第144話 大切な貴方へ

「あー~~…うんうん。…そう…きたか。

成る程?、なるほどナルホド……成る程ねえ。」


「……」


「…うん。僕も同じ結論かなっ?」


(軽い…!!)



 日本で行ったリンクの検証や研究、カファロベアロそのものの研究と考察。

本田の検証結果や推察、凜の見た夢や夜明達と共に行った考察。


ミストに覆われ始めてから12年間のオーストラリア流れ。オルカ達がオーストラリアに着いてからの詳細。

そしてこちらに帰ってきた時にしたコアとの会話。


 今まで誰にも話せなかった詳細を教えられた海堂は、余りにもフランクに軽く彼が思った推測を話した。



「うん。コアはオーストラリアに取り残された学者なりが作った装置でしょうっ!

その目的は『コアの破壊』。

それも今現在…Ph歴2503年時点ではなく、西暦2500年のオーストラリアに存在する過去のコアの破壊。

つまりは『ワタシを壊して』がその目的であり真意!…っで!、君は不運にも最後の王として生まれたオルカ様。

…こんなとこでしょうねっ?」


「フランクすぎませんか!?」



 海堂と話していると、自分がこんなに悩んでいるのがおかしな事のように感じてきた。

なんと恐ろしいカリスマ性だろうか。



「いや~しっかし。…重いね!

こりゃ一人の肩に背負える重荷じゃないよ。

可哀想にね~。よしよし?」


(ええぇ~…。)



なでなで。



 更にはフランクに頭を撫でられた。


 オルカは『海堂さんまでもが同じ結論なのか』とそれなりに凹んでいるというのに。



「…あの、海堂さん。」


「ん?」


「海堂さんは、…その、…怖くないんですか…?」


「怖い?、何が?」


「だからその、……僕が。」


「なんで?」


「だ…だって!、僕が…その、……決めたら。この国を終わらせると決めたら……。」



 気まずく言葉に詰まったオルカに、海堂はあぐらをかきながら『うーん。』と口に指を添えた。

オルカは可愛い仕草だなと思った。



「だって僕は、君を知ってるしなあ。」


「…え?」


「君はね、自分ではよく分からないかもしれないけどね、とても思慮深い子です。

それに本当にしっかりしてる。

自立していて、それでいて優しくて。」


(…そう…かな。)


「だからこそ君は悩んでしまうんです。

…悩まずに、コアなんて気にせずに生きることだって、君は出来るんだよ?」


「…!」


「けれど君は向き合っている。だから悩んでいるんです。

そんな真剣に、恐れずに物事に向き合い、こうして悩んでいる君が導いた結論なら…?

僕は喜んで受け入れます。」


「…………」


「怖い筈が無いでしょ!

むしろ僕は君で良かったと思っているよ?」


「…!」



 パチ!…と目が合った。

まさかそんな風に言われるだなんて、思ってもみなかった。


 奥深く優しく思慮深い。

そんな黒い瞳は、本当に凜の生き写しのようだった。



「…今日僕が言いたかったのはね?」


「?」


「この稲穂こそが証明。…ってこと。」


「…何の証明…ですか?」



 海堂はニコニコしながら稲穂の先をつまんだ。

すると実があっという間にポロポロと落ちた。

その実を渡されたオルカは、『え!?』と思わず大きな声を出した。



「…なんで。…玄米じゃない!?」


「そ。以前君に聞いた話では?、『米は収穫も手間がかかる』と。…なんだっけ?、収穫したら干して…叩いて、精米して……と。

けれどこれは既に『白米』なのでしょう?」


「はい。こんなに簡単に実は外れないし、こんなに早く成長もしません。

…なんでこんなに違うんだろ。」


「それはねオルカ君、『君がそう望んだから』。」


「…!」



 海堂はオルカの真ん前にあぐらをかき直し、指を振りながらゆ…っくりと言い聞かせた。



「よーく聞いてね。ゆっくりと、じっくりと。

この世界は、全てが、君のもの、なの。

…ちゃんと実感していってね?

この世界の、ありとあらゆる物は、君のもの。」


「…えっと、」


「つまり、『君が食べたいと望んだからこのお米は生まれてきた』の。」


「… ええ!?」


「しかも君は『水田でなくとも栽培できて、簡単に収穫できるお米が欲しかった』。だからこのお米はこうなのさっ?」


「………」



『ウソでしょー!?』…とオルカは叫んだ。

 その叫びは稲穂の上をスーっと飛んでいった。



「え!?…僕…が!?、……エッ!?」


「それ以外に理由なくない?」


「確かに!?…ですが!?」



 つい米をマジマジと見つめたオルカ。

確かに思い起こせば、『あーお米食べたいなぁ』『おにぎり食べたいなぁ』『でもこの世界で水田なんて作れるの?』『むしろもし実っても道具の一つもないや』…と、考えてはいた。

だがまさかこの目の前の立派な米畑が、そんな理由で生まれてきたなんて、信じられなかった。



「…新種のお米…的…な、…ね。」※テンパった


「うん。『オルカ米』だね。」


「それだけは止めてください!!!」


「アッハッハッハ!!」



 そのネーミングだけは本当に嫌だった。


 海堂は驚愕し続けるオルカを見守ると、土石を手に持った。



「これで飛んできたんでしょ?、ここまで。」


「あ、はい。…コアの言葉にアイディアを貰って。

固めることが出来たし、浮かせる事も出来たので。」


「ふーん?、見せてもらってもいい?」


「あ、はい。」



 そんなのはお安い御用だ。

オルカはザアッとその辺の土石を、触らずに手を翳すだけで集めた。

これだけでも見物なのだが、オルカは更に土石をギュッと集合させ固め、浮かせた。

 海堂は拍手をしながら、目の前で浮き停止する1メートル程の石板を指の裏で叩いた。



コツコツ!



