第128話 悲劇の人

ドン…ドン! …ヒュゥ… ドン!



 花火の音が響く中、ヤマトはオルカの自室をノックした。

中から微かに返事が聞こえドアを開けると、部屋は暗く、ギルトがベッドに腰かけていた。

何かと彼の手元を見てみると、オルカが眠っていた。



「…昨日、一昨日と眠っていなかったらしい。

少し横になると仰ったんだが、すぐに眠ってしまわれてな。」


「…そうですか。」



 ギルトはオルカの頭を撫でていた。

花火の光に照らされる彼の横顔は、穏やかで幸福な顔だった。


 ギルトが自分に向き直る気配を出すと、先にヤマトは目線を外した。



「…お前も祭りを楽しんできたらどうだ?」


「…私には仕事がありますので。」



 淡々と返したヤマトに、ギルトは少し間を置き口を開いた。



「それは、オルカ様の護衛か?

…それとも、私の暗殺か?」


「…!」



 バチ! …と目線が繋がった。

一瞬真っ黒な感情が腹の底に甦ったが、不思議なことにすぐに自然と落ちていった。



「……いえ。」


「オルカ様に言われたよ。」


「……」


「『ギルトとヤマトは同じだ』と。」


「…は?」



 眉を寄せオルカを見てしまったヤマト。

『本当にどういう意味だ?』と考えるヤマトに、ギルトは立ち上がりヤマトの前まで歩んだ。


 間近に寄られると、自分より背が高く、『大人の男だ』と感じた。

茂より余程細いのに、茂に負けないオーラがある気がした。

存在が放つ強さというものを実感した。

『この男には勝てない』と、ギルトの全てが教えてくるのだ。



「…私もお前も、ずっと自分を責め続けている。」


「!」


「そうオルカ様に言われてしまった。

…確かに…な。…完全に許せる日など来ないな。

…私はお前が思うように、咎人なのだから。」


「ッ…!」



 激しくぶつけられた目線をギルトは静かに受け入れた。

ヤマトはグッと口に力を込めども、何も言わなかった。



「……だが、分からない。

何故お前が自分を責める必要があるのか。」


「!」


「私なら分かる。私こそが諸悪の根元なのだから。

…ゲイル兄さんについても…な。

…誓って言わせてくれ。私に殺意は無かった。

他の何を信じなくてもいい。だがこれだけは信じてくれ。

私はゲイル兄さんを心から愛していたし、殺すなんて畏れ多い事…思い至る筈がない。

…言い訳に聞こえるだろうが、本当に事故だったんだ。地震の揺れに体を浮かされて…。その先に。」


「…………」


「…だが、私が刺したというのは、…事実だ。」



 ギルトの言葉にヤマトは目を大きく大きく開けた。

まさか彼が認めるとは思っていなかったのだ。



「………」


「私のこのサーベルが…兄さんの胸を貫いた。

それは揺るぎない事実だ。

…お前がいつ逃げたのかは知らんが、あの後…兄さんは…な?、…私に自分は殺させない、と。」


「………」


「このサーベルを引き抜き…、自ら飛び下りたんだ。」


「つ…!?」



 三年前自分が逃げた渡り廊下の下に、確かに茂が落下した場所が柵に覆われていた。

ヤマトはそれについて、ずっと『何故?』と疑問に思っていた。

ヤマトの憶測では、茂はあのまま廊下で絶命した筈なのだ。

だからその柵は、ギルトが『転落して死んだと偽装した物だ』と考えていた。


 だが今ギルトが話した茂の行動は、とても茂らしい自然なものに感じた。



「……」


「…オルカ様に記憶をお渡しした。

お前も真偽を計りかねているのなら見るがいい。」


「! …記憶なんて見れんのかよ。」


「ああ。プライベートを重んじるお方なので余程の事態でなければ行使しないと仰っていらしたが、相手が強く思い過ぎると勝手に流れ込んでくる事もあるそうだぞ?」


「…!」



『あ。これ俺のことだ』とピンときたヤマト。

気まずく目を逸らすと、ギルトはじっとヤマトを見つめた。



「……すまなかった。」


「!!」


「ゲイル兄さんを…本当に慕ってくれた、お前の目の前で…、私は、……兄さんを。」


「……………」



…やめてくれ。



「本当に、…すまなかった。」



お願いだから…!



 ヤマトは歯を食い縛り拳を握った。

自分を形成してきた憎しみが…、その憎しみに疲れ果てていた心が、ほどけていくのを感じたのだ。

それは恐怖だった。

『この男を許してなるものか』と、意地が逆らう感覚だった。


 そんなヤマトの肩にギルトはそっと手を乗せ、通り過ぎる瞬間呟いた。



「お前は何も悪くない。」


「っ…!」


「全ての咎は私にある。……それで、いいんだ。」



…カチャン。



 静かに閉められた扉。

ギルトの居なくなった部屋で、ヤマトはその場に力なく膝を落とした。



「……フザケんなよ。」



…卑怯者。 …卑怯者!



「~~っ……!」



 もう、憎んではいられなかった。


 ただ、悲劇の人と思った。




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