第9話 ヤマトの大切なもの

「…………」 ガシガシ!



 水曜日の朝、ヤマトは眠そうにボサボサの髪をガシガシと掻いた。

時計が時計の役目を全く全うせず、苛々しているのだ。



「……体内時計頼りとかウケんだけど。」



『まったく面白くない』と思いながら朝の仕度を済ませると、ふと窓の外から独特な香りが入ってきて、つい窓辺に歩み顔を出した。

 するとすぐ下の通りを、制服が煙草を吸いながら歩いていた。

思わず『おお!』…と思い、その後ろ姿をじーっと見つめた。



「…やっぱスゲーな制服。

煙草なんて高級品も高級品なのに。」



 辺りは今日もボンヤリと晴れている。

こんな天気は日が下がるまで続き、朝になればまたこのボンヤリとした晴れが来るだけ。

そんな天気は繰り返す日常感を倍増させた。



「……はあ~。なんか面白い事起きねえかなあ!」



『なーんてなっ?』…とヤマトは鏡の前に立ち自分の姿を確認した。

オルカよりは少しだけ高いが、やはり低い身長は167センチ程。

髪は染めてもないのに茶髪。…瞳も茶色。



「だから『兄弟?』って聞かれんだよなっ?」



 目はヤマトの方がタレ目だが、同じ茶×茶の配色は嫌でも周りにそう思わせた。

まあ、同じ孤児院で育っているのであながち間違いでもないが、オルカの元々の配色を知っているヤマトとしては、なんだか笑える勘違いだ。

 だが『兄弟?』と聞かれてもし否定するとしても、オルカの元々の見た目を語る事は絶対になかった。

何故なら、シスターが口酸っぱくオルカ以外の全員に言い聞かせたからだ。



『オルカの髪と瞳の事は誰にも言っては駄目よ。

…プライベートなことなんだから、彼の許可なく他人に言うのは間違っているわ。』



「………プライベートなこと。 …ねえ?」



 ヤマトは本当は、違和感を感じていた。

いや、きっとそれはヤマトだけではないだろう。

あの孤児院に居た兄弟皆が、きっと抱いている。

『オルカは特別なのだ』と。

 シスターが特別とハッキリ告げた事はない。

だがオルカ一人だけ外に出られない、そんな時間に外ではこんな話をされていた。


『もし外の人が『オルカは居ますか?』と訊いてきたら、『知りません』…て答えなさい。』


この教育は徹底されていた。

何故だろう?と疑問を抱くより先に刷り込まれたに近いだろう。

孤児院を出たヤマトでさえ、今でも『オルカのことは他言無用』『見た目は門外不出』と徹底しているのだから。



「『おっともうこんな時間!』

…って言うことも出来ませーん。」



 ヤマトは狂い続ける時計にムスッとしつつ、家を出た。

ひょんなことから働くことになった職場へ向けて。



「おうヤマトおはよう!」


「おはよ~おっちゃん!」


「これから仕事かあ!?」


「どー見てもそうじゃーん!」



 職場に向かう道中様々な人に声をかけられながら、ヤマトはボーっと回想した。



(本当はアイランドで働く予定だったの、オルカだけだったんだよなあ。)



 それは約一年前のこと。九月の頭の出来事だ。

成人したオルカとヤマトは働き口を探し、就職し、九月中に孤児院を出ていかなければならなかった。

これは政府の方針で、まだ14才の誕生日を迎えていようがいなかろうが、『成人する年の九月中に孤児院を出ること』が義務付けられていたのだ。

 正直この時期は、シスターも成人を迎えた子供も相当胃がキリキリと痛む。

たった一ヶ月で仕事を決め、更には家を探し、引っ越しを済ませ、自立せねばならないのだから。

『出来ませんでした』が絶対に通らないのだから。

 オルカもヤマトも、寝る間さえ惜しみ求職する覚悟は出来ていた。

もし求職に失敗すれば一気にホームレス生活に転落してしまうのだから…、そこまで気を張りつめ本気で取り組まねばならないのも当然だった。


 これが普通の家庭の子供ならば働く必要は無い。

進学を希望し、学生を続ける事も可能だ。

…だが、ヤマトやオルカのような孤児達は違う。

彼等は絶対に14才になる九月中に孤児院を出なければならないのだ。



『………吐きそう~…』


『オルカはどうすんの?

