第139話 怒りの音
ゴンゴン!!ガチャン!!
「海堂さん!!」
返事も待たずに開けられた扉に、海堂はうんっざりと血走る目を向けた。
「なんですか騒々しい!!」
「……ヤマトが。」
「!!、何ですか!!」
「ヤマトが、…やりました。」
「…!」
ツバメに誘われ車で駆け付けた現場は、騒然としていた。
政府が野次馬を入れぬよう道を塞ぎ、道の奥には護送車が数台停まっていた。
海堂は顔パスで中に入り、本当に目を大きく開けた。
「放せよ!!触んなクソ政府がッ!?」
「何の証拠があって逮捕すんのよ!?」
レジスタンスギャング達が検挙されていたのだ。
現場はあの青い扉の家だった。
「…これは。」
「……海堂さん、あそこ。」
「! …ヤマト。」
ヤマトは静かに彼等が連行されるのを見ていた。ギルトの隣に並び、立っていた。
その背中を見た海堂は胸を打たれ、込み上げてきたものに堪えながら見守ると決めた。
「………」
「…皆、お前と同じ孤児院の兄弟なのか。」
「はい。恐らくはトルコが拐かして仲間に。」
「…そうか。」
ヤマトは政府一隊の出動許可を貰い、すぐにトルコ達を検挙する為出動した。
ギルトとオルカは、車内でこの出動の理由を聞かされた。
『兄弟達がトルコを中心に犯罪を繰り返している』と報されたオルカは本当に驚いて見えた。
事情を全て聞き終わった車内でその顔はずっと青く、一言も喋らなかった。
ガンッ!!
そしてヤマトは、いつかの茂と同じようにドアを蹴り開けた。
『動くな。』
『ヤマ…!?』
『全員だ。この家は完全に包囲した。』
『ヤマト…テメエ!?』
彼は兄弟に躊躇なく剣先を向けた。
鋭い瞳が睨み付けるのは、兄弟ではなく罪だった。
『俺達を裏切るのかよ!?
テメエだってタダじゃ済まねえぞ分かってやってんのかッ!?』
『その程度の覚悟も無くこんな事が出来るかよ。』
『ツ!、…ぜってえ後悔させてやるからな。』
『……憎しみは報復する為に在らず。』
『ア"ア"ッ!?』
『憎しみは、塞き止めるべきものだ!!』
その大きな叱咤を合図に一隊は中に押し入り、トルコ達を捕らえた。
ヤマトは連行は皆に任せ、まるで自分の行動のツケを払うように、彼等が連行されるのを見守った。
「やだ離して!!お兄ちゃん…お兄ちゃん!!」
「…!」
「っ、エリコ!!、テメエ離せ…この…クソ政府が!!
エリコ!、エリコ…!!」
最後まで抗ったのだろう。
トルコは一番最後に出てきた妹に、振り返りながら暴れた。
大人二人がかりで押さえ付けても、彼は妹を助けようと抗った。
ヤマトはふと女性の制服に声をかけ、エリコを後ろ手に拘束する男性制服と交代させた。
トルコはそれを見た瞬間に暴れるのを止め、僅かだが呆然とヤマトを見つめた。
「…エリコ、大丈夫だから。
制服は人殺し集団じゃない。
『捕まったら終わり』じゃないんだ。」
「ヤマト兄のバカ!!…バカ!!」
「……エリコ。」
「お兄ちゃんはヤマト兄のこと信じてたのに!
なんで裏切るの!なんでこんなことするの…!
ヤマト兄だってお母さんとお父さん死んじゃったのに!一番辛かったのはヤマト兄とオルカ兄なのに!!」
「……」
彼女は涙を落としながら『なんで』と繰り返した。
その様はまるで、『もう人生の終わり』『もう何もかもが終わってしまった』とでも言うかのようだった。
ヤマトには分かった。エリコがこんな反応をするのは、トルコがそう教えたからだと。
確かに三年前ならこの反応にも納得しただろう。
一度逮捕されたらもう未来など無い世界だったのだから。
だが今は違う。
もう政府が新体制となり三年。
『どんな理由があろうが罪は罪』と犯罪者を糾弾し弾圧する世界はとっくに終わりを告げ、今は罪状によって刑罰の段階が決められる時代だ。
軽犯罪にもならない程度の罪ならば、時に保安官は見なかったことにしてくれる。
窃盗なら社会奉仕などで反省を促す。
放火をしたら重罪となる。…など、当然の段階が存在し、一生を牢の中で過ごすなんて事はほぼ無い。
社会にだって復帰できる。本人にやる気さえあれば政府はちゃんとそれに答え多少なりサポートをしてくれる。
そんな時代なのだ。
それなのにエリコの物言いはまるで、ヤマトとオルカが生きた社会のままで。
ヤマトは泣き叫ぶエリコの隣で、眉を寄せながらトルコと目を合わせた。
トルコはそんな非難を察したのか、『ハ!』と鼻で笑い大声でギルトに言った。
「こいつまで上手く懐柔するとはなあ!?」
「………」
「相変わらずのイケメンなこって!
