四十九 単一時空間を閉鎖し爆破せよ
二〇二五年、十月十九日、日曜、十四時過ぎ。
N市W区の田村家の居間の、座卓に置かれたタブレットパソコンのディスプレイに、ショウゴとリエの視界映像が現われた。隅に、これまでショウゴとリエが見た視界の、録画が現われている。
「俺たちと同じだね・・・」
省吾は録画を早送りした。
理恵は、自分自身と省吾の録画を見ている気分になった。
私たちの体細胞から培養したレプリカンに、私たちの思いが精神共棲してるんだから、同じはずだわ・・・。
理恵は、リエの存在が気になった。
「シンクロだね。先生はリエをどう思う?」
「うん、理恵の方がかわいい」
省吾はディスプレイを見ながら、理恵を抱きよせた。
「どっちも私だよ」
理恵は笑った。
「うん、リエもかわいい」
俺がリエを気にすれば、理恵はリエに嫉妬するだろうか・・・。
ディスプレイに窓が連なる通路が現われた。
「休日なのに人がいる。ニュースのせいか?」
省吾は呟いた。
窓の内はM市東亜重工M工場の兵器研究所だ。明らかに、研究に携わるエンジニアではない者たちで所内は溢れている。
通路を歩く若い女の顔がアップになった。
M市の東亜重工M工場の兵器研究所で、ショウゴは女に訊いた。
「スーミン、何があった?」
一瞬、スーミンは戸惑った。
「主系列に召集指示です。プリースト・ショウゴと、プリースト・リエは招集されていません。私も召集されていません」
「アークだけか?」
「アークとビショップと管理プリーストの四十名ほどです」
「主系列がどうして研究所にいるの?」
リエは怪訝な顔でそう訊いた。
「あっ、その・・・」
スーミンは、アークの思念波探査を気にしたが、意を決して言った。
「艦への亜空間移動路を、隔離ブース内に作ったんです。第八ブースとして、研究所用に」
「今までの通路はどうなった?」とショウゴ。
「少し前に、アーマーがプロミドンを操作したため、工場外は亜空間移動路も転移ターミナルも稼動不能です。
工場内の管理セクションと工場からここへの通路は機能してます。
どうぞこれを見てください。召集指示の説明です・・・」
スーミンは壁に手を触れて、兵器研究所第一セクションのゲートを開き、中へ入るように促して、タブレット端末をショウゴとリエに見せた。芳牟田の緊急説明だった。
「倉本と田辺は、我々が築いた世界を独占しようとしたため、私が二人を消滅した。
狙撃に失敗したギイとリルは、アーマーにセルを破壊されて消滅した。
河本と村野は、私の指示を無視してミサイル攻撃し、アーマーにセルを破壊されて消滅した・・・。
我々が築いた世界をアーマーとネオテニーに支配させてはならぬが、体制が変わりすぎた。築いた世界を破壊せずに、アーマーとネオテニーの新体制を攻撃するのは、河本と村野のように無駄だ。
だからとて、我々が築いた世界を破壊したら、全ネオテニーの反発を受ける・・・」
ディスプレイの芳牟田は、宇宙戦艦内の居住区を歩いている。
「経済界を支配した我々が、ネオテニー社会を支配できなかったのは、我々アークとビショップと一部プリーストの責任だ。
我々は、我々の空間へ移動して対策を練り、ふたたび、この時空間を支配する。
それまで、エンジニアたちはここに残り、子々孫々にプリーストの精神を託してくれ」
小柄な白髪の芳牟田がタブレット端末のディスプレイから消えた。
兵器研究所第一セクションのプリーストとアンドロイドたちの間から、芳牟田が現われた。
「全ての者が亜空間へ離脱するのではない。系列のエネルギーマスの一部は残存する。我々の存在は現状のままだ。
子々孫々に精神を託せとは、精神共棲せよとの意味だ・・・。
兵器産業界の愚かな者たちが不用意な発言をしたため、ここにも地球防衛軍と検警特捜庁の捜査が入る。
我々は有機組織研究所と組織培養研究所を宇宙戦艦に移し・・・」
「ありふれたネオテニーの企業にしろと言うのか?」
ショウゴは、タブレット端末をスーミンに返し、リエとともに第一セクションへ入った。
皺が刻まれた顔の芳牟田は、ショウゴとリエを見たまま、表情を変えずに言う。
「病院施設と育成プログラムはそのままだ。子どもたちを自分たちで育てろ」
「未来へワープするのか?スキップするのか?」
ショウゴは芳牟田を睨んだ。
「我々が維持する亜空間で対策を考え、この時空間に戻るだけだ」
吉牟田の言葉は言い訳がましい。
「いつ離脱する?」
ショウゴは精神空間思考で芳牟田の精神を探査した。
