十六 記憶混在

 二〇二八年、五月十七日、水曜、十八時(午後六時)前。

 R市上武デパートのラウンジに着いた。集まったのは見知った顔ばかりで中林早苗もいる。省吾は驚きを顔にださずに、見知った顔を見て会釈した。

 中林に関する記憶がはっきりしない。観察しよう・・・。

「ごめんね。主人が少し遅れるわ」

 高田京子がすまなそうに省吾と理恵を迎えた。理恵が京子にいう。

「気にしないでください」

「ありがとう・・・。

 お母さんたち。今日はアルコール抜きと話してあります。

 こっちが立原くんで、こっちが馬谷くん。二人とも大学院で田村くんの同期。私のちよっとした情報源なんです。田村君たち三人は、私の弟と工学部で同期だったんです」

 京子は母たちにほほえみ、馬谷と立原を紹介している。

「妻の理恵だ。こっちは母たち」

 省吾は立原と馬谷に、理恵と母たちを紹介した。

「やっと奥さんに会えた。噂どおり美人だね」

 立原と馬谷があいさつしている。


 省吾の記憶にある馬谷は、指導教授と不仲で、指導教授から逃れるために大学院修士課程二年の秋に修士課程を中退した。一年の春に、欧州旅行で知り合った飾り窓の女に心奪われたのが原因の一つだった・・・。

 省吾の記憶とちがい、現実の馬谷はいたって指導教授と折合いが良い。良好な信頼関係を築いて、それなりに学業を消化している。

 立原は毎週末、婚約者に会いに行っている。来春、修士課程終了後に婚姻予定だ。婚約者の他に、女の知りあいはいない・・・。

 俺の記憶では、立原は知りあいに年上の女性小学校教師がいてその女と婚姻した・・・。

 俺の記憶にある二人は、いずれも二人の未来だ。しかも、人間関係が現実とちがう・・・。現実の馬谷と立原の思いと意識と記憶の関係に違和感は感じられない。二人とも演技しているとは考えられない。この二人と、記憶にある二人は別人だ・・・。


「これは弟の亮。田村くんと親しいの。こっちが弟の奥さんの由美子さん」

 京子が小田亮と妻由美子、髪の長い長身で色白の美しい由美子を理恵に紹介している。

「小田亮です。高田京子の弟です。これは愛妻の由美子です」

 亮に愛妻と紹介されて、省吾や亮と大学で同期だった旧姓白木の由美子の頬がほんのりと赤い。否定しないところを見ると愛妻は事実らしい。

「由美子さん、理恵です。こちらが私の母。こちらが省吾の母です」

 理恵が自己紹介すると母たちがいう。

「よろしくね。皆様」

「こちらこそ、よろしくお願いします。

 噂してたのよ。田村くんの奥さんは、すっごく可愛くて、美人だって」

 由美子は小さくガッツポーズしてうれしそうだ。

 省吾はここに集まった者たちに理恵の事を話していなかった。もちろん理恵は誰にも会っていない。理恵と二人であいさつに行った俺の知りあいは、ここにいる者たちとは面識はない・・・。由美子は京子から理恵の事を聞いたのだろうか・・・。

「実物はどうですか?」

 理惠は由美子を見つめた。何をいわれるか、理恵は興味が湧いている。

「すっごくキュート!とても同じ年に思えない。抱きしめたくなっちゃうわ!」

 お世辞でなく、由美子は本当にそう思っている。

「それは、こまります~」

 私にその趣味はないんだ、と理恵の思いが伝わってくる。


「田村。しばらくだったな。結婚の連絡をくれないなんて、水臭いぞ」

 小田亮が目を細めてほほえんでいる。亮の何かが変だ・・・。

「ほんとうにすまない。婚約して一日で身内だけの結婚式をして入籍した。それからは二人の愛の世界に忙しくて、連絡できなかった。正式な披露宴はまだだ」

 皆、大学院修士課程の授業と実験の他に、理恵の仕事を手伝い、家庭教師と編入学試験の勉強に追われていた省吾を知っている。ジョークと思って笑ったが、省吾が理恵との愛の世界に忙しかったのは事実だ。


