第137話 制服のまま走り出す
「プランどうするの?、ヤマト。」
「………」
「私が啖呵きっちゃったし。……
どうしよう逃げられちゃったら。」
「啖呵切ったのは俺だよ。」
「え?、私だよ。」
「いやどう考えても俺だろ。」
「??」
「…ハア~💧」
海堂が不思議な温度で出勤する一方、ヤマトとモエは悩んでいた。
海堂は『決別する手段のプランを提示しろ。さもなければお前はブタ箱送りだ』と突き付けた。
ヤマトとしては、初手から縁切り+ブタ箱送りだと思っていたのでホッとはしたが、ここで悪手を放っては何の意味もなくなってしまう。
それにまだ、どう決別するかの答えなど出ていない。
ついさっきなのだから。ヤマトがそれを決意したのは。
(…どうする。今夜まで時間が貰えただけマシだけど。)
ヤマトは海堂に問い質されるまでは、『トルコを逮捕したところで意味はない』と考えていた。
もっと正確に言うと、『逮捕はこれ以上彼らに犯罪をさせない足枷にはなるが、根本的解決ではない』と考えていた。
トルコはギルトを憎んでいる。
トルコが8才、エリコが6才の頃に二人は孤児院に入った。理由は両親の餓死だ。
二人の両親は大崩壊の洪水や地震で亡くなったのではなく、その後訪れた深刻な飢饉で亡くなったのだ。
その後ゆっくりと飢饉は治まり、オルカとヤマトが14才で孤児院を出た頃には飲食店も復活していたが、トルコはオルカが王位を継承するまでの政府の政策に強い憤りを抱いていた。
それこそが彼が語った憎しみだった。
つまりヤマトは、トルコの問題行動の根本である憎しみを解決しなければ意味がないのでは?…と考えたのだ。
それはまさに自分がそうだったからだ。
「…でも、よくよく考えりゃおかしな話か。」
「うん?」
「だって、あいつが孤児院出た一ヶ月後に第二期大崩壊が起きて…、国は安定した。
だったらなんで生活苦に陥んだよって。」
「…うん。正直あちこち人手不足になった程、国中が潤ったもんね?
…エリコが体を売った…とか。……
そんな必要は無かったんじゃないかな?…っていうのが本音、だよね。」
「うん。…まあ実の妹だからかエリコだけは大切にしてるから、嘘だと決め付けるのは安易かもしんねえけどさ、そもそもまだ孤児院に居られたエリコを自分と一緒に自立させたのはあいつだぞ。
…当時12才だぞエリコ。」
「…やっぱり、ヤマトの同情を買うため…かな?」
「…分かんねえけど、……」
憎しみを手放したクリアな頭で考えてみると、トルコの行動言動は思い返せばおかしな事ばかりだと気付いた。
兄弟兄弟と口にするが、彼はその大切な兄弟達を犯罪に走らせているのだ。
大人を欺く方法を教え、お金をひけらかしオイシイ味を覚え込ませ、人を平気で身代わりする術を教えているのだ。
まだ孤児院に居る兄弟達を連れ出しては、イルに口止めをして悪いことを教えているのだ。
もう充分真っ当に生きられる世界となったのに。
「……今、やっと気付いたわ。」
「なに?」
「あいつ頭おかしいわ。」
「…ヤマト💧」
「あれ。…マジでブン殴りたくなってきた。
なんか俺、ちょっと、…マトモになったかも。」
「……フフ!」
「あーこれ、…これ俺、…ヤバイどうしよ。
これだろきっと『雲が晴れた気分』て!?
ヤバイ俺今チョー!!…健康な気がする。」
「ちょっとやめてよっ!」
堪えきれず笑ってしまったモエ。
ヤマトは本当にどんどんとクリアになっていく頭と、昔のように正常にものを感じるようになった心に感動さえ覚えた。
何故か突然分かったのだ。
自分が完全に病んでいた事が。トルコが本当にあり得ない行動をしている事が。
客観的に思考する事が出来るのだ。
「………俺の三年。…くら。」
「やめてよっ(笑)!?」
「…そうだ、そうだよ。
パパの言う通りだ。俺は痴れ者だ。
……なんであのバカを放置したんだ。」
…それはきっと、理解者が欲しかったからだ。
他の誰でもない、…俺が。
抱えるのが辛すぎる重い感情を、誰でもいいから分かって欲しかったんだ。
だから見て見ぬふりして。
それだけで加担したも同然なのに。
…間違ってた。
俺が見て見ぬふりを続けるってことは、もっと罪を重ねる機会を与え続けることなのに。
…俺が止めないと。責任を取らないと。
俺があの日しなきゃいけなかったのは…
憎しみの同調でも黙認でもなく、レジスタンスを結成することでもなく…!
