第142話 一生に一度の特別な力

「さて本題ねっ?」



 イルの言葉に注目が集まった。

このディナーは名字持ちの家の特殊な能力をオルカに教える為の場なのだ。

 ヤマトはワインを飲み、心の中でパパの真似をした。



(実に興味深い。)


「そうだなそろそろ教えてやるか! ほらギル!」


(丸投げかよ。)


「そうですね。では我々名字持ちが特別と称される、その理由からお話致しましょう。」


「はい。」


(流石だわこの人。

…なんでこんなしっかり者がアネさんを選んだんだか(笑)?)



『名字持ち』。それはその呼び名の通り名字を持つ家柄の者を差す。


その名字持ちの頂点に君臨する、王家であるダイア家。

この家の最大の特徴はコアとのリンク能力だ。



「まあ御自身で自覚なされているように、オルカ様は全てにおいて特別ですが。」



 オルカはこの家の先代11人の共通点や能力から逸脱していた。

黒目黒髪で生まれるが、14才となり王位を継承出来るタイミングで髪と瞳の色が変化した先王らに対し、オルカは産まれた時から色が違った。

日に当たると光る髪は、今では何故か光らない。

法石に触れずともリンクが出来る。


 オルカからすれば、自分が他とは違う根本的理由はもう判明し納得しているので、もう特に疑問は無かった。



「他の名字持ちはダイア家に仕える存在です。

それが名字持ちの絶対の法です。

我々はダイア家に仕え、共に邁進し国を守るよう義務付けられております。

そして我々名字持ちは、一人につき人生で一度だけ、己だけが持つ特殊な能力を使用することが出来ます。

その発動には家の名、つまり血の名が必要です。

…感覚の話ですのでざっくりとした説明になってしまうのですが、『やる』『使う』と決め、己の血の名を呟く。

これがトリガーとなります。」


「…ギルトなら、『フローライト』?」


「はい。今は気を抜いているので発動致しませんが、使用する際には『Fluorite』と。」


「勿論私達は『Sapphire』よっ?」


「ああ。…茂は『Corundum』。

簡単な仕組みだろ?」


「確かに。」



 ヤマトはここで追記を入れた。

茂が使った『Alexandrite』についてだ。



「知ってっかもしんねえけど、大昔にアレキサンドライト家はコランダム家に嫁いで消失した。

けどその二家の血を引いたコランダム家の人間は、二つの特殊能力を使用する事が出来た。」


「! …もしかして、それが?」


「そう。俺の前でやったやつ。

マスターはこう言ってた。『時が止まって見えるが実際は違う。自分達が早く動いているだけだ。』

…記憶で見たけど、特殊な能力には時間制限があるものもある。マスターのAlexandriteが正にそれだった。無限に時を操れる訳じゃないんだ。」


「…茂さんの先代も同じ能力を?」


「いいやオルカ。私達の力は皆違う。

姉妹でも違うし、親とも違う。

まあ先祖の中には?、同じ能力を持った人も居たかもしれないけどね?、基本はみんな違う。」


「個性なんですね。」



 同じ家でも同じ能力を持ち生まれる訳ではない。

だが家によっては備わりやすい力の系統というものがあるそうだ。



「私のフローライト家には特に系統は無いのですが、サファイア家はかなり系統が絞られた家です。」



 フローライト家。

髪や瞳の色に片寄りは無く、家柄の能力にも特に共通点は無い。


 だがサファイア家は違った。

ダイア家と同じで女系一族で、その殆どが癒しの力を持って生まれてくるらしい。



「あ。」


「そうよオルカ?」


「よく怪我を治してくれたあの力は…。」


「ええ。私はたった一回の特殊な能力とは別に、普段から癒しの力を使えるの。

よく『わあ流石はイル様!』…なんて言われるけれど、別にサファイア家としては珍しくはないのよ?」



 オルカとヤマトは何度となくこの癒しの力を見てきた。

活発な子供達はすぐに怪我をする。

彼らの面倒を見るということは、治す機会も多かったのだ。



「あれ俺スゲー好きだった。

緑の光がふわ~…ってさ!」


「そうそう。すごく温かいんだよね?」


「…あれなあ、イルの生命力使ってやってんだからなあ?、感謝しろよ本当に。」


「「え!?」」


「もうジルったら!

そんなに驚かなくても大丈夫よ?

大袈裟な言い方をすれば生命力を使うと言えるけれど、ようは体力なの。

普通に食べてよく寝ていれば、ちょっとした怪我くらいなんてことないわっ?」


「怪我の度合いによってこう…消費?が変わったりするの?」


「ええそうねっ?、骨折は少し体力を食うけれど、擦り傷とか小さな切り傷なんてお腹もすかない程よっ?」



 オルカとヤマトはほっと安堵した。

…だがもし、もしも瀕死の状態の人間を治そうとしたら? …と、考えてしまった。



(代わりに死んじゃったりすんの~💧?)


