第140話 至福の一服
「………」
「…オルカ様。」
苦笑しながらギルトが歩み寄ると、オルカは口を押さえ眉を寄せていた。
その顔は真っ青だった。
(ショックだったろうに。)
「…御立派でしたオルカ様。」
タッ…!
「…え?」
「え。オルカ!?」
オルカは突然駆け出し、青い扉を勢いよく開け中に入ってしまった。
慌てて二人が追いかけると、トイレから苦し気な声が。
「うええ…!!」
「…っておい大丈夫かオルカ!?」
「…急性のストレスか…?
大丈夫ですかオルカ様、今お水を。」
何かと思えば、オルカが吐いていた。
家に駆け込んだのはトイレで吐く為だったのだ。
二人ともオルカのこんな姿に『よっぽど堪えたんだろう』と複雑な気持ちになったのだが、オルカは吐き終えると青い顔で理由を話した。
「こっちの車!…酔う!」
「…え。」 「…は。」
「揺れずに…スゥーーって…!!
もうほんと…!、よく乗れるねあんなの!」
「…うそーん。」
「…なんと。」
理由は『車酔い』だった。
実はさっき初めてオルカはこちらの世界の車に乗ったのだ。
緊迫した状況だったので口に出来なかったが、本当は車が走り出した一分後には『ヤバイ』と顔を青くしていた。
車を下りても気分は良くならず、だが状況が状況なのでしかと見守らねばと努力し、トルコにも言わねばならないことがあったので頑張ったのだが…、遂に限界に達し吐いてしまったのだ。
本当の世界ではタイヤで鉄の塊を動かす車。
だがこちらは道から一定の高さで浮き続ける浮き石を使用し車は走る。
故にスーっと振動無く進むのだ。
それに堪えられなかったのだろう。
「本当に気持ち悪かった…!!」
「…嘘だろお前。……えええぇ?
今その理由で吐く?普通。」
「うるさいな僕は初めて乗ったんだよ💢!?」
「…まさか車酔いとは。
申し訳ありませんでしたオルカ様。
もっと配慮すべきでありました。」
「うわ真面目。」
「!」 「!」
「…あ。」
ついフレンドリーに立場を忘れた突っ込みを入れてしまったヤマト。
だがギルトは可笑しそうに笑い、オルカを立たせ、ヤマトに促した。
「さあ、…帰ると致しましょう?」
「…いや、あの、…私の処罰を。」
「今しがたの口の利き方への処罰か(笑)?」
「…え?」
ギルトは笑い眉を上げた。
その顔はどこか照れて見えた。
外に出るまでヤマトは無言で歩いたが、やはり『無実とはいかない』と、再度ギルトとオルカに自分に処罰を与えるように言った。
「私が放置した結果、多くの損害が。
私だけ無罪放免とはいきません。」
「……」
「…オルカ王、貴方もしかと考え直しを。
兄弟だからと罪を不問とするのは王の仕事ではありません。」
「ブッ…。」
「おい今笑ったろ。」
「わ、笑ってないよ?」
(ハッキリと笑っていたな(笑)?)
海堂が腕を組み見守っているとは知らず、ヤマトは堂々と自分の罪を告発した。
ギルトが『どうされますか?』と眉を上げ訊いてきて、オルカはじっとヤマトを見上げた。
キリッとして素直で、再会した時よりもずっと綺麗な顔になったと思った。
「…じゃあ、僕の三年の不在をどう裁くの?」
「!、それは罪なんかじゃ」
「僕は罪だと自覚してるよ。…意図的でないとはいえね。僕はその責任を取る為に帰ってきたと言っても過言ではないと思う。」
「……」
「ギルトも裁くべきだと、君は思うの?」
「っ、」
ヤマトは気まずそうにギルトを上目に見た。
ギルトは特に何も顔に出さなかった。
ヤマトは数度瞬きをすると、静かに首を横に振った。
ギルトは微かに目を大きくした。
「……この世には、裁くべきものと、とてもじゃないが裁けないものが、…ある。」
「うん。」
「…でも俺は、裁かれるべきだろ。」
「……」
「理由はどうあれ、俺はあいつらを導けなかった。
兄としても失格だ。」
「…ヤマト。」
「はい長官。」
ギルトはふと目線を流し暫し思考し、またヤマトと目を合わせた。
「私が今こうして立っていられるのは…、多くの理解に支えられているからだ。
だから私は、私が行える贖罪に全力を投じている。
その理解に報い、応える為にだ。」
「はい。」
「お前はちゃんと自分の罪にピリオドを打った。
…ならば後は、お前自身の問題だ。
まだ贖罪が終わっていないとお前の心が嘆くなら、好きなだけその人生を贖罪に費やすが良い。
…私と同じようにな?」
「!」
『どう生きるかは自分次第』。
帰ってきたオルカがよく口にするこの言葉を、ギルトはしっかりと受け止めていた。
そして彼はヤマトにもその言葉を投げ掛けた。
『お前なら牢に入るよりももっと豊かな形で罪を償えるんじゃないか?』と。
ヤマトはグッと口を結び、その言葉を重く受け止めた。
「…分かりました。」
「よし。…しかし、辛かったろうによく頑張った。
身内を裏切るのは心が折れたろう。」
「…シスターに謝りたいです。」
「お前がそうしたいなら、すればいいさ…?」
二人は笑い合った。
海堂は顛末を見届け、声を掛けようと一歩を踏み出した。
だがその時、ヤマトがオルカに願い出た。
「俺を殴れオルカ。」
「…トルコを殴ったように。…だよね?」
「ああ。……これで、終わりにする。」
「……」
ヤマトの決意を受け取りヤマトに向き直ったが、オルカは少しだけ悩み、口を開いた。
「喝入れにもなるしね?、気持ちは分かる。」
「ん。頼むわ。」
「…でも、ごめん。」
「!」
パシ… ドオッ!!!
