第141話 米と萌えと
オルカが帰還し一ヶ月が過ぎた。
この一ヶ月でオルカがしたのは国の視察だ。
ギルトの言った通り『僕の仕事は先ずは国を知ることからだ』とオルカも結論付けた結果だった。
ガチャン!
「ただいま。未だに家と実感してない家。」
「オルカ様💧」
夕方に王宮のドアを開けたオルカの言葉に呆れたギルト。
だが事実として、オルカは王宮を家と思えていなかった。
帰ってきてから碌に長く過ごさず旅行という名の視察ばかりしているのだから仕方がないが、本当の原因は全く別にあった。
「あ。帰ってきた。」
「ようお帰りオルカ。お疲れ様でした長官。」
「ああただいま。」
廊下を歩いているとヤマトとジルが。
二人は今や政府の先輩と後輩として共に働いていた。
血のコントロールを教えながら王宮付きの政府としてのノウハウを教えるジルは、もう今ではドレスを着なくなっていた。
昔のように親衛隊の制服を着るようになったのは、彼女がハツラツと過ごせるようになった証だ。
「私が居なくて寂しかったろっ?」
「ああとてもな?」
二人は帰る度にキスをした。
その度にオルカは照れて目を逸らしていたが、ヤマトは二人のキスを見るのが好きだった。
…ガン見する程に。
「ちょっと…見すぎよヤマト!」
「だってチョー絵になんだもん。」
「だからってそんな!、まじまじと人のキスを見るなんてっ💦!」
「そうだよねシスター!?」
「ええそうよ!
お帰りなさいオルカ。楽しかった?」
「うん楽しかったよ。一地区は本当にジャパンだよ。…海堂さんも一地区出身だもんね納得。」
イルも元気に過ごしていた。
トルコ達のことを聞かされた時は本当にショックを受けていたが、牢に入った子供達とも話し、自分なりに向き合っていくと決めた。
彼女はジルとは違い、いつも私服だった。
彼女はドレスのような女性らしい格好が好きで、お洒落も好きなのだ。
…本当に、ジルとは正反対だ。
ジルは普段化粧もしないしお洒落も面倒がる。
そんな正反対のサファイア家の息女。
そしてヤマトに留守の間について訊ねるフローライト家のギルト。
今ではギルトの右腕となるべく邁進しているヤマトを見て、ふとオルカは気付いた。
「…そういえば。」
「ん?」
「どしたオルカ。」
「確か皆には『特殊な力』があったよね?」
ギルトは荷物をヤマトに渡しながら、それについてオルカに説明していなかったと思い出した。
ヤマトは『ああアレか』と、茂の血を飲んだ時を思い出した。
「そうですねオルカ様。
そろそろそういった知識を増やす頃合いかもしれません。」
「…取りあえず、お疲れでしょうし風呂に入られては如何ですか長官?
ほらオルカお前も。二人で入ってこいよ荷物は運んどくから。」
「あ、じゃあお願い。
こっちはお土産ね?、あと僕お腹ペコペコ。」
「じゃあ皆でディナーを摂ると致しませんか?
…ヤマト、頼めるか?」
「ええ。」
「あらヤマトが作ってくれるのっ?
嬉しいわあっ!、ヤマトは料理上手だからっ!」
「…茂の血の恩恵かっ(笑)?」
「チゲーしセンスだし!?」
「は?、分かってるよ冗談に決まってんじゃん。
ロバートだって茂の味には辿り着けてねえのになんでお前が辿り着けてると思ってんの思い込みも甚だしいわボケガキ。」
「ウルセーな(笑)!?」
「もうジルったら!」
「姉さん…。」
彼等はとても強い絆で結ばれつつあった。
まるで噛み合っていなかった歯車が突然噛み合ったかのように。
全員が全員を深く信頼しており、だからこそ自由に動けて、それがいい仕事に繋がっていた。
ジャーーー!
王宮の風呂は大きい。
温泉が掛け流しで、彫刻や銅像がそこかしこにあり、湯気が濃ければ浴場の果てが見えない程。
やはり豪華絢爛で、柱や扉や蛇口、謎の大きな飾りなど、あちこちがギラギラと輝いていた。
名字持ち用の風呂でこれなのだから、王族専用の大浴場などこの比ではない程広く豪華だ。
オルカは風呂は好きなのだが、実はこの大浴場が苦手だった。
やはり自室と同じように広すぎると感じてしまい、落ち着かないのだ。
「…ふぅ。」
ザバ!