「ほう固いな。…ちょっといいかな?」


「はい?」



ゴヅン!!…パラパラ!



 目にも止まらぬ早さで石板に裏拳を叩き込んだ海堂。

オルカは裏拳で起きた風を感じ本当に驚き、直後には海堂の手を気遣った。



「だ!?、大丈夫ですか!?」


「…へえ。砕けるのは端だけか。」


「駄目ですよ海堂さん!?」


「…もっと固く出来たりする?」


「え?、…えと、はい。

ですが裏拳は止めて下さいね!?」


「大丈夫大丈夫今度は足でいくからっ♪」



 清々しい笑顔で立ち上がり、直後には目にも止まらぬ蹴りを石板に叩き込んだ海堂。


オルカは『えええ!?』と、何度も石板に重い蹴りを入れる海堂をポカンと口を開き見ているしかなかった。



ゴッ!!



「へーえ!、ここまでやっても壊れないか!」


「か…海堂さん、意外です。

物凄く、その、…立派な蹴りをお持ちで。」


「?、そりゃそうだよ。」


「え?」



ヒュ… ガッ!!



「だって僕は『海堂』だもの!」


「……」 (石の悲鳴が聞こえる気がする。)


「海堂たる者!、常に己を鍛え上げるべし!

僕は体術ならそこらのに負ける気がしませんよ?」



ゴッ!! ガツッ!! ガンッ!!



 まさかの武闘派宣言。

これだけ暴れられる上に頭もキレるなら、本当に無敵だと思った。



「ふう!! 凄いねオルカ君。

その辺の塀に使用されてる石より頑丈だよこれ!」


「あ…はい。」



 良い汗を拭った海堂は『もういいや!』と、スッキリしたのか石板を解かせた。

バラ…と元に戻った土石を、オルカはなんとなく撫でてしまった。


そんなオルカに海堂は畑の柵に使用している石の一部を取るように言った。

棒状の岩が何本も地面に刺さり、それらを横向きの棒の石が繋いでいる、パッと見から柵と分かる代物だ。



「えっと、一本丸々ですか?」


「いえ?、掌サイズくらい。」



 普通なら道具を出してきてヒビを入れ砕かねばならない作業だ。

『さあどうする?』と海堂が観察する中、オルカは普通に石の上部をパキンと折り、ふわふわと浮かせ移動し、海堂の手の中に石を入れた。


これにはまた海堂は大興奮した。

『道具要らずだね!』と。



「どんな感覚なのっ?」


「えっと、…普通に折る感じ…?」


「たっはっは!」


「楊枝を…って楊枝は無いか。…割り箸…も無い。

…えっと、薄い氷をパキンと折るような?

そんな感じで、…普通?に?、折る感じです。」


「うんうん。」



 海堂は楽しそうに頷くと、『では…?』と手の中の石をオルカに見せ、妖しく笑った。



「これを光らせて下さい。ホタル石のように。」


「…え!?、それは流石に。」


「おや。何故です?」


「何故って、…… さっきのは『石を集合させただけ』で、『土石そのものを石板にしたわけじゃない』んです。」


「うーん。それじゃ辻褄が合わない!」


「…何故ですか?」



『じゃあ君はどうやって塔の頂から無事に着地したの?』

 この言葉にオルカは大きく目を開けた。

三年前、オルカは確かに塔から飛び下りた。

ヤマトと一緒に、浮石頼みで。



「浮石とは本来、地面から一定の距離で浮き続ける物です。

重い物を乗せても、可能な限り元の高さまで浮かぼうとする。

なので?、あんな高さから浮石頼みで飛び下りたなら君達は無事では済まなかった筈。」


「…そうです僕もあの時そう思いました。

反動で骨折どころか、最悪は死ぬと。」


「そう。君達が無事に着地するには『ゆるやかにスピードを落とす必要があった』。

そして君は…?」


「『出来る』と直感しました。

この世界のありとあらゆる石を自在に操れると。

…そして、本当にそうなりました。

自分の意思で、浮石を使いゆっくりと下りました。」


「そ!、つまりねオルカ君。」



『君はこの世界の、概念から造り変える事が出来るんだよ。』



「……概…念?」


「そう。つまりは『物質の特性の変更』だね。

ホタル石は触れると光る物。浮石は一定の高さで浮く物。風石は風を発生させる物。

数ある石の特徴とも言えるね?、これが概念。

けれど君は浮石をゆっくり浮力が発生する石として使用した。更にはさっきっから浮く力など持っていない石を浮かせ、移動さえした!」


「!」


「もう分かるね?

