十一 飛行艇の記録、宇宙盗賊

 静止軌道上の巨大な車輪に似た宇宙ステーションの全機能が突然停止した。宇宙ステーションは位相反転シールドを張れぬまま回転を停止し、内部は無重力状態になった。宇宙ステーション内の固定されていない物が空間に浮遊した。

 宇宙ステーションの回転軸に、小惑星の外観を偽装した巨大な小惑星型宇宙船が接艦した。


 小惑星型宇宙船から巨大円筒が延びて先端のダイアフラムが開き、宇宙ステーションの軸を包みこんでダイアフラムが閉じた。さらに円筒内部からダイアフラムが延びて宇宙ステーションの接艦用エアロックのハッチを切断し、内部の空気を吸いとりはじめた。

 宇宙ステーションは全機能が停止している。区画ごとのエアーロックが機能しないばかりか宇宙ステーションクルーの気密防護バトルスーツも機能しない。空気が抜かれると同時にクルーは窒息死し、宇宙ステーション内の浮遊している物が空気とともに小惑星型宇宙船に吸引されていった。


 宇宙ステーションの空気と浮遊していた物がクルーとともに小惑星型宇宙船に吸引されると、処理官とアイネクが気密防護バトルスーツに身を包んで宇宙ステーションに入り、格納された動植物、気体、液体、排泄物にいたるまで、宇宙ステーションの構成部分を除く、全ての物質と、エネルギー変換機を小惑星型宇宙船にスキップ転送した。

 一時間ほどすると小惑星型宇宙船が宇宙ステーションを離れた。宇宙ステーションは回転を停止したまま静止軌道にいる。



 スカウターから記録3D映像が消えた。

「ヒューマも、空気とエネルギー変換機も、水も空気も、動植物も、土も、うんちも、全部盗まれたよ。ステーションにこの略奪の記録は残ってないよ。管理してる電脳空間の記憶が消されたんだ」

「他の宇宙で盗賊したアイネクが、どうしてこの惑星イオスの衛星軌道にいるの?」

 マリーは驚いた。なんだか納得ゆかない。

「惑星イオスの電磁波探査では、アイネクの宇宙船は見つからないよ。惑星イオスにヒューマがたくさんいるからだよ。

 アイネクは今まで、いろんな宇宙で略奪してるよ・・・」

 クピは説明する。


 この小惑星型宇宙船内に存在する元素の量はかぎられている。有機物質の原料となる各元素の総量が増えないかぎり、合成される有機体の総量に限度があり、小惑星型宇宙船内で一つの種が増えると、他の有機体が減少する。

 他の有機体を減らすことなく一つの種が増加するために、有機物質の原料となる各元素の総量を増やさねばならない。

 このことを理解しているアイネクは、宇宙空間に存在するヒューマの施設を襲い、排泄物から土、動植物など生命体、気体や液体など有機体の原料となるあらゆる物を奪う。アイネクにとってヒューマはアイネクを培う単なる有機原料にすぎない。捕獲されたヒューマは捕食されて排泄され、分解されて有機原料にされる。

 アイネクは小惑星型宇宙船を巨大化するために、宇宙船や宇宙ステーションの構造材料も奪う。奪うたびに小惑星型宇宙船を増築巨大化し、小惑星型宇宙船の中で、アイネクの子孫は奪った有機物質に見合う数に増加する。


「アイネクが略奪に使うスキップはどんな物も可能なの?」

「個体や液体は可能だよ。気体は無理みたい・・・」

「どうやってスキップさせたの?」

「転送する物の近くでスキップドライブを操作するの。

 女の検視官のときはステルス状態の飛行艇だったよ。あの宇宙ステーションでは、スキップさせる物のそばで、処理官とアイネクが腕のスキップドライブを使ったよ」


 バスコがクピに言う。

「宇宙船を破壊する弱点はないか?ファイルの管理者が誰かわからないか?」

「調べるね」

 クピがコクピットのコンソールと自身のバーチャルコンソールを操作した。

 バスコとマリーのスカウターに小惑星型宇宙船内部構造の3D映像が現れた。

「この宇宙船の構造だよ。ここが司令室だよ」

 小惑星型宇宙船の内部構造が拡大した。そこは惑星イオスにむけた小惑星型宇宙船の表面付近だ。

「ドライブはどこにある?」

「低温核融合ドライブと、スキップドライブが宇宙船の表面近くにたくさんあるよ。

 低温核融合ドライブの燃料は気体やウンチや植物などの軽い原子だよ」

 小惑星型宇宙船は直径十キロレルグ。移動するのに方向転換などしない。移動先と反対側の低温核融合ドライブを駆動するだけだ。


「この飛行艇のスキップドライブで、小天体や粒子ビームパルスのエネルギーを、宇宙船の低温核融合ドライブに転送して破壊するのは可能か?」

「それは不可能だよ。理由はね・・・」

 敵対していたアイネクからの攻撃を想定し、アイネクの小惑星型宇宙船は低温核融合ドライブとスキップドライブを強固に多重位相反転シールドしている。

 さらに、乗っ取ったこの飛行艇が自身より大きな質量の物質をスキップさせるのは、飛行艇の質量の五倍までだ。それ以上は相対スキップ斥力が働き、飛行艇自身がターゲットへスキップする。


「アイネクの生息地は小惑星型宇宙船だけなの?」

 マリーがクピを見つめた。

「故郷の母星はあるけど、故郷で動植物を育成してるアイネクとは敵対してるみたい」

 クピは飛行艇の記録から、小惑星型宇宙船が略奪して大きくなる前の、球体型宇宙戦艦だったころを説明した。

 当初のアイネクの宇宙船は直径五百レルグ(約五百メートル)ほどの球体型宇宙戦艦だった。アイネクの母星の政府と政治的に対立したケルタ・ボーマン艦長は、球体型宇宙戦艦に兵士や技術者、科学者など数十匹のアイネクを乗せたまま宇宙放浪の異星体になった。

 アイネクの社会は蟻や蜂のような社会だ。宇宙放浪の民となったアイネクは、球体型宇宙戦艦内で生き延びてアイネクを増やすため、ボーマン艦長の指示のもと、宇宙盗賊をくりかえし、他宇宙のヒューマから各種の資源を奪い、艦体を外部へ増築してアイネクの数を増やした。その結果、宇宙戦艦は小惑星型規模の宇宙船へと変化した。


「艦長を探そう。艦長が指示系統のトップだ」

 いったいアイネクは何年生きるのだ?

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