「立原と馬谷から聞いた。勤労学生に今度は父親が加わったんだって。おめでとう」

 亮は八重歯を見せて笑った。

「ありがとう。その後、どうしてる?おふくろさんは元気か?」

 亮の髪に白髪が見える。だいぶ苦労しているらしい。

 亮が遠くを見つめるようにいう。

「ああ元気だ。田村によろしく、といってた。最近、由美子とテニスをはじめた。若い時にやってんだ。うまいもんだよ」

 省吾は思いだした。省吾の記憶にある亮は近藤亮だ。京子の弟でなく医学部事務官近藤恵美子の弟の近藤亮だ。近藤亮は省吾に話さなかったが考えがあったらしく、五年かかって工学部を卒業し、三年ほど塾講師をした後、上武電気に入社した・・・。

 一方、今、省吾の前にいる小田亮に関する記憶の亮は、成績優秀で留年せずに工学部を卒業した。成績優秀なら当然だ・・・。大手の上武グループの上武電気に入社し、昨年秋、同期の白木由美子と結婚した。姉の京子が、急遽、上武デパートのラウンジを予約できたのも、亮の影響らしい・・・。人間関係も状況も記憶とちがってる・・・。


「今度、新工場建設の責任者になったよ。入社二年目で責任者なんて異例だ。管理職を若手に更新する試みなんだ。気が抜けないよ」

 亮は目を細めている。現状に満足しているようだ。

 省吾は亮の記憶を感じていう。

「そうだな。以前が以前だから、今度は失敗は許されないな・・・」

「田村、お前・・・。俺の事を知ってるのか?」

 途中から声を潜め、亮は真顔で省吾を見ている。省吾も声を潜めた。

「ああ、他人の思いを感じる。以前からだ・・・」


『昨年十一月十九日にソファーベッドから落ちてから、記憶がはっきりしない。記憶しているのは、おそらく、他時空間の過去だ』と話そうとしたら、

『省ちゃん。他人に過去を話しちゃだめだよ』

 と理惠が思いを伝えてきた。

『えっ、えっ~!驚いたな!理恵も思考で会話できるのか?』

『病院で京子さんにささやかれたら、徐々に人の考えがわかるようになったの。精神空間思考と呼ぶそうよ』

『高田京子もできるのか?』

『ささやきが聞こえる程度まで近づけばできるみたい。由美子さんもらしいよ』

『信じられない!他にその精神空間思考できるのはいないのか?』

『いないらしいよ。省ちゃんと私が精神空間思考できるのを、二人とも知ってたよ。

 理由は二人の時に説明するね。他人にじゃまされたくないの。

 この事は他人に話しちゃだめだよ。京子さん由美子さんにも話しちゃだめ』

『わかった。亮との会話をつづける』

『そうしてね』


「省ちゃん。何年ぶりかのように話してるけど、由美子さんに聞いたよ。去年の十月に由美子さんと亮さんが結婚した時、ほんとうに大騒ぎしたの?」

 理恵が省吾の腕を取った。亮も由美子に腕を取られ、二人が省吾と亮の話を中断している。

「そうだったな」

 亮と由美子がS市の結婚式場で挙式したのは、昨年の体育の日だ。披露宴をぶち壊さなかったが、同期生オンステージなどと称して大騒ぎし、披露宴を盛りあげた記憶がある。あれは自分の記憶とは思えない・・・。

『省ちゃんの記憶だよ・・・』

「いろいろ忙しくて披露宴を忘れたんだろう。以前とちがって、おたがい忙しいんだ。無理に思いださなくても、徐々に記憶がはっきりするさ」

 亮が目配せしている。

「そうだな」

 亮は、俺の過去が、記憶に現れた亮の過去と似た状況にあったといいたいらしい。そうなると、亮も他時空間からここに来たことになる・・・。


「理恵さん。こちらは中林早苗さん」

 京子が中林早苗を紹介した。京子には、省吾が修士課程を終えたあとも小田京子と友だちつきあいしていた記憶と、省吾が中林早苗と親しかった記憶がある。それらは、省吾が理恵に話した小田京子や、産婦人科の待合室で京子が語った、結婚前の小田京子とちがっている。