俺は取りあえず近場の店に片っ端から…』



 この年、彼等が育った3-1孤児院で成人となるのはオルカとヤマトの二人だけ。

だからなのか、二人は互いを運命共同体のように感じ、相談し合い、支え合っていた。

まるで本当の兄弟だと、互いに感じる程。

 そんな九月の初めの事だった。



『久しぶりだねイル。』


『あらジル~♪!』


『……邪魔するぞ。』


『あらシゲちゃんも!本当久しぶりねぇっ!』



 ジルと茂が孤児院を訪ねてきた。

…手土産に美味しいケーキ、クッキー、それにお茶を持参して。


 3-1孤児院のシスターであるイルは『私の古いお友達なのよっ?』…と孤児達を集め、二人が持ってきてくれたお土産を振る舞った。

オルカとヤマトは正直場合ではないので、後で貰うと求職活動の為に外に出ようとしたのだが、イルに引き止められ着席した。

『少しは息抜きもしないと』…と。


仕方なく二人も皆と共に食べお茶を頂いたが…

正直、求職へのプレッシャーから味がしなかった。



(……なんだろ。…見てる…よな…?)



 そしてこの時もヤマトは違和感を感じた。

急に訪ねてきたスキンヘッドのどでかいオジサンも、彼の妻だというやけに若く見える美人なお姉さんも…、度々オルカを忍び見て感じたのだ。


ヤマトはなぜかそれを当然だと感じた。

彼の中で、オルカが特別だというのは当たり前になっていたのだ。



『……そういや、アンタんとこは二人?』


『ええそうなの。この子達よ?

この子がオルカ。…この子がヤマト。』



 そして話題は求職へ。

二人は『大変だね』と声をかけ、宛はあるのかと訊ねてきた。



『…ないです。

ですがシスターが、しっかりした服を僕らに買ってくれたので…。……どうにか頑張りたいなと。』


『…宛があるなら孤児じゃないっすよ(笑)!』


『こらヤマト!?』


『はは!…そうだよねえ?、…ごめんな?』



 ギャグを言ったヤマトだったが…、挨拶した後から一言も喋らずただお茶を飲む茂と目が合うと…、そっと口を閉じた。



(……怖いっ!!

カップが小さい!、奥さんの5倍はある!

目が鋭すぎ!……本当に人間!?)


『……ふーん。実はうち、カフェやってんだけどさ。アンタ、働いてみる?』


『…… え!?』



 突然のお誘いにオルカは目を大きく開けた。

 ヤマトはテーブルのクッキーを見つめながら微かに目を大きくした。

『ああやっぱり…お前は特別だもんな』…と。



『……や、…それ…は、』



 ヤマトには分かってしまった。

オルカがその話に飛び付きたいのに…、自分に遠慮して渋っているのが。

 ヤマトはフッと笑い、痛む胸に堪えながらオルカの背をバシバシと叩いた。



『やったじゃんオルカ!?

こいつ、雰囲気のまんま品行方正なんでゼッテー接客業向いてますって♪!』


『……私もそう思ってねえ?』


『さっすがお目が高いですね美人なお姉さんは♪』



 ヤマトは『これからは一人で頑張らなきゃ…』と不安な胸中を圧し殺し、オルカを激励した。

 オルカは困惑しながらも、こんなに有難い事はないので誘いを受けた。

…受けたが、ヤマトへの気まずさは何日経っても消える事はなかった。


 それから半月、未だ就職先が見付からず焦るヤマトは、また二人が孤児院に来たのを偶然見かけた。

彼等はどうやらオルカの引っ越しを手伝いに来たらしく、朝から晩までずっと求職しているヤマトが昼に訪れた二人に会えたのは…、本当に偶然だった。



『……あ。』


『よう。ヤマト…だったね?、こんにちは?』


『…コンチハ!』



 いいなと心底オルカに対し思うと同時に、焦りがヤマトを更に蝕んだ。

『俺も早く見付けないと』『このままじゃ本当に…』

 必死に元気を装うも、彼の目元には深い隈が。

ジルの気まずい顔を見て見ぬふりをするヤマトを…

イルも心配そうに見守っていた。



『…アンタは見付かった?』


『あ…はは!、まだなんすけどこれからですよ!』


『……そっか。』


『……じゃあ俺はこれで!

今日はちょっと遠くに行かなきゃなんで』



ガシ!  ビクッ!?



 突然捕まれた腕にヤマトはビクッと肩を揺らした。

何かと向き直ってみると…



(うっ…ひえええっ!?)



