二 女出現

 その頃。

 ドラゴ渓谷にあるネイティブ居留区から、重武装した四人が、光学迷彩した人影の陽炎を追ってコンラッドシティへ移動した。

 市街地に入った四人は何度も陽炎に粒子銃を放つが、粒子ビームパルスが標的に達したとき、すでにそこには陽炎はいない。

 陽炎を探し、四人の注意がそれた瞬間、モノポーラの斬撃が走り、二人の首が閃光を放って刎ねられ、ヘルメットを被った頭が二つ宙を飛んだ。

 残り二人が粒子銃を放つが、粒子ビームパルスは首のない男の身体を貫いただけだった。


 二人の男はバトルアーマーの胸と腕の装置に手を触れ、持っている粒子銃のパーツをモノポーラの剣に交換した。同時に、男たちへモノポーラの斬撃が走った。一人の男は両腕を斬り飛ばされたが、もう一人はかろうじて身をかわし、いっきにモノポーラを水平に走らせて反撃した。

 一瞬に陽炎が後方へ飛び退いた。だが、着地の足場が悪かったのか、陽炎が足をすくわれるように後方へ倒れて、石造りの建物の壁に全身を打ち、手からモノポーラを落して動けなくなった。

「さあ、楽になれ。意識と精神のバックアップにしてやる。ダビドとともにいるがいい」

 男はそう言って陽炎に近づきモノポーラの剣をむけた。と同時に、

『グリップを握れ!モノポーラにしろ!』

 と陽炎の意識に声が響き、陽炎が手にしたもう一つのグリップからモノポーラが男のヘルメットごと頭を突きぬけていた。

 アッキ、助かった・・・。

 陽炎の意識が遠のいた。



 戸外の物音でバスコは目覚めた。まだ真夜だ。こんな夜中に誰が騒いでいる?仕事がら武器はそろっている。バスコは武装して戸外に出た。

 外に誰もいなかった。そう思って家にもどろうとすると家の横が何かちがっている。

 人がいる!

 近寄ったバスコはそれが若い女とわかった。女の前には男が倒れ、その横と、さらにその先に、首のない二人が倒れていた。二人の頭はすぐ近くに転がっていた。二人とも胸に粒子ビームパルスを浴びた痕があり、もう一人は両腕がなく、女の前の男は頭に穴があいている。この女が四人を倒したのだろうか?バスコは女を見つめた。


 バスコは男たちを調べた。バトルスーツの上に武器を装備したバトルアーマーを身に着け、驚いたことに男たちの腕は甲殻類の腕のような甲羅でおおわれ、腕には見たことのない装備がはまり、その先の甲羅に包まれた手には三本の指しかなかった。

 こいつらはなんだ?これでもヒューマ(人類の子孫・ヒューマン)か?このままにしておけば俺が調べられる。女を保護するより、こいつらの処分が先だ。

 バスコは男たちを搬送エアーヴィークルに乗せて街外れのドラゴ渓谷へ運び、人目につかない断崖の岩陰に男たちを武器とともに置いてきた。


 家にもどると女はいなかった。あれはヒューマの女だ。気がついてどこかへ逃れたのだろう。無事に逃げてくれればいいが・・・。重装備のあの四人を倒した女だ。きっと逃げのびるだろう・・・。

 バスコはヒューマと思えない男たちを思いだし、女が男たちに襲われたのを確信した。もしかしたら、皮を剥がそうとして女を襲った四人が返り討ちにあって、女に抹殺されたのかも知れない・・・。

 少なくとも俺はヒューマの味方だ。ヒューマでありながらこの街のヒューマを目の敵にするメサイア・ゴメス監督官とはちがう・・・。

 そんなことを考えながら搬送エアーヴィークルを岩窟住居の格納庫に入れ、バスコは岩窟住居のドアハッチのロックを生体認証で解除しようとした。

 ロックは解除していた。警戒したバスコは音をたてぬよう身体をエアー洗浄せずに静かにドアハッチを開いて岩窟住居へ入った。


 ドアハッチのロックを内側から見ると、わずかな焦げ痕がある。回路が焼き切られたらしい。内部の照明は外へ出たときのまま点いている。バスコはドアハッチの焦げ痕を拭きとって焼けた部品を交換してロックし、部屋を見わたした。窓の隔壁は全て閉じられ照明は外にもれていない。あの女は外から中を見ていないはずだ。

 事務所と応接を兼ねた一階を見わたすが誰もいない。フロアを見たバスコは外の塵が残っているのに気づいた。


 バスコの住居は核シェルターのような岩窟住居だ。外出から帰ると、ドアハッチ外で外部の塵をエアー洗浄し、ドアハッチを入った中でふたたびエアー洗浄吸引して室内に塵を持ちこまない。