『ちがってていいの。あとで説明するから、今は話を合せてね』と理惠。

『わかった』と省吾。

「中林です。自慢の妹さんとお兄様から聞いてます。お母様。お久しぶりです」

 中林早苗は理恵にあいさつして、母の幸恵におじぎした。

「田村さんの紹介で横山さんとおつきあいしてます。横山さんが大学院一年の時、友人を通じて大学四年の田村さんに、学園祭で横山さんを私に紹介してほしいとお願いしたのがきっかけなの」

「あたしが説明するわ」

 幸恵は説明した。


 奨学金を支給に来た中林が理恵の兄横山譲を見初めて、木下真理子を通して省吾に、横山譲の紹介を依頼した。理恵の兄の譲はこの春、帝都大学大学院工学研究科修士課程化学工学系列合成化学工学系を修了して、帝都大学生体高分子研究所の研究員だ。

 中林を理惠の兄横山譲に紹介した当時の省吾は、大学院一年の山岸大を通じて、理恵の兄が修士課程修了後に生体高分子研究所へ勤務する事と、勤務から三年後に同大学院の博士課程を受験する事を聞かされていた。

 省吾に幸恵の思いが伝わってきた。

 学究肌の譲に会社経営は望めない。譲も理恵も譲一郎と前妻の子供で私が育てた。私に実子は無いが、私も家族も親族も現状に不満はないわ。血縁にこだわるより現実が大切なの。早く理恵を横山建設の社員にして経営を学ばせなければならないわ・・・。

『幸恵は自分の思いを知られても、俺が理恵に話さないと考えてる』

 省吾は理恵に、幸恵の思いを伝えた。

『だいじょうぶ。母と叔母が、横山建設の後継者に成れ、と話した時から、何となく気づいてた。省ちゃんが兄の事を話せなかったのもわかるから、気にしないで』

『すまない』


「その時、田村くんの紹介で、木下さんと伊藤くんもつきあいはじめたの」

 省吾の思いを察したように、京子が理恵に木下真理子と伊藤卓磨を紹介した。

 京子は木下真理子と伊藤卓磨の二人に面識は無かったはずだ・・・。


「私、木下真理子です。こちらは伊藤卓磨です。田村さんにいろいろお世話になってます。

 やっと理恵さんに会えました。お姉さまって呼んでいいですか?」

 木下真理子と伊藤卓磨が笑顔で理恵と母たちにあいさつしている。

「えっ?いいわよ。ねっ、あなた」

 理恵が省吾の同意を求めている。

「ああ、いいよ。理恵をよろしく、真理ちゃん、卓磨」

「はい、わかりました」

 笑顔で答える木下真理子と伊藤卓磨を見ていると、省吾は背後から軽く肩を叩かれてふりかえった。

「田村くん、理恵さん。主人を紹介するわ」

 京子の横にアフロヘアのような天然パーマの小柄な高田浩介がいた。


 以前、省吾と高田は学生寮に住んでいた。省吾は工学部一年で小田京子は看護学科の三年、高田は医学部三年だった。高田は省吾より四歳上、小田京子より二歳上だった。小田京子と同じ背丈で剣道をやっていた。温和な性格で芯は強い。彼は白木由美子に関心があったが、長身な白木由美子を気にして告白しなかったような気がする。

「久しぶりだな、田村。理恵さん、高田です」

 高田浩介が省吾と理恵に握手を求めた。

「学生寮以来だね?」

 省吾は高田と握手した。

 同時に高田の手から省吾に高田の思いが伝わってきた。


 大学病院勤務の二年間は只働き同然だった。昨年春からここに勤務してる・・・。平日の勤務に加え、急患が来ればいつでも呼びだされて病院に駆けつける。勤務時間の合間に病理学の論文を作成して医学学会へ提出。そんな生活が医学部をでてからつづいてる・・・。医師として長年の経験があるのに、まだ立場は半人前あつかいだ。病院組織の中で何事も早く進まない現状にいらだつ・・・。

 京子との生活は心が和む。京子とともにいると何でも彼女に話してしまう。自分の思いを隠しておけない。そうする事で心が安定する自分がわかる。可能な限りいつも京子とともにいよう。いつも彼女の心と身体に触れていよう・・・。

 高田は医学部をでて四年目なのに医学知識が豊富だ。優れた医師だから大学病院勤務二年でここの勤務医になれたのか?


