第94話 後悔せぬ行動

 オルカに心を吐露しようが。

門松に心を吐露しようが。


現実は何一つ変わりなく、時は只淡々と流れ続けた。



「あーネミ。ほらオルカ座れ?」


「はい。」



 あった変化といえば、本当に柳が家に帰らなくなった事と、休日には必ずオルカと出掛けるようになった事だった。

とはいっても刑事二人に休日は多くない。

以前は一ヶ月休日が無いことなどザラだったのに、何故今は週一で休日があるのか。

それは溜まった有休消化という、素晴らしい裏道を行使したからだった。



「うーん。…ちょっと前髪遊ぶか!」


「はい。」


「…あっちにこういう服ってあるのか?」


「こんなお洒落なのは無いですね!

でもパーカーならありましたよ?

あっちでは男性は基本シャツにズボンのみで。

女性はワンピースとか色々とありましたけど。」


「へえ!」


「え、なにお前。

あっち帰ってクソダサになんてなったら許さねえぞ…💢?」


「……ぜ、善処します。」


「…ほら、アレだよ。

王様の権力でお洒落革命を起こせばいい。」


「それじゃん!!」


「…うーん💧」



 三人はこれから出掛けようとしていた。

行き先は海だ。昨夜柳が『海見てえ』と言い出し急遽決まった外出だった。



ジャンジャカジャーン♪



「ん?」


「げえっ!?呼び出し!?」



 だがオルカの髪をいじり終えピンをさす寸前、柳のスマホが鳴った。

 訝しげにする門松、『有休取った奴にかけてくんなよ!?』とスマホに手を伸ばした柳に、オルカは思った。



(電話が鳴ると『呼び出しだ』って思うの、どうなんだろう。)



ジャカジャカ♪



「分かってるよ今出るって💢!?  …!!」



 苛々とスマホを持った直後柳が顔を固め、門松は『ん?』と目を細めた。

いつもの呼び出しとは思えないなんともいえない顔をしたのに敏感に気付いたのだ。


 柳は『凜』と表示された画面に、そっと立ち、なんと家の外にまで出てしまった。



「!」 (……外に出た。)


「…珍しいですね?」


「…だな?」



 オルカは首を傾げたが、門松程は反応せずに荷物を確認した。

門松は目を細め暫し思考すると、着替えた。




「…はいもしもし。」



 柳は外廊下の奥まで行き電話に出た。


凜は『お久しぶりですね?』と、とても落ち着いた声で話した。



『例の件について。…なのですが。』


「! …はい。」


『明日の午前4時。』


「……」


『オーストラリアに発ちます。』


「!」



 ドクンと大きく心臓が脈打った。

『遂にこの時が来てしまった』と。


 柳はキュッと口を縛ると、『それで…』と更に声を落とした。



「俺らは、同行させてもらえるんですか。」


『…… …ええ。』


「!!」


『悩みましたが、…ええ。許可します。』


「ありがとう御座います。」



 同行許可が出た。…のはいいのだが、柳は『参ったな』と頭を掻いた。

念のためにオルカのパスポートを申請してはおいたが、まだ交付されていないのだ。

しかも出発までもう丸一日もない。

準備する時間が無さすぎるのだ。


 だがそんな心配を遮るように凜は話した。



『このフライトは正規のものではありません。

よって、パスポートは必要ありません。』


「!」


『ただ出発の前に一筆頂ければいいだけです。

その書類は僕個人で出すヘリに保険無く乗る事への責任承諾書です。国から配布されている物で、個人所有のフライトに同乗する際には必ずサインしなければならないんです。』


「……マジで、え。…そんだけすか!?」


『ええ。言いたいことは分かりますよ?

