第143話 僕は全てを受け入れるよ

 海堂は鼻唄を歌いながら3-4地区の畑を眺めた。

今日は曇り空だが風は適度に吹いていて気持ち良かった。



スゥー…



「海堂さん!」


「おやおや!、これはまた斬新なご登場で!」



 オルカは空から舞い降り足を地に突けると、飛ぶのに使用していた土石を散らした。


 ダークブラウンのキャスケットに薄手の襟の広い白い上着、その下には黒のタンクトップ。

そして軽いダメージ加工のジーパン。

そんな見嗜みのオルカをまじまじ見て、海堂は含んだ笑みを浮かべた。



「うちから出したいなあ…オルカブランド。」


「?、どうぞ?」


「…いいんですか?」


「ヤマトも『オルカ様オリジナルブランドって売り出せば若いのに流行りそう』と言っていたので。

僕としてはこういう服を作ってくれる人が居ない事の方が苦痛ですし。」


「ああそうかそうですよね?

…ふーん。…じゃあ職人に話を持ち掛けてみようかな。」


「ぜひぜひお願いします。」



 二人らしい挨拶を終えると、にっこりと笑顔。

相変わらずとても仲がいい。


 二人の目の前には広大な畑が広がっていた。

米が信じられないスピードで成長し、栽培エリアが拡張されたのだ。

何よりも驚く点は、この米が認知されてからまだ数週間なのに全てが豊満に実り、金色に輝いている事だ。



「本当にお米だ。…信じられない。

あっ海堂さん炊き込みご飯おいしかったです!」


「昨日もお礼に来てくれたじゃないの。

モエとヤマトが本当に頑張ってくれてね?

