第93話 叶わない約束だとしても
「………」
門松はじっと温泉を見つめた。
紅葉や桜や梅に囲まれた、岩で枠取られた絶景温泉を。
ホテルの宿泊代にオプションとして貸し切り風呂を付ける事でしか味わえない、特別な家族風呂。
…オルカと初めて出会った場所。
腰にタオルを巻いたままボンヤリと景色と思い出を眺めていると、柳とオルカがはしゃぎながら脱衣所から出てきた。
ガラッ!
「お前マジかよ!?
なーにしれっと…お前ってマジでそう!」
「だって別に言う必要なくないですか!?」
「聞いて下さいよ門松さーん!」
「ちょ…!」
「こいつ!、しれっと彼女二人も」
「柳さん💢!!」
ドオッ!!
柳はパシッと口を塞がれ、その場に倒された。
お見事な拘束術だ。
『いだだだだ!?』っと本気で痛がる柳とギッチギチに柳を拘束したオルカに、門松はパチパチと瞬きをして歩み寄り、しゃがんだ。
「おー。いいロックだなぁ。
俺と柳が鍛えただけはあるな?」
「ちょ…マジで痛いギブッ💦!!」
「はいっありがとう御座いました門松さん!
まさか実践する日が来るとは……思ってなかったんですけどねえ柳さあん💢!?」
「悪かった…悪かったって!」
オルカが柳の拘束を解くと、門松はにっこりとオルカの頭に手をポンと乗せた。
「……彼女、二人も居たんか?」
「っ!!」
ギチッ…!!
「…まさか。同時に付き合った。
なーんてこと、……ねえよなあ?」
「チガ違いますよちゃんと…ちゃんとお付き合いしてちゃんと別れましたよ別時期で!?」
「……どっちもヤッたん💗?」
パシッ…ギシシ!!
「いっだだだだだだだ!?!?」
「そういうの聞くの、…どうなんです?」
「なっんでそんなに怒んだよこんなん普通の男子トークじゃん💦!!」
「…ゴム着けたよな?」
「当たり前じゃないですか💢!?」
余程恥ずかしかったのか、何なのか。
オルカは再度柳をロックした。
この三年、柳と門松は『護身術』という事で時折オルカに武術を指南していた。
その成果が見事に発揮されたのがこんなアホ話で…
「…ハハ!」
門松は、嬉しそうだった。
ゴシゴシ…
湯船に浸かる前には三人で仲良く列車となり背を流し合った。
柳が門松に『背中洗いますよ?』と後ろに回り、それを見たオルカが『柳さん、背中流します。』と更に後ろに並んだ結果だ。
「あー~~… もうちょい下。」
「うーす。 …あ、そのままゴシゴシ!!」
「はい。」
だがこのままではオルカの背が流されない。
門松は自分の背がスッキリすると、『はいクルリ~!』と声をかけた。
オルカは『はい』と笑いクルリと柳に背を向けたが、柳は門松が振り返ってきて『え。』と瞬きをした。
「ほれ何してんだ。…クルリ?」
「いやっ、俺はもうオルカに」
「ほら柳さん早くして下さいよ。」
「ほれ早くクルリしてオルカの背を流してやれよ。」
「えぇぇ~~…」
ゴーシゴシ~♪
オルカと門松はいいが、柳は二回目の背中洗いに『イテエよ💧』とうんざりだ。
当然オルカはそんな柳をクスクス笑い、門松はやたら力を入れて洗った。
二人とも、ニヤニヤだ。
スッキリした三人はいよいよ温泉を前に『おー!』と景色を眺めた。
「…最初は自殺志願者かと疑ったけどな~?」
「そ!、…まさかそれよりよっぽど厄介なのが別次元から飛んできたなんて思いもしねーし。」
「なんかすみませんね!」
三人は笑い合い、温泉に浸かった。
「く…ああああああ…~~。」
「…門松さん邪魔。
なーんで入り口で座っちゃうんすか。 !」
「だって温泉といや半身浴… 」
二人はハッとし、クスクスと笑った。
三年前のここでの記憶が綺麗に重なり、可笑しくて仕方がなかった。
オルカはクスクスと笑い続ける二人に首を傾げつつも、遥か遠くまで広がる海を眺めた。