日本文化をそのまま引き継ぎ、先に体を洗い始めたオルカ。
その小さな溜め息に、ギルトはスッとオルカの背後にしゃがんだ。
「…僭越ながら、背を流させて頂いても?」
「…!」
「温泉ではよく門松殿と柳殿と一列に並び、共に背を流し合ったのでしょう?
…男は裸で語らうもの。お二人はそれをよく存じておられたのですね?」
「…ふふっ!、ええそうですね?
じゃあ、お願いします。」
「はい。」
特にギルトとオルカは郡を抜いて絆を深めていた。
何処へ行くにも同行しオルカに多くの知識を授け、オルカの成長を嬉しそうに見守るその顔は本当に優しく、幸福そのものだった。
ただ甘やかすのではなくしっかりと過ちを訂正し、だが常に紳士で誠実なギルトを、オルカはどんどん好きになっていった。
他の誰にも思わないのに、ギルトにはこう思ってしまうのだ。『彼こそが真の忠臣だ』と。
互いに時を超え求め合った二人なのだ。
特別なものなら、きっともうずっと前からあったのだろう。
ザバ…
「…オルカ様の髪は本当にお綺麗ですね?」
「丸々綺麗にギルトさんに返します。」
「おや。」
「ギルトさんは僕が知ってる男性の中で断トツにカッコイイです。」
「おやおや。」
「『ギルトさんで米が食える』って海堂さんに言ったら大爆笑してました。
オルカ王は本当に僕を笑かすのが得意ですねと。」
「…💧」
「でもヤマトは『お前ソッチなの?』って。
『俺と長官が仕事してるの一生見ていたいとか前にも言ってたけど、ソーユーコトなん?』て。
…あいつは萌えを分かってない。
なにさモエちゃんと家族な癖に萌えの一つも分からないなんて。あの隠れ頭でっかち。」
「フフ…!」
本当は『王と共に湯浴みなどとんでもない』と渋りたいところをぐっと堪え、ギルトはよくこうしてオルカと共に風呂に入っていた。
それはオルカの心を敏感に察知しているからだ。
オルカもその気持ちをありがたく受け取っていた。
王宮に着いたオルカの開口一番があんな台詞だったのは、家の無い状態が続いているので疲れが溜まってきてしまった故なのだ。
心がどうしてもここを家と認識せず、心を落ち着け安らげる空間が無い状態が続いてしまっているからだ。
そんなオルカの疲労を実はヤマトも察していて、よくギルトと二人になれるよう気を回していた。
オルカがギルトの居る場ではリラックス出来るのを分かっているからだ。
チャポン……
「ふぅ~。……最高ですね。」
だからこそ二人きりの時、ギルトはなるべく自然体で居るように、そして面白くあろうと努めた。
今も温泉の階段に寝転がりながら湯に浸かり、頭だけ一段上に置き、まるで普通に寝ているかのように浸かる姿でオルカを笑わせた。
自分が堅苦しく居てはオルカの気が休まらないだろうと、敢えてこうして振る舞っているのだ。
こんなに気を回していてはギルトの方が疲れてしまうのではと心配になるが、彼は何の苦痛も疲労も感じていなかった。
ギルトにとっては、オルカに尽くす事は何にも替えがたい幸福なのだ。
ただ大切で大切で、大事にしたいのだ。
「ちょっとギルト!、それ面白い!」
「……寝てしまいそうです。
オルカ様?、どうぞこの左腕に頭を乗せ湯に体を預けて下さい。…眠れますよ(笑)?」
「…じゃあ。」
「!」
チャポ…
「……これ最高に楽です!!」
「ふふっ!、…でしょう?」
「これ…ギルトさんだから安心して頭預けられますけど!、ヤマトだったら絶対に無理です!」
「フフフ。…私だって眠ってしまったらオルカ様の頭を落としてしまうやも?」
ザプ…
「わっ!」
「…なーんて。」
「!」 (うっっわカッコイイ!!!)
「…フフ?、…気持ちいいですね?」
「はい。」
こんなユーモアがあり優しくてカッコイイ彼が、本当に救いだった。
「グラッチェ!」
「…グラッチェ。」
カツン!
