第145話 ヤマトのお仕事
「行ってきまーす!」
「あーい行ってらっしゃーい。」
とある朝、ヤマトはモエを大学に送った。
いい笑顔で手を振り院内へ駆けていくモエ。
同じく手を振り送り出したヤマト。
周りの学生は『キャーカッコイイ!』『うわ政府だ若いのにすごー!』と羨望の眼差しをヤマトに向けていた。
「…ヤマトはもう卒業したの?、早くない?」
「一応まだ在学中。…俺は特待だから。
来年の7月までに論文提出すればそれで卒業。」
「本当にすごいね!?」
「まあね。俺が政府入りしたのは教授もみーんな知ってっし、たまに頼られたりしてるよ。」
一緒にモエを送ったオルカは、信じられない程優秀でモテるヤマトをつい凝視した。
「……こう言っちゃなんだけど、…君ヤマト?」
「ヤマトだっつに殴んぞ。」
校門を後にした二人。
ヤマトは煙草に火をつけ、手を振ってくる人にも会釈する人にもにこやかに対応した。
こんな制服っぽいことをするヤマトは、オルカからすれば別人にしか見えなかった。
「本当に制服なんだね~。変な感じ。」
「まあね。…制服は国民の模範たれ。ってな?
…自分が子供の頃、どんな気持ちで制服を見ていたか、分かるじゃん?、だから絶対に裏切る事はしたくない。」
「うん。…うんそうだね?
会釈して笑顔向けてくれるだけですっごい嬉しかったもんね?」
「そうそうソレ。…だから適当な対応したり杜撰な奴が居ると苛ついてしゃーないよ。
…まあ、保安官が人をブン殴ってるような?
あんな光景がないだけ、…マシだよな。」
「うん。そうだね?
それにしても、モエちゃんも大学なんて凄いね?
まだ16才なのに。」
聞けばモエも相当頭が良く、アングラの頃から飛び抜けて賢かったらしい。
その頃から海堂が直で勉強を教えていて、モエが海堂の養子になったのも大学に通う為だったんだそうだ。
で、彼女も特待生だ。
故に16才でありながら大学生なのだ。
「でもなんかさー?、二年前くらいから?、料理の方にはまってて。
大学卒業したら店を開きたいんだとさ?
…勉強した意味は何処にっての。」
「…ふーん?」
(それは、ヤマトに美味しいご飯を作ってあげたい気持ちからだったんじゃ…?)
「まあいいけどさ?、あいつの好きにすりゃ。」
「…だね?」
本日は『ヤマトのお仕事見学デー』だ。
オルカが見てみたいからと勝手に決めた。
ヤマトの一日は毎日同じようで地味に違う。
政府の仕事とは、国民の生活が安全に滞りなく行えているかを調査し、改善点があれば改善策を上へと求める事や、農作物や石の収穫が順調かを調査したり、…と中々幅広い。
故に細かく部所が分かれていて、それぞれが稼動している。
ヤマトが所属するのは『地域担当』という部所で、これはその名の通り各地区の治安保持やトラブルの際に国民を守る役割を担っていた。
各所に設置された派出所の保安官とも綿密に連携する、国民に一番近い政府の役職と言えた。
それプラス王宮付きとして働いているのは、実はヤマトだけだった。
殆どの者が王宮付きになったら部所を離れるからだ。
誰もが憧れだった王宮から離れたくはないし、賃金だって充分貰えるので部所に所属している必要がなくなるからだ。
「フゥー。…俺はこの仕事好きだし、むしろこっちがメインみたいなもんだから。
…制服やるなら王都に籠っててもしゃーない。
国民に直に触れ、直に国を見る。歩く。
…じゃなきゃ国民に寄り添うだの、どの口が言うん?って感じじゃん?」
「…立派すぎて目が点だよヤマト。」
「制服ならこんなの当たり前だ。」
…とヤマトは言うが、そんなことはない。
ヤマトは制服の中でも一際意識が高かった。
こうやって制服を纏い、ただ歩いているだけのように見える巡回も、ちゃんと意味があるのだ。
崩れたブロックは無いか。水道は足りているか。老朽化した公共物はないか。
歩いてはすぐに足を止め、また歩いては止まり…と、実際にそこで生きる人々の目線になり思考するのだ。
「すみません制服様、…あの…」
「はいどうされました?」
「実は裏の用水路の柵が錆びていて。
子供が触ってグラついて初めて気が付いたんですが。」
「すぐに拝見致します。案内して頂いても?」
「ええお願いします!」
そして声がかかれば、決して面倒がらず率先して行動する。
その声や背はピシッとしていて、とても18才には見えなかった。
(本当にヤマトじゃないみたいだ。
…凄い。信頼されてるのが見てて分かる。)
ヤマトはこんな自分を『マスターの恩恵だ』と考えていた。
茂の血を取り込み、茂の真面目さが自分に移ったのだと。
…だが実際は、全く違った。
これはヤマトの真面目さと誠意が現れただけなのだ。
オルカは見ていてそれを直感した。
(あんまり『君だれ?』とか茶化さないようにしよう。…なんかごめんねヤマト。)
「ここが… …え!?、オ…オルカ様!?」
「あ、お気になさらず✋」
「やっやだ私ったらなんて不敬な…!!」
「いいんです影薄いんで。」
ヤマトは肩を揺らしながら『勘弁してくれ』と口を塞いだ。
実はこの二人が共に歩いていると、ヤマトばかりが目立ってオルカは殆ど気付かれないのだ。
恐らくだが、テレビの無いこの世界で、オルカの見目を正確に知っている者が少ないからではと思われる。
対してヤマトは制服を着ているので、誰が見ても目立つのだ。
しかも背が高く顔が良くスタイルが良く若いので余計にオルカを隠してしまうのだろう。
(今日何回目だよ…!、笑わせんなっての!)
