四 時空間移動 亜空間転移

「全艦隊に告ぐ。

 ドーム外殻閉鎖!

 艦体外殻閉鎖!

 シールドを張れ。

 各艦隊ごとにプロミドン立体編隊を組み、周囲艦隊から発進せよ!」

 全艦隊総司令官であり、ヘリオス艦隊司令官である私は指示した。


 大司令艦〈ガヴィオン〉のブリッジを覆うドームの外殻が閉鎖され、ブリッジの空間全体が、艦を中心とした平行時空間表示5D座標と4D映像に変化した。

 5D座標上に現れた艦隊を表す輝点は、いくつもに分かれて発進し、4D映像で一瞬大きく輝いて時空間ラグランジュポイントから消え、5D座標の他時空間に輝点となって現れている。我々精神生命体はこれらの変化を、5D座標と4D映像の空間媒体を用いなくても直接認識できたが、媒体を通じて認識する方がはるかに疲労度が少なかった。



 4D映像に映る艦隊が、ヘリオス艦隊を含め、渦巻銀河ガリアナを目指す五艦隊になった。まもなく時空間特異点は変化する。大艦隊が閉じられゆくこの時空間に留まるには膨大なエネルギーが必要になる。

 限られた時間内にこの特異な時空間から旅立たねば、果てしない時空を越えるのは不可能になる。我々ヘリオス艦隊の発進は迫っていた。


 我々の時間で過去五万年余りにわたり、我々ニオブが惑星ロシモントに刻んだ文化と文明は、歴史的事実として我々の記憶に残るが、恒星アマラス同様、我々がそれらを見る機会は二度とない。

 このような過去への感傷は、未来への希望を奮い起こす精神エネルギーを減少させるものでしかない。過去を想起するより、これから我々が導かねばならない時空間を思考する事が重要なのは明らかだが、私は感傷に浸った。



 我々精神生命体は思念波を使って意思疎通する。コントロールデッキの4D映像を見る私は、近寄るシンの思念波と意識を捕えた。

 身体をエネルギー転換し、完全に精神生命体と化したトトの種のシンは、もはや、転換当初の違和感を感じていなかった。それどころか、彼の妻と家族の精神を彼自身と同化させ、強い精神エネルギーマスになっていた、しかし、私に思念波で呼びかける時は、相変わらず昔のシンの意識だけだった。


