四十六 精神空間思考
「お帰り、プリースト・ショウゴ。
ショウゴが無事に帰ってきて良かったね、プリースト・リエ」
初老のセキュリティゲート警備員は、笑顔で二人の生体認証を確認してセキュリティーゲートを通過させた。
「ありがとう、トーヤさん」
二人は通路を歩いてゲートから遠ざかった。
「外部から内部へ入る時は、最初のゲートで研究所区か工場区か居住区か通路を決めて、次のゲートで目的の区内に入るの。
今日は格納庫の壁ゲートから居住区の通路へ入ったから、トーヤさんがいたゲートで居住区に入ったんだよ。
区内ゲートから通路がいくつかあるの。行く先に近い通路を選べば、そこへ行ける。
通路と呼んでるけど、この施設内を移動する亜空間移動路だよ。
この階に、私たちプリーストの居住区があるの。ゲート警備員は、全てトーヤさんと同じセルだよ」
「レプリカンのプリーストか・・・。
アーク・ヨヒムはどこにいる?」
「アークは下の階。ビショップはさらに下の階。重力があるからそう呼んでるけど、実際は下も上もないんだ。宇宙戦艦だから」
リエの言葉で、ショウゴは自身のセルの分子記憶を読み取った。
「地下に、〈フォークナ〉級の戦艦を建造中だったな」
プリーストは工場の居住区にいるが、アークとビショップは建造中の宇宙戦艦にいる。
宇宙戦艦は八個の曲面を持つ立体アステロイド型で、全長一キロレルグ(一レルグは約一メートル)、高さ三百レルグ。ヘリオス艦隊の突撃攻撃艦〈フォークナ〉の三分の一だ。
「着いたよ・・・」
リエは遺伝子記号が表示された壁に手を触れ部屋へ入った。
「ショウゴ、お帰り。戻らなかったから心配したぞ」
リエはショウゴを抱きしめて奥の寝室へ移動した。
ショウゴは、ベッドでまどろむリエの横で精神空間思考した。
建造中の宇宙戦艦ごとヨヒムたちアークとビショップを消滅できないか?
リエの手がショウゴ腕に触れた。リエはショウゴを抱きしめた。
「ここは監視されてないよ・・・」
そうだった・・・。侵入者を防ぐため、この企業の各所にゲート監視装置と保安監視装
置はあるが、内部者の意識と思考の監視装置はない。工場と研究所内のビショップ(精神生命体ニオブのクラリック階級ビショップ位)とプリースト(精神生命体ニオブのクラリック階級プリースト位)の意識と思考を、アーク(精神生命体ニオブのクラリック階級アーク位)がアークの特殊思念波で探査するだけだ。
だが、俺が精神空間思考した内容をリエに話せば、アークはリエの意識を探査して俺の考えを知る。こまった。リエに話せない・・・。
「俺たちは自由に研究所へ出入りできたな」
兵器研究所、有機組織研究所、組織培養研究所、どこでも自由に出入りできるはずだ。組織培養研究所の保育所も・・・。
「できるよ・・・」
リエは無意識に下腹部を撫でている。
ショウゴはリエの下腹部に手を触れて精神空間思考した。リエの他に暖かい存在を感じる。
「なんてうれしいんだ!」
「慌てないの。かもしれない、だよ。一週間でわかるよ」
「わかった」
子どものためにも、早く任務を完了しよう・・・。
ショウゴはリエを抱きしめて、リエのセルの深層精神と深層意識を探った。
リエのセルの分子記憶にアーク位の支配思想はない。真実を解明する理恵本来の思想があるだけだ。そして、子どもを守ろうとする理恵の母性とマリオンの思念が・・・。
「リエ、何かあってもおちついて対処するんだ」
リエは眼をきらめかせてョウゴを見た。
「了解!」
リエはゴチャゴチャ質問しなかった。
事前に概念で認識するより、実際に体験すれば、実態を自己の感性で認識できる。プリースト本来の信条、『実体験可能な事象を、概念で認識するな』だ。
ショウゴは、プロミドンがリエの精神に新たな思考空間を創造する事(リエが心で認識する事)を精神空間思考した。
しばらくすると、ショウゴは、リエの新たな精神空間領域に侵入し、リエの自己意識に呼びかけた。
『リエ。心の奥を、精神の奥を思うんだ。俺は俺の精神の奥から、リエの精神の奥を通して話してる・・・。
プロミドンが精神空間領域の思考を素粒子信号に変換し、時空間転移伝播させてる。ニオブに感知できない時空間転移伝播による精神空間思考だ・・・。
心による精神空間思考と会話だ・・・』
『ありがとう、気持ちがクリアになった』
『子どもをセルにしたくない。子供に俺たちの精神を託したい。子供を収容された親は、皆、そう思ってるはずだ。彼らを見捨てられない・・・』
『組織培養研究所に収容されてるのは、レプリカンのプリーストの子供だけだよ。
プリーストはアークとビショップの捨て駒なのを知らず、様々な任務を与えられてる。
なんとかしたいけど、多くのプリーストはアークを信奉してる。ネオテニーの支配しか考えてない』
『わかった。アークとビショップを艦内ごと破壊しよう。高機能弾頭か核弾頭で・・・』
ショウゴはセルの分子記憶を確認した。
かつて、クラリックは、ヘリオス艦隊から艦を奪って離脱する際、飛来する小惑星によって搬送艦を何隻も失っている。それら経験から、建造中の〈フォークナ〉級宇宙戦艦は、亜空間航行と小天体の衝突に耐えられる構造と聞いている。
艦内を爆破しても、艦体と外部に影響はない・・・。アークとビショップを艦に閉じこめれば、彼らの消滅は可能だ・・・。
リエは顔を上げてショウゴを見た。ショウゴの鼻先を指で撫でている。
『ショウゴがクラリックなら、大東重工のように、政府を攻撃する?』
『防衛軍に反撃されるから、経済支配できる機会を待つよ・・・』
ショウゴはリエの背を撫でながらそう伝えた。
『この施設は情報収集衛星に監視されてる。私がクラりックなら艦を移動させて他所へ行くわ。艦を破壊するならその時がチャンスだと思うよ・・・』
『わかった!しばらくしたら昼飯をすませて、兵器研究所へ行こう!』
ショウゴはセルの分子記憶を思いだして伝えた。
『了解!』
リエはショウゴに微笑んだ。
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