第146話 地下牢

 午前を担当地区の巡回に使い、執行議会に帰還したヤマトとオルカ。

そのまま二人は執行議会の地下牢を目指した。


 この牢は罪により段階が決まっていて、殺人等の凶悪犯罪を犯した者は最も深い地下三階に。

窃盗などの軽めな犯罪者は一階に。

その中間の罪の者は二階に、と分かれていた。


政府の者は階を『層』と呼び、政府と保安局合同の部所、『取締局』に属する者達が交代で見張りをし、一日に何回も巡回し、トラブルの無いように努めていた。



「僕ここに来るのは二回目なんだ。

ギルトは一層をチラッと見せてくれただけだった。」


「そりゃなあ。帰還したばっかの王様に見せるにはちと重いからなぁ。

ああそうだ。トルコ達は二層に収監されてる。」


「…え?、子供もみんな一緒に?」


「何驚いてんだよ俺らの頃は10才から刑事罰の対象だったろ。…今は14才から刑事罰対象だ。」


(ああ、そうだった。)


「女性と男性の区分はあるけどな?」



 二人はトルコ達に会いにきたのだ。

あとヤマトは別に気になる事があってその確認に。


 二人が一層に入ると、牢はザワついた。

彼らはオルカを見るのが初めてなのだ。



「オルカ様…!」


「助けて下さい!」


「どうか慈悲を!」



 助けを懇願する彼らをヤマトがギロッと一瞥すると、彼らは怯えたように黙り、牢の角に。



「…気にするなオルカ。」


「……」



 オルカには分からなかった。

何故己の行いでここに入る羽目になったのに、他人に助けを求められるのかと。


親衛隊であるイル、ジル、茂。そして刑事二人に育てられたオルカからすれば、ただ『助けて』と懇願するのはお門違いに感じた。



「…みんな。」


「お…い、オルカ!?」


「皆、聞いて?」



 ヤマトの制止を聞かずオルカは足を止めた。

皆はオルカに心酔したような顔をし、注目した。



「僕は皆が何をしてここに来てしまったのかを知らない。

もしかしたら政治的な理由があったのかもしれないし、仕方なかった事も、あるのかもしれない。」


「そう…そうですオルカ様!」


「けれど罪を蔑ろにして、責任を取らずに外に出て、君達は幸せなの。」



 ヤマトが目を大きくする中、オルカは続けた。

その声はとても静かなのによく響いた。



「僕がここで君達を無罪放免にして。

そうしたら君達は感謝するかもしれない。

…けれどそれは本当の愛ではない。

僕が君達に渡せる本当の愛は、君達が『こうだったなら犯罪をせずに済んだのに』という声に耳を傾け、実行する事だと思う。」


「……オルカ様。」


「もしそんな理由が、要望が無いのなら。

それは間違いなく君達の心と行動の問題だ。」



 それだけ言うとオルカは立ち、二層への扉を潜った。


 ヤマトは微妙に怒ったような顔で隣を歩くオルカを忍び見て、『ヒュ~』と口笛を吹いた。



「言うねえ。」


「素直な意見を口にしただけだよ。」


「…成る程。」


「門松さんが言ってたんだ。

『よく親が犯罪犯した子供の保釈金を払い。…なんてのがあるが、あれは間違ってる。

親なら、自分の責任は自分で取るという事を教えるべきなんだ。だからそういう奴は再犯しやすい』。

…その保釈金が親からの愛として受け取られて、子供が改心するって場合もなくはないけど、何度もそうやって甘やかされたら『今度も出してもらえる』『金で解決できる』と思い込むことが多いって。

…罪が軽視されてしまうんだ。

そもそも僕は、法で裁かれたのに『助けて』なんてどの口が言ってるのかなって思ってしまうタイプだからなんか無性にイラっと」


「おちつけ落ち着け!」



 しかし、なかなからしくなってきた。

『変わったな』『すごいな』とオルカはヤマトによく思うが、それはヤマトも同じだった。

『こんな風に自分の気持ち言う奴じゃなかったのに』『すげー核心突くな』『自立してんなー!』と、こんな時はかなり見直していた。


少し天然で、イラッとくるとなかなかの我を発揮するが、それこそがオルカの持ち味になるとヤマトは考えていた。



「いいと思うぜ?」


「…ハァ。どうだろ。

あんな風に言われた彼らは絶望するのかもしれない。

…僕が思っている以上に、この国の人にとって僕は灯台のような役割のようだし。」


(……ごめん。『トウダイ』て何?)