 しかし、今、フロアに靴底のような形に塵が付着している。ドアハッチのロックを破壊してあの女が室内に入った証だ。地階の作業場に女がいるとは思えない・・・。

 バスコは階段を見た。塵がある。女は二階だ。バスコは静かに二階へ階段を登った。


 二階のリビングにもダイニングキッチンにも女はいなかった。寝室のドアを開くと女はパスコのベッドに倒れていた。女をそのままにしてバスコは隣室のゲストルームへ行き、ベッドに入った。

 しばらくバスコは眠れなかった。女が目覚めたら、女の素性やあの男たちが何者か聞こうと思い、バスコはあることを準備してから眠った。



 翌朝、〇六〇〇時。

 いつもの時間に目覚めた。顔を洗い、朝食を準備し、リビングの壁にある報道専用モニターをオンにする。

「本日未明、〇一〇〇時。

 ドラゴ渓谷、ホワイトバレーのサンライズトンネルを抜けたサフガルド橋付近で、遺体が無い衣類を着た状態の全身の皮膚が発見されました。

 また、この事件を捜査していた検視隊の隊員が、衣類を着た状態の全身の皮膚を残したまま、突然、検視隊員たちの前から失踪しました。これで皮剥事件は十七件になりました。

 コンラッドシティ監視監督本部当局は、この十七件の他にも失踪したまま発見されていない被害者がいるとコメントし、事件解決にあたっています。そして、

『十七件の被害者はいずれも二十七歳前後の女性、中肉中背。見た目にわからない程度の肥満で健康な女性だ。

 二十代から三十代の女性は日没後、外出を禁ずる』

 と緊急発表しました・・・・」


 皮剥事件の他に、あの異様な腕を持つ男たちの報道がないか・・・。バスコは報道検索したがニューコンラッドシティの行政関係ばかりだった。やはり、あの男たちはあの女を襲って皮を剥ぎ、中身だけを奪おうとしていたのではあるまいか・・・。

 そう思いながらコーヒーを飲んだが味がわからない。スクランブルエッグをフォークで口にいれて、バスコは食欲が失せている自分に気づいた。皮剥事件を考えすぎか・・・。


 報道専用モニターからドアチャイムが響いた。同時に寝室のドアがあき、あの女が驚いた顔でリビングに現れた。

「シーッ。話をあわせろ・・・」

 バスコは唇に人差指をあて、女に、寝室にもどってシャワーを浴びるよう、仕草で示した。女はバスコの意を解して寝室にもどった。わずかに聞えるシャワーの音を確認し、バスコはドアハッチの外部モニターをオンにした。報道専用モニターが外部映像に変った。


「バスコ。私だ。昨夜から朝にかけて、なにか気づいたことはないか?」

 モニターに映ったのはコンラッドシティの監督官、メサイア・ゴメスだった。

「この区画で何かあっても俺にはわからん。報道されてる皮剥事件のことか?」

 バスコがそう言っていると、

「バスコ。どうしたの?」

 濡れた髪にバスタオルを巻き、バスローブに身を包んだ女が寝室から出てきた。

「何かあったとしても、マリーと寝てたから気づかなかったな」

 女が、そう言うバスコを背後から抱きしめた。女の少し垂れ目の長いまつげに縁取られた大きな碧眼がモニターを見ている。

「中にいれてくれ。バスコの言葉を信じるが、内部に誰か潜んでいるかも知れない。一応、捜査させてくれ」

「どうぞ・・・」

 バスコは岩窟住居の管理電脳意識・クピに指示してドアハッチの内部ロックを解除し、女をダイニングテーブルに着かせ、用意していたコーヒーとスクランブルエッグをテーブルに置いた。


「バスコ!二階へあがるぞ!監視隊員に地下と一階を捜査させてる」

 メサイア・ゴメス監督官が二階リビングに現れた。ダイニングテーブルに着いているバスコと女を見ている。

「皮剥事件で、何かあったのか?」

 バスコは監督官をテーブルに着かせ、コーヒーとスクランブルエッグを監督官の前に置いた。

「いや、まだ無い。モアの卵か・・・。恋人か?」

 監督官はバスコの質問に答えず、コーヒーを飲んでフォークでスクランブルエッグを口にいれた。

「妻のマリーだ。ネイティブ居留区の、俺の遠縁だ」

 バスコはそう嘘を言って女の手を握った。バスコがマリーに会ったのは今日未明だ。いつ用意したのか、女の指にある指輪と同じ指輪がバスコの指にある。

「美人だな。美男に美女か・・・」

 メサイア・ゴメス監督官は小柄でやせている。頬骨の張った顔に、上をむいた細い鼻があり、つり上がった目をしている。二十七歳前後の女だが、中肉中背の見た目にわからない小太りぎみで健康なヒューマとはおおちがいだ。