「ジェネラル・ヨーナ。艦隊が減った。もう、我々の艦隊だけか?」

 シンは思念波を通じていった。

「いや、我々を含め、渦巻銀河ガリアナへ発進する五艦隊が残ってる」

「ヨーナはここで発進を感じていたのか?」

「そうだ。もうすぐ我々も発進する。他の艦隊を見るのは、これが最後になる」


「我々は、もう、他の艦隊クルーと会えないのか?」

「同じ銀河系にいれば、時間はかかるが、会う機会はあるさ・・・」

「では、もう一度、艦隊を見れるではないか?」

「それはない。次に会う時は、我々も他のクルーも、艦を必要としないはずだ」


「わからない。ヨーナの説明は難しい・・・」

「難しく考えなくていい。

 我々はここに移動するのにプロミドンと艦を使った。我々の精神エネルギーが不足しているためだ。現在の我々は単独で艦艇外部空間に留まれない」


「私は、私と家族の精神エネルギーでここにいる。

 これは留まっているのではないのか?」

「空間の意味がちがう。

 この〈ガヴィオン〉や他の艦内の空間は、艦体と防御エネルギーフィールドで保護されてる。内部にいる我々の精神エネルギーは拡散せずに濃密なままだ」


「艦の外のことか?」

「そうだ。あそこに留まる自信があるか?」

 私は映像に現れている外部空間を示した。

「無理だ。決められた大きさの空間内しか移動できないのに、大きさの知れない空間へ行くのは不安だ」

「その不安は精神エネルギーが不足しているからだ」

 とはいうものの、私の意識はシンに捕捉されていた。


「それは私だけじゃない。ヨーナにもある。

 過去を思う事は未来への不安があるからじゃないのか?」

「そうかも知れない・・・」


 シンは日増しに、精神エネルギーレベルを上げていた。

 精神生命体となった当初、理屈でわかっても、空間移動もできなかった状況を思えば、シンの精神エネルギーの上昇は、我々以上の凄まじい速さだった。

「トトの概念的思考が不得手な事が、何らかの影響をシンに与えて精神エネルギーが増し、精神エネルギーレベルが上がった」

 と考えられたが、我々ニオブの思考形態とトトの思考形態に、どのような相違があるか、私には理解不明である。


「さあ、今度は我々だ。シン、準備しよう。

 家族はいっしょか?」

「共にいるよ・・・。ヨーナも私と同じに不足しているんだな」

「ああ、そうだ・・・。

 シン、カプセルに入るか、それともここにいるか、どちらかにして発進に備えてくれ」


「ここにいると、なぜカプセルに入らなくてすむのだ?航行用のエネルギーフィールドが艦全体を保護してるなら、カプセルに入らなくても良いように思える。

 私の考えはまちがいか?」

「まちがいではないが、正しくもない。

 この艦の移動エネルギーは、我々の精神エネルギーだ・・・」

 私はシンに説明した。



 我々が目的地に着く事を思考すると、瞬時に移動がはじまる。移動中、我々の概念や意識に、我々がいるこの空間は、はっきり存在する。しかし、外部の時空間から見れば、この空間は移動とともに、瞬時に消滅して、目的の時空間に現れることになる。

 実際、移動時間は一瞬で、移動中、この空間は限りなく小さくなり、開かれた目的の時空間へ向かって進む。我々自体も小さくなるから、小さくなった事に気づかない。この空間は限りなく小さくなると同時に、精神エネルギー体の我々は、限りなく濃密になる。だから、意識と思考速度は限りなく速くなる。その結果、時間がなかなか過ぎない感じを受ける。


 我々が一つの実在時空間を認識して思考する場合、我々は精神の具象として、その時空間に存在していると考えられる。我々の濃密な精神エネルギーは、限りなく思考範囲を広めることができるため、精神エネルギーで移動する我々は、思考だけで我々を、思考された空間へ移動させてしまう可能性がある。その結果、精神エネルギー体の我々が、艦の外部へ拡散する可能性が高い。


 拡散しないように、自己エネルギーで守れるなら問題ないが、まだ、我々はその状態にない。この事を理解するのは難しい・・・。

 つまり、艦の航行中、この艦体のエネルギーフィールドとブリッジやカプセルのエネルギーフィールドによって、目的地までの移動を思考する我々精神生命体が、精神エネルギーの希薄な時空間へ拡散するのを防いでいる。必要以上に余計な事を考えぬように防ぎ、我々精神生命体を安定化している。


 我々の思考速度が速まれば、我々は時間を限りなく長く感じる。プロミドンは我々の思考速度と感覚をコントロールし、クルー全員の精神エネルギーで艦が安全に亜空間航行できるようにしているのである。



