第138話 ピリオドを打つ為に

 モエを連れヤマトは執行議会に入った。

お祭り騒ぎの裏を上手く通り辿り着いた長官執務室をノックすると、すぐにオルカが扉を開けた。



「あ。おはようヤマト。」


「…二日酔いじゃなくて良かったな。」


「もう言わないでよ折角忘れられそうだったのに!!」


「おはようございますオルカさん!」


「あれ?、モエちゃん。…おはよう?

どうしたの二人でこんな所に。」



 ヤマトは軽く微笑むとスッと中に入った。

すぐに大きなデスクに座るギルトと目が合った。

彼は『なんだろう?』と一行を見ていたのだ。

『ヤマトは体調不良で休む』と海堂から伝達が入っていたからだ。


 ヤマトは穏やかな雰囲気で僅かに首を傾げたギルトの前に足早に歩み小さく息を吐くと、スッと深く頭を下げた。



「私は貴方の命を狙っておりました。」


「…!」


「マス… …ゲイル様の死、そして大崩壊の責任を問い絞首する事こそが生きる目標でした。」


「………」



 ギルトは目を大きくし、オルカも眉を寄せながら目を大きくヤマトを凝視した。


 大きすぎる驚愕の中、ギルトは『大崩壊を引き起こしたのが私だとも知っていたのか』…と、…安堵した。


 ヤマトは頭を下げたまま目を開け、顔を上げた。

ギルトの美しい紫の瞳は、ただ『そうだったのか』と受け入れて見えた。

決して焦りもせず、逃げてもいなかった。


その瞳を確認してしまったヤマトは口をキュッと結び、震える声で問いかけた。



「何故、オルカの母親を殺したのです。」


「…!」


「…ヤマト、…なんでそんな事を。

ギルトを責めに来た…の?、…でもなんだか様子が」


「お願いだオルカ。今は、今だけは二人で話させてくれ。」


「!」


「…お願いだ。」



 モエがギュッと腕を掴んで頭を振ってきて。

オルカは訳が分からずも部屋に角に移動した。


 ヤマトは二人の気配が遠退くのを感じると、またすがるような目をギルトに向けた。

 ギルトはじっとヤマトと目を合わせたが、不意に小さく首を振った。



「……すまないヤマト。」


「っ、…教えては頂けませんか。」


「私の一任で語れる程、軽い内容ではないのだ。」


「!」


「イルから聞いた。お前の両親も大崩壊で亡くなったと。

…そんなお前なんだ。さぞ私を恨んだろう。

…気持ちは分かる。それは正しい。

だが、すまない。

その内容は他者に話すには…余りに。」


「…オルカはそれを知っているのですか。」


「存じておられる。」


「!」



 ヤマトはその言葉に震えながら大きく息を吸った。

『ギルトには理由があったんだ』と言っていたオルカの言葉が脳裏に木霊し、そして今、やっとそんなオルカの気持ちが分かった気がした。



「…それ程までに、重い内容ですか。」


「……少なくとも、酒の席で愚痴り解消出来るものではないな?」


「!」


「ヤマト、こんな時に言うのはなんなんだが、…

私は今、…嬉しいんだ。」


「…嬉しい?」


「『私の罪を知ってくれている』。

…これだけで、私はほっとするんだ。」


「!!」


「私は、祭り上げられた長官でしかない。」



 ヤマトが大きく目を開ける前で、ギルトは眉を寄せながら苦笑した。



「…皆を騙しているようで。

誰もが私を英雄…と。

…その実が大崩壊を引き起こした張本人とも知らず、皆が私を頼るのだ。

…だが真実など公表出来なかったし、今だって出来はしない。

国全体が統治を、秩序を失ってしまうからだ。

……では、私の罪は…?

…こうやって、一度考え出したら坩堝に囚われ、私は抜け出せなくなるのだ。

…だが、知っている人が。私の罪を知る者が傍に居てくれるだけで…私は安堵出来るんだ。

『ああこの人は私の罪を知っている』。

…それだけで、心が軽くなるんだ。」



…こいつは、責任から逃げていなかった。


俺は『どいつもこいつも善人面した長官に騙されている』と思っていた。


…でも、違った。

この人は嘘を吐いていない。

体のいい事を並べ立てもしない。保身すらしない。


直で接して感じた通りの…、愚直な程に真っ直ぐな…

悲劇の人だった。



「…っ、」


「ありがとうヤマト。

…お前は嫌がるかもしれないが、私はまた救われてしまった。

…この命が欲しいと言っていたな?

今すぐにとはいかないが。……では、私の最期は」


「もう要りません。」


「!」  「…!」「!」



 ヤマトの言葉に、ギルトはバッと顔を上げた。

その目は大きく開かれていた。

オルカとモエの目も、同じように開かれた。



「お願いしますギルト長官。

俺に政府一隊の出動許可を下さい。」


「……一隊の、…出動許可?」


「ピリオドを打ちたいんです。」


「………」



 ヤマトは振り向き、モエに笑いかけた。

その笑顔にモエはボロッと涙を落とし、オルカの腕をギュッと握った。



「俺の憎しみに。

間違いを犯した自分に、ピリオドを打ちたいんです。」



 また自分に向き直ったヤマトの強い瞳に、ギルトは微笑み立ち上がり、サーベルを取った。



「同行しよう。」


「!」


「事情は移動の車内で聞く。指揮はお前が執れ。」



『マジでカッコイイ。』

 そうヤマトは思い、苦笑した。


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