「いイっ…!?」
「僕、人を殴るの嫌いなんだ。」
「いっ…だだだだだ…!?」
「だからこれで勘弁してね。」
あっという間に地に叩き付けられ組み伏せられたヤマト。
余りの手際にギルトは本当に目を大きく開け、『ほう。』とついまじまじと技を見てしまった。
「素晴らしい手際でありますねオルカ様。
…この…拘束術?…は、何処で?」
「柳さんと門松さんです。
日本警察は独自の武術を扱うんですが、門松さんは幼少期から空手を。柳さんは喧嘩殺法を嗜んでいて(笑)。それとの融合なんだそうです。三年間みっちり叩き込まれましたから。」
「いたいイダイ痛"い…!!」
「…そもそもね!?、ヤマトが馬鹿な事考えてるからトルコに目を付けられたんだよ!?
ちゃんと分かってんのか…この…バカッ!?」
「分かってる分かってるからケリ付けたんじゃんよ!?
マジで痛いギブギブ…!!」
痛がるヤマトの前にモエがしゃがみ、ウフフと笑った。
とても意地悪な笑顔だ。
「良かったねヤマト~?
誰かに思いっきり叱られたそうだったもんね~?」
「こ…の!!」
「喝入れが欲しかったんだろ!?
なら甘んじて関節の一個は覚悟しなよ!?」
「やりすぎだろそれはあっ!?」
「ああっハハハハハハハッ!!!」
海堂はゲラゲラと爆笑した。
隣に立つツバメの背をこれでもかとバシバシ叩きながら爆笑した。
皆その声で海堂に気付き、オルカはやっとヤマトを解放した。
肩を押さえながら痛そうに立ち上がったヤマトは、笑いながら自分の前まで歩んできた海堂と気まずそうに目を合わせた。
「あ…の、…ごめん。勝手に、…でもこれが」
「君を信じて良かった。」
「…!」
パチッと目線が繋がった。
海堂は見たことがないほど嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「よくやった!」
「!」
「よくやったねヤマト!、モエ!」
「お父さん…!」
海堂は二人を纏めて腕に包んだ。
二人は目を大きくしたが、すぐに楽しそうに笑った。
「よっし!!、今日は飲むぞー!?」
「私、四地区のベリージュースが飲みたい!」
※四地区のベリージュースは高級だが美味で有名
「……俺も飲む。…チョー飲むわ!」
ヤマトはやっとヤマトらしく笑った。
愛嬌のある少年気の残る顔でニッと笑うと、オルカにニタァ…と笑って見せた。
「お前も飲むだろ…?」
「っ!、……ジュースで結構です。」
「…朝からこの一点張りでな。
オルカ様?、酒も勉学と同じ。
慣れれば慣れるほどウマくなるものですよ?」
「うぐ…!」
「ほらほらオルカ王!、貴方の奢りみたいなモンなんだから誰より飲まなければ!!
さあお祭りに行こう!!」
「勘弁して下さい海堂さん💧」
ギルトに迫っていた大きな影が一つ、こうして消えた。
オルカが仲間に囲まれ笑うのを。
この国の益々の繁栄を願うのを。
その気持ちを仲間と共有する事に対し、コアは何も言わなかった。
あれだけ『ワタシを壊して』と懇願し、その方向にオルカを導こうとしていたのに。
オルカは必要最低限にリンクし情報を引き出すだけで、それ以上コアと会話をする事は無かった。
カサ… カチン!
「……フゥー。」
全てが片付いた青い扉の前で、ヤマトは煙草を吸った。
三年前、茂がくれた誕生日プレゼントを。
「……これで二本目…か。」
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