「ブン殴ってでも、止めるべきだったんだ。」
「…!」
モエの大きな目と視線が繋がった。
彼女の目は熱く、自分の背を強く押してくれる気がした。
「…行くぞモエ。」
「…え?」
ヤマトが立ち上がりモエは動揺しながら腰を上げたが、渋った。
プランも出来ていないのに何処に行くのかと。
だがヤマトは『早く!!』と急かし無理矢理モエを立たせた。
「なんで…!、何処に行くの!?
プランの提出期限は今夜なのに!」
「だからだ!!」
「だからっ、なんで!」
「パパはこれでも余裕をくれた。
本当はすぐに動きたかったのに、俺に猶予をくれたんだ!」
バン!と勢い良くドアを開けると、ヤマトは足早にモエの腕を引いた。
そしてそのまま、元アンダーグラウンドの地下通路に入った。
そこは今では綺麗に整備されていて大崩壊前のように快適な地下通路となっていた。
トンネル内とは思えない程あちこちにホタル石が設置され明るく、川を挟み広い道が続いていた。
「ね…ヤマト!、どういうことなの!?」
「『今夜まで』は本当に恩赦なんだよ。
…素直にゲロった俺への情け。」
「だったらちゃんと答えないと!!」
「答える為に、今、動くんだ。」
「…え?」
尾行を警戒しながらもヤマトは走った。
モエは訳が分からなかったが、同じように尾行を警戒しつつヤマトに続いた。
「パパはあいつらが逃げたら逃げたで、自分で探すつもりだ。」
「!」
「あの人なら出来るさ。…でも、本当にベストなタイミングは今だ。
あいつらが全員集まっている、今。
俺が啖呵切った以上、トルコはもうきっと俺を怪しんでる。…密告するんじゃないかってな。」
「…うん、そうだよね。…そういう人だと思う。」
「だから時間が経てば経つ程こっちは不利になる。
組織ってのはバラバラに拠点構えられたらそれだけで検挙が厄介になる。
…一部を捕まえたら一部はもっと巧妙に隠れ。
そして最悪は脱走の手引きさえするからだ。」
「…すると思う。トルコは他人を身代わりにはするけど兄弟は助けに行く。…逆も同じだと思う。」
ヤマトは別れ道を迷わず王都側に進んだ。
モエは話しながらもかなり遠くに居る人間の顔をしっかりと見ながら同じ道を走った。
「俺はトルコ的にも手放したくない人材だ。
政府な上に長官に近い。…こんな最高な駒は無い。
だからすぐに動くことは無い筈だ。
少なくとも俺らに見張りを付け様子を見る。」
「! …少しだけ、時間がある…?」
「そうだ。だがあいつは狡猾だ。
念のために数人は他に逃がすかもしれない。
…だからやるなら。全員を検挙したいなら!」
パパを裏切り続けてしまった責任を取るには。
「今!、俺が動くしかないんだ!」
ヤマトの強い決意にモエはキュッと口を結び、溜まってきた涙を腕で拭った。
『本当にヤマトが帰ってきた』と感じ、泣き出したい程に嬉しいのだ。
だが今は感傷に浸っている場合ではない。
「…!」
「!」
その時、二人はほぼ同時に目を大きくした。
後方に自分達を尾行する影を捉えたのだ。
だがヤマトはニッと口角を上げ、モエはキラキラと笑った。
「今の、パパんとこのだよな(笑)?」
「うんっ!、戸籍課のナルちゃんだねっ!」
「こりゃいいや。…後方に味方が付いてくれてんなら、トルコより早く動けた証拠だ。」
『ザマアねえなバーカ♪』とケタケタと笑ったヤマト。
そんなヤマトにモエはムスッと口を尖らせ、ヤマトの頭をジャンプしてはたいた。
ペシ!
「いて!」
「お口が悪いよ!」
「…いーじゃん別にこんくらい。」
「制服着てるの忘れないのっ!」
『ああそうだった』…とヤマトは笑った。
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