第147話 欲の果て

「牢の監守から保安官を除外しろ…?」



 眉を寄せたギルト。

 突然ヤマトがオルカを連れ現れたと思ったら開口一番そう言われ、思わずおうむ返ししてしまった。

ヤマトの隣に居るオルカもよく分かっていなそうな顔をしている。

故にギルトはもっと訳が分からなかった。



「牢の監守は取締局に一任してある。

私も詳細は資料を貰わねば分からないのだが、しかし分からん。突然すぎるだろう。」


「…理由は、俺の懸念程度のものです。

ですが、警戒するに越した事はないかと。」


「懸念とはつまり?」


「……バグラーです。」


「…バグラー。」



 その名ならギルトにも覚えがあった。

三年前、第二期大崩壊後、海堂が『共に一掃致しましょう?』と一斉検挙を申し出た、三地区のアングラの半分を支配していた男の名だ。


当時、地の利があり敵を知り尽くした海堂の的確な指示によりバグラー一味は無事検挙された。

それからはバグラー含む数名が三層に、他は二層に振り分けられ、三年経った今では半数が既に社会復帰していた。



「…で、お前の言う懸念とは?」



 促すように眉を上げたギルト。

ヤマトは少しだけ思考すると、目線を横に逃がしつつ口を開いた。



「人によって、何が快楽であるかは違います。

ある者は人の幸福が。ある者は恋人との時間が。」


「…ふむ?」


「中には、人を痛ぶる事で快感を得る者も。」


「…ふむ。」


「私とオルカの幼少期、保安官の暴行は正直日常茶飯事で。『犯罪者は犯罪者』という理念に基づいた行動であったと今は理解していますが、国が豊満に包まれた今、保安官の権利は当時与えられていた物とは比較にならない程縮小されました。」


「…存じているとも。権限を制定し直したのは私だ。」


「はい。現在保安官はトラブルが起きた際に政府に伝達を入れる役目と、政府が到着するまでの現場指揮が主な業務。

…つまり、人を裁く権利は彼らには無い。」


「ああそうだ。」



 ギルトとオルカは少々首を捻った。

ヤマトが何を言いたいのか、いまいち分からないからだ。

だがヤマトは真剣に続けた。



「恐らく、法改定で保安官の大多数が安堵したかと。

実際、保安官の暴行はピタリと止まりました。

それは彼らにとっては望まぬ暴行であったからです。」


「…そうだな?」


「…ですが、そもそも。『暴行して見せしめにしろ』と、長官は命じたのですか?」


「!」


「違うのでしょう?

では何故、『厳しく取り締まれ』と命を受けた彼らは『犯罪者を暴行する』に至ったのですか。」


「………」


「つまり、『誰かがそう強制したから』です。

貴方の耳に目に止まろうが…、全国的にそういう風土にしてしまえば、貴方はそれを制止出来ない。

…実際、そうだったのでしょう?」


「……」



 そうだった。正にヤマトの言った通りだった。


 大崩壊によりカファロベアロは大飢饉に見舞われた。

故に牢に囚人を入れる余裕すらなくなり、ギルトは『犯罪者は厳しく取り締まり再犯防止に尽力せよ』と命じた。

政府が手一杯なので保安官の権限を増やし、その場で裁く権利を与えた。


だが暴行の許可などギルトは出さなかった。

それなのにいつの間にか、ギルトが忙しくあちこちを駆けずり回る間に、保安官は当然のように犯罪者を暴行するように。

最初こそ保安局を咎めたギルトだったが、全国規模でその制裁が根付きどうにもならなくなってしまった。

更にギルトは常に激務で、結局見て見ぬふりをせざるを得ない状況に陥ったのだ。



「…ふう。……流石だなヤマト?」


「少し考えれば分かることです。」


「…自分が情けない。どうにも手が回らなくてな?、保安局に一任し続ける他無かった。」


「それはいいのです。」


「…!」


「……分かっています。」



 てっきり自分を咎められているのかと思っていたギルトだったが、ヤマトの深い納得にキョトンと瞬きをした。

 オルカはまたふわ…とギルトの心が勝手に入ってきて、『え?』とギルトを凝視してしまった。



(…まただ。そこまで強い感情を抱いてる訳でもないのに、なんで流れ込んで…。)



 その感情は、『嬉しい』だった。

オルカは何故ギルトの心だけがこんなにも簡単に流れてきてしまうようになったのか疑問に思いつつも、ギルトがヤマトに理解を向けられる度にこうやって心から安堵し、嬉しく思っていたのを知った。


 だがヤマトの温度は上がっていた。

彼が本当に伝えたかったのは、ここからなのだ。



「当時、犯罪者を暴行していた保安官の中には、趣味のように暴行を繰り返していた者も。」


「…ヤマト。流石に憶測が過ぎるぞ。」


「ですが事実です。」


「…何故、事実だと言い切れる。」


「…何度も見ました。」


「何をだ。」


「笑っている顔を、です。」


「!」 「…!」



 オルカはハッと目を大きくし、勝手に口から溢してしまった。



「そうだった。」


「…オルカ様も、そう思われますか?」


「…はい。残念ながら。

近所に居た保安官が、…特にそうで。

仲間の保安官が止めても、『こういう奴らには体で分からせるべきなんだ』…と。……気絶しても、殴ったり蹴りを入れたり……。」


「………」


「つまりですね長官。

保安官の中には、『他者を痛ぶる快感に目覚めた者が居た』のです。」



 ヤマトの言葉にピリッと顔を引き締め雰囲気を変えたギルト。

オルカは何故ヤマトがそんな事を言い出したのかは分からずとも、充分あり得る事だとギルトを諭した。



「門松さんも言っていました。『どの組織だって一枚岩とはいかないことが多い』と。

…実際、警察官だからといって善良な人間というわけではなく、警察官のような…人を裁いたり、それに近い職業の者。つまり権力を与えられた者の中には、権力を得たが故に歪む者が居ると。

