八 偵察艦
二〇二七年。十一月二十四日、水曜、晴れ。
月曜の大槻さんの娘たち中二の智子と小五の泰江の家庭教師と、火曜の新垣さんの息子たち小五の徹と小一の明の家庭教師は、これまでと同じに行った。省吾が話さなかったため子供たちはあえて省吾の結婚に触れなかった。省吾と理恵の結婚祝いの食事会で、理恵が紹介されるのを待っている様子だった。
十一月二十二日、水曜、夕方。
新垣家を訪れた。柴犬の子犬が尻尾をふって出迎えた。
「あら珍しい!来る人皆に吠えつくのに、田村さんたちには愛嬌をふりまいてるわ!
犬も人柄がわかるのね~」
新垣和子さんは目を細めて、子犬を撫でる理恵を見ている。
「妻の理恵です。
こちらが新垣亨さんと徹くんと明くん。
これ、前回と同じ、といっても種類がちがいます。奥さんにウイスキー、新垣さんと子供たちにはケーキ。我々はビール。これは実家からです」
座敷で新垣亨さんと子供たちに理恵を紹介し、買い求めた品と母たちが実家から持たせた手土産を渡した。
「理恵先生、英語をよろしくお願いします!」
子供たち二人は理恵を一目で気に入ったらしく、愛嬌をふりまく子犬のように、笑顔で頬を赤く染めている。
「こちらこそよろしくお願いします」と理恵。
「田村さん、かわいい奥さんを大切にしてください。家庭が一番ですよ」
新垣亨さんは目を細め、目尻を下げている。
「三年目の浮気というくらい、三年もすると、互いに慣れっこになり、浮気心がでてくるから、いつまでも新鮮さを無くさないようにしませんと」
「もお、何をいってるんですか。結婚したばかりなのに!
この人なんか、結婚して一週間もしないうちにラブレターを書いたりして・・・。私にじゃないのよ。他の女に。それを机の上にだしっぱなしにしてたんですよ・・・。
あらっ?子どもの前でこんな話、いけないわね。
ああ、理恵さん、手伝ってくださいな。田村さん、あなた!皆で運んでちょうだいね!」
新垣和子さんは台所へ行き、皿と箸と料理、グラスを座敷の座卓へ運びはじめた。
「二人が来る前にだしておいても良かったけど、二人が来てから、皆で用意した方がいいなと思ったの。ねっ、理恵さん!」
和子さんは笑顔で理恵を見た。皆に指示しながら、理恵が子供たちと話せるように運ぶ物を指示している。
「そうですね。共同作業で、気持ちが通じますね!」
理恵は和子さんの気持ちを理解している。
食事しながら、理恵は新垣さん夫婦や子供たちと、学校のことや友だち、流行っている遊びなどを話して、なごやかな時間がすぎた。省吾は理恵の話に相槌を打つだけだった。
食後。
皆でかたづけて結婚指輪を決め、二十二時前に、今夜のお礼を述べて新垣さんの家をでた。
「気さくな人たちだね」
理恵が省吾の左腕を抱きしめた。星空の下、帝都大学工学部の東へつづく旧国道の歩道を歩いている。夜空を見あげても飛行体は見えない。
「大槻さんも話してたように、縁ある人たちは大切にしないといけないね」
理惠は省吾の本質を知っている口振りだ。
「わかってる・・・。理恵は、なぜそう考える?」
省吾は歩道の先を見たままそう話した。
「人はたくさんいるけど、親しくなれる良い人は、ごくわずかだから・・・」
「そうだな・・・」
理恵は一人しかいない。
「どうしたの?」
理恵が省吾の顔をのぞきこんでいる。
「理恵は一人しかいないと思ったんだ」
「うん・・・。早く帰ろ・・・。マーマレードと、お風呂、したいな」
理恵は恥ずかしそうに歩道を見つめた。
「ああ、いいよ」
「よ~し」
理恵が歩調を速めた。
「毎晩、いいのか?」
「新婚だもの、うふふ」
やはり、理恵と何年も暮らしてきた気がする・・・。
『そうだ、何年も、ともに生活している・・・』
省吾の思考を肯定するように、頭上から思考が降ってきた。
これは意志圧力だ。意識思考記憶探査システムのひとつだ・・・。
うっ?こんな知識はなかったはずだ・・・。
省吾は星空を見あげた。星空の一部が満月数個分の大きさで円盤状に消えている。
「あれを見て!星が消えてる!」
「なに?」
理恵は省吾が指さす空を見た。
「星は見えるよ」
「円盤状に星が消えてるじゃないか」
「ああ、偵察艦ね。低空飛行してるね。何か偵察してるんだ」
星空を大きな輝点が南西から北東へゆっくり移動している。
省吾は、
「真上に降りてきてたんだ。急上昇した。意識思考記憶管理する気だったらしい」
と話そうと思ったが、意識思考記憶管理が何かわからないので、何も話さなかった。
理恵には、超低空飛行する飛行体が見えていないのかもしれない。今はあわてず、おちついて観察しなければいけない・・・。
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