 茂が腕を掴んでいた。


ヤマトは『手がデカイ!』『顔笑ってない!』『殺されるっ!!』…とカチンと固まったが、茂はゆっくりとしゃがみヤマトと目を合わせた。



『…俺の店なあ。…それなりに儲かってんだよ。』


『そ!?…れは…ヨカッ!良かったデスネッ!?』


『どうも、オルカだけじゃパンチが足んねえんだよなあ…?』


『パ!?パンチなら充分な気が致しマスガ…!?』



 イルがそっと口を塞ぐ中、茂はポン!…とヤマトの頭に手を乗せた。



『だから、……うちで働けや。』


『~~っ、   …へっ!?』



『ちょ…!?』…と小さく漏れ声を出したジルに、元気があっていいと思ってたんだよ…と、茂は目を合わせた。



『オルカは真面目で品行方正だが、…つまらん。

お前はユーモアがあって、…思いやりもある。

…俺的にはこっちのが収益が上がる。』


『………ハイハイ分かったよ?』


『…え? …エッ!?』



 タッタと走ってきたイルに後ろからガバッと抱き締められ、『おめでとう!』…と激励する声が震えていて…、ヤマトは大きく目を開けた。

彼はどこかで、自分はシスターにとってどうでもいい存在なんだと思い込んでいたのだ。

オルカは特別だが、自分はなんてことないその他なんだと。

…だが、涙声で何度も『おめでとう』と自分を抱き締めるイルに、…その考えは完全に覆った。



『~~っ、…おめでとう…ヤマト!』


『……シスター…。』


『ありが…と!、ありがとねシゲちゃん…っ!!』



 最高に温かい体温を背で感じるヤマトに、茂は大きく無骨な手を差し出した。

 ヤマトは突然の展開に放心しつつも、恐る恐るその手に応えた。



『……よろしくなヤマト。』



ニ"ッ…コ"リ"……



『笑顔怖すぎ』と思いつつ、握手を交わした九月から一年。

 今では茂を怖がるどころか大好きになり、ヤマトはカフェアイランドの元気印としてご近所でも評判だ。

社交的な性格で明るい彼は引っ越し先でもご近所さんと上手くやっている。

…どちらかといえば、オルカは少々閉鎖的だし趣味も独特だし、近所付き合いは乏しい。


 彼がここまで明るくなったのは、生来の性格もあるのだが、『こいつは元気があっていい』と言ってくれた茂の希望を叶える為努力したようなものだ。

 そんなヤマトの今の夢は…『制服になること』。

一生の安泰と評してもおかしくない制服になり、自分を救ってくれた茂に『貴方のお陰で制服を着れました』とお礼をすることが…夢だった。



「ん~っ!…今日も頑張るぞー!」



 …だが本音では、違う夢も抱いていた。



「おはようございますマスター!」


「よーうヤマト。…早えなあ?」


「あははっ!時計なんてないようなモンじゃん!」


「気持ちだ気持ち。…ほれ食えや。」


「ありがとマスター♪」



 毎朝、毎昼、そして就業時。まかないなど契約には入っていないのにご飯を振る舞ってくれて…

金は大切にしなと貯金を促してくれる優しいマスターの店を、継ぎたかった。


それが、ヤマトの本当の夢だった。


自分が彼に…この店に救われ、確かに守られている自覚があるからこそ、『今度は自分が誰かを救い、守り、そして見送りたい』…と強く願うようになったのだ。



「スッゲーウマイですマスター♪」


(ほんと顔に似合わず料理上手すよね!)


「……今度、皆で焼き肉でも行くか。」


「え!?……マジっすか!?」


「おうよ。奢ってやるからたんまり食えや?」


「マッジでマスター最高っ!!」


「…よう来たな元気印!、…久しぶり?」


「あっジルさんおはようございます!

…店に顔出すの珍しいっすね?」


「今日は気が向いたのさ(笑)?」



 普段店に立たないジルが出てくると、テンションも上がった。

ヤマトは二人をセットで見るのが好きなのだ。

非常にサバサバしていて、口調も余り女性らしくないジルが、茂と居ると本当に綺麗に笑うのが好きだった。

普段表情(特に笑顔)に無理がある茂が、ジルが居ると自然体でオーラが柔らかくなるのが好きだった。


彼は二人を親の様に感じ、大切にしていた。



「…オッセーなあオルカ!」


「まだ時間じゃ…て、なんだよこの磁場狂いは!」


「……体内時計頼みか。…笑えんなあ?」


「笑えてないですよマスターっ?」


「あーはっはっは!!

…さーって仕込むかあ♪!」


「…ん。」


「俺テーブルセットしときまーす!」


「あいよ頼んだよ~?」



 そして、ヤマトが茂とジルに連れられカフェに入った途端、彼を強く抱き締め『よかった』と泣いてくれたオルカの事を、大切にしていた。


ヤマトにとってこのカフェは、特別な場所となったのだ。


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