『これはこういう物』という概念を、君は簡単に塗り替える事が出来るんです!

それなのに君は『これはホタル石ではないから光らない』と言った。

それはつまり、君が概念に囚われているという事です。」


「…概念に囚われている。」


「そう。『これはこうあるべき』『これはこう使うべき』…と、無理矢理型にはめ込んでるんです。」


「!」



 オルカは放心しながら海堂の手にある石を見つめた。

海堂の言いたいことなら、もう充分に理解していた。



「……光れ。」



ポウ…



「!!」


「ほーらね!?」



 呟き命じただけで、なんて事ない石が光った。

少し黄色を帯びた光に、オルカは放心しながら海堂と目を合わせた。



「…すごい。出来ちゃいました。」


「ふふっ!、…うーん。綺麗ですね~。」


「…すごい。…うん、すごいや!」


「はは!」


「僕にこんな事が出来たなんて!

ありがとう御座います海堂さん。なんだか少し自信がついた気がします!

…それに、全部話せてとてもスッキリしました。

解決はしなくても、それでも本当に楽になれました。

やっぱり海堂さんは……凄いです。」



 嬉しそうに頭を下げたオルカに、海堂は『まだだよ?』と今度は塀を指差した。

オルカはやる気充分に塀と向き合った。



「あの塀をキラキラにしますか(笑)?」


「おおいいね興味ある!…けど?、違う。」


「ではどうします?」


「伸ばして。」


「…あ、そうきますか。」


「うん。ぐーーんと伸ばして!」


「…じゃあ。」



ゴゴゴゴ…



 イメージするだけで塀が伸びた。

海堂は拍手をしながら笑っていたが、オルカは途中で『ん?』と眉を寄せた。



「……あ。」


「ん?」


「これ以上やると、…密度不足で」



バラッ!!



 10メートルほど伸ばした時、塀がバラッと崩れた。

海堂はパチッと瞬きをすると、『ああ成る程ね』と目を細めた。

…まるで推理中の本田や夜明のようだ。



「そうか密度か。」


「はい。どうやらあの塀の石がそもそも人工で粒子を固めた物だからでしょう。」


「…元には戻せます?」


「勿論です。」



バラバラ…ギュウウウウ…



「…戻りました。」


「ほうほうほーう。

では逆に縮める事は可能ですか?」


「はい。」



ゴゴゴゴ…



 人の農園で何をやっているのやら。

 塀はみるみる内に元のサイズに戻り、更に縮み始めた。

そして限界に達するとピタッと動かなくなったが、その頃にはかなり小さい30センチ程のブロックになっていた。


 ガッチガチに固まったブロックを指先でコンコンすると、海堂は『かた。』と呟き笑った。



「ツバメがいたら面白かったろうに。」


「?」


「あいつは驚くと面白いんですよ。

きっとこれを見たらギャーギャー叫びその辺をのたうち回りながら驚いてくれましたよ。」


「それもどうなんでしょうか(笑)!?」



 最後に塀を元のサイズに戻し、検証は終わった。


 自分の手を閉じたり開いたりしてじーんとした顔をするオルカに、海堂は腰に手を突き、今日の目的を達成すべく口を開いた。



「きっと君なら、石の色を変えたりっ?、家さえもパッパと建てちゃうのかもねっ?」


「あはは!、安上がりでいいですね?」


「ね!…だったらさ?、そんな事まで出来ちゃうんだからさ?」


「?」


「部屋の間取りくらい、簡単に変えられるよね?」


「…!!」



…海堂さん。 まさか、…まさか!



「調度品だって好みのサイズと色に変えられるし、例えば壁を伸ばして…更にドアを作って二部屋にしたりっ?、大きな一枚の窓を二枚にしたり!」


「~~っ、」


「大きな空間を分割してさ?

ここはクローゼットルーム!、ここは寝室!、ここは居間!…と分けてしまったり。

ベッドが大きすぎたなら小さくしちゃえばいいし?

ホタル石が多すぎて眩しいなら減らせば良い。」


「海…堂……さん!」



 またウルウルきてしまったオルカを、海堂は優しく腕に包んだ。

優しく優しく、ポンポンと背を撫でた。



「…今までこんなこと一度も言った事がないし、誰に思った事もない。

けれど、…言うね?」


「うっ!…何…ですか?」


「僕は一生、君の味方だよ。」


「!!」


「君は王様だ。…けれど、君は僕の友人だよ?

掛け替えのない…大切な友人。」



海堂さん。本当にありがとう。


僕のために、検証しながら教えてくれて。

『君なら出来る』って、こんなナチュラルに教えてくれて。

気が付けば、自信がついていました。




「…よし。」



そうだ。僕は造らなきゃ。

僕だけの世界を、僕の手で。



 オルカはこの夜、部屋を作り替えた。

自分が落ち着けるように色を変えサイズを変え。


その作業は時を忘れる程に楽しかった。



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