時間はすぎた。本部食堂へ行くしかないぞ。僕は先に行く」
フランクはショルダーバッグを肩にかけ、ドアへ歩いている。
「ああ、そうしてくれ」
フランクが部屋を出るあいだに、オイラーは急いで着換えた。歯を磨いて顔を洗い、教材が入ったショルダーバッグをとって部屋を出た。
マルタ神大学本部ビルの食堂は地下にある。
本部ビルに隣接した別館第一ビルの、マルタ神大学・神学校の食堂を使う学生を除き、本部職員全員が本部ビルの地下食堂を使っている。
オイラーは、学生寮がある十五階の居住区から、渡り回廊を走り、本部ビルの下りエレベーターに乗った。
「ホイヘンス君、朝食かね?」
エレベーターの人込みから、ミケーレ・ロードス総長の声がする。
この時間、オイラーが本部ビルの下りエレベーターに乗っていれば、行く先は地下食堂だ。
マルタ騎士団修道会総長ミケーレ・ロードス大公はローマ教会枢機卿であり、本部ビルに隣接した別館第一ビルのマルタ騎士団国マルタ神大学・神学校の学長でもある。マルタ騎士団修道会史と宗教史を担当している。
「わけのわからない夢を見て、六時に起きられませんでした。最近、毎日なんです」
「そうか・・・」
ロードス大公はオイラーの近くに来て小声になった。
「講義が終ったら、私の部屋の来たまえ。夢のことを聞きたいんだ・・・。
実は私も妙な夢を見てね。君と同じさ。いったん執務室へいったが、朝食を食べてないのに気づいた・・・。アンゲロス君もいっしょに来るように話しておいてくれたまえ」
食堂がある地下二階でエレベーターが止った。ドアが開き、ロードス総長は、それではまた、といって、パーティションで区切られた食堂の一郭の、特別席へ歩いた。
十五時。
神大学の講義終了後、オイラーとフランクは、別館第一ビル五階の学長執務室ではなく、本部ビル七階にある総長執務室へ行った。
「楽にしてくれ」
古い質素な調度品に囲まれた執務室で、ロードス総長は二人をソファーに座らせて、古い書籍や記録メディアのケースが詰まった本棚へ歩いた。
「オイラー、君の見た夢を説明してくれ」
総長は、本棚に設えてある紅茶サーバーからカップに紅茶をいれて、二人の前のテーブルに置いた。
「彼らの姿は見えなかったんです。宇宙船の時空間に閉じこめられたまま、亜空間を浮遊しているようでした。外部連絡できず、亜空間から脱出できずにいました」
オイラーは夢を説明し、カップをとった。
「一部を除けば、私の夢と同じだ・・・」
ロードス総長はカップを口へ運んだ。
「彼らには翼があるが、鳥の翼とはちがう。蝙蝠の翼に近い。黒い身体をしてる。夢に現れた時は姿を見せなかっただけだ・・・」
「総長は、ミカエルが現れたとお考えですか?」
フランクはカップを手にしたまま、紅茶を飲んでいなかった。
ロードス総長は、口元へ近づけたカップを離した。
「フランク、ここではミケーレでいい。肩書きや堅苦しい敬語はぬきだ」
「わかりました」
「友として話してくれ。私が早く生まれ、経験が多いだけだ」
「わかった。ミケーレ」
「それでいい。話をもどそう。
彼らは定義上のミカエルではない。宗教上の神格化された存在とはちがう。講義で説明したように、ミカエルのモデルになった存在がいたのは事実だが、彼らではない。
君たちに話しておきたかったのは、ミカエルではない彼らが実在していることだ・・・。
お茶を飲んでくれ」
「はい・・・」
オイラーはお茶を飲みながら訊いた。
「僕の見た夢が、どうして、その存在といえるんですか?」
ロードス総長は、お茶を一口飲んで、カップを置いた。
「今まで話さなかったが、五十年前、彼らは、十九歳の私の前に現れて、宗教的に世界を支配するなら援助する、といった・・・。
私は断った。我々の国家、マルタ騎士団国は独裁国家ではない。国土を奪還したいだけだ」
フランクは訊いた。
「それで、オイラーと僕は、何をすればいい?」
「彼らから連絡があったら知らせてほしい。いつでも、ここに来てくれ」
「わかった。ミケーレ」
「彼らが、どうやって知らせてくるのか、わからない。亜空間内の、閉じられた時空間にいるなら、なおさらだ・・・」
現代物理学は、亜空間の存在も、閉じられた他時空間の存在も実証していない。多元宇宙論は理論提唱されているが実証はない・・・。
オイラーは疑問だった。
神大学に入って二年間は教養課程で、その後の専門課程は自分で選ばねばならない。現在、一年目のオイラーは、物理学に興味を抱いている。
「オイラー、それは私も同じだ。彼らが最初に現れた時・・・」
ロードス総長は説明した。
十九歳の神学生、ミケーレ・ロードスが読書する机に、一羽の白い鷹が現れた。
ミケーレは、窓が開いて鷹が入ったと思った。あいにくここには与える食物はない。学生寮は厨房と食堂を除けば、乾燥した物であっても、自室に肉類は持ちこみ禁止だ。ミケーレは乾パンを取りだして机に置こうとした。
「食べ物はいらない。お前と話すために来た。お前が宗教的に世界を支配したいなら、それなりに援助する。世界を支配しないか?」
鷹は小首を傾けてミケーレを見ている。
「断る・・・」
驚きながらそういい、この鷹は何者かととミケーレは思った。
「私は、お前たちがミカエルと呼んでいる存在だ。お前が宗教支配を望むなら、お前の中に現れて力を貸そう。他の教会と他宗派をお前にひざまずかせ、お前たちが望む、国土も手にいれさせよう・・・」
鷹は机から床に舞いおり、翼がある大天使ミカエルの姿になった。
ミケーレは、これはミカエルではない、と直感した。
『自分から名乗る大天使などいない。そして、人間の身体の中に現れて事を成すなどしない。必要なら、本人に断りなく事を成すはずだ。
人間の野望を実現させるため、見返りに本人の魂を要求する、いや、身体だ。身体を要求するなど、大天使の成せる業ではない。何かが妙だ。悪魔ではないのか?』
一瞬に、ミケーレはそれらを心に抱いた。
「疑問に思わなくていい。その気になったら、私を呼べ・・・」
大天使ミカエルを名乗る者は、鷹に変身し、窓から飛び去った。
その時、ミケーレは悟った。
『宗教的に実体を持つ大天使は存在しない。人間の身体を要求する大天使も存在しない。
その事は、近い将来、物理学的に証明されるだろう・・・』
ロードス総長の説明が終ると、オイラーは訊いた。
「その後、彼を呼んだのですか?」
「いや、私は彼らを一度も呼ばなかった・・・。
現在、彼らは窮地におちいって、夢を通じて我々に連絡しようとしているらしい。おそらく、過去にコンタクトした者たちに連絡しようとしているのだろう・・・。
彼らが現状のようになった原因が何かは不明だ。大天使ミカエルを名乗る者が何者で、何が起こっているかを探らねばならない・・・」
ロードス総長はオイラーとフランクを見た。
「誰にも話さなかったが、大天使ミカエルは、我が祖先だといわれている。
私の家系は代々その事を継承してミケーレ、つまりミカエルを名乗ってきた・・・」
オイラーとフランクは、ロードス総長の言葉を信じられなかった。
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