(怪我には気を付けよう。本当に。)


(よっし効いた効いた♪

…小さな怪我でも連発すりゃマジで命を削るんだ。

使わせないように教えといて損はしない。)


(もうジルったら。)


(姉さんの言う通りだ。私は昔からそれについて口を酸っぱく言い聞かせたのに、イルは優しすぎる。

すぐに治してしまうからこっちは気が気ではない。)



 イルだけが持つ人生で一度きりの『Sapphire』もやはり癒し系統の力なんだそうだが、詳細は教えてもらえなかった。


そしてジルだが、彼女はこの癒しの力を持って生まれなかった。



「サファイア家なのに、…ですか?」


「まあな。たまに居るんだよこういう奴が。

まっ!、私は武に長けて生まれてきたからね。

相性が悪かったんじゃね?」


「ぽいわー。」


「黙れヤマト殴んぞ!」



 ギルトはヤマトとジルの会話を聞きながら、実は『余り触れないでやってくれ』と思っていた。

何故ならジルは、それがコンプレックスだったからだ。

今は普通に話しているが、幼い頃は『なんで私には癒しの力がないの?』とそれはそれは落ち込み、『私なんてサファイア家じゃない!』…と家出をしてしまった事がある程、コンプレックスだった。


幼い頃は活発な方ではあったが普通に女の子らしかった彼女が、15になる頃にはかなりクールになっていたのはそれが原因だった。

『癒しの力が使えないなら体を鍛える』と、幼い頃に結論付け、鍛練に励んだ結果なのだ。



「因みに。私の特殊能力は『引き寄せること』。」


「引き寄せるぅ? …なんか微妙。」



ゴッ!!



「イイ…つぅ…!」



 ヤマトのスネに素早い一撃が入った。

オルカは『笑わなくてよかった』と安堵しつつ、少し気を引き締めた。

その時パチッと目が合い、ジルはニヤッと笑った。



「私のSapphireはスゲーぞ?

そこに無い物でも、必ず手の中に引き寄せる事が出来るんだから。それも、一瞬で!」


「…確かに凄い能力ですね。

僕は物理的に引き寄せる事は出来ますが、遮蔽物があったらそれ以上引き寄せられません。」


(いや充分にスゲーよ。)

(充分逸脱したお力だと思いますが。)


「因みにな。…もう使用済み(笑)!」


「え!?」 「マジで!?」


「おーうよ!

だから私はもう特殊な能力は持ってない!」


「いつ何を引き寄せたんですかっ?」



 オルカはワクワクと聞いた。

ジルはフッと笑い、頬杖を突きオルカと目を合わせた。


その瞬間、オルカは『まさか』と目を大きくした。



「まさか、……僕!?」


「はい当たり♪」


「…まさか、大崩壊ん時?」


「そっ!、こいつから引き寄せて逃げた!」


「…ああ納得した。やはりそうだったのか。」


「そうだよ!、地震に足を取られたとはいえ距離がありすぎたから。

…今思うと咄嗟に良い判断したなぁ~。」



 オルカ気まずくも感動。…あとちょっと罪悪感。

まさか自分の為にそんな大切な一回を使用してくれたなんて…、今更だが本当にありがたいと感じたし、尊敬した。

…でもやはり、『なんかすみません💧』と罪悪感は残った。


 だがジルはそのタイミングで使用した事に何の後悔もなく、むしろ自分を誇りに思っていた。

『本当に良い判断だった』と。

なのでルンルンと次にいった。



「茂のコランダム家はね?、『守護』の異名を持つ家なんだよ?」


「そうそう。凄いのよっ?

代々男性は体格に恵まれていてねっ?、シゲちゃんを思い出せば分かるわよねっ?」


「女性だって武に長けていたようでな。

代々コランダム家は王家の守護神として君臨し、存分に働いてきたのだ。

ゲイル兄さんもその名に恥じぬ努力家で。」


「スッッゲー強いんだからな茂は!

もうな!、筋力から神だから神!!

テメーじゃ追い付けねえよヤマトフハハハハ!!」


「三人でよく腕や肩に乗せてもらったわよねっ!

シゲちゃんの高い高いは本当に高くて💗!

ジルなんて『もっと』ってせがみすぎて何度か天井にぶつかってしまったのよっ?」


「兄さんはコランダム家の中でも特に秀でてらっしゃったと聞いた。

あの漆黒の特別な制服がまた…!」


「カッコよかったよなあっ!?

もうあたしさ!、あの制服で笑いかけられると心臓が死にかけたもん!!」


「分かるわ分かるわっ!!

それなのにそっと溢すように笑うのよねシゲちゃんは!!」


「兄さんの背中こそ私の目標であり羅針盤であり憧れであり…。

忙しい筈なのに、何故か穏やかなあのオーラ。

ただそこに居てくれるだけで妙に癒される存在感。」


「「そうそう!」」



 茂の話になった途端、三人はドバッと話し出した。

特殊な能力どころか、茂がいかに凄かったのか、どんだけ好きだったのかのノロケ大会だ。


余りの熱にヤマトとオルカは半笑いでずっと聞き手に回った。

なんだか中断出来る熱ではないのだ。



(うひぁ。)


(凄く好かれてたんだな、茂さん。)


((すんごい熱いもん。))


「でさ!、茂の奴アレで夜はなかなかでさ…♥️?」


「止めないか姉さん子供の前だぞ。

…後で聞かせてくれ。」


((子供…💢?))


