第148話 実態に溢れる溜め息

「ふむふむ。…あいつならやるね!」



 海堂は実にフランクに返した。

余りの清々しさにギルトの顔が微妙な笑顔で固まってしまった程だ。


ヤマトは海堂の返答にパンと足を叩き立ち上がった。



「よっし裏取れたあ♪」


「成る程成る程~。トルコもバグラーに通じていたし、うん。いいトコに目を付けたねヤマト!

これは冗談抜きに警戒した方がいいよ。」


「でしょパパ~?」


「パパ言わない。」



 オルカの隣に居たイルは悲しそうに口を尖らせ眉を寄せた。



「囚人に暴行を働いているかも…なんて。

事実なんだとしたら、こんなに悲しいことはないわ!」


「そうだねシスター。…僕も嫌だな。」


「僕もそういった事柄は嫌いですね。

…『保安官の暴行の真偽の確認』、そして『バグラーと保安官の繋がりの有無確認』。この二つの調査に僕らを充てるなんて、流石は政府長官殿!

…正にうってつけと言えるでしょう。」



 海堂は含んだ笑みでギルトと目を合わせた。

ギルトは眉を上げ『そうだろ?』と無言で答え…。

オルカは二人に萌え過ぎて吐くかと思った。



「では早速調査をお願い致します。

…オルカ様、イル、手筈通りに。」


「はい。」


「ええ任せて頂戴っ?」


「海堂も頼んだぞ。……頼むから余計な喧嘩を売ったりするなよ?」


「それは相手の出方次第なのではっ?

…ま!、僕は挑発はせども悪手は放ちませんよ。」


「…だな。 …では頼む。」



 イル、オルカ、海堂は立ち上がった。

今回の内部調査はこの三人が行うのだ。

作戦としては、囚人達に安心して真実を話してもらうため、オルカが『さっきの助けてって言葉が気になって戻ってきた。念のために彼女も連れてきた』と囚人達に真実を話すように促す。

 イルは癒しの力を持つというだけでなく、癒し系の女性としても名高く、更には名字持ちということで、存在だけで相手の信頼を勝ち取る事が可能だ。

そこに王様であるオルカが制服を連れずに彼女を連れてきたなら、相手は間違いなく信用して話してくれるだろうと踏んだ。


 海堂は統治者として同行する。

彼は少なくとも三地区から出た犯罪者を記憶しており、その人間性にも詳しい。…ので、事の真偽を計る為の目としての同行と、統治者というブランドで尚更相手を信頼させる狙いが。

 だが海堂のメインの仕事は『暴行の真偽』ではなく『バグラーと保安官の繋がり』の方だ。

イルとオルカには分からないだろう、相手の微細な発言や行動を、持ち前の頭脳と度胸で分析するのが彼の仕事だ。


 彼らは執行議会一階の小さな会議室で作戦会議を終えると、一斉に立ち上がった。


 ヤマトとギルトは頷き、三人と目を合わせた。



「外で皆で張ってるから。誰も入らねえように。」


「王宮付きの者は信頼に足る。

緊急の事があれば音石で伝えてくれ。」



 部屋の外には王宮付きの制服が集まっていた。

ヤマトは彼らと微笑み合うと、ギルトと目を合わせた。



「…ありがとう御座います長官。」



 毒の抜けた男らしい笑顔に、ギルトは腰に手を突き返した。



「これが当たれば更にお手柄だなヤマト?」


「!」


「行ってこい。私もすぐに行こう。」



 信頼されているのが笑顔で分かった。

ヤマトは照れながら笑うと、静かに扉を閉めた。






ガチャン… カツン…カツン…



「…みんな。」


「オルカ様に、イル様…?」


「…三地区の海堂統治?」


「さっきはごめんね?

…君達の言葉が、助けてって言葉が気になって。

二人を連れて話を聞きに来たんだ。」


「!!」


「…なんだか、僕が連れていた制服を警戒していなかった?