「そう、五年ぶりだ。大学病院に二年いて、昨年からこっちだよ。義弟の亮と同じで、異例の抜擢人事さ」

 高田は理恵と握手して、亮と由美子を見ている。

「お久しぶりです」

 由美子が高田にあいさつした。

「結婚式以来だね」

「ええ、そうね。京子さんから聞いてるわ。忙しそうね」

「ああ、休みなしだよ」

 高田は母たちと亮と話しはじめた。由美子は京子を交えて、立原や馬谷、中林、木下、伊藤と話している。


「省ちゃん、お腹すいた」

 理恵がビュッフェへ省吾の腕を引いた。

「何を食べる?」

 省吾は理恵とともにビュッフェへ歩いた。ビュッフェはオーダもできる。

「肉が多いね・・・。鮭のムニエルと、ホタテの野菜炒めと牡蠣フライ、それから野菜サラダ。多めに取ってね・・・。白身魚のフライも」

 理恵はガラスケースの向こうにいる係員に注文した。ずいぶんの量だ。驚いている省吾を見て、あなたと私と子供の三人分だよ、と理恵は笑顔で説明する。

「それなら、その魚も頼むよ」

「鯵の南蛮漬けだよ」

 と理恵が南蛮漬けを説明する。


「南蛮漬けですね。お肉もいかがですか?ローストビーフなども」

 係員が肉料理を勧める。

「体質で、二人とも肉を食べない。アレルギーに近いんだ」

「それは大変ですね。それなら、マグロのマリネはいかがですか?」

「二人前お願いします」

 といって理恵が目を輝かせている。

「わかりました」

 理恵の表情に係員も笑顔だ。


「おいしそうね!」

 京子と由美子が近寄った。

「でも、食べすぎちゃだめよ。いつもの量にするの。それでも気づかないうちに食べる量が増えるわ」

 京子は理恵にほほえんでいる。省吾は注文した料理を二つの皿に取り分けた。

 京子と由美子が妊娠した妻に話すのを、以前どこかで見た記憶がある。思いだせない・・・。

 母たちは料理と若い男たちに夢中だ。



 二時間ほどがすぎた。互いの連絡先を交換して、顔合せの食事会はお開きになった。

「母さんたち、今日はありがとう。疲れただろう?こっちに泊まるんだろう?」

 帰りの車中で、省吾は、疲れた様子の母たちが別荘に泊まるのを望んだ。

「お母さんたち、お腹空かない?帰ったら何か作るよ」

 理恵が省吾の背後の席から、助手席の母幸恵と、後部席の理恵の隣に座る省吾の母沙織にそういった。

「私たちはたくさん食べたわ。あなたたちは話しこんでたけど、食べたの?」

 母たちはよく食べて、よく話し、省吾と理恵と集まった者たちをよく観察していた。

「食べたよ。省ちゃんはちょっと少ないかな?ね、省ちゃん?」

「少しね・・・。だけど、油物を食べすぎたみたいだ」


 胃の調子が良くない。息苦しい。この体調変化は何だ?食べたのは、鮭のムニエル、ホタテの野菜炒め、牡蠣フライ、野菜サラダ、白身魚のフライ、鯵の南蛮漬け、マグロのマリネだ・・・。