「………」
…あの日から、二人には世話になりっぱなしだ。
「あ~…癒される~。」
「オッッッサンくさ。」
「…溜め長くないか。」
「おいオルカ!、温泉て泳いでいいんだぜっ?」
「嘘ですよね分かってますよ柳さん。」
「はいしっかり者に育った証拠!」
「ふふ!」
このまま帰って… お別れになって。
…それで、いいんだろうか。
まだ何も返せていないのに。
本当に…これ以上ないんじゃないかって程、二人には山程を貰ったのに。
「……なあ、オルカ。」
「はい門松さん?」
でも返し方が分からない。
貰ったものが、受けた恩が大きすぎて。
…貯めたバイト代でプレゼントを買ったとしても。
気持ちを手紙にしたためたって、…足りない。
どうすれば…僕のこの気持ち、伝わるだろう。
どうすればこの感謝をちゃんと伝える事が出来るだろう。
門松はボーっと景色を眺めたまま、囁くように呟いた。
「ずっとここに居ていいんだぞ…?」
「…!」
柳は目を微かに大きくし、オルカはキュッと口を縛った。
柳が上目に門松を忍び見る中、門松は頭にタオルを乗せたまま静かに話した。
「俺なぁ、こないだ柳に突き付けられてな?」
「…」 「…え?」
「『カファロベアロについて語らなくなったのは、あいつに居て欲しいからでしょ。
オルカのためじゃなく、自分のためでしょ。』
…ってな?」
「……」 「……」
「それからなぁ?、山程考えたよ。
…ほんと、何してたってその言葉が、事実が頭ん中反芻し続けてよ。…やんなったわ。
自分に失望したし、正直ほんと驚いた。
『お前が家で待っていてくれるから早く帰ろうと努力していた自分』。
『お前の喜ぶ顔が見たくて、土産を買っていく自分』。
そんな、俺の知らなかった俺を自覚した。」
「…門松さん。」
門松はそこまで話すと大きく深呼吸をし、岩肌に頭を乗せた。
「…俺な?、…子供作れないんだわ。」
「…え?」 「…!」
その言葉に柳は本当に目を大きく開いた。
オルカはそんな柳の顔で、この事実を柳でさえ知らなかった事を知った。
「実はなぁ?、所轄だった頃に彼女出来てな?
お互い結婚を意識する程の関係になったんだわ。」
「…それ、…」
「おーう。お前と会うずっと前だぞ~?」
「っ、…」
「…婚約までした。
スゲー好きだったし、愛してもらえてた。
同棲もしてたし。……もう結婚を完全に意識してたから、子供が出来てもいいってお互いにな?
…だからまあ夜も情熱的だったよ(笑)」
門松は岩に頭を乗せたまま目を開き、『でも…』と遥か遠い過去を見つめた。
「…幾ら経っても妊娠しなくて。」
「……」 「……」
「まさかと思って調べてみたら……
子供が作れない体なんだって、……分かった。」
門松は婚約相手にそれを素直に伝えた。
それだけでも本当に勇気が必要だった。
そして別れようと自分から提案した。
だがそれを相手は拒否したそうだ。
『出来ないなら子供は要らない』
『それでも結婚しよう』と。
「だが、……上手くいかなくなっていった。
当時はいまいちなんでなのか分からなかったが、今なら理由が分かる。
…俺が酷く罪悪感を抱え、笑えなくなってしまったからだ。」
「っ… …門松さん。」
「結局、数年後に別れた。
…彼女は泣いてたし、俺も泣いた。
最後の最後に、やっと泣けた。」
門松は目を閉じ、眉を寄せて顔を上げた。
柳は完全にうつ向き泣きかけてしまっていた。
オルカは切なく口を縛っていた。
そんな二人に、門松はにっこりと笑った。
「だから、……ありがとな。」
「っ…!」 「!」
「……お前らには、本当に感謝してる。
感謝してもしきれない程。 …本当に。」
だからこそ、言わせてくれ…?