…その綺麗な顔でどんだけの人間騙してんだテメエはよッ!?」
「………」
ギルトが静かに見据える中、トルコはこれでもかと顔を歪ませ叫ぶように怒鳴った。
「俺達の親が餓死した時も!?テメエは温かい暖炉の前で肉に舌鼓打ってたんだろッ!!!」
「……」
「酒飲んで…煙草吸って!!
ふんぞり返って国民が死んでいくのを見てたんだろッ!!?」
「……」
「っ、…なんとか言えよ卑怯者!!!」
ギルトの無反応に更に激昂したトルコは顎でヤマトを指し示した。
ヤマトは女性制服に行くように促し、トルコと目を合わせた。
「聞いて驚け!!、こいつはお前の命を狙ってんだ!!、言ってたぞ『全部あいつの所為だ』ってな!?『いつか必ず殺してやる』ってな!!!
ハッ!!、ザマアねえなヤマト!!!
俺が大人しくテメエがレジスタンスなことを黙ってやるとでも思ったか!?
これでテメエも終いだよ…ッ!!!」
勝利を確信したように大きく嘲笑したトルコに、ヤマトは真顔で静かに告げた。
「全部知ってるよ。この人は。」
「…ハッ…!?」
「全部知った上で、俺を信じてくれたんだ。」
トルコがあり得ないと目を大きくする前で、ギルトはサーベルを鳴らしながらトルコに歩み寄った。
トルコは愕然と大きくした目でギルトを見上げた。
「…すまなかった。」
「ツ… …テ…メ!?んな言葉一つで何が」
「あの続く凶作で政府も三割を失った。」
「…!」
「…私を許す必要など無い。
もし、お前がヤマトのように前を向くと決意し、それが偽りでないのなら。
私は出来る限りを尽くそう。」
「…… … …」
「先ずは己を恥じよ。
妹の、兄弟達の生きる道を汚した事を自責せよ。
それは間違いなく兄の仕事ではない。
兄とは規律正しく下を導く羅針盤であるべき、と、常にその背で訴えるべき存在なのだ。
貴様の一番の罪は己だけでなく兄弟を誤った道に誘った事に他ならない。」
ギルトは静かに突き付けると、『連れていけ』と小さく命令した。
トルコは放心したように顔を固めながら、今度は大人しく連行された。
ヤマトにはその心が分かる気がした。
「っ、…オルカ兄!!」
不意に上がった声にトルコはハッと顔を上げた。
拘束され連行されるジェシカがオルカに気付き、助けを求めたのだ。
ジェシカと遮るようにオルカの前に立ったモエに、ジェシカは激昂した。
「邪魔よ余所者ッ!!!」
「…あなた、まだそんな事言ってるの。」
「あんたなんか大嫌いよ…!!
…ねえオルカ兄助けて!!、助けてよ!!」
彼女に続くように、皆がオルカを頼った。
「お願い…助けて!
こないだ私達再会したばっかなんだよ!?
こんなのあんまりだよ…!!」
「聞いてオルカ兄!、シスターは嘘つきなの!
トルコ言ってたもん。今だって真っ当に働いて生きていける時代じゃないって…!
それなのに皆それを知らないんだって…!!」
「助けて!、トルコは俺らを守ろうとしてくれただけなんだよ!!」
オルカは兄弟に囲まれ助けを求められながらじっと彼等の言葉に耳を傾け続けた。
それぞれの主張をしっかりと聞いた。
だが、何も返さなかった。
ギルトが『行け』と顎で合図し、皆護送車に乗せられた。
だが最後にトルコが護送車に乗る寸前、オルカは手を上げ制服を止めた。
「……オルカ。」
「……」
オルカは僅かに顔を伏せたまま、じっとトルコの前で静止した。
トルコはヤマトの時とは違いオルカには噛み付きもせず、ただ静かに彼が口を開くのを待った。
それはまるで、王が罪を言い渡すのを待っているかのように、周りには見えた。
オルカは青い顔のままで、ゆっくりと顔を上げトルコと目を合わせた。
深紅の瞳にとんでもない熱を感じた途端、トルコはギュッと口を縛ってしまった。
「…トルコ。」
「…」
「君がやったの?」
「…」
「答えて。…トルコ。」
オルカの懇願する顔に、トルコは目を逸らした。
ヤマトは『そんな真っ直ぐ聞いたって嘘吐くよ。どうせ他の奴が無理矢理指示して従った。とか言うぜ?』と眉を上げたのだが…。
「……はい。」
「……」
「俺がこいつらを、…巻き込みました。」
素直に告白したトルコに、本当に驚愕した。
オルカは静かに懺悔を聞くと、小さく『そう。』と呟いた。
パンッ!!