二人が風呂から出ると、ヤマトのお気に入りの乾杯の言葉でディナーとなった。
ヤマトお手製のディナーだ。
本日のメニュー、野菜たっぷり柔らかビーフのボルシチと、彩り豊かなシーザーサラダ。
厚切りローストポークのカルパッチョに、パンプキンパイ。…そして。
「!!」
「お前に聞いたのと似たような食材で作ってみたんだけど…、どうかね。」
「わあ!?、炊き込みご飯だ!」
そして、オリジナル炊き込みご飯だ。
オルカは本当に驚きながらもヤマトにお礼を言った。
皆は不思議そうに鍋を覗き込み、次々に首を傾げた。
「…なんだこのツブツブ。」
「多分…コメってやつだと思う。」
「美味しいよヤマトありがとうっ!!
ちゃんと炊き込みご飯になってるよ凄い!
お米なんてカファロベアロにあったっけ!?」
「いや、無いけど。」
「…ん?、ではこれは?」
「恐らく、コメってやつです。」
名字持ち三人はカチンと固まった。
そして直後にはオルカから炊き込みご飯を取り上げ、吐くように命令した。
見慣れない食材と余りにふわふわなヤマトの返答に『これ食べて大丈夫なやつなのか!?』と焦ってしまったのだ。
オルカは吐けと促されても吐かず、不機嫌にモグモグとご飯を飲み込んだ。
「返してシスター。」
「で、でもちょっと待って💦?
ヤマト!、一体どういう事なの説明して!」
「流石に焦ったぞヤマト。
…お前じゃなかったら首跳ねてたわ。」
「物騒だがその通りだヤマト。
出自不明?…な食材を御膳に出す愚か者が何処に居る。」
三人に咎められたが、ヤマトは不思議そうに首を傾げ、イルからお椀を取りオルカに渡した。
オルカは一度フン!と不機嫌に顎を上げると、またカツカツとご飯を食べた。
…オルカの要望で作った、彼専用の箸で。
「危険ではないですよ。
流石にそれは確認済みです。」
「…でも私も初めて見たぞ。この…コメ?
一体どういう事なんだ。」
「なんか4エリアの農場に急に生え始めたらしくて。」
「えっ?、何処の!?」
「うちの。……あ、三地区だよシスター。」
「…それは本当なのか?」
「パパと確認しに行ったんで、マジです。」
聞けば謎の植物は畑の一角の突如として生えてきたらしい。
農場主はやけに元気に生えてきた何かに訝しげにし、統治者である海堂に報告した。
『海堂さんご報告が。
4エリアの農場主が『不思議な何かが畑の一角に突然生えてきた』と。』
『!』
『ザッソウ…という物なのでしょうか?
如何致しますか?』
実は海堂はこの時、『きた』と思った。
彼はこの事態を予測し、むしろ期待して待っていたのだ。
その理由はオルカだ。
彼が王位を継承した途端、彼の求めた世界にカファロベアロは近付いた。
空が変わり風が生まれ、雨さえ生まれた。
だから海堂はこう考えていたのだ。
『オルカ王の望むものは必ず実現する』と。
『ついにきたなコレ。』
『?』
『コホン。…ヤマトを呼んで下さい。
二人で調査をします。』
『はい。』
こうしてヤマトは分厚い本を携えた海堂と共に謎の何かの調査に行った。
4地区まで移動する車内でヤマトは概要を聞き、普通に謎の植物に興味を持った。
ヤマトも海堂と同じ意見だったのだ。
『ここはオルカの望む世界に近付いていく』と。
こうしていざ謎の植物と対面した二人。
海堂はそれを見た途端、目をカッ開き分厚いノートをバラバラと捲った。
『まさか…これは!!』
『…ねえパパその本何?』
『オルカ君から聞いたあっちの世界のありとあらゆる情報を事細かに記した本!』
『ああ成る程。』
そして謎の植物は『米なのでは?』という話に。
ヤマトは毒物を検出出来る石で植物の茎や実、葉を慎重に調べたが特に毒物は検出されず、取りあえずほっとした。
『一応、食べれそうだけど、……』
『しかし妙だな。…米とは水田という水の畑で作る物だと聞いたが。』
『…普通の畑だよねここ。』
『…我々の普通は、我々の中だけの話…か。』
『どゆこと?』