僕は『おいしい!献上して!』ってゴーサインを出しただけのようなもんです。お気になさらずっ?」


「ははっ!」



 本当に米だというのは今オルカが確認した。

なので海堂は本格的にこれを『新食材『米』』として売り出すことを決意した。



「これねぇ、一地区に飛ぶように出るね。

簡単に食べられる『おにぎり』なる物を売り出したら五地区もヤバイな。

なんせ『オルカブランド』だしね。

皆不思議がりながらも飛び付くよ。全国的に大ヒットは間違いないでしょう。

…だとしたなら全地区にうちから店を出せば尚更いい感じ…♥️」


「海堂さんぽくて素敵です。」


「でしょ?」



『にしても』とオルカは稲を一本引き抜いた。

 根はとても短いが、実はどれもずっすりと育っている。



「……」


「…『栽培方法が違うのに不思議』。ですか?」


「あ、はい。それもありますが、……」


「では、『何故米が突然現れたのか』。」


「……」



 海堂の言葉そのままを思考していると、海堂はオルカの隣で天を仰いだ。

とても静かなのどかな空間で。



「……凄く…曖昧な。」


「…?」


「とても僕らしくないような。

…そんな話をしてもいいですか?」



 海堂の言葉にオルカは立ち上がり首を傾げた。

『どうぞ?』という意味のその仕草に、海堂は微笑み、龍の鍵を忍ばせた胸元に触れた。



「…君が門松殿と柳殿に会ったのは、コアのお導き。『本当の世界を体感してほしかったから』。

だがその為には強力な助力が必要だった。

何故なら『美しい世界を見てもらいたいから』。

…だって、もし君が本当の世界で苦難しか感じなかったなら?、君は本当の世界を尊いと、守らなければとは、…思えないから。」


「…!」



 その通りだと思った。

二人がオルカにとって最高の助力であったのは間違いない。

 だがオルカには分からなかった。

何故コアについて詳しく説明してもいないのに、海堂がそこまで予測出来たのかが。



「…どうして。」


「んー。…考えれば分かるよ。」



 海堂は微笑みながら稲穂の前に座った。

『可愛いね?』と嬉しそうに稲穂に呟くこの男が、政治に強く頭がずば抜けてキレるだなんて到底思えない、優しい微笑みだった。



「…まあ、僕は自分でもよく分からない位、色んな線を結ぶのが上手いんです。

…キーは、手紙。

君は多くは語らなかったけどね?、あれを読めば、ここがオーストラリアの未来である事は明白。」


「!」


「僕はね。受け入れるのが異様に上手いんです。

…怖いことやまさかと思うような、ピンチと呼ばれる現象が起きても、僕は怯まない。

何故ならそれを受け入れるから。

…現実を受け入れられるから僕はここまで来られた。そう言っても過言ではないかもね?」


「……」


「僕にとっては当たり前のこの受容が、他の人には理解出来ないだけ。

…『何故コアがそこまでして本当の世界の尊さを君に説いたのか』。

この理由を想像し、現状を照らし合わせれば、…」


「……まさか。」



 海堂は微笑んだ。なんともいえない笑みだった。

『この人には何処まで見えているのだろう』とオルカは思った。

同時に、彼にならばコアとの会話さえ打ち明けられると思った。

何故なら海堂の言葉は直接でなくとも、コアの願望を既に理解していると教えてくるからだ。



「…でも君は、決断が出せていない。」


「っ、」


「……納得しかなかったんだ。」


「……」


「君が帰ってきたあの日、大冒険をしてきたと報告してくれて。

…この世界が美しく生まれ変わったのも、全てはここがコアに支配された世界だからなのだ。…と。

…正に『世界の理』。

僕らが足掻いたところで、全てはコアの采配次第。

…僕はそれを受け入れる。

現実はいつだって、……容易くはないから。」


「…」



 うつ向いてしまったオルカに海堂は苦笑し、そっと頬に手を添えた。

オルカは凜に教えてもらったカタチを思い出し、口をぐっと結んだ。

温かい手が、温かいからこそ複雑だった。



「何をうつ向いているのです。」


「…え?」


「僕がこんな話をしたのは、君に絶望してほしいからじゃない。」


「!」



ザアッ…!



 強く吹いた風の中、海堂は両腕を広げ豊かな世界を示した。

金色の、広い広い世界を。



「君は自由だ!」


「!」


「君が男児なのは、他と違うのは!

君がただ特別だって事!、それだけ!」


「……」


「この世界は!、君が造り上げていくの!!」



 最高の笑顔だった。

嫌でも元気が腹の奥に沸き上がってくるような…。

 急に世界が眩しく見えた。

コアと同じ事を言われたのに、全く違う言葉に聞こえた。


 途端にオルカは上擦り、その場にしゃがみ込んでしまった。

不意にもたらされた『受け入れられた』という感動に、勝手に涙が溢れ出てしまったのだ。


そんなオルカに微笑みを向けたまま、海堂はオルカの隣にしゃがみ、背に手を添えた。



「…大丈夫だよオルカ。」


「うっ…!…っ、……化石…を!調べたんです!

門松さんが…僕の唯一の所持品の…ロバートさんがくれた化石と、法石を!」


「…うん。」


「あり得ない物だ…って。まるで一瞬で化石になって!、その後に風化していったような…!」


「…うん。」


「『わたしを壊して』…って!」


「! ……」


「夜明さんは…CaFAlOBeAlOCという名が既に答えだって!、名字持ちの化学式の羅列。

…明らかに人為的な、作為があちこちに隠されているって!」


「…うん。」


「僕の髪は炭素…だった!

…本田さんはあの時点でもう気付いていたんだ。

僕が生まれてきたのは!、カファロベアロを破壊してオーストラリアを救うためだって…!!」


「……」


「『王族は時を操る』とは!!

僕が過去の出来事を改変し、…カファロベアロの誕生を食い止めるという意味だった!!

僕には…時を泳ぐ力なんて無かったんだ!!」


「…………」


「っ、……どうして…僕なんだ。」


「!」



どうしてこんな重い責任が、僕なんかに。


僕はとても優柔不断な人間なのに。

人の意見に左右されてばかりの、自分の強い意思なんて一つも無い人間なのに。



「どうして…こんな事に…!!、なんで!!」


「…オルカ君。」


「化石を見る度思い出す。…あの、目をキラキラとさせていた……動物達を。」



やっぱり…君達なんだよね…?

僕が大切にしていた化石は。

今もそこかしこから出土している化石達は…君達なんだよね…?



「どうしてオーストラリアが、こんな事に。」



凜さんが、夜明さんが警戒していた『何か』がオーストラリアをこうしてしまったの…?


一体何が、何が起きたっていうんだ。


何故地形がこんなにも違うんだ。

何故ミストは今もこの大陸を覆っているんだ。




「~~っ、……柳…さん!!」


「……」


「柳さんっ、柳さん…柳さん!!」



柳さんは…。凜さんは…。藤堂さんは…。

調査隊の皆は、…どうなったの。



 堪えてきた恐怖、心が溢れ返り…、オルカは大地に崩れるように項垂れた。

ポタポタと落ちていく涙など気にもならなかった。

ただ現状に嘆いた。


それでもまだ嘆き足りなかった。



「…オルカ、…聞いて。……オルカ?」


「なんっで…!、どうして…!」


「うん。…聞いてオルカ。」



『全部、吐き出していいんだよ?』



「!」


「…今まで辛かったね。」


「~~っ…」


「大丈夫。僕は恐れない。

君のあちらで導いた結論、推理、…事実。

全てを僕に教えて…?」



 海堂の優しい言葉と笑顔がまた涙を誘った。

その言葉自体はとても嬉しかった。

全てを吐き出してしまいたくなった。


だがオルカは首を横に振った。

とてもじゃないが全てをここの…カファロベアロの住民に話すだなんて、残酷すぎる気がした。


 だが海堂はこう言った。



「君だってここの住民じゃないの。」


「…っ!」


「まったく。…一人で、とんでもないものを背負ってしまったんだね…?」


「~~…」


「…やはりコアには、自我があるんだね?」


「っ、……~…!」


「大丈夫。……僕は受け入れられる。」



『信じて。』

 そう強く優しい瞳で諭され、オルカは震えながら息を吸った。


これまでギルトにさえ話してこなかった全てを、オルカは海堂に話した。




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