…気のせいならいいんだけど、なんだか気になって。」



 先ずは男性一層へ。

オルカは手筈通り、皆を安心させるように、だが何かを訝しむような顔で皆に語りかけた。



(いいですよオルカ君。…意外と演技派だね。)


「実は少し前に、嫌な噂を耳にして。

…それで気になったんだ。

単刀直入に聞くから、素直に答えてくれる?」


「なんでしょうかオルカ様…?」


「……誰かに、暴行を受けている…とか。」


「っ…!」


「それを口止めされてる…とか、…ないかな?」



 目の前の囚人は目を大きく開き口を縛った。

海堂からすれば、この反応が既に『YES』だ。

だが反応だけでは話にならない。


 イルも同じ印象を受け、囚人の前にしゃがみ彼女らしく優しく問いかけた。



「さっきオルカ王が酷く悩ましげで。

何かと聞いたら、そんな話だったの。」


「…イル様。」


「もし本当なら、…こんなに嘆かわしい事は無いわ。

確かに皆、何かをしたからここに居る。

…けれどそれとこれとは全く別の話よ。

貴方達はここに入ることで罪を償っているんだもの。それなのに非人道的行いをする者が居るのなら、間違っているのは彼等だわ!」


「皆の証言の信憑性を高める為に、第三地区の海堂さんにも同行してもらったんだ。

…知ってる人も多いんじゃないかな?

彼は長官とプライベートでも親交があるんだ。

…だから、あと必要なのは、皆の勇気なんだ。」



 海堂が微笑み、囚人達は悩んだ。

だが今この場に制服は居ない。

この三人ならば、本当に自分達を助けてくれるのでは?…と、彼らは希望を抱いた。



「オルカ…様。貴方のお言葉に、考えました。

俺らは、…何があっても堪えねばならない存在。

…犯罪者なんだと。」


「! …ごめんね、それは」


「ですが貴方は、……戻ってきてくれた。」


「!」



 目の前の囚人は目を真っ赤にし、口を開いた。







「ハアッ!!!」



 一層の調査を終えた三人は、二層との間の廊下でうんざりと頭を抱えた。

海堂など大きく溜め息を出すように唸った。



「信…じられないレベルで腐ってる。

腐食レベルMAX。」


「…悲しいわ。…自分が恥ずかしい。

何故こんな事が放置されてしまったの。」


「間違いなく奴ですよ奴!」


「…バグラー…ですか?」


「間違いないね。他のがここまで周到に根回し出来るもんか!

どうせアングラ時代に繋がってた保安官をここでも抱き込んで悪知恵と何かを交換してるんでしょうよ!?

バグラーんとこの下っ端の半数がもう出てんでしょ?だったら間を取り持ってるのも保安官!!」


「……」


「駄目よミスター海堂。決め付けるのは良くないわ?」


「要するに『立証求む』という事ですよねミス。

ノープロブレム。僕にお任せなさいな?」



 牢の内情は最悪だった。

特定の監守が、真面目な監守の目を非常に上手く掻い潜り囚人に暴行を働いていたのだ。

家族を同じ目に遭わせる。恋人を売る。親を事故に遭わせる。…等と脅し、口止めを行いながら。


暴行の内容も酷いものだった。

労働終わりの風呂の時間に裸に鞭を打ったり、芸をさせて嘲笑したり…と、正直聞くに堪えないものだった。

囚人達はそんな地獄に居ながら、『お前らが犯した罪の罰だ!』『自分が悪いんだろ?』と繰り返し聞かされることで心身共に疲弊し、『そうだ自分はこんなことをされても仕方のない人間なんだ』と刷り込まれた。


半洗脳状態のまま、ただ外に出られる日だけを希望にしていた彼らが『助けて』と口にすることが出来たのは、オルカという存在が彼らにとって本当に特別な存在だったからだ。


ここでの王とは、神様なのだ。



「…許せない。」



 深い憤りに拳を握りながらオルカは呟いた。

イルは悲しそうにしながらも、微笑みオルカの背に手を添えた。

その笑顔はオルカから見て、強かった。

普段すぐ泣くしキャアキャアと何にでも騒ぐイルなのに、こんな時は常に平静で冷静で。


『僕も強くならなくちゃ』と思った。


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