「…まあ国民の絶対な崇拝対象なのは間違いない。

けど、俺はそれでいいと思う。」



『その通りだと思ったよ。』

 ヤマトのこの言葉に、オルカは少し元気が出た。





「やあトルコ。」


「!…オルカ。」



 トルコは二層の中央の牢に入れられていた。

だが他の兄弟は少し扉に近い牢に入っていた。

 層では刑期によって牢の位置が変わるのだ。

出口に一番近い者から順に出所していく。

なのでトルコはすぐに牢を出られると言うわけでもなさそうだ。


 トルコは驚きつつも、ニッと笑い親しげに二人と話した。

オルカからすれば少々意外な程、普通に話した。



「折角の良い天気を見られないのは辛いが?、まあこれも刑の一環だ。…ありがたく受け取るよ。」


「おお。偉いねトルコ。」


「……オルカ兄は変わんねえな。」


「そうでもないよ?」



 ヤマトは二人が会話する中少々中座し、二層には他に誰が入っているのかを確認していった。

だが警戒していた人物は居らず、取りあえずホッとした。



(やっぱりバグラーは三層か。

…トルコにバカ教えたのは間違いなく奴だ。

パパから聞いた感じ、あいつはマジで頭のネジがぶっ飛んでる。

…同じ層に居ないのは唯一の救いだな。)


「おいヤマト!、有り難く貰ったぜ!?」


「…なんの話!?」



 トルコの掛け声に戻ったヤマトは、トルコがフリフリと振る手を見て、呆れ溜め息を溢した。



「ハア!! …オルカ様!、その様な施しは困ります!!」


「きゅ…急になにヤマト!?」


「ブワッハハハハ!?

な!?、なんだソレお前誰だよギャハハハッ!!」


「菓子は贅沢品でしょう!!

これでは刑務になりません!!」


「ご!、ごめんなさいつい!?」



 思わず制服モードで説教してしまった。

 トルコは初めて見るモードに爆笑したが、笑いが落ち着くと菓子をオルカに返した。



「俺より、…エリコに。」


「!」 「……」


「…俺が居なきゃ眠れないんだあいつ。

きっとジェシカ達も手を焼いてると思う。

オルカ兄からこれ貰ったら少しは元気出るだろ。」


「……分かった。」



 二人はトルコに別れを言い、女性用の二層に向かった。

道中ヤマトは菓子についてプリプリと怒り、オルカは素直に反省した。



「つい、お兄ちゃんスイッチが入っちゃって。」


「そもそもなんで菓子なんか持ってんだよ!?」


「ヤマトの家に向かう道中で貰ったんだ。

一杯貰っちゃったから、一つくらいいいかな兄弟のよしみで、…と思っちゃって。」


「ったく!、笑えるし腹立つなあ。」



 小さなパンケーキをみっちり持ち歩いていたなんて、本当に今知った。


 扉を潜ると女性用の牢が。

ジェシカやエリコ達はトルコ達よりも扉に近い牢に居た。



「ヤマト…!、オルカ兄!!」


「…よう。」


「やあ皆。…監守に聞いたよ?

とても反省しているし、奉仕も真面目にやってるって。」


「……オルカ兄が、…」


「……」


「私達を捨てたんじゃなくて、私達を信じて…。だからトルコを叩いたんだって。

…だからヤマトは来てくれたんだって、分かったの。」


「!」 「…!」


「……シスターには謝りました。

…馬鹿だった。あんなに泣かせた。

だからせめて…少しでも早く出て、…格子越しでなく、ちゃんと謝って、お礼が言いたいの。」



 女性陣が扉に近いのは、ジェシカが本当に内省し率先して皆を説得し、努力した結果だった。


 彼女は角の取れた顔で二人に泣きながら謝った。

きっとずっとこうして謝りたかったのだろう。

そんな姿を見ていると、彼女の綺麗な顔をポロポロと涙が伝うのを見ていると、二人まで貰い泣きしそうになってきた。



「うっ…ひくっ!、本当にごめんなさい…!

普通に働いて…普通に生きれる世界に…してくれたのに!、あたし…あたしっ!」


「ズ!…過ちは誰にだってあるよジェシカ?」


「ヤマトもごめ…ごめんね!!

ヤマトの気持ちなんて…一つも…一つも!」


「……いいから。俺も悪かったし。」


「うわああん!!、オルカ兄ごめんねえっ!!」


「うんミリア。…辛いだろうけど頑張ってね?

僕はいつだって皆を想っているからね?」



 ジェシカだけでなく皆が二人に泣きながら謝る中、一人だけ角に座る女の子が。…エリコだ。

彼女は泣きもせず、笑いもせず、じっと膝を折り無表情に喧騒でも見るような眼差しを向けていた。





「…結局、食べてくれなかったね。」


「ありゃ重症だな。…はぁぁぁ💧」



 結局最後までエリコは口を開かず、皆がお菓子を貰っても彼女は受け取る事さえせず、最後には何も見たくない聞きたくないというかのように、膝に顔を埋めてしまった。


 二層から一層への階段を上がりながら、二人は重い溜め息を溢した。



「多分眠れてもないんじゃねえかな?」


「…孤児院に来た頃だってもっと明るかったのに。

彼女にあんな目で見られるのは初めてだよ。

…まるでゴミクズだの、汚物を見るような目だ。」


「そりゃ言い過ぎだろ(笑)!…って言えたら良かったんだけどなぁ。  …!!」



 廊下を曲がろうとした瞬間、ヤマトはハッと目を大きく開けた。

廊下の奥に自分をチラ見した男が居たのだ。

それも、保安官の制服の。



「…………」


「…ん?、ヤマト?」



…嫌な感じがする。



 ヤマトは足早に牢を出た。

口数少なく急ぎ足で向かったのは、ギルトの居る長官執務室だった。



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