直後、大きな音が辺りに響き、トルコは余りの痛さに目を強く瞑った。
オルカが彼の頬に平手を入れたのだ。
「君は最低だ。」
「…っ、」
「君は昔から賢くて、よく周りに面白い事を教えてくれていた。
その影で余り良くない事を冗談めいた言葉で教えているのも、知っていたよ。
…けどそれは君の壮絶な人生故なんだと、僕は理解していた。だから何も言わなかった。
だって君は憎まれ口は叩けども、僕らを兄弟と受け入れ君なりに大切にしてくれていたから。
…親の記憶さえ無い僕とヤマトと違って、君には壮絶な…、親と共に歩んだ人生があったのだから。
…それなのに僕らを信頼してくれた君を、凄いと僕は思っていたんだ。」
「……」
「……シスターに謝れ。」
「…!」
「君はやってはいない事をした。
僕らを正しく導いてくれた、育ててくれたシスターを『嘘つきだ』と兄弟に教えた。
先ずはちゃんとシスターに謝れ。
そして皆に謝れ。『嘘つきは自分だ』と。」
「……」
オルカはトルコの頬を叩いた手をギュッと握り、怒りに震わせながら護送車を指差した。
兄弟達は車の中から、じっと二人を見ていた。
「誰のお陰で皆が生きてこられたと思ってるの。」
「…シスター…です。」
「違う。」
「…え?」
「孤児院には無限に食料が涌き出るの?」
「……」
「僕らが食べてこられたのは…
国民が命を繋いだのは…
政府が全ての備蓄を解放し、国民に尽くしたからだ。」
「っ、…でもさオルカ!?
それでも何人も飢饉で犠牲に」
「当たり前だろ。無い物は…無いんだから。」
「…っ、」
「それでも政府は在る物を国民に優先して配給した。
…国中を駆け回り、誰よりも働いたのに誰よりも受け取らなかったのは政府だ。
じゃなきゃ君は産まれてさえこられなかったよ。
君だけじゃない。僕とヤマトより下の子なんて存在しなかった。…君はそのお礼を言ったの?
『自分が産まれてこられたお礼』をしたの?」
「……………」
「そこまでしてくれたから産まれてこられた癖に、感謝の一つ碌にせず、…全部人の所為。
挙げ句の果てには弟達を巻き込んで…犯罪。
犯罪しなくてもちゃんと食べていける世界で、敢えて悪の道を進んだんだ君は。」
「……」
オルカはピンに触れ、深呼吸した。
まだ叩きたいのを我慢しているのだ。
トルコは言葉も出ず、顔を伏せてしまっていた。
「『暖かい暖炉の前でお肉に舌鼓を打って煙草吸って酒を飲んでいた』…?
…ギルトは三年前まで、お肉なんて一口も食べてなかったよ。」
「…!」
「誰よりも働いたのに。
第二期大崩壊が終わるまで、彼は贅沢どころか周りが心配する程食べなかったんだ。
…焼肉屋も普通に存在していたのにだ。
その理由は『政府に優先して食料供給が行われない為』。
それを行えば供給のバランスが崩れてしまうのが分かっていたから。
だから政府のトップとして、誰よりも模範として正しさを示し続けたんだ。
…1日具の殆ど入ってないスープ一杯で、君は満足に動けるのか。」
ヤマトは『エ"ッ!?』と思わず隣に居たギルトをバッと見てしまった。
ギルトは「そんな事言わなくても宜しいですのに。」と苦笑した。
『兄とは規律正しく下を導く羅針盤であるべき。』
先のギルトの言葉がトルコに甦った。
自分は孤児院に入ってから、飢えなど無縁で毎日満腹に食べていた。
野菜のたっぷり使われたシチューを食べ、お肉を食べ、ケーキを食べていた。
それなのにまさかギルトがそんな欠食を己に強いていたなど、青天の霹靂だった。
トルコの大きくなった目を、オルカはもっと青くなった顔で真っ直ぐに睨み付けた。
「恥を知れ。内省しろ。」
「……っ…」
「『どう生きるかは自分次第だ』。」
「……」
「…三年も留守にして…ごめんね?」
「!」
「もう、…大丈夫だから。」
「………」
オルカはそれだけ言うとトルコに『乗れ』と護送車を顎で示した。
トルコは政府の人間に拘束されながら、自ら歩み、自ら護送車に乗った。
護送車は静かに王都を目指し走っていった。
彼等を牢に入れるために。
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