第136話 紙の上でしかなかった自分

 家を出るとすぐに海堂は路地に入った。

そこにはツバメが居て、腕を組み壁に背を突けながらもぽけーっと気持ち良さそうに青空を眺めていた。



「二人に護衛を。」


「…やっぱり物騒な展開ですか。

さて、では政府に検挙申請を」


「それは待ちなさい。」


「…は?」



 いつもと違う海堂の行動にツバメは本当に首を捻った。

『泳がせるの?』『アンタが?』『影を!?』とそれはそれは化物でも見るような目を海堂に向けた。



バシン💢!



「なんつー顔で見てくんだよお前は!?」


「いやだって、…あり得ないでしょう。

南無三の海堂ついに死したり。…ですか?」


「どう見ても生きてんだろ💢!!」



 何度頭をはたかれても納得のいかない顔で首を傾げるツバメ。

海堂はふと足を止め、腕を組み小さくため息を溢した。



「子供に旅をさせる気になっただけだよ。

…下は育てられるだけ育てる。…基本だろ。」


「…では、ヤマトに直接やらせると?

彼は明確なプランを提示しました?」


「…いや?」


「はーあ??」


「💢。…プランの提出は今夜まで。

…内容を改めてから、また考える。」



 フイッ…とまた歩きだした海堂に、ツバメは『何かあったな?』と察した。

海堂は影の組織を相手取る時、必ず自分が指示を出す。

それは万が一にも犠牲や暴動などが起きぬようにと、リスクを最低限に抑え勝利するのが海堂の戦い方だからだ。


なのでこの海堂の行動は明らかにおかしいのだ。



「逃げられたらどうするんです。」


「…僕が責任を取ってガキ共を狩るだけです。」


「……やれるんですかヤマトに。」


「…! ……」


「彼が兄弟への情を取るか、制服として尽力するか。…正直グレーなんじゃないですか。」


「………」



 海堂は歩調を緩め小さく息を吐いた。

確かにそこはグレーだ。普段の海堂だったら絶対にヤマトに一任しなかっただろう。


 だが海堂は、素直に己の罪を告白し頭を下げたヤマトを…信じたくなってしまったのだ。



「……紙の上で良かったのに。」


「……」


「…二人してさ。…… …楽しそうに。」


「……」


「…茂殿がお亡くなりになり、彼の夢は強制的に断たれてしまった。…アイランドは全壊した。

…若者の夢が断たれるのを。…懸命に努力した道が崩れるのを見るのが、……僕は一番嫌いだ。」



彼は一ヶ月行方不明で。

僕らアングラもジル達も捜索して駄目だったなら、正直僕は彼を死んだものと思っていた。


だが彼は突然、本当に突然僕の前に現れた。



コンコン…



あの…小さなノック。

…君は、躊躇していた?




『!! …ヤマト君!?』


『海堂さん。…お久しぶりです。』


『今まで何処に!?…そんなボロボロで。』


『お願いがあるんです。』


『いいから入りなさい。…ほら。』


『俺の夢、もう叶わないから。』


『…!』


『だからもう、…制服になるしかない。』


『…………』


『…だから、…俺を養子にしてくれませんか。』


『…!』


『迷惑は…かけないように、頑張ります。

自分で稼いで学校に通います。……だから。』


『……』


『…お願いします。』



オルカ君とは違い、敬語なんて使わなかったのに。

まるで別人のように慎ましやかに。

…僕に頭を下げ続けて。


…子供にそんな風に頭を下げられて。

僕がどんだけ暴れたかったか、君に分かる?

『なんで悪い事をしてもいない子供が大人に頭を下げねばならないんだ』

『こんな世界しか彼らにプレゼントできなかった癖に』。


ありとあらゆる罵詈雑言を己に浴びせるのなど別に珍しくもなかったけど。

…こん時は本当に堪えた。


でも僕は既に似たような理由でモエを養子にしていたから。

もう一人くらい別に…と、彼の申し出を受けた。



『……ヤマト。』


『…ん。……うわ寝てたっ!?』


『人は寝ることでしか回復しません。

睡眠を疎かにするよりも、しっかりと寝て、その上で勉強する方が結果としては身に付きますよ?』


『…そうなん?』


『ええ。……ほら、ミルクスープ。』


『…いいの?』


『何言ってんの今更。

この家は『僕らの家』でしょう。』


『………』


『これは施しじゃないんですよ?

パパから頑張る息子へのお夜食。…兼、睡眠導入剤。』


『プッ!?、あははっ!!』


『ふふ。これ食べたら寝なさい?

そして明日、また頑張りな?』


『ありがと!』



……もし、知っていたなら。


彼の身に起きた事を…知っていたなら。


その右頬の傷の経緯を…遠慮せず、聞いてあげられていたなら…!、三年間もヤマトを苦しめる事など無かったのに!!

挙句の果てには…、気付けもしなかった。

彼が茂殿と自分の境を見失い、憎悪を募らせることでしか自責から逃れる方法が無かったなんて…!


…殺してやりたい。


呑気に彼の邁進に感心していた…!

紙の上の親でしかない自分を…殺してやりたい。



「……信じたいんです。」



 海堂はポツリと溢し、一度ギュッと目を瞑った。

だがすぐに顔を上げにっこりとツバメに微笑んだ。



「でももしかしたら、もしかするかもよ?」


「…何がです。」


「今のヤマトなら…もしかしたら。」


「…だから、何だと言うんです?」



 海堂は可笑しそうに笑い、スキップしながらメインストリートに出た。



「僕の予想を遥かに超えてくれる。

…今の彼には、そんな期待をしたくなる。」


「…ハァ。はいはい分かりましたよ?

ヤマトとモエには護衛を付けて、最悪ギャングが逃げたら海堂さん自ら止めを刺す。…と。」


「うんいいよそれで。」



 海堂は上機嫌に笑い、ツバメはスッと暗闇に溶けて居なくなった。


海堂は一人で鼻唄を歌いながら歩き、クスクスと笑った。



「なんで僕、こんなに機嫌いいんだろっ?」



『さーて働くぞ~!』と、海堂は気持ち良く伸びをした。


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