『つまりこの『土』すら、オルカ君から見れば本物の土ではなく、石なのです。
…ならばあちらでは水田で育つ物も、こちらでは違った栽培法となる可能性がある。』
『…なるぅ…ほど‥ …??』
『謂わばベースの違いです。
…むしろもう、概念の完全な自由化とも呼べる能力なのかもしれない。』
『??』
そして数日後、畑は見事に金色に染まった。
ヤマトは『成長はや!?』と驚いたが、海堂からすればこれも自然な事だったそうだ。
『つまりはオルカ王が米に餓えているのですよ!』
『あー。コメが食べたくて仕方がない…と。
…ホームシックなんかなぁあいつ。
実家にも馴染めてないみたいだし。
…ハシとかいう棒二本を器用に使って飯を食いたがるし。…どうしたもんかな。』
『こちらを献上して差し上げましょう♪』
『……え。』
『元気が出る筈ですよっ♪?』
『……』
ヤマトはこの時思ったそうだ。
『ほんとガツガツだなこの人』…と。
そしてヤマトはモエと共に米料理にチャレンジした。
グチャグチャになったり、今度はカリカリになったりと苦戦したが、数日後やっといい感じに米を炊く事が出来たそうな。
『なんで『コメを炊く』って言うんだか。』
『お父さんはそう言ってたね?
『コメは茹でるんでも焼くんでも火を通すんでもなく、炊くんです!』…って。
…そういう言い方をする食べ物なんだろうね?』
『そんでオルカに無事に献上したら、うちの特産として売り出すつもりでしょ?
…飽くなき統治者精神には感服どころか引くな。』
『もうヤマト!』
ついでに言うならモエとヤマトがたっぷり毒味も済ませてくれたという訳だ。
そして海堂を筆頭に味付けにチャレンジし、遂に海堂が『うん。ウマイ!』と納得したのが…、この炊き込みご飯なのだ。
「ってわけで、パパからのプレゼントってわけ。」
ニッと笑ったヤマトに、オルカは心の底から感謝し過ぎて声を張り過ぎた。
「本当にありがとう!!!」
「うお!」「きゃっ!」
「オルカ様、…ボリュームが。」
「ごめんなさいつい!」
それ程の感動だったのだ。
自分が旅行に出ている間に皆が協力してこのご飯を完成させてくれたのも含め、本当に感無量だった。
「すっごく良く出来てるよヤマト!
本当においしい!、箸が進む!」
「…ハシが…進む…。」
「恐らくは『フォークが止まらない』と同義では。
良かったですねオルカ様?
ヤマト、私からも礼を言う。」
ギルトはにっこり笑い、ご飯をよそいスプーンで食べてみた。
ジルは眉を上げ足をフラフラさせながら反応を見ていた。
「! …これは。」
「…どんな味なの?」
「これは美味しいな。」
「へえ!、私も食べよっと!」
「でたーアネさんでたー。」
「じゃあ私も食べてみようかしら。 ……
あら美味しい!、…具材にしっかり味がついていて、コメで中和している感じかしら?
…食感は曖昧な物ねぇ。固くもなく、孤立しすぎているわけでもなく。……でも、だからこそ具材の食感が活きるわねっ?」
「流石の食レポですねシスター。」
(ショクエモ?)(ショクレモ??)(ショクレポ?)
全員が美味しいと食べ進み、見事炊き込みご飯は空になった。
ヤマトはほっとしつつ、ボルシチをゆっくりと食べた。
(…ほんと、マスターの味とは程遠いな。クソ。)
「…じゃあ僕、明日は海堂さんの所に行こうかな。
僕もあっちではずっと料理作ってたし。
米があるならこっちの調味料でもチャレンジしたくなる!!」
「フフ。宜しいではありませんかオルカ様。」
元気が出たオルカに嬉しそうに笑い、ワインを飲んだギルト。
そんな彼にジルは『いい男だなぁ。』と沁々し、ヤマトは『出たよ真のイケメン。』と惚けた。
オルカが知らないだけで、ヤマトはちゃんと萌えを知っていたのだ。
ただそれをオルカと違い表に出さないし、オルカ程激しくないだけだ。
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