「あら?、でも私、シゲちゃんの能力は聞いていないわ?」


「……私もだ。…ジルは?」


「…あ。私も知らないや。」


「「「…だったら?」」」



 ヤマトに注目が集まった。

ヤマトは『なんだ誰も知らないんか』とワインを飲むと、うーん?と宙を見上げた。



「…特に見てないなぁ。」


「っんだよ過剰摂取のくせに!」


「過剰摂取させたのはマスターだし💢!?

あ!、因みになオルカ!?、サファイア家は医療系に強いからアネさんも血のコントロールに詳しくて結構順調に進んでるからな!?」


「!」



 喧嘩の合間に勢いでされた報告だったが、オルカは嬉しそうに笑った。

ギルトとイルは微笑み合い、ジルとヤマトの喧嘩を見守った。



「お前…茂の記憶越しに私の裸見んじゃねえぞ!?

見たら下の毛むしってやるからな!!」


「んなん二年前には見飽きたわ💢!!」


「ハーア!?、なに見飽きてんだよブン殴んぞ!!

私の綺麗な体が見飽きるはずねえだろ💢!!」


「止めないか姉さん!」


「こらヤマトそれはプライベートよ💢!?」


「勝手に夢で見るんだからしゃーないじゃんよ!?

俺だって好きで見たんじゃないし!!」


「むしろ好きに見に来いよそんだけのバディだろ私はよ💢!?」


「もうアネさんが何にキレてんのか分かんねえよ!?」


「止めろヤマト。…遊んでいるだけだ。」


「そっすね。」



 この二人は親子というよりも、まるで兄弟だ。

喧嘩する程仲が良いというものだろうか。


 ギルトは呆れながらワインを飲み、ボルシチをスプーンで掬い食べた。

それを見たオルカは『ん?』と首を傾げた。

もう皆食べ終わりお酒だけを楽しんでいるのに、ギルトだけが時折ボルシチを食べていたからだ。



ふわ…



「!」



 不思議そうにしていると、勝手にギルトの心が流れ込んできた。

それは、『美味しくて幸せ』…という感情だった。



「……」


(もしかしてギルト、ボルシチが好物なのかな?)


『このビーフ、…凄くおいしい。

ホロホロで…、オニオンとの相性が最高にいい。』


(あ、また流れてきてしまった。

もしかして、お肉が好物?

…どうしよう可愛い(笑))


『まだ食べたい…が、はしたない。我慢だ。

…この皿をゆっくり頂こう。

明日も食べられるのだから…がっつくな私。』


「ブッ…!!」



 思わずオルカは吹き出してしまった。

余りに可愛すぎる内心だったのだ。


 皆の注目が集まってしまい、オルカは笑いを堪えながら困った。

素直に言うのは余りにも可哀想だ。

だが、笑いを堪えきる自信は無い。



「フッ…フフ…ふふ!」


「…どうされましたオルカ様?」


「あ!?いえ、その、…ヤマトとジルさんが面白くて!」


「え。…俺の下の毛抜いて顔を作るってやつ?」


「オルカも賛成だとよっ?、よしやるかっ!」


「…アネさんの毛置いて金色の目にす」


「もうヤマト💢!」



ベシ!



 オルカは要らんタイミングで話を拾ってしまったようだ。

 だがしかし、この『相手の記憶なり気持ちが流れ込んでくる』というのは、少々頂けない能力だとオルカは思った。

オルカは基本プライバシーをとても尊重する。

なので、『勝手に』というのがとても不快だった。



(どうにかしないとな。)


「…で、ギルトはどんな力を?」


「!」



 元の話に戻した途端、ギルトは微かに目を大きくしてスプーンを置いた。

イルがチラッとこちらを窺ってきた気配もあった。


オルカが『なんだろうこの反応』と首を傾げる前で、ギルトは微笑みオルカに告げた。



「私の力は、決して使用してはならない力です。

…きっと一生行使する事は無いでしょう。」


「え?、…何故ですか?」


「それは私が生まれ持った力が、滅びの力だからです。」


「!」




…滅びの力。




「私は『葬る』と決めたものを、跡形もなく滅ぼす能力を持っているのです。」


「……それは、物を?」


「いえ。なんでもです。」


「…なんでも。」


「はい。…例えば人の記憶や、種族でも。

『パンを葬る』と願えば、世界からパンそのものが消え、パンという存在すら人々の記憶から消えます。」


「!」



 ギルトはにっこりと笑った。



「こんな力を持って生まれた。

そう知った時は、ショックでした。

それに恐ろしくて、何日も眠れませんでした。」


「…そう…ですよね。

とても凄いけど、危ない能力ですね。」


「はい。ですがゲイル兄さんが言ってくれたのです。

『使わないと決めればいいだけの話だ。』

…私の心はその日、ようやく解放されました。

そうなんです。全ては私の意思なのですから、私が使わないと決め、そして実際に使わなければいいだけの話なのです。」


「…はい。」



 優しいギルトには似合わない力だと、オルカは思った。


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