 監督官の耳の後ろに貼ってあるバッチ型通信機に連絡が入った。同時に、バスコの部屋着のポケットに入っているスカウターが微弱電流の緊急信号を伝えた。

「バスコ。捜査完了だ。じゃましたな。何かあったら、知らせてくれ。

 マリー。こいつはいい男だ。大事にしてもらえ・・・」

 監督官はそう言って椅子から立ちあがった。



 壁の報道専用モニターに、家から離れるPV(パトロールエアーヴィークル)が映った。バスコはマリーの耳もとに口をよせ、

「監視隊が盗撮器をしかけたはずだ。話をあわせろ」

 と告げた。マリーはバスコの目を見てにっこり笑いうなずいた。

「今日はのんびりしよう」

「そうね。昨夜はがんばりすぎたから・・・」

「もう少し、寝るか」

「そうするわ・・・」

 マリーとバスコは朝食をすませて寝室に入った。

 寝室でスカウターを見ると、地下に二個、一階に二個、二階のダイニングテーブルに一個、外部送信する物体が小さな赤いポイントで表示されている。バスコは室内空間へ手を伸ばしてバーチャルコンソールを操作した。

 寝室は盗撮盗聴防止の位相反転シールドに包まれた。バスコは位相反転シールドを多重位相反転シールドに強化して、岩窟住居の管理電脳意識・クピが合成した、ベッドで寝るバスコとマリーの仮想3D映像を寝室の多重位相反転シールド外に投映した。


 多重位相反転シールドに保護された寝室で、バスコはバトルスーツを着てロドニュウム装甲のバトルアーマーを身に着けた。マリーもバトルスーツを着ている。

「アーマーは無いのか?」

「これだけだ・・・」

 マリーは剣のグリップ二つとナイフのグリップ二つを見せた。仕事がら、バスコはそれが光学兵器だとわかった。

「これを着けろ。電脳意識が搭載されてる。意志疎通はスカウターを通じてできる。

 これから祖父に会いにゆく。俺につかまれ」

 バスコはバトルスーツを身に着けたマリーとともに暖炉の前に立った。マリーはバスコに抱きついた。バスコは暖炉の石を捻った。同時に暖炉とそのまわりの空間が一瞬に変化して別の部屋の暖炉に変った。


「やあ、バスコ。どうした?」

 白髪を短く刈りこんだ高身長のバスコに似に男が、読んでいる本を置いて居間のソファーから声をかけた。膝にいる中型犬がバスコとマリーを見て尻尾をふっている。

「祖父ちゃん、説明はあとだ。監督官が来たか?」

 バスコはマリーとともに祖父に近よった。

「まだ来ておらんぞ」

「マリーは俺の妻だとメサイア・ゴメス監督官に話した。このマリーは得体の知れないヤツラとメサイア・ゴメス監督官に追われてる。祖父ちゃんの遠縁だと監督官に話しておいた。身元調査に来るはずだ。話をあわせてくれ」


「わかった。我らネイティブは、代々ID認証を拒否して持っとらんからのう。だいたい、勝手に我らの土地に侵略して、我々に行政を強要するからいかんのじゃ。

 ああ、よけいなことを話してすまぬな。

 マリーはわしの叔母の孫じゃよ。わかっておるさ。今、叔母にも従妹にもそのことを伝えたぞ。いずれおちついたら会ってやれ。

 さあ、行くがよい。もうすぐ奴らが来る・・・。

 皮剥事件が多発しとる。マリー。日没後は出歩いてはならぬよ」

「わかったわ。祖父ちゃん」

 マリーも話をあわせている。

「さあ、行くがよい」

 バスコの祖父はマリーとバスコを暖炉の前に立たせた。

 バスコは礼を言って暖炉の石を捻った。同時にバスコとマリーは多重位相反転シールドされたバスコの寝室にもどった。

 

 バトルスーツを脱いで部屋着に着換えた。マリーもバトルスーツを脱いでバスローブに着換えている。

「これを着ればいい。母の形見だ。バトルスーツと同じ自動洗浄だ」

 バスコはマリーに、バトルスーツのように脚にぴったりしたパンツと、ネット状の下着上下、肩と手首と腰がしぼれたゆったりしたブラウスと、その上に着る腰のしぼれた、アーマーのような多機能ベストを渡した。マリーはバスコを気にせずその場で全て着換えた。

「この寝室は監視されてない。安心していい」

 バスコがそう言うあいだに、マリーはバスコをベッドに押し倒し、抱きついたまま眠っていた。マリーはひどく疲れているらしい。無理はない。あの得たいの知れぬ重武装した四人を倒したマリーだ。いったいマリーは何者だ?

 そう思っているとマリーが目をあけた。柔らかな薄茶の長い巻き毛がマリーの顔と首筋をおおっている。その中から、少し垂れ目の長いまつげに縁取られた大きな碧眼がバスコに微笑んで目を閉じた。

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