…そしてそういう者は、一介の犯罪者よりも厄介な存在になると。」


「……」


「…僕は今でも保安官が苦手です。

きっとヤマトも。…それにはちゃんと根拠が。」


「はい。俺らが見てきた保安官は…酷すぎた。

…影で仲間に暴行を強いているのも見たことが。」



 ヤマトは苛立ちを隠し、訴えた。

本当に憶測と勘で、ギルトに進言した。



「暴行を趣味としていた彼らは、改定後、その欲求を何処に向けているのです。」


「…禁止された欲求の矛先…ということか?」


「はい。…私は知らず知らずその答えを知りました。」



 ヤマトはオルカに向き直り、『牢だ』と呟いた。

オルカは『え?』と眉を寄せた。


ヤマトはまたギルトに向き直り、今さっき牢に寄ってきた事を告げ、この憶測の根拠を話した。



「皆、オルカに気付いた途端、こう言ったんです。

『助けて下さい』と。」


「!! …そう、…確かに、そう言われた。」


「私はその言葉を甘えと受け取りました。

ので、黙るよう目で訴えました。……平たく言えばおもっくそ睨み付けました。」


(…そういう素直なところは好きだぞヤマト?)


「すると彼らは一斉に牢の角に。

…やけに素直な反応です。

今思えば、素直すぎる反応なのです。」



 確かに誰もが怯えたような、ヤマトから逃げるような反応だったとオルカも思った。


それに、よくよく考えればその反応はおかしいのだ。

彼らは牢に入ってはいるが、体罰を受けている訳ではない。時間になったら牢から移動し、労働という形で社会奉仕し、それが終われば風呂に入り、食事を貰い、寝るのだ。


生活の全てを監守と共にするのだから、逆に親しみが生まれる方が納得出来るのだ。



「…そうだよ。おかしいよ。

あれは監守という制服を警戒する態度だった。」


「……」


「それで、これがトドメです。」


「…なんだ。」


「例の保安官の姿を見ました。」


「…!!」



 オルカは眉を寄せながらヤマトを見上げた。

ギルトも『成る程?』と納得したような、憤りを見せるように腕を組んだ。


ヤマトは必死な顔を隠しながらギルトに訴えた。



「囚人達は暴行されています。

保安局を監守業務から外す…とはいかずとも、どうか内部調査を」


「承知した。」


「!」


「すぐに信頼のおける者を送ろう。

…して、最初の話がまだ終わっていないぞ?」


「…はい。」


「『バグラー』。何故その名を最初に出した。」



 ヤマトは背筋を正し、侮蔑を隠しながら口を開いた。



「パパから聞いた話、バグラーは本当に悪質な商売人で…。人身売買をメインの商いにしていたと。

つまり人間の醜い欲を暴き、付け入るのが上手いのです。

保安官を抱き込み、三地区だけでなく地下を通じてあちこちと取引をしていたとも聞きました。」


「…保安官、若しくは保安局そのものに通じていた、と?」


「はい。」


「つまりお前は、『今現在もそれは続いていて、脱走なり暴動なりを奴が企てる可能性が十二分にある』…と。」


「そうです。」



 少々突拍子もない話に感じるが、バグラーならばそれが可能だとヤマトは確信していた。

ギルトは思考しつつも、海堂にも話を聞いてみて『やるね!』と返されたならば、充分あり得る事だと踏んだ。


何よりも危惧すべきは、そんな事が起きてしまったなら余波で何が起こるか分からないことだ。



「…優先すべきは国民の安泰だ。」


「!」 「……」


「お前の言う通り、警戒するに越したことはない。

この後すぐに調査隊をピックアップしよう。」



 ヤマトは目を大きく開いた直後、嬉しそうに笑って『はい』と答えた。

 オルカは『嬉しそうにしちゃって?』と笑いつつ、ギルトに願い出た。



「その調査、僕がやります。」


「な!」 「…おいおい。」


「ヤマトも見たし、思ったでしょ?

僕は僕が思っているよりも国民の灯台なんだって。

…あの『助けて』にそんな意味が込められていたのだとしたら、僕にキツく言われてしまった彼らは今絶望の淵に立たされてる。」


(…何を仰られたのか。) (確かになあ?)


「それに、制服を着ていると逆に警戒してしまって、本当の事が言えないかもしれない。

もし本当に暴行が行われてしまってるなら、口止めに脅されている筈だもん。

…だから制服は逆効果だと思う。」


((仰る通りで。))



 オルカの強い要望に少し悩むと、『では…』とギルトは席を立った。



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