第92話 写真に写すもの

 凜にオーストラリア渡航に同行したいと申し出た飲み会から、一週間が経過した。

だが依然として凜からの返事は無い。


門松にオルカの意思を汲むとも告げられていない。



「ん~~!、久しぶりじゃーん!」


「最高の匂いがします。」


「…獣臭さと土臭さ…が最高か💧」



 そんな本日、三人はサファリパークに遊びに来た。

柳から誘い、門松と休みを合わせ、オルカは学校を休んでの行楽だった。


理由は、思い出作りだ。

オルカがサファリと水族館が好きなのを知っていた柳が『どっちがいい?』と決めさせた結果だった。



「うわぁ……立派な牙💗」


「…茂ってオスライオンなイメージだな。」


「アッハハハハハハハハハッ!!!」


「…門松さん。稀に見る爆笑すよ良かったすね。」


「笑いを取る気はなかったんだけどな?」



 オルカは動物がとにかく好きだった。

カファロベアロで化石を眺めて『ハァ…💗』と胸に抱いていたロマンが未だに胸に熱いのだ。


だが時折、彼ならではのジョークを言う。

うっとりと動物達を眺めながら、幸せそうに呟く。



「あんな立派な牙…、化石でも最低20万はしたのに…生の牙だったら価値が100倍は上がりそう💗」


「……」 「……」


「ハァ…💗!

あの立派な四肢。爪が完全な状態だったら50万は下らなかったのに…、生だったらお幾ら万円になっちゃうの…💗?」


「……」 「……」


「ハァ~~💗! 大好きっ💗!」


「…ヨカッタな。」 「…ん。」



 オルカに悪気は無い。

金儲けの話をしているわけでもない。

ただ、感動が可笑しな言葉に変換されてしまっているだけなのだが、『生だったら』の連発は二人には地味に苦痛だった。



「…ほらオルカ!」



カシャッ!



「お。ちゃんとバックにライオン写ったぜ?」


「…前から思ってたんですが、柳さんお写真撮るの上手ですよね。」


((『お写真』…。))


「まっあっねー!

…ほら門松さんももっと寄って!」


「ん。」



カシャカシャー!



 柳は普段からよく写真を撮る方だった。

だがここ最近は、以前にも増してよく撮っていた。


オルカが料理をしている後ろ姿や、門松の隣でご飯を食べているところ。

風呂上がりでタオルを頭に乗っけている姿、門松の背中をマッサージしている姿。


常に髪に赤ピンをクロスさせて着けているオルカの写真を保存する柳の顔は、いつもなんともいえない笑顔だった。

幸せそうにも見えるし、寂しそうにも見えた。


 門松はそんな柳の顔を、ただ見ていた。

何も言及せず、ただ静かに。




「クッハー!、歩いたなあ!」


「フフ。柳さんが一番はしゃいでましたね?」


「お前、寝言は寝て言えよな。」


「ふふ!」


「ふぁぁ~!」


「…大丈夫ですか門松さん。」


「ん?、おう平気だぞ?」



 一昨日が徹夜だった門松には少々堪えたが、彼はにこやかに返した。

 サファリをしっかりと堪能した一行は、次の目的地に向かうべく駐車場へ。



「……門松さん、後ろで寝ます?」


「…うーん。」


「あっ、僕助手席行きますね?」


「すまんなぁ、じゃあちょっとだけ。」



 柳の自家用車は軽自動車で、後部座席のシートを倒すと比較的フラットになり車中泊も可能な車だった。

オルカが倒したシートの上に柳が持参したマットレスを敷くと、なかなか快適なベッドの完成だ。


 門松は『ありがとなぁ?』と目をショボショボさせながらお礼を言い寝転がると、車が発進するより先に寝てしまった。



「グ…ゴゴゴ!!」


「……うるさ。」


「うーん。お疲れ度が高いですね。」


「グゴッ!!、ゴゴゴゴゴゴッ!!!」


「…え、お前、イビキで疲労度分かんの?

…てかウッサイなあ本当に。」


「ええザックリですけど。

…柳さんは月イチくらいでイビキ酷くなります。」


「…!」


「なんでか月初めが多いんですよね。

…柳さんは月初めに疲れが出るんですかね?」



 クスクス笑ったオルカに、柳は『ひぇ~💧』とげんなりした。

月初めの頃といえば、施設からの電話が来る辺りだ。



(俺まっくろくろすけになるだけじゃ飽き足らず、イビキまでデカくなってたんかい💧

なんか凹むな~💧)


「……柳さん、最近何かありました?」


「! なんで?」



 ふと訊かれた言葉に、つい反射的に理由を訊ねてしまった柳。

オルカは窓の外のカラスをじっと見つめると、『なんとなくです』…と首を傾げた。



「『オーストラリアに行けるとしたら行くか?』と訊かれたり。

…写真を前よりよく撮りますし。」


「そんなん~…思い出は大切だろ?」


「ええ。…でもそれは微細なもので。」


「…なに。他にもなんかあんの?」



 なんとなくドキドキして訊いてみると、オルカはふと柳の横顔を見つめた。



「なんだか、…リラックスして見えて。」


「…!」


「話し方や…オーラ?が、なんとなく前よりも穏やかな気がして。

…でも何故か、そんな柳さんは無理をしてなく見えて。」


「…………」


「何か良いことがあったのかな?…と。」



『するどーい。』…と苦笑いした柳。

確かに大きな胸の支えが取れて、日々彼の精神は安定してきていた。


柳はオルカに飲み会の事を話すか悩んだが、止めた。

ただ、『まあ良いことはあったかな』とだけ告げた。



ブロロロロロ…



 長い旅路だ。

三人は、小田原に向かっているのだから。

目的地は三人が初めて会った、あのホテルだった。


 この小さな旅にどんな意味があるのか。

オルカは察していたが、口にはしなかった。

ただ、どことなく柳が門松を気にし続けているのが、悲しかった。




「……凜。」


「………」



 全ての準備は整った。


 凜は暗い書斎で一人、悶々と思考し続けた。


 夜明は彼の苦悩を理解しつつも、こうして同じ空間に居てあげる事しか出来なかった。




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