 フロントガラス越しに流れゆく車道を見ながら省吾は、牡蠣の蛋白質と遺伝子組換え小麦蛋白質でひどいアレルギー症状を起こした、三十代を思いだした。

『うわっ、大変だ!すぐ病院へ行かなくっちゃ!』

『どうしたの?』


「理恵、みんなも聞いて・・・」

 省吾は説明する。

 省吾は牡蠣の蛋白質がアレルゲンなのを忘れて牡蠣を食べていた。今、息苦しさが増して、胃と腸が格闘しはじめている。いずれアナフラキシーショックを起こす。

 もうすぐ家だ。着いたら救急車を呼んで病院へ行かねばならない。時間をみて俺の母に病院に来てもらい、理恵は家にいてもらおう。理恵の母は理恵といっしょに家にいてもらおう・・・。


「そんなのないよ!」

「心配するな。子供のためだ。明日一日、かかっても二日で退院だ。

 大学と家庭教師先に連絡しておいてほしい」

 省吾はあわてずにそういった。

「わかった・・・」

『記憶がはっきりしない事を他人に話しちゃだめだよ。あとで私が説明するから』

 理恵が精神空間思考で伝えてきた。

「母さんは病院から、俺の様態を理恵たちに連絡してくれ」

「わかったわ」

 と省吾の母。


 省吾は理恵に訊いた。

『どういう事?今、説明できないか?』

『わかったわ。他人に話したらだめだよ』

『わかりました』


『私とあなたの精神と意識は、他の時空間から移動して、この時空間の身体に入りこんだの。私は二十年前に、あなたは去年十一月に。

 だから、あなたには他時空間の過去の記憶と、身体が記憶したこの時空間の記憶が混在してる。そして一時的記憶喪失が加わった。

 ああ心配ないよ。この時空間の身体にいた意識は他の平行時空間の身体へ、その平行時空間の身体にいた意識は、さらに他の時空間の身体へ、ドミノ倒しのように平行時空間を連鎖的に移動したわ。移動するたびに変化は緩慢になって、最終的にゼロへ収束したから』

『なぜ、そうなった?』


『私には、有史前に外宇宙から来た精神生命体ニオブのアーマー階級マリオンが精神共棲してる。あなたの祖先にはアーマー階級が精神共棲してた・・・。

 人類にニオブが精神共棲した結果、人類はここまで進化発展した。しかしその間、ニオブのクラリック階級が政治経済の主たる人物に意識内進入して人類を支配しようとした。

 アーマー階級はクラリック階級のディーコン位やポーン階級のシチズン位やコモン位とともに、クラリック階級に支配されぬよう戦ってきた。

 いずれの戦いもニオブが直接人類世界に現れぬように行ったため、ニオブの存在は人類に知られなかった。

 あなたと私とマリオンは、アーマー階級たちとともに、人類支配をもくろむクラリック階級アーク位の主席アークと、それに従うクラリック階級の下位を他時空間に幽閉した。そして、東南アジア・オセアニア国家連邦、ヨーロッパ連邦、北コロンビア連邦、南コロンビア連邦の四連邦を成立させて世界統一をめざし、連邦化していないアフリカとアジア諸国の民主化を進めた。

 だけど、人類支配をもくろむクラリックの次席アーク・ルキエフの一派が、精神共棲による人類支配だけでなく、人体クローンや移植用クローン組織を造って人類支配を画策し、私たちを宇宙艦で奇襲攻撃した。回避のため、私たちはこの時空間へ避難させられた。

 S渓谷は吊り橋の辺りが時空間転移を可能にする亜空間が出現する時空間特異点なの。あらゆる平行時空間で、クラリックの攻撃艦は、あそこから現れる。クラリックがいる時空間から、あそこははっきり見えている。私たちがこの時空間にいる事をクラリックに知られてはならないの。

 これらの事は京子さんにささやかれてから思いだしたの。それまでに私が記憶していたのは、この時空間で過ごした二十年間と、理由もわからずに、いつ現れるかわからないあなたを待つ事だけだったけど、あなたに出会ってから、ぼんやりと少しずつ、以前あなたとともにいた時空間の記憶が蘇ってる』

『すまない。憶えてないんだ。何があったか理解できない。いずれわかると思う。

 救急車を呼んでくれ。呼吸しにくくなってきた・・・』

 家に着いた。車を駐車場へ入れて、省吾はすぐさま家に駆けこみトイレに入った。

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