…お前らにしか言えないから。
こんな気持ちもうきっと、誰にも向けられないから。
「大切だから、傍に居て欲しい。」
「!」 「!」
「成長を見守っていきたい。
…この先も、ずっと。」
「……」
オルカはグッと口を縛り眉を寄せ、ギュッと喉の奥が締め付けられる感覚に堪えた。
『はい』とも『いいえ』とも返せはしなかった。
だが本当は、『はい』と答えたいのだ。
「…っ、」
「…でもなオルカ。」
「……」
「返事なんて、いらねーから。」
「…!」
「俺はお前の足枷になるのは御免だ。」
「………」
「俺はお前のな?、…壁でいたいんだよ。」
「!!」
「それが親心ってもんだ。
…だが、俺はお前の親にはなれない。
だから自分の気持ちをちゃんと伝えると決めた。
だから返事はいらないんだ。
俺が俺の気持ちを伝えたかっただけなんだ。」
「………」
「だからお前も、自分の気持ちを素直に話していいんだ。」
「!」
バッと顔を上げたオルカは、『ほら?』とでも言いたげに、促すように笑顔で居る門松に…
「っ、…僕…は!」
堰を切ったように話した。
「僕だって…ここに居たいんです!」
「!」 「……オルカ。」
「でもっ、…帰りたくもあって。
もうっどっちが自分の気持ちなのか…!
本当はどうしたいのか…自分でも分からない!」
「…うん。」 「……」
「…帰りたい。…ヤマトに!、茂さんに…ジルさんに会いたい!
海堂さんに伝えたい。『会ったよ』って!
『あなたの金の龍に会えましたよ』って…!」
「うん。」 「……」
「シスターに、孤児院の兄弟達に会いたい!
…ギルトとちゃんと話したい!!」
「うん。」 「……」
「…けど、このまま大学に進みたい。」
「…うん。」 「!」
「二人の傍で…このまま暮らしていきたい!
勉強して…しっかり働いて!
二人から貰ったもの!、受けた恩を…少しでも!少しづつでもいいから…返したい!!」
「…!」 「……」
「……大好…き…なんです。」
「!」 「!」
ポタポタと涙を落とし始めたオルカに、門松の目にも涙が滲んだ。
柳はバチャッ!と湯を両手で顔に当てた。
「僕は二人が…っ、大好きなんです!!」
「…ん。」
「毎日が…楽しくて!
…でも何をしていたって!、どうしたってあっちの皆の事がチラついて…!!」
「…うん。」
「でも!!!」
「!」
オルカは濡れた手で必死に涙を拭いながら、子供のように上擦った。
「それはあっちに帰ったって…きっと変わらない!!」
「!!」 「っ!」
「帰ったら…帰った…で!、僕はきっと!、二人の事を考えてしまう…!!」
「… …オルカ…」 「~~っ、」
「だったらもう!!
どっちがより大切とか…帰りたいとか!、どっちに居たいとか…っ、もう!~~っ、もう!!
もう…!、関係ないじゃないか…!!!」
とっちに居たって苦しいなら。
どっちに居ても、片方が恋しいなら……
「何が正解なのかなんて……無い!!!」
バチャ…!!
「!」
オルカははっと目を開けた。
只でさえ熱い温泉の中で熱い体に包まれ…
…もっと心が決壊した。
「つ、…ごめ…んな…さい!!」
「~~っ、…なーに謝ってんだよ?」
「どっちつかずで…!!
こんな僕に…あんなにして下さったのに!!」
「バカ言ってんじゃねえよ?
言っただろ?、子供が大人に遠慮するもんじゃない。」
「~~っ…ここ…に!!」
「…うん。」
「ここに居たい…よ!!、門松さん…!!」
「…ん。」
「~~ッ!、辛い…よ!!!」
「…うん。」
門松はしっかりとオルカの心を受け取った。
しっかりと腕に包んだまま、自分も涙を落としながら向き合った。
涙が治まるまで、ずっと強く抱きしめ続けた。
「カーンパーイ♪!!」
「ウィ~。」
「カンパイ。」
そして温泉を出ると、部屋で乾杯した。
三人は終始いい笑顔だった。
「…いつか、酒で乾杯したいな?」
「はい。…あっでも、柳さんみたいに酔っ払うのは嫌です僕。」
「これが正しい酒だっつに~!!」
そして、叶わない約束をした。
『いつか三人で酒を酌み交わそう』と。
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