芳牟田は、アーク・ヨヒムの系列エネルギーマスの一部が、ネオロイド芳牟田の体細胞から培養したバイオロイドに意識内侵入したレプリカンだった。
「このプリーストが宇宙戦艦へ移動したら・・・」
芳牟田は、亜空間移動路が第八ブースのエレベーター式であるのを思考している。
すでに、第一陣が宇宙戦艦へ運ばれた。ここにいるアークとビショップと管理プリーストたち四十名ほどが、昇降機である第八ブースに乗りこむと同時に、亜空間を経て、昇降機ごと宇宙戦艦内へ移動する。
地下に建設された艦は、物質エネルギー転換と物質転送機能(スキップドライブ(亜空間転移推進装置))を持たないものの、プロミドン推進機を備えている。アークとビショップの精神エネルギーを使えば、亜空間航行に支障はない。
兵器研究所第一セクションのアークとビショップと管理プリーストたちが第八ブースへ入った。
ハッチが閉じられれば、昇降機は宇宙艦内へ瞬間移動し、亜空間航行態勢に入る。
ショウゴは、地球のどこかに格納されたままショウゴとリエをサポートする、プロミドンに伝わるよう、
『ヨヒムの宇宙戦艦が亜空間航行態勢に入ると同時に、この工場と研究所にある、全ての弾頭と爆薬をヨヒムの宇宙戦艦内へ転送し、宇宙戦艦の単一時空間を閉鎖し、起爆しろ・・・』
と精神空間思考した。
第八ブースのハッチが閉じられ、昇降機が宇宙戦艦へ瞬間移動した。
同時に、ショウゴの精神空間思考域に、プリーストが乗った昇降機と、山積みになったミサイル弾頭と高性能爆薬が現われ、瞬時に消えた。
「ショウゴ!何をしたっ?」
芳牟田がカッと眼を見開いた。こめかみに血管を浮き上がらせ、ショウゴに思念波を浴びせた。
芳牟田の思念波は、精神空間思考するショウゴから見れば、強固な透明の隔壁を通し、隔壁の向うの濁流を眺めるようだった。
芳牟田は、さらに強固な思念波を浴びせてきた。
「お前が感じたとおりだ。ミサイル弾頭と高性能爆薬を艦内へ送ったよ。
宇宙艦の時空間を完全に閉鎖した。
爆薬も弾頭も亜空間移動させられない。排除不能だ。起爆解除も不能だ。
プリースト・ヨダの論文から理論導入したミサイル誘導システムは完成していたが、公表しなかっただけさ。
そんな思念波攻撃は効かない。何をしても無駄だ」
プリースト・ヨダの論文に従えば、思考は、思考領域に亜空間領域を構成する。
すでに、高性能爆薬とミサイル弾頭の起爆誘導システムがその中にある。
精神空間思考域の亜空間領域と、宇宙戦艦が閉じこめられた時空間を開くのは、地球のどこかに格納されたままショウゴとリエをサポートする、プロミドンだけだ。
「起爆すれば、この時空間が崩壊するぞ!」
「もう起爆したよ。宇宙戦艦の時空間は閉じてる。崩壊したのは艦内だけだ。宇宙戦艦はそのまま亜空間へ発進したよ」
地下の宇宙戦艦が爆破崩壊しなくても、亜空間へ発進すれば、研究所は陥没崩壊する。そんな事は承知してる・・・。
亜空間理論はアークだけの理論じゃない。プリースト・ヨダの論文を理解できなかったクラリックの末路だ・・・。
宇宙戦艦内が崩壊して、艦内のアークとビショップとプリーストがセルを失うか消滅すれば、艦内アークとのエネルギー転移路を絶たれ、この芳牟田は崩壊する・・・。
「必ず、お前を消滅してやる・・・」
芳牟田が砂を崩すように崩れ落ちた。同時に、一瞬、淡い光の身体形状が現れて白い鷹になって消えた。
その瞬間、研究所が大きく揺れ、床が陥没し始めた。
セクションのアンドロイドたちが喚き、緊急アラームが鳴った。
『非常事態発生!全員、屋外へ退避せよ。
緊急指令!地球防衛軍の強制捜査が入る。全員退避せよ!
施設が陥没する!全員、退避せよ!
施設が崩壊、崩壊・・・・』
研究所は工場と同じドーム構造で、外部攻撃には強固だが、床は地下の陥没に対応するようには造られていない。
傾き裂けた床から、喚き散らすアンドロイドやプリーストたちが、機材もろとも地中へ落下している。
ショウゴはリエを抱きよせた。セクションの隔壁にある非常脱出ポッドの取っ手を掴んだ。
隔壁が歪み、ポッドを屋外へ放出させるチューブが潰れた。
リエ!ここから移動する!絶対に俺を離すな!
『わかった!』
リエはショウゴに抱きつき、ショウゴの首と腰に腕と脚を絡ませた。
『プロミドン、俺たちを安全な場所へ転送してくれ・・・』
ショウゴはプロミドンへ伝わるよう、スキップ(時空間転移)を精神空間思考した。
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