こんな軽装な海外へのフライトなど、もう二度と味わうことは無いと信じたいものですね(笑)?』



 なんと、何も要らないときた。

確かにパスポートは通常ならば必須だが、もうオーストラリアに日本大使館は無い。

しかも出国だって通常の空港からではないそうだ。

更には飛行機ではなく、ヘリでのフライト。


こんなの本当に、人生でこれきりとなるだろう。



『そうですねぇ。基本的に必要な物は全て揃えてありますので…、強いて言うなら至極個人的な荷物で宜しいかと。

例えばスマホやタブ、レコーダーなど。

…まあ、通信が何処まで可能なのかからまったくの未知数ですがね。

あとは…、穿き慣れた下着や安心毛布とか(笑)?』


「プッ!?ハハハ!!」


『フフ!』



 気が抜けたように笑った柳。

凜も楽しく雑談をしたが、すぐに短く息を吐いた。



『後は、…後悔せぬ行動を。』


「!」


『…まだ、話していないのでしょう?』


「……」


『今回の『自己責任』は…本物です。

念のための承諾書とは訳が違います。

…本当に、何があってもおかしくない。』


「……」


『…僕から言える助言は、一つだけです。

どうか後悔の無いように。』


「…はい。」



 柳は凜の言葉をしっかりと、重く受け止めた。

 凜は微笑み、『行きましょう』と声に力を込めた。



『何があったとしても、僕らは同志です。』


「はい。……俺は俺の意地と、オルカの為に。」


『僕は海堂と燕を取り戻す為。』



『互いに頑張ろう』…と、電話は切られた。

 すぐに凜から待ち合わせ場所と時間が改めてメールで送られてきた。



「……0400時。…港ヘリポート。」



 そこは昼間だと二時間はかかる道だった。

だが深夜帯ならば、恐らくは一時間弱で到着出来るだろう。


ということは、出発はどんなに遅くても深夜の三時までとなる。

それを過ぎてしまえば、オルカがオーストラリアに辿り着く道は断たれると言っていいだろう。



「……ハァ。」 …トン。



 柳は溜め息を溢し、壁に背を突けた。



「…覚悟なら、出来てた筈なのにな。」





ザァァ… ザァァ…



波の音も、潮風も。

今となってはどこかもの悲しい。



「やっぱり寒いですね~!」


「でもテンション上がるよな?」


「はい! …折角だし。」


「…マジか。入るのかオルカ!?」


「カ…門松さんも如何です!?」


「……やっぱムリだわー。」



海でテンション上がるとか。…もうマジで好き。

お前もお前で…よくもまあこんな寒空の下で裸足になれるよな。



パチャ…!



「ア"ーッ!?」


「はは!、冷たいに決まってら!」


「クッうう~!?

や、柳さんもどうですか!?」



誰がこんな冷たい海になんか。

…って、いつもなら返すけど。



パッパ!



「負けた方が腰まで浸かる!!」


「ええっ!?」


「やーなーぎ。流石に止めとけって」


「ほら門松さん審判!!」


「……では。

もう既にオルカが不利だが、…始め!」



ボチャッ!



 三人は海を楽しんだ。

冷水我慢勝負はオルカが負けて、彼は震えながら肩まで海に浸かったが。

 冗談抜きに風邪を引くかもしれないので、三人はすぐに家に帰り湯船に浸かった。



「あー生き返る~♪」



 オルカは冷えきった体をしっかりと温め、つい思い出し笑いをした。

冷水我慢勝負の時の柳の呻きが余りにも可笑しかったのだ。



「あんな声…ふふ!、初めて聞いた。」



 だが幸福そのものバスタイムは、外から聞こえてきた大きな怒鳴り声によって中断された。



『フザケんなッ!!!』


「…! ……え!?」



 オルカは慌てて風呂を出た。

柳と門松が喧嘩をするなんて、今まで一度も無かったのだから。


 腰にタオルを巻いて慌てて出ていくと、門松はオルカを見もせずに『風邪引くからちゃんと渇かせ!!』…と風呂場を指差した。


オルカはピッ!と肩を上げ、『はい!』と風呂場にとんぼ返りするしかなかった。


 門松が決して目を逸らさず睨み付けてくる中、柳は眉を寄せ門松に苦言を入れた。



「…門松さん。これは俺が勝手に進めた話です。

いくらアンタでも、あんな風に怒鳴るのってどうなんすか。」


「黙れ柳!!」


「っ、…」



 ドタドタと服を着たオルカが出てきて、『どうしたんです!』と二人の間に入った。



「らしくないですよ二人とも!?」


「オルカ、お前はオーストラリアには行かせない。」


「……え?」


「そんな危険な渡航、認められる筈が無い!!」



 オルカはただ驚愕に目を見開いた。

彼は何も聞いていなかったのだから。


 目を大きくしたオルカがゆっくりと振り返ると、柳は真っ直ぐにオルカと目を合わせた。



「俺は聞いただろオルカ。

『オーストラリアに行けるとしたら行きたいか?』って。」


「…は…い。…ですが現状を踏まえると、渡航はほぼ不可能だって以前にも柳さんが」


「行ける事になった。」


「柳ッ!!!」


「…え。…行ける…んですか!?」


「ああ。」



 柳は鋭く門松と目を合わせた。

門松はこめかみに血管を浮かせ、柳を睨み付けていた。



「俺はこいつを、…帰す。」



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