「考えるのに速さがあるのか。私の速さは、今、どれくらいだ?」

「一つの事を考えるのに必要な時間の事じゃないよ。

 思考速度によって変化するのは時間が速く過ぎるか、ゆっくり過ぎるかの感覚的相違だけだ。

 我々が、精神生命体である我々の存在を認識するか、しないかが、大きな問題になるんだ。

 だから、我々自身の存在を認め、目的地に到達する事を思考するんだ」


「私には、存在する事がわからない」

「シンが、ここにいると思えば、シンはここにいる。いないと思ってもここにいる。

 考えているシンがここにいるからだ。

 目的地に到着した事を考えるんだ。この艦のクルー全員が同じに思考すればいい」


「生まれた時から、私はこの世にいる、と思ってるよ。

 誰もがそう考えてる。自分がこの世にいないなんて、思っている者はいない」

「その通りだ。

 だけど、移動中、それぞれの時間の認識に、差があっては困るだろう」

「同じ期間、同じ所にいても、それぞれが感じる時間がちがうのか?」

「かんたんに説明すれば、そういうことだ。

 時間も思考も同じにするために、エネルギーフィールドで我々精神生命体を保護すると考えたらいい」


「よくわからないが、艦が発進すると、何か変るのだな?」

「我々も、外部も、変化する。

 我々自体より、他の変化と外部空間の変化を感じるはずだ」


「それなら、その変化を経験したい。私がブリッジにいるのは許されるか?」

「許されるよ。ただし、ここのエネルギーフィールド内に留まってほしい」

「ヨーナの指示どおりにするよ。家族も認めてる」

「それなら、発進準備だ。シン、ここに来てくれ」

「わかった」


 シンはコントロールデッキ中央に移動し、いち早く私の強い指令を捕えた。それは艦隊クルー全員に、

「目的地に到着する事のみを思考せよ」

 と伝える私の思念波であり、私の意志を受けて行うマインドコントロールである。

 すでにブリッジを覆うドームの外殻は閉鎖され、艦体外殻もシールドされている。そのため、外部空間の艦隊は、思念波では認識できない。〈ガヴィオン〉のクルーはカプセルに入り、ブリッジの私は、シンと数名のパイロットを感じるのみである。



 ブリッジ全体が、青みを帯びた球状エネルギーフィールドで覆われた。外部空間は、プロミドンの探査ビームが捕捉した空間構成粒子の波動残渣による4D映像と5D座標で識別できるのみである。

 5D座標は、移動中の艦隊を急速に移動する数多くの輝点で示し、目的地に到着した艦隊を他の宙域の銀河内の輝点で示している。


「艦隊、発進!」

 私はヘリオス艦隊と他の四艦隊に指示した。

 各艦のパイロットはクルーが入ったカプセルから、亜空間移動を思考する精神エネルギーを集め、艦のプロミドン推進装置へ送りこみ、プロミドン立体編隊を組んだヘリオス艦隊と四艦隊は発進した。

 今後、私の指揮下にあるのはヘリオス艦隊だけである。



 へリオス艦隊を指揮する私は、ヘリオス艦隊が渦巻銀河ガリアナへ向かって亜空間航行する事だけを思考した。


 私の意識空間に、淡い青色の広大な四次元エネルギー領域が現れた。エネルギー領域はしだいに凝縮して青さを増して輝き、意識空間に他の意識と際立つ輝きを放ち、特殊なエネルギー空間になった。

 四次元エネルギー領域は、さらに凝縮してエネルギー密度を高め、エネルギー球体に変化した。凝縮が進むにつれ、エネルギー密度は高まり、溢れるエネルギーはプロミネンスの如くエネルギー球体から四方へ飛び散ると、ふたたびエネルギー球体に舞いもどった。

 エネルギー球体は急速に凝縮し、エネルギー拡散をすべて押さえこみ、眩く輝くエネルギーマスに変化した。そして、眩い光の点に凝縮すると、一点に吸いこまれるように意識空間から消え、ふたたび意識空間に、広大な四次元エネルギー領域が現れた。


 これは、ヘリオス艦隊の亜空間航行を思考する私の精神エネルギーが、〈ガヴィオン〉のプロミドン推進装置へ運ばれてゆく過程であり、ヘリオス艦隊クルー全員の状態でもあった。ヘリオス艦隊のクルーは、私の強い精神エネルギーに従い、私とシンクロして思考をくりかえした。クルーから膨大な精神エネルギーが各艦の推進機へ流れこみ、ヘリオス艦隊は一瞬に亜空間へ移動し、時空間ラグランジュポイントから消えた。


 惑星ロシモントのすべての種は、この時空間エネルギー場の均衡が生みだした特異点から、新たな時空間へ旅立った。それは偶然に出現した特異点ではなく、存在するように演出された特異点だった。我々の一方通行の旅立ちのために・・・。


 膨大な時空間エネルギーの出現と消滅は想像を絶したが、亜空間へ通じる時空間ラグランジュポイントは確かに存在した。

 時空間が限りなく成長して変化して終焉を迎えるように、この時空間特異点は大艦隊が終結する以前の時空間に変異し、二度と出現しなかった。

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