「…これは交換しなければなりませんね。
申請を出しておきますので、数日内には検査の者が調査に来ますので、それまでは子供には近寄らぬようにと。」
「あ、はい!、ありがとうございます。」
サラサラと『No Touch』と紙に数枚書き柵に貼っていったヤマト。
オルカは『すぐに直せるけど…』と少し悩んでしまった。
彼は日本で経済を少し学んでいたので、今自分が柵を直してしまったら柵を売っている業者の売上が下がってしまう。…と考えたのだ。
「では失礼致します。」
「ありがとうございました!
オルカ様!、今日も貴方様のお陰で暮らしていけています!、本当にありがとうございます!」
「いえそんな。」
またメインストリートに戻りながら、オルカはヤマトがこの辺りの住民にとても頼りにされ、信頼されている理由に納得していた。
これだけ親身に真摯に対応してくれるなら、評判が評判を呼ぶのは明らかだ。
「…ねえ、あの柵幾らくらいするの?」
「ん?、…んー。見た感じ結構ガタがきてたし全交換になりそうだから…、ざっと100万くらい?」
「うっ…わ。」
「柵自体は30万くらいだろうけど、根元壊して埋め直しだからさ。日数と人件費と材旅費で、まあざっくり100万くらいかなって。…なんで?」
「あ、いや、…実はさ?」
オルカは『自在に物を操れる』という話をヤマトにした。
ヤマトは眉を寄せ『マジかー』という顔で聞いていたのだが、オルカの言葉にピタッと足を止めた。
「さっき直そうかなと思ったんだけど、100万も動くなら直さなくて正解だったかな。」
「…! ……そうか。すぐに直せたってことか!」
「あ、うん。…でも僕がこういうのを乱発したら、あちこちに経済的余波が生まれちゃうから」
「んなん関係ねえだろ!」
「え!?」
パシッ!
ヤマトはオルカの腕を掴み、現場にとんぼ返りした。
そして柵を慎重に腕で押していくと、数ヶ所がバキバキと折れた。
『ええ!?』とオルカはヤマトを止めたが、ヤマトは構わずその用水路の柵全てに体重をかけていった。
「よし。折れたのは五ケ所か。…直せオルカ!」
「え!?、…だからさっき言ったでしょ!?
僕がなんでも直せると分かったら」
「人命が第一だ。」
「!」
「…いいからほら!、さっさと直せって!?」
勢いに負け、折れた箇所だけ直したオルカ。
ヤマトは張り紙の位置を変え、ニヤニヤしながら現場を後にした。
「ヤベーマジで直っちゃったよ!」
「…うーん。」
「これで親も安心だろ。」
「…!」
今度はオルカがピタッと足を止めた。
驚いたような、呆気に取られた顔をするオルカに気付き、ヤマトは顎でその辺の建物を差した。
「この辺チビが多いんだわ。」
「!」
「物流だの経済も大事だけどさ、一番大事なのは人命だろっ?」
「…………」
「柵全直ししたら…、『ええ!?オルカ様そんなことも出来るんですか!?、じゃあここも!』って、秩序が失われちまうけどさ?、あんなチョロっと直したところで誰も気付きゃしねえって!
業者は首を傾げるけどなっ?、『あれ?、なんか所々新品みたいなんだけど。…なんで?』て!
…それはそれで使い回せばいいし、気になるなら壊して全交換すればいいだけじゃん?」
「…………」
「ニシシ♪、マジサンキュなオルカっ?」
片目をつぶりながら舌をベッ…と出し笑ったヤマト。
オルカは彼の言葉、精神に……
「……僕は愚か者だ!!」
「うお。」
「僕はっ、なんにも分かってない…!!」
「…あー。…どしたん急に。」
物凄く凹んだ。
だが、ヤマトのお仕事見学は本当に勉強になった。
『国民に尽くす』の意味が具体的に見えたような、最高のお仕事見学だった。
「ハーイ!ヤマトっ💓?」
「あらお姉さん。久しぶり?」
時折とても親しそうに制服女性がヤマトに話しかけてきた。彼女らもオルカに気付くのが遅かったが、やはり一般人とは違い20秒以内には皆気付いた。
「やだ私ったら…オルカ様の前ではしたないっ!」
「…いえ、お気になさらず?」
「ふふっ!、……ねえヤマト?、今夜空いてる?」
その誰もがヤマトに『今夜空いてる?』と訊ねた。
だがヤマトは微笑み、皆にこう返した。
「ごめん、空いてない。」
「あらそう。…ざんねんっ?」
「ハハ!、悪いね?」
そして笑顔で、こう続けるのだ。
「若いし綺麗なんだからさ?
お姉さんもそろそろ止めて、本気で探したら?」
彼女らはキョトンとしたり時に寂しそうにしたりと反応は様々だったが、最後には皆いい笑顔でヤマトを送り出した。
「そうだね?、最高に楽しい時間をありがとっ!」
ヤマトは全ての女性関係をリセットした。
自分らしく、清々しく生きていく為に。
オルカにはなんとなくそれが分かった。
それこそヤマトの内面がどんどん楽になっている証拠だと思い、ただ『頑張れ?』と思った。
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